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第四章 遡航
王様と猿回し
しおりを挟むついに砂漠が尽きた。
あの単調な風景が終わることになぜ一抹の寂しさが伴うのか、ウェスにもスタンにも説明のしようがなかった。さらに大きく成長したラトナだけは無邪気に喜んでいるようだったが、やがて現れた奇岩と灌木の風景はいまだ荒野と呼ぶにふさわしい眺めだった。
「なぁ、ウェス、おまえさ、どうしてあんなことをした?」
「あんなことって?」
照りつける太陽は以前ほど狂暴ではない。それは喜ばしいことであると同時に光を動力とする光走船《ルカ》にとっては嘆かわしいことでもあった。
「俺を王だのなんのにまつり上げようとしたことだよ。本気じゃないんだろ?」
ナドアの集落での悪ふざけはウェスの数ある悪行の中でも、スタンにとって最も気に食わないもののひとつだった。
「決まってるだろ、スタンが王になれば、僕にたくさん援助してくれるだろ。設備も人も。特に金は湯水のごとく使える。資金は国庫から出るんだからな」
「たとえ……万が一王になったって、お前のバカげた趣味に金を回したりはしねえ。もっと行き渡らせなきゃいけないところがある」
スタンはウェスのとんでもない発明のせいで国の財政が干上がってしまう悪夢を見たことがあった。
「ふふふ」ウェスはなんだかうれしそうに笑った。
「なんだよ?」
「もうしっかり王様気分じゃんか」
ズバリとウェスは核心を突く。
「別にそんなんじゃねえよ。言ったろ、たとえ王様になったとしても、やるべきことをし終えたらすぐに辞めるって」
「北と南を救うのか……そんなことより僕の発明を後押しするんだ。そうしたら時計の針を千年は進ませてやる! 不平等だの差別だのは、まわりくどく人の心なんかを糺すより、科学技術が乗り越えていくんだ」
スタンはそれも一理あると、踏んだ。
奴隷より安くて便利な機械が労働に従事するなら、奴隷は解放されるだろう。だが、ジヴという元奴隷の死闘を目の当たりにした今、スタンの何かが変わってしまった。レイゼルの屈辱と抵抗とが、自分の心の底をうねるように流れているいま、物事はそれほど単純ではないと気付き始めていた。さらに竜紋《サーペイン》を通して伝わってくるのはベイリーの凍てつくような孤独だった。
(あのおっさん、また重てぇもん抱えやがったな。こっちの身にもなりやがれってんだ)
具体的に何がベイリーの身に起きたのかわからない。ともかく彼が傷つき、打ちひしがれていることは手に取るようにわかった。
(このバカ二人とじゃなきゃ、とっくに俺もへたばってたろうな)
「なんだスタンひとりごとか? 気味悪いぞ。ほら、ラトナも心配してる」
竜猿ラトナはウェスが教えた珍妙な踊りを完璧にマスターしたうえ、独特のアレンジを加えて、ついぞお目にかかったことのない前衛芸術の域にまで昇華させていた。
「ラトナ、おまえいい加減、夜になったら、俺の代わりに漕いでくれよ。図体ばっかしでかくなりやがって」
「図体ばっかりじゃないぞ。ラトナはものすごい勢いで知恵をつけてるぞ。スタンおまえより掛け算ならできるといってもいい」
「……ぐっ」
言い返すこともできずスタンは絶句した
九九は6の段で挫折したのだ。湖水の漁師に勉学など不要だったといえば言い訳になるが、天才ウェスの隣にいたことでそっちの方面での努力はバカらしくなったともいえる。いまさら猿の猛追に引け目を感じることになるとは……。
(俺みたいなバカが王になんてなれるわけがないさ)
「それよか、ウェス」とスタンは話を変えた。「おまえ族長に何貰ってたんだ?」
「タブレットさ。ナドアの祈りの文句が刻んである」
ウェスが大事そうに抱えているのは、セラミックのプレートで、その滑らかな表面にはスタンには読めない難解な言語が刻んであった。
――ローデファイ語。
ロドニーの民が使っていたという言葉であり、いまではナドア族の口語の中にその痕跡が認められる程度だ。数学に劣らず語学が苦手なスタンだ、ウェスの詳しい説明を聞いてもチンプンカンプンだった。なんでも十三の連《スタンザ》から成る詩句らしいが、そのどれもが巧妙な回文によって成っているという。
「こいつを見せれば、ナドアの十二支族は必ず僕たちの力になってくれるってさ」
族長もクローパもウェスたちのことを随分と気に入ってくれたようだ。貴重なはずのタブレットをウェスに託したのも、そのためだろう。別れ際、スタンはあたかも王であるかのような丁重な態度で送り出されたのを思い出した。
「あいつらの宝みたいなものだろう。おまえよくそんな大切なものを軽く受け取れるな」
「くれるってんだから、いいじゃないか」
とスタンはふくれっ面になり、
「それにナドアの人たちはみんなスタンに忠誠を誓ったんだから、さ」
「あれはおまえのせいだ。おまえの妙ちくりんなやり口のせいだ」
(俺はマイトルのただの漁師の息子だ)
「僕もラトナもスタンに跪いたんだ、心置きなく命令してくれていいからさ」
「だったら遠慮なく命令するぞ、おまえら二人とも夜になったら船を漕ぐんだ!」
ウェスとラトナはだしぬけに聴力を失ったようだ。何も聞こえない様子で、踊りのレッスンを再開した。
「てめえら!」
スタンは喚きたてたが、ひとりと一匹にはまるで効き目がない。
俺が王になったら、とスタンは心に決める。
(どでかい動物園を作ってこの猿を放り込んでやる。ウェスは石切り場で死ぬまで重労働だ。そのためになら俺は王になってやる)
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