腐れ外道の城

詠野ごりら

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終章

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       嘘


「三郎高丞を侮るとこちらが怪我をするでゲスよ」
 マシラが嫌らしい笑みを浮かべ、甲四郎を上目遣いに見た。
 甲四郎はそれに即答せず、空を眺めた。
 初夏の夕暮れが薄紅色に染まり、甲四郎の心を締め付けていた。
「わかっておる」
 甲四郎は小さく言うと、自らが点火しようとしている事の大きさに身震いがした。
 八山和尚を担いで山名の兵を動かそうとし、土地を失った黒田高丞までも担ぎ出し我が故郷の樋野へ進軍しようとしている。
 そして、忍山の土蜘蛛おもその戦場へ引きだそうと画策しているのだ。
 甲四郎は高丞との会談で小さな嘘を一つついた。
 それは、土蜘蛛の頭領代理である市蔵が、争いをしたいのならば勝手にせよと甲四郎の申し出をはね除けたと言ったことである。
 事実市蔵の心持ちとしては、現在樋野を仕切っている本田清親を討つ事に関しては依存はないし、討伐のために忍山の者を動かしてもよいと言ったのである。
 だが市蔵のとしては、土蜘蛛を本田家を倒す目的に使用される一つの駒になるのは断固として受け入れられない、なので土蜘蛛が不利にならない条件を示すまで時間が欲しいと保留されたのだ。
 その答えが数日中に甲四郎の元へもたらされるはずである。

 忍山からの使者が運んできた書簡は簡潔なものであった。

=此度の申し出、ヤソタケルとしての立ち回りを申し伝えたく、再び忍山へ出向かれたく候。 忍香=

「やはり女首領が出てくるか」
「市蔵の旦那の一存ではどうにもならなかったんでゲしょうねぇ」
 読めもしない書簡を覗き込みながら、マシラがニヤニヤと嫌らしい笑みをうかべ、言葉を続けた。
「聞くところによれば、市蔵の旦那は女首領の毎夜の伽で骨抜きにされたらしいでゲスぜ、その女首領、荒くれた土蜘蛛の野郎どもを身体で手なずけているとか、ケッケッケ・・・その忍香とかいう女、一度お目にかかってみてぇもんでゲスねぇ栗原の大将」
 甲四郎はマシラのあまりにも下品な物言いにうんざりしつつ、生返事をした。
「行ってみるよりほかないだろうな・・・」
「栗原の大将ぉアッシもその女大将の所へ連れて行ってくれるんでゲしょうねぇ」
「連れていってもよいが、さっきのような物言いをしたら、俺はお主を躊躇無く生け贄に差し出すからな、土蜘蛛は特別な日に人肉を喰らうというからなぁ」
「ひぃ」
 マシラは滑稽に首を潜めてみせ、怖い怖いとその場を立ち去った。


 その日のうちに甲四郎とマシラは忍山へ向かった。
 今回の忍山訪問は、書簡を持ってきた使者も伴っていたこともあり、何事も無く中腹にある集会所まで通された。
 集会所の板の間で暫く待っていると、中年の男二人と老人が音も無く入ってきて、甲四郎達を見ることも無く、部屋の中心に座っている甲四郎等を挟むように部屋の両端に座った。
 妙な緊張感の漂う中、前方の戸が開くと市蔵が前方の一段高くなっている場所に敷かれた御座に胡座をかき、その着座を見計らったように、同じ扉から忍香が現れ、市蔵の横に敷かれた藁の座布団に胡座をかいた。
「お主が栗原甲四郎か?」
 忍香の力強さの中に艶めかしさのある声が響く。
「左様」
「お主の提案は、夫イチノスネより聞き及んだ、はっきり申そう、お主の申し出にはヤソタケルが加勢する利点は何も無い!」
「しかし、此度の戦、どちらかに加勢しなければ、忍山の民に生きる道はありませぬぞ」
「それは、お主が勝手に仕掛けた戦であろう!それに乗らねば生きて行けぬなど、やはり大和人の言うことは身勝手極まりないなぁ!」
 忍香の声には計り知れない圧力があった。
「では忍香様は、此度の戦、傍観なさるということでよろしいのですな、それではいずれ戦の勝者にこの忍山は駆逐されまするぞ!」
 すると、部屋の端に座っていた中年男が片膝をついて甲四郎に叫びかかってきた。
「我らを見くびるでないわ!我らは本田の兵と幾度となく戦い、それをはね除けてきた!此度どのような戦が起ころうが、我らが駆逐されるなどあり得ぬわ!」
 甲四郎は厳しい表情でその中年男を睨み返していった。
「果たして今まで通りに行くでしょうか!此度の戦で山名が本腰を入れたならば、樋野は山名領となり、山名は忍山を今までとは比べものにならぬほどの軍勢を送り込んで来るでしょう、万が一本田清親が戦に勝っようなことがおこったとしても、忍山を攻めるのに裂く人員は今までとは桁違いになるでしょうな!それでも押さえ込めるといえるのですか!」
「なにを小癪な大和人め!」
「えぇい!黙れ!」
 忍香の声が鳴り響き、暫く空間を振動させた。
 それには土蜘蛛の中年男だけでは無く、甲四郎すら身を縮めるほどであった。

「我がいつ傍観すると申した!」

「忍香!この者の誘いに乗ってはならぬぞ」

 市蔵は忍香の発言をとめようとしたが、とうの忍香はいたって落ち着いた様子で、甲四郎を凝視し、ゆっくりとはなし始めた。
「我らは大和人に幾度となく騙され、住む場所も奪われて来た、だがお主等の頭目、三郎兵衛には怨みもあれば借りもあると、我が父は言っておった」
 忍香は表情を変えることも無く、ゆるりゆるりと父から伝え聞いたことを話し始めた。
 その噺は、甲四郎達が聞いていた土蜘蛛討伐の噺とも、土蜘蛛達に伝わる噺ともかなり食い違うものであった。

 三郎兵衛は土蜘蛛を討伐しつつも、滅ぼさずに済む方法はないものかと思案し、当時の土蜘蛛首領に伝令を出した。
 その提案とは、土蜘蛛に対して忍山を潜伏場所として差し出すので、民衆への略奪行為はこれ以上しないで欲しいとの願い出だった。
「そのようなはなし我らは誰も聞いておらぬ!偽りを申すでないぞ忍香殿」

 広間にいた土蜘蛛の幹部にも動揺がはしった。

「左様、我も最初は耳を疑った・・・だが、実際はそのような綺麗事ではすすまず、三郎兵衛からの申し出に答える間もなく大和人の一部が戦闘を起こし、我らは多大なる死人を出しながらこの忍山に逃げることとなったのじゃ」
「何故いまになりそのような話しをする。ワレ等に話す機会は幾度もあったはずぞ、我らはメオトではないのか」
 市蔵は問いただすが、忍香は柔らかい表情を市蔵に向け口をひらいた。

「イチノスネ、お主から自らの生い立ちを聞いた時、我は混乱した。父から聞き及んだ信じがたい噺が真実なのでは無いかと、幾度も思い悩んだ」

「何故今になり、そのようなことを申す!お主はワレに大和人への怨みを植え付け、ヤソタケルとして気高く生きよと申しながら、この者等と共に戦えと申すのか」

 すると、忍香は柔らかい表情を市蔵に向けたままゆっくり首を振った。

「我らはこの者等と共には戦わぬ・・・戦となれば、我らは我らなりの行動を起こすのみ・・・栗原殿、我らの答えを率直に申せというならば、父の言葉を借りて申そう、三郎兵衛には我らを生かす為思案してくれた借りもあれば、多くのヤソタケルを戦場で殺された怨みもある・・・それがいま言える我らの答えぞ」
 
 甲四郎は小さく息を吐き頷いた。

 それ以上の答えはない。

 つまり、共同戦線は貼らないが、ヤソタケルはヤソタケルとして独自の戦闘行為を行うとの返答である。

 しかし、甲四郎からすれば、その答えだけで十分であった。




  



       清親


 本田清親という人物は産まれてから現在まで、自らの出生を怨み続けた男である。
 
 端的に言えば、分家に生を受けた鬱屈がこの男を歪ませ、生きる原動力へと変換させていた。

 もう一つ清親の人間性を作り上げたのが、「黒田の乱」又は「手の抗争」と樋野の住人に名付けられる内部抗争の敗者で、運良く本田の分家に保護された半田家の残党、半田左門の存在が大きいであろう。

 半田左門は「手の抗争」時、やっと自分で歩けるほどの幼子であったが、幼少期から黒田家のした半田家乗っ取り行為の不当性を植え付けられ育ち、青年になると、数々の本を読みあさり、その博識さを見込まれ、三一の時には都にまで行き、数々の学者に教えを請い、学識と見聞をひろげ、都から帰ると本田家の分家内での地位を築き、最重要の重臣にまでなった。

 五十代後半で重臣の地位を息子に譲ると、左門は人との接触を避けるように山小屋で書物を読みふける日々を過ごしていた。

 人知れない山中で人生を終えるはずだった左門に、当主の跡取りである清親の教育係をやってくれまいかと申し出があった時には、半田左門は六十半ばを越える老人であった。
 その時清親八歳、左門六七歳。

 左門は、はじめて清親を見たとき、自分の幼少期と重ね合わさるような、清親の瞳に捕らわれた。

「この少年は、すべてを憎んでいる、目の前に居るワシおも憎しみの対象であるかのような、沈んだ光りを放っておる」

 心の内で瞬時に感じ取った左門老人は、自らの内にある。教え込まれてきた怨みや淀みが、体内で再生されて行くのを感じ取り、身震いするような快感のような不思議な感情に支配され、飲み込まれそうになりながら目の前の少年を凝視した。

「お前の家の歴史を教えろ」

 清親の少年とは思えない、深く重厚な声が半田左門に衝突した。


 それからというもの、左門は自らの全てを清親少年に、自らの持つ知識の全てを注ぎ込んだ。

 清親は、自らの出生への憎しみに加え、左門により教えられた半田家の苦難の歴史と、黒田家の闇と本家である本田家の嘘に塗り固められた正当性を知り、憎しみで形成された少年は、怪物のような若者へと育っていった。

   
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