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第二章 首輪と接吻
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――漆間嶺。
その男は、内閣府に設置された特定複合観光施設区域整備法推進本部の本部長補佐沼田英俊の秘書として名を連ねていた。長ったらしい組織名、堅苦しい漢字の羅列からは、ごまかしと欺瞞の臭いがぷんぷんする。馬鹿な国民を煙に巻く子供だましなやり口に違いない、と銅音は思った。
「――こいつだ」
帰りしなに立ち寄った商店街の噴水に腰かけて銅音はタブレットをのぞき込んでいる。水量に乏しい噴水。それを背にした銅音の視界には浄瑠璃人形が踊って飛び出すカラクリ時計が一八時を指していた。このカラクリは長針と短針の重なる時間に作動する。
ネットにある情報に銅音は素早く眼を通した。
内閣官房副長官とその秘書。
銅音にはそこにどんなイメージもできない。
内閣官房副長官が、どんな仕事をして、どんな休日を過ごしているのか。検索すれば四〇代後半の男の画像がいくらでも出てきたものの、ネットの情報からは実像には迫れない。
衆議院議員、和歌山県出身で和歌山選挙区で当選三回とある。
秘書である漆間はといえば、メリーランド大学で博士号取得ということくらいしか経歴は探せない。趣味はスラックライン、それに居合にクレーン射撃。項目が多すぎて、少女を昏睡させて弄ぶ趣味までは書き切れなかったようだ。
銅音の父親ほどの年齢の男が、娘ほどの年齢の少女を愛玩人形にするのみならず、その内側に分け入って弄んでいるとは吐き気のする光景だった。
「いい顔してんじゃねえ、最低」
漆間は爽やかな笑みを浮かべていた。
年齢にしては頭髪も豊かで皮膚にもたるみはない。実直なとでも形容できそうな均整の取れた顔つきだが、神経質そうな眉根が柔和さを損ねている。休日にはソファを陣取るオットセイにしか見えない銅音の父親よりはずっと若々しく感じられた。妻との間には三人の娘がいるという。
「ふざけんじゃ――」
どの面下げて娘たちと過ごしているのか。和気あいあいと家庭生活を送る漆間の姿の想像した銅音は息を止まるほどの怒りをおぼえた。そして孤立無援の星南のことを想った。首輪をかけられるということがどんなに絶望的なものか。自殺すら許されない牢獄に彼女は閉じ込められている。きつく唇を噛みながら、銅音がタブレットを閉じた時、商店街の時計台からメロディーが流れた。午後の六時の合図だった。
文字盤が観音開きに開いて人形がせり出してくる。おかっぱ頭の少女の人形は音楽に合わせて決められた振付けで踊り続ける。一瞬、通りの客たちの注目を集めるが、すぐに見向きもされなくなった。銅音だけがジッと操り人形をにらみ続けた。決められた上演時間以外は時計台の暗がりの中に閉じ込められた人形。外の空気を吸うのならば、古臭い機構の意のままに踊るほかない。音楽が終われば、また闇の中に密閉されてしまう。そして何よりそんな人形に誰も関心を払っていないのだ。
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