疾走する玉座

十三不塔

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第三章 逆乱

裸のブランチ

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 ウェスとラトナの人気はうなぎのぼりだった。族長への挨拶を済ませると子供たちに捕まって身動きが取れなくなった。

 ウェスは子供たちを順番に光走船《ルカ》に乗せてやり、年嵩の少年たちには操縦をさせてやった。ラトナはといえば年少組に追いかけまわされて野営地中を鬼ごっこだ。

 仕方なくスタンひとりでレイゼルのテントを訪ねた。

「また会ったな」

 テントに入ると、むっと鼻を突く犬たちの臭い。フサフサした毛のコギト犬とまぎれるようにレイゼルは毛皮の肩掛けをまとっている。が、その内側は一糸まとわぬ裸だった。

「ちょ、あんた!」
 スタンは慌てて顔をそむける。

「ああ、これか。犬たちとだけ過ごす時はこうだ」

 筋肉質で引き締まっていながら女らしい丸みも帯びた、不思議なバランスの裸体。女に免疫のないスタンはドギマギしてうまく話せない。

「ははっ、大胆かと思えば意外とウブなのだな。竜紋《サーペイン》とやらで繋がれた仲だ。いまさら裸ぐらいどうということはなかろう」
「それはそれだ!」

 顔を赤らめるスタンに対し、レイゼルはあくまで平然としている。十七の少年など異性として見てはいないのだろう。いっこうに裸体を隠そうとしないレイゼルにスタンもやがて開き直る。

 見るともなく見てみれば性的なプレッシャーとは別の迫力がある。全身に無数の傷跡があるのだ。切り傷に擦過傷の痕、爪痕らしきものもあればケロイド状になった火傷痕もある。

(どんな生き方してきたらこんなになる?)

「ゆっくりしていけ。犬たちもおまえを歓迎している」

 コギト犬の一頭がおずおずとスタンに歩みよってきて、差し出された手をペロペロと舐めた。ドッジの森でジヴの矢から助けてやった犬なのだろう。コギト犬の知能が高いことはスタンも知っていたが、これほど義理堅いとは思わなかった。

「おまえたちとはよくよく縁があるようだ」
「日中は眠るんだろう。邪魔して悪かったよ。すぐに出ていく」
「かまわない。仮宿では、もてなす方法もないが」

 犬たちに埋もれたレイゼルはまるで人間離れして見えた。まるで野生動物のようだった。だんだんと裸であること自然に思えてくるから不思議だ。

「少し話をしたかったんだ。竜紋《サーペイン》のこと。玉座のこと、いろいろと」
「ベイリー・ラドフォードのこともな」

 そうだ。竜紋の繋がれているのはスタンとレイゼルだけではない。ベイリーもだ。

「やつは苦境に陥っている」
「感じるのは、内側から蝕まれるような苦しみ。どうやらこの竜紋ってのは、精神的な痛みを丸ごと伝えるが、身体的な刺激に関してはかなり低減させたかたちで振り分けるみたいだね。ありがたいことに」

「そのようだ」レイゼルはその瞳と同じ灰色の髪をかき上げた。

「わかるよね。近づいてきてる」
「ああ、やつが目指しているのは恐らくはレヴァヌ。相まみえることがあれば、戦う他あるまい」
「姐さん、わかってんだろ。奴がどんな気持ちで手を下したか。あの娘を」
「ああ、自分の手を下したかと思うほど、そう……がある。イルムーサの傀儡にされていたとはいえ、十代のいたいけな少女を殺めたのだ。公女サルキアの父ルパートとやつの父の因縁は知っている。親の無念を晴らそうとしたその気持ちは痛いほどわかる。だが、それでも認めることはできない」

 スタンだってベイリーを擁護したいわけではない。しかし、凶行に至った心の動きでさえ、手に取るように感じられてしまうのだ。とても裁く気持ちになることはできない。

「たった三人の心ですらこれほどに重いとはな」
 剛毅なレイゼルにしては珍しく嘆息した。

「王になるってのは、多くの心の荷を負うことだ。竜のやつ、そんなこと言ってたもんな」

 にしても、とスタンは思う。これはあんまりだと。

「俺は俺のことで手一杯のガキだよ」
「そうは見えぬがな」

 これまた珍しくレイゼルの顔が綻んだ。豪快に笑うことはあれど、こうして柔和な笑みを浮かべる姿は右腕のバローキですら、あまり記憶にないだろう。

「ウェス・ターナーあいつのことは放っておけないのだろう? そうやって放っておけなくなる人間が増えていく。いつしか頼んでもいないのに付き従う者が現れる。そうやって人は望まずして王になる」
「面倒だな。俺なら逃げ回る」
「あの玉座のようにか」

 思わずすがりつきたくなるレイゼルの優しい表情、それは犬たちに向ける顔なのかもしれない。傷だらけの裸体すら神々しく見えた。

「俺はただ……」

 言いかけた時、荘厳な祈りが立ち上った。

 野営地全体が唸りを上げるような……いや、砂漠そのものの声のような祈り。ナドアの礼拝の時間だ。日に二度、定められた刻限になると彼らは不思議な節回しで祈りの章句を唱えるのだった。

「美しいだろう?」
「ああ。姿も形もないものにどうしてあんなに熱心になれるんだろうな」

 スタンに信仰心はない。湖水地方にも様々な教えがあり、ほとんどの人間がなにがしかの神に帰依している。ターナー家のような筋金入りの無神論者たちと付き合ってきたせいでスタンも神とは縁遠くなってしまった。

「砂漠。砂漠の民、砂漠の神か」

 スタンは故郷には見飽きるほどある水がここでは黄金よりも貴重だということがまだ受け入れられなかった。

「陳腐な言い回しだがな、世界は広い。だろう?」
「いつか北にも行きたいな」
「来い。美しい場所だ、人を拒むような美しさ。いや、生命そのものですら拒絶した場所だ。歓迎はされぬ。私たちですら、いまだ受け入れられてはいない。知恵と忍耐でもって厳しい大地にこじ開けるのさ、人が暮らすわずかな隙間をな」
「わかるよ。あんたらの舐めた辛酸――その味のほんの欠片くらいは」

 忌まわしげに竜紋《サーペイン》の刻まれた膝を叩く。

「それを言うのをおまえなら許そう」

 祈りが止んだ。
 レイゼルは吹雪や氷柱、冬眠した熊の巣穴のことなどを語った。スタンは湖水地方の陽気な人たちのことを、祭りや水上レース、櫂術のトーナメントの様子などを、身振り手振りを加えて活写した。

「出発は夜なんだろ?」
「ああ」
「玉座の行き先は?」
「さあな。しらみ潰しに探すだけだ」

 レイゼルのこだわりのない様子に呆れつつも思案していたスタンだったが、仕方がないといった風情で地図を取り出した。

「こいつはウェスが弾き出した、あの古代機械の進行コースだ。ロドニーの遺跡から海へ出るはずだ」
「なぜ教える?」
「信じる信じないは姐さん次第だけど……まぁ成り行きかな。ウェスは犬好きだしな」

 レイゼルは、スタンのお人よし具合に喜ぶよりむしろ心配げな目付きになる。

「……おまえたちには世話になってばかりだな」

「もともとさ」とスタンが照れ臭そうに頭を掻く。「あの玉座を手に入れたいわけじゃない。あんなもの手に入れたってどうしたらいいのかわかんねえし。旅そのものが報酬さ」

 言いきらぬうちにレイゼルは裸のままスタンを抱きすくめた。人肌の温もりの安心感と若さゆえの欲情が交錯し、わけがわからなくなった。

 そこへくわえて犬たちも飛び掛かってきた。
 犬とのスキンシップと変わらぬ気軽さでレイゼルはスタンに触れたのだろうが、犬たちも主人にするのと変わらぬ遠慮のなさでスタンを押し倒すからたまらない。

 黒と銀と灰色の体毛が目まぐるしく視界を埋め尽くしたかと思うと、あっという間に唾液でベトベトになってしまう。

「わかったから、もうよせ、おいってば!」

 もみくちゃにされたスタンがようやく人心地がついた頃だった。腹ばいになっていた犬たちが一斉に起き上がり、低い唸り声を上げる。

「臭いを感知した。敵だ」とレイゼル。膨れ上がる殺気は、さきほどと同じ人物とは思えない。しかし、この砂漠の野営地に敵などいるのか?

 我先にとテントを飛び出すコギト犬たち。忘れていた。コギト犬は橇を引くだけでない、もともとは有能な猟犬なのだ。

「兄弟姉妹よ。行け! 平らげろ!」

×  ×  ×
 
 スタンがレイゼルの抱擁にのぼせてしまう四半刻《トークス》前
 
 子供たちと遊び疲れたウェスは、ナドア族の礼拝の声に聞き入っていた。
 礼拝が終わるとクローパは親切にも教えてくれた。

「聖句は十三連の詩になっているの」

 ウェスは首を傾げた。

「文字をもたないナドア族なのに聖句だけは文字があるなんて不思議だな」
「先祖からの守り伝えられたことなんですよ。聖なる言葉は変質させてはならないから石に刻んで残すようにと」
「みんなが使ってる口語に似てるけど……かなり違うよね」

 ウェスは言語に特別な関心があった。修辞学に秀でているわけでもないし、雄弁術を身につけているのでもなかったけれど、知性あるいは意識がどう言語と関わるのかについてずっと考え続けていた。将来、人と機械がコミュニケーションを取るのならば、それはどんな言語だろうかと夢想した。

「ええ、ローデファイ語だと言われています」
「ロドニーで使われてたってやつ?」
「ええ、伝説ではね。滅亡したロドニーの住民の生き残りがわたしたちナドアの民なのだそう」

 クローパがおどけた顔つきになる。彼女もこの伝説を鵜呑みにしてはいないのだろう。

「かもしれないね。人種的にも言語的にもかなり近しいのは確かだよね」
「本当のところはわかりませんがね。夢があっていいでしょう?」
「ところで聖句は一連ずつ回文になってるよね。文字にすると前から読んでも後ろから読んでも同じだ」
「よく気付きましたね」
「子供たちも覚えやすいわけだ」

 ウェスは感心しきりだ。簡潔な言葉とはいえ、つながりのある十三連の詩句をそれぞれ回文にしてなおかつ意味が通るものにすることは至難の業だ。

「すごいよ、これは本当に……」

 ウェスは何度も何度も聖句を読み返した。読むたびにその構成の妙に驚かされる。

 シンプルだが奥深い韻律。眼を開かれるような寓意。予想もつかない照応を見せる詩節。古代ローデファイ語の美しい響きと相まって完璧といっていいほど見事な文学作品となっており、信仰心のないウェスにもこれが人の手になるものとは到底思えなかった。

 二人は砂地にかがみこんで字を描きながら、あれこれと考究していると、ふいにクローパが立ち上がった。

「ねえ、おばちゃん。第五連のこの部分さ、“涙滴状のレンズのごとく清澄であれ”ってとこなんだけど……あれ、おばちゃん?」

 さっきまでとうってかわって険しい表情でクローパは仁王立ちしている。

「……あのバカ息子め」

 睨みつけるその方向には、猫背で貧相な男がいた。

 もうひとり、ウェスにも見覚えのある顔がある。

(誰だったっけ?)

 ウェスは思案するが、思い出せない。

「ま、いいか」
 ウェスは聖句をあれこれ弄り回す作業に戻った。

 猫背の男はナドアの者らと親しげに談笑しているつもりらしいが、ナドアの者はどこかよそよそしい。敬遠したいのだが、露骨に追い払うこともはばかられる。そんな微妙な空気を感じる。

 そこへクローパがずんずんと歩み寄っていった。

「こら、ネイロパ。どの面下げて来たんだい?」

「母さん。ほら、土産だよ」と焼き菓子の包みを差し出すが、すげなく振り払われる。「なんだよ。好きだったろう」

「ここはにもうおまえの家はない」

 クローパはとりつくしまもない。あの温和なクローパがここまで怒りを露わにするのはよっぽどのことなのだろう。ようやく、ウェスは砂の文字から離れ、遠巻きから母子のやりとりを眺めた。

「母さんの顔を見に来たんじゃないか」
「あんたとは親子の縁を切ったはずだろ? ごろつきとつるむならまだしも、水を独占するとはね。罰あたりにもほどがある」

 鈍感なウェスにも事情が掴めてきた。灼熱の血盟団の預言者様とやらは、どうやらこの部族の出らしい。クローパの息子だというのは驚きだったが、よく見れば顔立ちが似ていないこともない。

「水ならいつでも飲みにおいでよ。ネイロパの家族と言えば、団員たちは下にも置かぬ歓迎をするさ」
「ナドアの他の氏族が締め出されてるってのにうちだけが、お陰を与ることができるとでも?」
「他人のことなんて気にかけなくていいだろう?」
「何様になったか知らないがね、あんたは人の上に立つってことがわかってないよ」

 クローパは苦り切った口調で説教するが、ネイロパは聞く耳を持たないどころか、喜色満面で反論した。

「母さんは異言使いたちの長だろうけど、そんなもの、しょせんは生い先短い老人たちの寄り合いさ。私はいまや数百人の大所帯を束ねる――」

 ここでついにクローパの手が飛んだ。頬に真っ赤な手形を作ったネイロパはいまにも泣き出しそうな子供に見える。

「おまえのような息子を生んで、わたしは情けなくて死にたくなるよ!」
 
 ナドアの女たちは神がかりの異能を持って生まれることが多い。時として男子にもその能力が見られるが、ほとんどの場合成人する頃には消えてしまう。クローパの血を引いたネイロパは少年の頃から鋭い勘で失せ物探しや天候の予知で重宝された。しかし、例に漏れず、長じるに従ってその力は弱くなっていった。

「いいや、そのうち私を息子に持ったことを誇るようになるよ。マイルストームは王になる。そして王を動かすのはこの私。母さん、いずれこの国はあんたの息子の手のうちに転がり込むのさ」

 大人になったネイロパが発見したのは、非力で押しの弱いひとりの男だった。顎鬚を蓄えた逞しいナドアの男でもなく、神聖なるシャーマンの女とも違う、細腕で虚弱でちっぽけな自分がそこにいた。

 ネイロパはさらに母のビンタを浴びる。それが愛の行為だと知るにはもう少し時間が必要だった。

(夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど、親子喧嘩も食欲そそられないね)
 ウェスはすでに関心を無くしていた。

「後悔する。きっと後悔するからな!」
「あんたはまだ言うのかい? だったら……誰かあの人を連れてきておくれ」

 引っ張ってこられたのはダーシュワイだった。

「この人の話を聞きな。あんたのとこのボスに竜紋《サーペイン》とやらを彫ったのは、この人さ」

 ダーシュワイは請われるまま自分の身に起きたことを話した。

「嘘だ、でっちあげだ!」
 ネイロパは認めようとしない。だが、話を聞くにつれて、ダーシュワイが刺青を施した相手はマイルストームだとしか思えなくなる。

 クローパは大きく息を吸って「いいかい」と言葉に力を込める。「でっちあげたのはネイロパ、あんたの方なのさ。知らなかったとはいえ、野良犬をライオンだと思い込ませた。そのうえ、同じ野良犬ども率いて荒野に出て狩りをしようとしている」

「母さん」
「狩られるのはどっちだい?」
 母は息子に詰め寄った。

 ネイロパの眼には戸惑いと恐怖が浮かんでいる。

 二人の周りにひとだかりができはじめると、ウェスはふいと背を向けて明後日の方向に歩き出した。それを追うように声がかかる。 

「おまえ鉄鍋の子供だろう?」
 
 ウェスはまだジヴのことを思い出していない。

「なんだ、ほら、森で会ったろう?」
「ああ、犬を殺そうとしたやつ」
 
 ようやく思い出した。あの草刈り機に乗ってた二人組の片割れ。

「ジヴだ」 
「あんた何してんの? あいつの用心棒だったら止めなくてよかったのかい。死ぬほどビンタされてたぜ」
「殺されてくれたらよかったよ」

 心底うんざりだというようにジヴは肩をすくめた。「ここは奴の生まれ育った部族だ。だが、見た通り折り合いはよくないみたいだな」

「どう見てもあんたの仲間が悪い」
「そうだな」ジヴは認めた。
「悪いってのは頭が悪いって意味だよ。バカとつるむ人間は二種類しかいない。同じバカかバカを利用してるズルいやつかどっちかだ。ボクどっちも嫌いなんだよね」

 表情を変えずにウェスはまくし立てる。

 ジヴは、まいったなと苦笑を浮かべる。
「ガラッドさんはおまえに興味がある。誘おうと思ったんだが、先に断られちまったんじゃ仕方ないな。なぁ、名前だけでも聞かせてくれないか?」
「ウェス・ターナー」
「よし、ウェス。しつこくはしない。ひとつだけいいか? おまえらが乗ってる船はとんでもない代物だ。どうやって作ったんだい?」
「教えても作れないさ。あんたらの芝刈り機はなっていない。大喰いラ・グーリュじゃなくてせいぜい食いしん坊ってところだ。もっともっと設計も製造も詰められる。あれで目いっぱいなら光走船《ルカ》は無理だ」
「あれでもガラッド商会の主戦力なんだけどな」
「あの程度ならうちのじいちゃんが裏の小屋で八歳の頃に作ったよ」

 冗談ではないらしい。

 けんもほろろな態度の子供にどんな手管が有効かと考えているうちに、ジヴはきわめて重要な何かに気付いた。

「ターナーだと? おまえもしかして――」
「またそれか。ヴィンス・ターナーならじいちゃんだ」

×  ×  ×

 ジヴは小躍りしたい気持ちを抑えつつ、ウェスに囁いた。

「ヴィンス・ターナーっていえば、あの蒸気式装甲車を開発したっていう」
「らしいね。設計図はうちに転がってた」

 これは千載一遇のチャンスだとジヴは思う。ウェスなら、あの忌々しい悪魔の中指の弱点を心得ているかもしれない。

(ただし、このガキは一筋縄じゃいかねえ。ぶん殴って締め上げるのも手だが……)

 素面のジヴはあくまで冷静だ。

 ここでウェスを痛めつければ、ナドアの男たちが黙っていないだろう。噂に聞くナドア族は精悍でひとたび戦いになれば命を惜しまぬという。青びょうたんのネイロパを見て、その噂は眉唾だと思ったが、今日実物の目の当たりにして真実がわかった。

(ナドアの男たちは強い、チンピラどもの烏合の衆である血盟団よりよっぽど手ごわいはずだ。……いや女も強かったな)

 クローパの形相を思い出しながらジヴは思考を巡らせる。まともにかけあってもウェスは警戒心を抱いて口を割らないはずだ。もっと遠回しにウェスの自尊心を刺激しつつ言い包める方法を……

「なんだよ、用がないならついてくんなよ。おまえはワンコロを殺そうとしたから嫌いなんだよね」
「ちょっと待てったら」
「だから、何さ」
「ウェス、大喰いラ・グーリュがまだまだダメだって言ってたろ、なら、もうひとつ教えてもらえないかな。蒸気式装甲車《ミドルフィンガー》のことだ」

 ――あいつの弱点はどこだ?

 その言葉を飲み込んでジヴは言い直した。

「おまえなら、アレをどう仕上げる? 天才ヴィンスの最高傑作なんだろ。孫のおまえに改良できる余地があるのかな?」

 つかつかと早足で歩いていたウェスがピタリと止まった。

「――じいちゃんには悪いけど、あれは欠陥品さ」

(よし、かかった!)

 ジヴは内心ほくそ笑んだが、顔には出さなかった。

「ボクは見たからね、外からも内からも。アレは裸さ」
「へぇ、興味深いな」
「まずあいつは主砲が長すぎるんだ。二両連結だから重心が安定してるけどね、前車と後車が切り離されたら駆動機関のある前車はすごくバランスが悪くて前のめりになっちまうはず。まともに走行できるとは思えないね。ボクなら砲身を三分の二に切り詰める。それと負荷がかかる連結部をシリンダーと同じミレット合金にして補強しないとな」

 立て板に水とはこのことだ。まるで蓄音機に録音された音声を早回しにしたようにウェスはしゃべった。

 賢いとは言っても所詮は子供だなとジヴは思う。これなら、そのうち懐柔できそうだ。このガキの頭脳があれば、ガラッド商会は一足飛びで発展するだろう。

「そうかい、じゃあもしその連結部が破壊されたら、悪魔の中指ミドルフィンガーは使いものにならなくなっちまうってわけか」
「ああ、同じ重量の鉄くずと同じ価値しかないね」
 冷淡にウェスはつぶやく。

「そうか、勉強になったよ。わずらわせたな」

 ジヴはそう言ってウェスを解放した。欲しい情報は得た。

 くだらない親子喧嘩を最前席で見せつけられ、どうなることかと思ったが、期待以上の収穫があった。ガラッドも喜ぶだろう。

 こうなれば、一刻も早くレヴァヌへ帰らねばならない。ウェスから聞いた情報を伝える前にベイリーが到着したら元も子もないからだ。砂漠のキャンプで遊んでいる場合じゃない。

 しかし、用心深く周到なジヴも時には落とし穴にはまることがある。とりわけ自分のささやかな成功に酔っている場合には。

「兄弟姉妹よ。行け! 平らげろ!」
 よく響く、そして聞き覚えのある声だった。

 見れば、ジヴの方へ、牙を剥いたコギト犬が群れを成して殺到してくる。
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