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第三章 虹と失認
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――23:14
少女たちは、途方に暮れていた。
勝ち筋が見いだせない。状況を改善させる小さな糸口さえも。
2ラウンド終了後にもう一杯のリキュールを飲むことが決まっているだけでなく、彼等の攻撃はさらに続くのだ。ピンチは終わらないどころか加速度的に押し寄せてくる。ボールをポケットさせたプレイヤーは言うまでもなく、さらに一球を投じることが許されている。ここで新しいポケットに水晶を放り込まれてしまえば万事は窮するだろう。
『銅音、投げさせないで引き留めるの』
(何か案があるの?)
『わからない。ただ、このままじゃなし崩しに負けてしまう』
星南の身体はここにはない。病室にあって銅音を通してゲームに参画しているのだ。
『ヒントを探すの。その身体は銅音、あなたのもの』
(わからない。ただ怖いよ。こんなのって――)
カフェインですら摂らない銅音にとって、変調した意識状態は恐怖でしかなかった。一方向精神物質に慣れ親しんでいる星南はリキュールの効果にたじろぐことはなかった。しかし銅音の混乱は星南とのオムニバスの連携を乱す。
――秘色のエンドロール。
二人を繋ぐ紐帯であるキーワードですら、色の意味を失った少女にはその効力を失いつつあった。秘色とはどんな色であったか。銅音には見つけ出せなかった。
(また何か変なものが見えてきたよ。星南、見える?)
『ううん、何も』
二人の感覚が乖離し始めたのは、悪い兆候だった。
共有される感覚器官から得られる情報が大きく食い違った場合、オムニバスは維持できなくなる可能性がある。
「……象が見える。あれはサーカスの象?」
佐倉結丹を取り巻くオーラの端にひとつのイメージが形勢された。どうしてそんな奇体なヴィジョンを見ることになるのか、銅音はいよいよ自分の正気が信じられなくなりつつあった。これもリキュールの及ぼす幻覚のひとつだろうと振り捨てるのは簡単だが、本当にそれだけなのか。星南には何も見えていないらしく、不安げに意識を揺らめかせる。
「――サーカス、象?」佐倉結丹がびくりと肩を震わせた。「なぜ、それを?」
よろめきと身悶え。銅音の言葉が佐倉の心の敏感な部分に触れたらしい。どんななりゆきでそんなことになったのかわからぬものの――これはチャンスだ、と星南は病室の身を乗り出すようにする。
『もう一押し』星南の思念はスパイク波となって銅音の脳に振動させた。
「象を殺した」
カンっと乾いた音が響く。
銅音の言葉とほぼ同時に結丹の手から水晶が落ちたのだった。
「あんたらは二人で嬲り殺した。あの象を」
銅音と星南の間は生じかけた亀裂は、漆間嶺と佐倉結丹との間でも起こっていた。さらに深刻なかたちで。佐倉結丹の動揺がオムニバスの接続に隙間をもたらす。思わぬ敵の言葉に結丹は胸騒ぎと同時に拭いようのない罪悪感を呼び覚まされたようだ。
――戯言に耳を貸すな。佐倉結丹。わたしの可愛い奴隷。
漆間の声はむしろ逆効果だったろう。それは余計に結丹を傷つける。いや、癒えない傷の存在をありありと思い出させるのだった。
――気に留めるな。仕事に集中しろ。おまえはわたしの数ある玩具であり、また数少ない武器でもある。頼りにしているぞ。
それでも、漆間の説得が勢いづくほどにむしろ結丹の意識は過去に沈んでいった。
――銅音は結丹の記憶の断片を水晶の屈折を通して観る。
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