腐れ外道の城

詠野ごりら

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1章

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 崖の麓で具足を取りながら、甲四郎は甚六を見た。
 まだ年若い甲四郎にはまだ、甚六を付けてくれた三郎兵衛の配慮の全てに気づくことはできない。
 だが、甚六でなく父の十吉とここにいればどうなったであろうかと考え、こうも素直な心持ちで進行出来なかったであろうとおもう。
「間に合わせなければな、三郎兵衛様は大打撃をうけてしまう」
 甲四郎は素直な目で甚六を見て言った。
「左様ですな」
 短い会話を交わすと、二人はふたたび崖を登り始めた。
 足軽衆等は手慣れたもので、短めの槍を射杖に、まるで平地を行くように斜面を蹴り上がって行く。
 それを甲四郎と甚六が息を切らせ追って行くかたちだ。
 戦国初期の足軽とは、雑兵を指す言葉ではなく、謂わば傭兵のような組織であり、大名や国衆などに雇われれば、報酬次第で戦地から戦地へ渡り歩く、当時の「国社会」から逸脱した集団なのであった。
 戦がない時は、盗賊や山賊、沿岸地域の足軽衆は、海賊をして生計を立てている。粗野で野蛮な者どもで、雇い主である領主や指揮をとる者に対しても、なんの忠誠心も持たない集団であるから、組頭に対しても横柄に接してくる者も少なくは無い。 
 だが実際、目の前の足軽に接していると、乱暴な野獣のような印象は少なく、仲間を思い、自らの集団を家族のように扱い、一つのクニを形成しているようにも見える。
 甲四郎はそんな足軽衆を、集団の形として理想なのではないかとも、感じ始めていた。
 山頂付近まで辿り着くと、人が数人休めるほどの小さな平地があり、甲四郎達はそこで休息を取る事にした。
 その間、足軽衆の頭は、身軽な者数名を斥候にたて、先の様子を見張らせていた。
 斥候の中でも群を抜き小男で、背中の丸まった「マシラ」と呼ばれている男は、早々に帰ってくるっと、渋い表情で甲四郎に耳打ちをした。。
「旦那、この岩山は思いのほか、厄介な形をしているでゲスぜ」
 マシラは薄笑いを浮かべたような顔で言う。
「厄介とは、登頂が困難ということか」
「旦那・・・アッシ等にとっちゃ容易な山でありやすが・・・形がねぇ・・・」
 マシラは額の汗を拭うと、下から覗き込むように甲四郎を見ると、腰から木の枝を取り出し、砂溜まりをサッと馴らし、井藤砦の稜線を簡単に描き、甲四郎に薄笑いをしながら説明を始めた。
「砦のある山がこうでゲショ・・・そいでよぉ、アッシ等が今おるんは、ここでぇ」
 マシラはなだらかな砦のある稜線を枝先でなぞると、その先にある突起部分を枝先でつついて見せた。
「アシらは、このドッと高くなっとる所を登りきれば砦の東側と地続きになってると思って登ってきやしたが、ココとココは」
 と、マシラは崖の山頂と砦の東端を突き、その間に湾曲した窪みを書き足した。
「このように、繋がってねぇでゲスよ、アシらが遠くから見ていたココは、木が茂って一つに見えたって寸法でゲスよ・・・」
「ではここまで下りて砦を目指す」
 甲四郎も身近にあった枝を取り、マシラが後から描いた岩山と丘の間にある亀裂を指した。 
「旦那ぁ、その考えはどうでゲシしょうかねぇ」
 マシラは地面に描かれた砦の東側を指し、丘の窪みのぎりぎりの所に砦の東の見張り台があり、そこから東側に取り付くにはまず、誰かが見張り台に攻撃を仕掛け、そのすきに砦に侵入しないと難しいだろうと説明した。
「栗原様、よろしいでしょうか」
 甲四郎のすぐ後ろでマシラの描いた「図解」を仏頂面で見ていた加藤甚六が、ゆっくりと前に進み出てきた。
「私がこの崖の頂上まで行き、そこから見張り台を弓で狙います故、その間に甲四郎様は皆を連れ、砦をお獲り下さい」
 甚六はそれだけ言うと身を引き、小声で「弓の腕には多少自信が御座いますでな」と付け加えた。
 甲四郎は甚六の言葉を受け、足軽大将に頷いて見せ「行くぞ」と小さく言い、立ち上がった。


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