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第三章 逆乱
悪魔祓いの作法
しおりを挟むレヴァヌの街は旧市街と新市街に二分される。
シェストラ王国中興の祖、庶子王リアムによって率いられたベルタ人たちが住み着いたのが旧市街。それより数百年の間、街に発展に伴い居住地域は拡がりを見せ、旧市街に数倍する新市街ができた。そこには主に定住化したナドアの民と外より流入したサナンタ教徒たちが住み着いたのだった。
マイルストームと灼熱の血盟団が根城にしているズールド城砦もリアムによって築かれた城だった。リアムはこの城を拠点にして、名だたる戦を駆け巡った。周辺の蛮族を帰順させ、住みよいオアシスに平等に住まわせたのも彼だった。
マイルストームは己をリアム王になぞらえているに違いなかった。
リアム王もまた、ハゼム王と同じく、竜紋《サーペイン》をその身に受けて王座についたとの伝説があるからだ。マイルストームは冷やしたマーヴァ酒をライム水で割って飲むという、これまたリアムが好んだというやり方を踏襲しつつ、股肱の臣であるネイロパを眺めわたした。
「おい、いい加減にしやがれネイロパ。どんだけビクついてやがる。そんなにベイリーが怖いってのか」
「いえ、そ、そうではありません」
ネイロパは汗を伏せた顔をわずかに上げる。
彼の脳中には、ナドアの民に歓呼されたスタン・キュラムの姿がしっかりと焼き付いて消えない。
石造りの居室には、大きなタペストリーがかけられている。リアムの物語に基づく流星群と騎士団の図案だった。
「てめえ、ナドアの野営地より帰ってからおかしいぞ。ジヴのやつも半殺しになって戻ってきやがったしな。妙なことばかりだ」
「ジヴがやられたのは白狼レイゼルに、です。先般からの遺恨の清算でしょう」
ガラッドは椅子に座ったままテーブルに足をかけ、ぶっきらぼうに言う。
「レイゼル? ああ北の。俺の砂漠で好き放題か。お仕置きしてやらんなきゃなぁ」
マイルストームは舌なめずりでうそぶくが、ネイロパはいつものように追従しようという気にはならなかった。
あの彫り師の男の話もある。もしかしたらマイルストームの竜紋《サーペイン》は偽物かもしれない。だとしたら、自分はとんでもない茶番を繰り広げてしまったことになる。
「故郷に兵を求めに行ったと思ったら、すっかり意気消沈して帰ってくるとは……ほら、シャキッとしろ」
マイルストームが、ペチペチとネイロパの頬を叩く。
「ジヴの持ち帰った情報によると……」とガラッド。「悪魔の中指の攻略法なら耳に届いてる。おまえ、やれるか?」
「任せてください。まさか降伏するなんて言わないでしょうね?」
「当たり前だ。ここでやつらをコテンパンにしてやる。んで、レイゼルってのを叩いたら、この街にゃ用はねえよ、悪魔の中指を手に入れて、いよいよマイルストーム様の進軍が始まる」
ネイロパが「ダメだ」と呟く。「……もう後戻りはできない。私たちはもう」
「ぶつぶつ言ってんな。里心でついたのか? ナドアの野営地はたった四ヒスローしか離れてないんだろ。終わったら、ゆっくりママのとこに帰してやる。それよか、あと数時間で楽しい戦の始まりだぜ、なぁ、夢にまで見た、おまえと俺の特等席じゃねえか」
この部屋はレヴァヌを一望できるバルコニーに面していた。レヴァヌの街は闇に沈みつつあり、そこかしこに明かりが灯る。夜戦がはじまるのだ。
マイルストームは部下たちと盃を交わしながら、髭をしごいた。
「装甲車があるとはいえ、たかが数人で何ができる。バカが」
マイルストームの部下たちは賛同する。が、それは違う、とガラッドは密かに考える。ベイリー・ラドフォードとルードウィン・ザナックはさらなる圧倒的不利を覆しイルムーサ巣食う王都を取り戻したのだ。ルードウィンのものとされる鬼謀のいくつかは、じっさいにはベイリーの発案だとされている。
「八時間、みすみすと待つべきではないかも」
ガラッドは慎重に申し出た。
どうもベイリーの持ちかけた提案には違和感が残る。猶予が二十四時間であれば、せっかちなマイルストームは待ち切れなかったろう。逆に二時間であれば即断を迫られたと憤慨し、その場で開戦していたかもしれない。
(八時間、いやもう七時間を切っているか)
「なぁに、せっかくだ。急くほどのことはあるまい」
マイルストームは取り合わない。
(言っても無駄だな。ま、いいさ。後先考えないバカの強みってのもある)
ガラッドは軽く頷いて退室しかける。そこへ包帯だらけのジヴが現れ、部屋の外に誘った。
「大喰いはいつでも動かせます。オアシスなら燃料に事欠かない」
砂漠の違ってここには大喰いの餌が豊富にあった。
「おまえもう平気か?」
「かすり傷です」気丈にジヴは言うが、言葉ほど軽傷ではないことにガラッドは気付いていた。「レイゼルはそんなに?」
「ええ、強かったです。女に負けたのははじめてです。たぶん、犬をけしかけられなくとも負けてました」
ジヴは冷静に分析する。あの女は強靭だ。相当な修羅場を潜り抜けてきているはずだ。
「ベイリーにレイゼル。危険な面子に割り込もうとしてんだな、俺たち」
ガラッドはジヴに酒瓶を手渡しながら言う。
本当に手ごわいのは……と言いかけてジヴは口ごもる。ウェスとスタン、あのガキどもだ。あいつらには底知れない何かがある。だが、アレを……野営地のあの光景を見ていないガラッドに説明するのは難しい。
「もう、やめましょうか。地元に帰って商売に精を出しましょう。それで安泰でしょう」
酒を大きく煽るとジヴは真面目に顔つきで言った。あながち冗談ではない。
「バカ言うな」とガラッドは首を振る。「これからだぜ、俺たちは」
作戦会議室とは名ばかりの宴会場からマイルストームたちのバカ騒ぎが聴こえる。卑猥な冗談と悪罵の応酬。幹部たちは、ここから高見の見物を気取るつもりのようだ。楽しいショーを眺めるように。
悪魔の中指がやってくるなら、城砦の裏手の平地だろう。あそこなら旧市街から上がって来れるし、砲撃が城に届く場所でもある。つまり血盟団が迎え討つのもそことなる。ガラッドなら、そこに何かしらの罠をしかけておくところだが、もう時間がないし、マイルストームはその手の小細工を嫌う。
(まずは力比べだな)
ガラッドの体温が湿った城の冷気に溶けていく。
城砦の暗い廊下には心もとないほどの松明がかかっているだけだ。亡霊が徘徊するにぴったりの雰囲気。ズールドの城砦には数えきれないほどのその手の話がある。
「薄気味悪い城だなしかし」
「八百年以上も、ここじゃ、あれこれありましたからね」
「そっち系だけは苦手なんだ俺は。首の後ろの毛が逆立つ気がするぜ」
どうやらガラッドはこの城が居心地悪いようだった。
「早くここをおん出て外の世界を大喰いで駆け巡りたいな。……しかし、今夜は悪魔の中指と勝負だ。準備は?」
「整ってます」
「娼館はどうなってる?」
「かなりの人数があそこの警備に割かれました」
娼館は新市街の裏手にあるが、戦火が拡大すれば巻き込まれないとは限らない。
「あちらさんに形勢が傾いたら、もう一度アプローチするぞ。やつらには何かある。ただの没落貴族なんかじゃない。俺の勘だ」
「では悪魔退治と行きますか」
ジヴは低く昇った月を見やった。満ちることなくわずかに欠けた月。
ベイリーが定めた刻限まで、残り六時間と三九分。
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