魔女の一撃

花朝 はな

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王太子の意見

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 「殿下。勘違いをなさってはいけません。魔女殿は一人しかおられません。二か所以上の軍事作戦があった場合、魔女殿は同時に軍事作戦に参加することはできませんので、一か所は通常兵で迎撃するしかありません。今回のヴァリラ連邦軍は規模が小さく、わが軍の実力を計るのに向いているということで、軍隊で相手をしようとしております。魔女殿はイレギュラーに備えて後方に待機していただくことになっております。危険な状況になれば、不肖このわたくしが魔女殿へ要請して、前面に出て対応していただくことになっております」
 軍務大臣のエンシナル侯爵が言い聞かせるように言う。
 「・・・おかしいな。王太子である私は、この迎撃軍の司令官のはずだ。司令官である私の意見は、魔女に戦ってもらおうと言うものだ。・・・そうすれば勝てるのだろう?王城にも早く帰れるのだろう?違うのかな?」
 一瞬の静寂がその場に満ちる。
 アストリットは自分が出て行けば、さっさと終わらせることができることが分かっていた。そのため、一度は国王にそれを伝えたが、国王は意見を却下した。仕方なしに王の意見を肯定したが、今でも自分が前面に出れば簡単に終わると思っていた。早く帰れるという意見は賛成だが、自分で言うのならまだしも他人にそれを言われるのはどうも違うと、アストリットは思った。結局は今この場にいる最高権力者はこの王太子であり、王太子の権威を否定することは難しいため、王太子の言うとおりになるだろうとアストリットは思っていた。ただ、王太子の言うとおりになったとしても、一応国王の命を盾に最初は拒んでおいて、その姿を見せて証言できる者を増やしたのち、強硬に主張する王太子に従うことにしたほうが、国王の命を蔑ろにしたと糾弾されずに済むはずだと内心は考えていた。そのため、アストリットは黙ったまま、結論が出るのを待つことにした。
 ・・・まあ、何かしてもわからないとは思うけれども、ねえ。
 アストリットにとっては待機でも攻撃でもどちらでもよかったが、軍部の面々は違うらしい。エンシナル侯爵が、なぜか強硬に国王の命を盾としてアストリットに戦闘を任せることを拒んでいる。
 「陛下の命があります。魔女殿は後方で待機。軍の練度が低く攻撃を支えきれない場合にのみ、魔女殿に要請する。陛下の命はこの通りで、我々軍としてはその命に従わなければなりません」
 「だが、陛下は王太子である私を迎撃軍の司令官とした。司令官なら、作戦の指示もできるのではないか?そうでなければ司令官としての私の存在は無意味なのではないか?」
 そう答えてから、急にアストリットに視線を向け、王太子が続けた。
 「魔女はどう思うのだ?そなたが攻撃すれば、敵は消えるのだろう?こちら側の戦闘もなく、即時戦闘を終了させることができると思うが、どうだ?」
 アストリットはこちらを巻き込むなと言いたかったが、こうなった以上答えないわけにはいかなかった。
 「・・・わたくしはどちらでも結構です。相手側の捕虜を多く取りたいならばわたくしが攻撃すれば早いと思います」
 「・・・敵兵も殺さないということか?」
 王太子は引きつった顔をしている。
 「わたくしは人の命を奪うのは良く思えません」
 「そ、そうか・・・」
 捕虜を多くとるのは、生きていてもらうために金がかかることであり、国としてはあまり積極的には行いたいわけではない。捕虜を元の国に戻すために交渉する時間もかかる。その間の捕虜の面倒も見なければならない。捕虜を返す交渉が決裂した場合、その捕虜を処刑することになる場合もあり得る。
 「・・・殿下、私も正直に申し上げれば、魔女殿に攻撃してもらえば戦は即時終わるでしょう。腰痛で歩けなくなる恐ろしさは経験をしなくても、恐ろしいものです。剣を振るえず、進むのも下がるのも出来なくなります。殿下がどれだけの技を持っていたとしても、雑兵に惨めに差し殺されるかもしれません。・・・殿下はそれを享受できますか?」
 エンシナル侯爵が王太子にそう語りかけると、軍の面々が重々しく頷く。
 アストリットは自分の力が、随分悪く思われているのだなと少々がっかりした。戦闘にならないのだから、面倒がなくて良いのではないかと思う。
 「・・・そ、それは嫌だな・・・、どうせなら武人なら武人として死にたいと思う。剣も握れず、動くも出来ずに死にたくはないな・・・それは敵も同じか・・・」
 アストリットは、その言葉にこれはもう後方で待機となったのだなと悟った。
 ただ、アストリットが後方で待機するということは、その分、兵の命が失われることになる。国王から命じられた時にもそう思ったことだったが、失われる兵の命はそれでよいのかと、考えて、アストリットはあまり良い気はしなかった。

 ハビエル王国の兵士たちはよく訓練されていた。いつものように、決戦になる前に整列して、口の達者なものが前に出て罵詈雑言を並べるセレモニーはされることなく、セレモニー目当てで整列したヴァリラ連邦兵を尻目に、粛々と歩兵が楯を並べてただ待っているだけだった。口達者なものが出てきても、相手をしない。結局言い合いにもならず、ヴァリラ連邦軍は怒りをあらわにした。
 救援しやすいように、アストリットは王太子のいる本陣の一角にテーブルをおき、お茶をしながら待機する。本来なら命の奪い合いをする戦場に待機するなどしたいとも思わなかったのだが、今回だけは仕方がない。
 本陣の周りには丸太を地に打ち込んで周囲を囲った柵で覆われ、柵の内外に王太子の護衛役だろう、近衛騎士団が騎乗することなく待機していた。そしてなぜか近衛騎士団の団長であるブルゴス伯爵がアストリットの座っているテーブルに居て、同じようにお茶をしている。
 なぜここにいるのかと団長を見やると、伯爵は苦笑しながら答えた。
 「魔女殿の護衛として陛下に派遣されまして」
 アストリットはため息と共に、自らお茶を二人分用意して勧める。
 団長が恐縮しながら、お茶を受け取る。
 「・・・あのセレモニーは何か意味があるのかしらね」
 お茶のカップを取り上げながら、聞こえてくるヴァリラ連邦軍の怒りに満ちたあざけりを聞きながら呟いた声を聞き取ったか、団長が微かに笑った。
 「・・・伝統と言うものですよ、魔女殿」
 団長の言葉を受けて、アストリットがフッと息を吐く。
 「・・・無駄な伝統ですね」
 団長が再度微かに笑う。
 「・・・そう言うと無粋と言われてしまいそうですよ」
 「命のやり取りをするのに、無粋も何もないでしょう?」

 突然、ヴァリラ連邦軍側から角笛が吹き鳴らされた。
 「・・・?」
 アストリットがヴァリラ連邦軍を見ると、歩兵が左右に分かれ、後ろから騎兵が前に出てこようとしている。
 「・・・何がやりたいのでしょうか・・・?」
 あんな位置に馬を配置したら、馬が走り始めてもたいした速度にならないうちに敵の陣地についてしまうのにとアストリットが考えて呟く。
 「騎兵が突撃するみたいですね」
 近衛騎士団団長がアストリットの呟きに答える。
 「あんなに近いのに騎兵を配して、騎兵の速度は良いのですか?」
 アストリットの言葉に、団長は目を見張る。
 「・・・いや、良くないでしょう・・・、ただ、ヴァリラ連邦は旧王国の爵位を持ち続けている家の集まりですから、昔からの伝統を大切にしているのでしょう。それで騎兵が突撃して一当てしてから崩れた所があれば、そこに集中するつもりでしょう」
 団長がそう答えながら、アストリットを見つめた視線に、アストリットが気が付き尋ねる。
 「なにか?」
 「・・・いや、何、騎兵の速度などをお分かりとはと、感心致しました」
 「アカデミア・カルデイロでは戦術の講義がありますので、それを学びました」
 「・・・そうでしたか・・・確かに良い学校ですよね、アカデミア・カルデイロは。・・・私が行っておりました時には、そのような授業はありませんでしたね。それが残念です」

 眼下ではヴァリラ連邦の騎兵が突撃してきている。アストリットはその姿から目を逸らした。
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