秘色のエンドロール

十三不塔

文字の大きさ
上 下
22 / 38
第三章 虹と失認

しおりを挟む


 6


 油断した、と奥村は汗にまみれて歯ぎしりをする。
背中に鈍い痛みと熱感がある。深層強化駆動要綱アラノックを解いた瞬間にそれは起こった。
 握りつぶした沓名の拳から、鋭いボルトが突き出ていた。数限りない戦傷のため補強用に埋め込まれたボルトやプレートはそのまま凶器ともなり得る。ちょうどレバーの裏側にボルトがねじ込まれたのだった。自身の傷口から突出した金属で他者の身体に別の傷口を作り出す。それは呪詛のような連環。そして傷口と傷口を結ぶ金属の橋でもある。
「て、てめえ、しつこいぜ」振り向きざまに肘の一撃で沓名を沈めた。
 が、卒倒した沓名の顔には満足気な笑みが浮かんでいた。ヘタ打ったな、と醜い寝顔が奥村を嘲笑しているようだ。
 ――キドニーブロー。
 ボクサーがレフェリーの眼を盗んで打ち込む急所のひとつ。そこへ深々と凶器が侵入したのだ。奥村は沓名を見下ろした。執念深い男だった。
「根性あんじゃねえか‥‥汚ねえ政治家に飼われてるワンコロにしちゃ」
 悪罵を投げるその呼吸も荒い。本当であれば、このまま救急車を呼んで治療室に送り込まれるはずの深手だった。しかし、奥村は〈パラドクサ〉へ戻るだろう。女子高生をたったひとり――いや二人だ――戦わせたまま自分だけ引っ込むわけにはいかない。それが大人としての義務? それとも矜持か? いや、そんな真っ当なものではない。
 奥村は、激痛を堪えながら〈パラドクサ〉へ続く地下へのカーゴエレベーターのボタンを押した後、ぎこちなく振り向いた。入り組んだ経路を経てしか辿り着けない悪徳の宴に戻る前に少し寄り道をする必要があった。
 が、出血は夥しい。不器用にシャツをめくって非売品の高性能止血パッドを傷口に押し当てたものの、こんなものは急場しのぎの応急措置にもならない。大量に摂取したアルコールのせいで亢進した血流は外へと漏れ出して奥村の体力を根こそぎ奪っていく。
 悪所へ通じるカムフラージュの厨房。その用のなさない調理台に這い上って換気扇を外して奥を漁る。奥村はそこからキッチンペーパーとラップに包まれた塊を取り出して懐に収めた。手はべとついた油に、脇腹は血に汚れている。ずっしりとした重みが傷口に響く。ぐっと思わず苦悶を漏らしてしまう。使われぬモデルルームのような厨房では見咎める者は誰もない。なのに換気扇だけがリアルに油じみているのは辻褄の合わぬ演出だった。ここはアンバランスな不思議の国だ。水晶に映じた歪んだ現実と言ってもいい。
 すると、ちょうどエレベーターが五階に停止し、暗い地下へと続く扉を開いた。
 新鮮な空気もこれが吸い収めだとでも言うように奥村は荒く息を吸った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

坊主の誓い

S.H.L
青春
新任教師・高橋真由子は、生徒たちと共に挑む野球部設立の道で、かけがえのない絆と覚悟を手に入れていく。試合に勝てば坊主になるという約束を交わした真由子は、生徒たちの成長を見守りながら、自らも変わり始める。試合で勝利を掴んだその先に待つのは、髪を失うことで得る新たな自分。坊主という覚悟が、教師と生徒の絆をさらに深め、彼らの未来への新たな一歩を導く。青春の汗と涙、そして覚悟を描く感動の物語。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

山の上高校御馬鹿部

原口源太郎
青春
山の上にぽつんとたたずむ田舎の高校。しかしそこは熱い、熱すぎる生徒たちがいた。

処理中です...