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序章
亡国
しおりを挟む王国は熄《や》んだ。
三千と四百年の歴史を誇るシェストラに比肩しうる強国は近隣に存在せず、すでに千年の長きにわたり外憂はなかった。
にもかかわらず、シェストラの命脈は断たれた。
かの国を蝕んだのは古き王朝が陥りがちな腐敗と懶惰。
女王リゼアのお抱えの宮廷美容師イルムーサ。
宦官であるこの男は、類まれな美容の手腕で女王に取り入ると、その庇護を後ろ盾に王政に介入した。
女王リゼアが病に臥せった後は、王室の者たちを次々と暗殺し、あろうことか王家の血を引く最後の者であるリゼアの姪サルキアを擁立し、その後継人として帝王さながらの振る舞いに及んだのみならず皇位簒奪の計画すら抱いたのだった。
僭王イルムーサの栄光は、しかし長くは続かない。
軍部の将校ベイリー・ラドフォードがクーデターにてイルムーサを倒したことにより暴政に終止符が打たれた。国民は喝采し、ベイリーはサルキアを娶り、次代の国家元首となることを嘱望された。
――ここで異変が生じる。
それは、シェストラ王国始まって以来の変事と言えた。
なんと王の象徴であり、何千年の長き時を連綿と受け継がれてきた玉座が忽然と消えてしまったのだった。
王の間にあることが当然とされた赫燕石の玉座。それがいまはない。玉座を欠いた王の間ほど間の抜けた光景はあるまい。勝利に酔いしれたベイリーが意気揚々と王の間に足を踏み入れた時の驚愕はいまなお語り草だ。
すべてはイルムーサの仕業であった。
権力を奪取されたイルムーサは、その腹いせとして玉座にある仕掛けを施す。王宮の地下に眠る古代機械を玉座に取りつけたのだ。
それは古代の自走機械と呼ばれていた。八本の脚を持つ蜘蛛に似た姿は、見るものをゾッとさせる。いかなる方法で活力を得ているか不明だが、休むこともなく永遠に走り続ける不可思議で不気味なからくり細工。
失脚した男の冗談にもならない仕儀であった。いや、見方によっては気が利いているとも言える。なにしろ王権の象徴である玉座が、王都に居座ることなく、そこかしこを落ち着きなく走り回っているのだ。それは権力という落ち着きのない何かへの痛烈な皮肉であったかもしれない。
目的地も明確な巡回コースも判然としなかった。
ただ、決して止まることはなく、玉座は闇雲に走り続けるのだった。
王国の各所で目撃談があった。
臣民の多くの者がその眼で見ることになる。
山の尾根伝いを滑走する玉座を。
のどかな田舎道を牛たちと並走する玉座を。
光の差さぬ谷底を爆走する玉座を。
水飛沫を上げながら湖面を暴走する玉座を。
混迷の時代の只中で――
人々の欲望と希望と切望を背負い、あるいは振り切るようにして疾走する玉座を。
誰もが噂し合った。
あの玉座を捕らえた者こそが次の王になるのだと。
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