腐れ外道の城

詠野ごりら

文字の大きさ
上 下
23 / 33
2章

忍香

しおりを挟む
     


    忍香(オシカ)



 樋野と山名の国境に標高50間にも満たない小さな山がある。


 地元の者はその小さな山を「忍山(オシサン)」と呼び、神の休む丘として崇めて来た。

 だが、その「神の休む丘」も、十六年前のある事件を境に、土着民族「土蜘蛛」が忍山を根城にし始めた時よりこの丘は、崇める対象から忌み嫌われる対象の山へと変貌してった。
 

 十六年前の事件とは「第三次土蜘蛛征伐戦」のことである。

 「土蜘蛛征伐戦」とは、古来よりこの土地に住まう土着民族「土蜘蛛」が、本田家に服従しないことに対しての報復戦である。

 土地の者に「土蜘蛛」と呼ばれる土着民族は、自らを古代の誇り高き民族「ヤソタケル」の子孫と名乗り、自らを「ヤソタケル」又は「クマソ」と呼んでいる部族である。

 その土着民は、本田家に対し、年貢を納めず、他人の土地を勝手に耕作するは、村の娘を連れ去り輪姦するなど、謀略の限りを尽くしてきた。

 それを見かねた本田家が、土蜘蛛という野蛮な集団を討伐しよう、と言うのが表向きの構図であり、勝者の作った歴史であり、後に通説となったのだが。

 一方の敗者側の視点は真逆である。
 本田家がこの樋野に土地を求めて入ってきた時より、そこに住んでいた土着民族であり、自らを「クマソ」と呼ばわる彫りの深い顔の民族を、人では無い魔物「土蜘蛛」と呼び、本田家の兵士達は、土蜘蛛を虫けらのように殺戮し、土蜘蛛の女をを捕らえては、息絶えるまで暴力的に犯し続け、先住民の自尊心を踏みにじり、住んでいた土地を掠め取ったというのが、敗者側の史実なのである。

 本田家の虐殺による虐殺で数が減った「土蜘蛛」であったが、それでもクマソ達は、自らの自尊心を捨てず、本田家に抵抗を続けた。
 クマソどもは、勝手に自らの耕作地を広げ、付近の村人から作物を略奪することを繰り返した。
 
 本田家六代目当主、本田忠信は、抵抗を止めない土蜘蛛への対策に頭を悩ませていたが、地道に土蜘蛛の領地を追い込む作戦を続け、三度目の「土蜘蛛討伐戦」で、指揮官であった黒田三郎兵衛の活躍もあり、土蜘蛛を忍山へ囲い込む事に成功したのであった。

 それが「神の休む丘」忍山を土蜘蛛が根城とした経緯である。

 土蜘蛛等が忍山を占拠したことにより、困った問題が起きた。

 神の休憩所とも呼ばれていた忍山の木材は、寺社仏閣を建てる際に、有り難い木材として利用されて来た為、土蜘蛛の支配下となってしまってからは、自由にその木々を伐採出来なくなってしまったのである。

 忍山の有り難い木々を占領された樋野は、今度は忍山奪還作戦を試みなければならなくなった。

 しかし、忍山を要塞化した土蜘蛛を、排除することは困難を極め、手が出せずにいた。

 
 忍山を占拠した当時、土蜘蛛の首領は「ナガスネ」という老人であったが、ナガスネもやがて高齢を理由に息子の「オオスネ」に代を譲る。

 代替わりしたオオスネは、勇猛果敢な大男で、忍山を奪還しようとする樋野の軍団に、先陣を切って立ち向かっていった。
 そのような人物であったため、オオスネは戦闘中に負った傷が元で、若くして命を落とすこととなってしまった。


 すると、オオスネには男児がいなかったため、当時十三歳の娘が首領を引き継ぐことになったのである。
 
 その若き女首領の名は「忍香」(オシカ)。


 忍香は丸顔の童顔で、肉好きの良い体つきの少女であったが、父オオスネ譲りの勇猛さがあり、気性が荒いが「クマソ軍」をうまく統制していた。

 元々クマソには、女の首領に抵抗を持つような文化はなく、娘首領はクマソ達にすんなりと受け入れられた。


 やがて年月が経ち、十七歳を迎えた忍香は、周囲の者を驚かせる行動に出る。
 突然、胸の辺りまで伸びていた髪の毛を、襟足の辺りまで切ると、下界の者との戦闘を一切禁ずるといい、樋野との戦はおろか、麓に住む住人との作物を巡る小競り合いも禁じたのである。


 時に、平野において「井藤砦」が築かれたのと同時期であったため、戦闘を好む傾向にあったクマソの若者から「樋野の衆の目が平野に向いているこの機会こそ、樋野に打撃を与える好機ではないか」との声も上がったが、忍香は意に介さず。

「今こそ山を潤し、子を育むときじゃ」
 とだけいうと、その翌日から忍香は、女にしては大きな体躯ではあるが、男と比べると遙かに小さい身体に大きな荷を背負い、麓の街へ薪や山菜、時には木材を樋野や隣国山名の大工へ売り込みに出掛けた。


 歳月は流れ、本田家の当主が清親に代わり、土蜘蛛討伐戦で名を上げ、平野の反乱を鎮圧した英雄、黒田三郎兵衛が領民が見守る中斬首されたとの報が、忍山のクマソ衆の耳にも入ってきた。

「忍香様!今こそ攻める時かと!」
 クマソの集会で、血気盛んな若者が叫ぶように言った。

 忍香は目を瞑って答えない。
「忍香様!樋野は今、揺れております!本田を叩くならば好機でありましょう、うまく行けば樋野国を総崩れにすることも出来ようかと」

 忍香はそれでも目を瞑っていたが、やがて目を見開くと重い口を開いた。

「我等の目的はなんぞ?我等は樋野国を奪い取り、樋野を統治せんとしておるのか?」
 忍香の言葉に若者は、徐々に冷静さを取り戻し、口をつぐんだ。

 そんな中、彫りの深いクマソ衆のなかでも、色黒で目の辺りの窪みが深い若者が、ゆっくり立ち上がり口を開いた。

「我等は国など欲しくは無い!それは忍香様の仰る通り、だが我等には、数世代にわたる積年の恨みがある。土地を奪われ、一族を獣のように殺められた歳月がございます」
 その言葉に忍香はカッっと目を見開いた。
「それは我も身に染みてわかっておる。だが、いくら本田が揺らいでいるとはいえ、向こうは小国ながら「クニ」である。対し我等は百人足らずの集団にすぎぬ」
「それは重々承知のうえです」
「我らはいつでも戦に望む覚悟で生きておりまする」
 若衆の熱気のこもった言葉にも、忍香の表情はまだ平坦で冷静なままであった。
「誠か!それは皆で華々しく散ってもよい、そのような言霊の現れではなかろうな!」

 忍香は強い眼差しで皆を見詰めた。
「我等クマソは、怨みの為に散る愚かな一族ではないぞ!戦を仕掛けよというからには、ヌシ等は、なんらかの勝算があって述べておるのであろうのぉ!」
「それは・・・」

 目の窪んだ色黒の若者が、言いよどんで項垂れたとき、小屋の木戸を蹴破るように、若者が二人入ってきた。
「何事ぞ、今は忍香様と我等が大事な話をしている時ぞ」

 入ってきた二人の若者は息を荒くして暫く話せずにいたが、やがて息が整うと、少し震えた声で一人が声を発した。


「下の川っぺりに・・・男が・・・倒れておる」
「それがどうした!数日前の豪雨で川上の村人が流されてきたのだろう!放っておけ!」
「もし死んでおるか虫の息なら、近くに埋めてしまえ、放ってけば、ウジが湧いて面倒だで」 

 入ってきた若者の一人で、今まで喋ってこなかった者が、それに対し、言いにくそうに口を開いた。
「それが、其奴は戦衆(イクサシュウ)の身形をしておりまして」
 合議に参加していた年輩の男が、鬱陶しそうにそれに答えた。
「されば、甲冑や刀をむしり取って、捨ててしまえ、まだ生きておるようなら、下帯にして何処へでも解き放てしまえ」
 長老各の者が冷ややかな笑みで、付け加える。
「死んでおるのら、下帯も剥いで埋めてしまえ」
「それが・・・少し厄介で、其奴の懐から小さな布きれが出てきおってのぉ」
 もう一人の若者が、目をむいていった。
「藍染め白抜きで「手」の旗でさぁ」
 一同が響めき、忍香は鼓動が抑えきれず、腰を浮き上がらせた。

「藍染めに手!・・・黒田の家臣か!息があるのだな?ならば早急にここへ運んでくるのだ!」


 運ばれてきたのは、肌の色は浅黒く、彫りの深顔の男であった。

 市蔵がクマソ一族と対面した瞬間である。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

信玄を継ぐ者

東郷しのぶ
歴史・時代
 戦国時代。甲斐武田家の武将、穴山信君の物語。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...