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マメ柴のシバ
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無理をしなかったといえば嘘になる。
激務の職場で、事前の準備や根回しもなしに3日休むというのがどういうことか、中堅社員に片足を突っ込んでいるさゆりはよく分かっていたが、それでも泣きが入りそうになった。
加えて残業縛りをしている。
会社の先輩が残務の半分近くを引き受けていてくれなかったら到底無理なタスク量だった。
供物として伝のある若い男を総当たりしなければならなくはなったが。
それでもシャカリキで頑張り、帰宅後は持ち帰り仕事と家事を深夜までこなし、すっかり人のベッドに潜り込むことを覚えたシバに布団を奪われながら2日間駆け抜けた。
そして土曜日の朝、全身のだるさと不快感に堪らず目覚めたさゆりは、絶え間なく苛んで来る頭痛と寒気で自らを犯す疾病に気付いたのだった。
ここまで完全な風邪は久々だな、と呑気なことを思うが、すぐにガンガンと鳴り響く頭痛と目眩に阻まれて思考を放棄せざるを得なくなる。
隣ではシバがまだスヤスヤと寝ている。
移したらやばい、と感じたのは理性ではなく、恐らく母性とかいう時たま女を殺すやっかいな本能に近いものだった。だから、果たして人から獣人に風邪は移るのかどうかという反問もないまま、さゆりは下に敷いたままのシバ用布団にずり落ちた。
掛け布団は例によってシバに奪われたのちベッドの足側の床に蹴り転がされていたので、手探りでブランケットだけ手繰り寄せくるまった。
室内はさして低温でもないが、ゾクゾクとして仕方がない。
なのに顔に熱は集まり、汗が噴き出していた。
「さゆり?」
さゆりがベッドから転がり落ちる衝撃で目覚めたのか、シバの寝ぼけた声がする。
応える余裕はなく、しつこく呼ばれるたびに頭がガンガンするので勘弁してくれとだけ思った。
やめて、と言ったつもりだが、シバには唸り声しか届かなかった。
そのうち呼ばれながらゆさゆさ揺すられる。
もう最悪だった。胃がシェイクされて吐きそうだ。気持ち悪い。
そう思ったのが最後で、さゆりの意識は遠のいていった。
次に感じたのは、ヒンヤリとした水の感触だった。背筋の寒気と違い心地よいその冷たさに身を任せる。頭は涼しく気持ちが良いのに、体は柔らかな温かみに包まれていて、まだ体がしんどいことは確かだが大分気分が良い。
意識を揺蕩わせていると、額に感じるのとは別の冷たいタオルの感触が顔や鎖骨を撫でた。
非常に心地が良い。
子供の頃、風邪で寝込むと両親のどちらかが良くそうしてくれた。
それが去ろうとしたとき、もっと、と気付けばさゆりは片手を上げてそのタオルの持ち主に取り縋っていた。
掴み応えのある腕の感触がする。
体の動きにつられて半覚醒状態だった頭が働き出し、さゆりはゆっくり目を開けた。そこにはタオルを持った腕をさゆりに掴まれているきみやの姿がある。
「へぁ?」
激務の職場で、事前の準備や根回しもなしに3日休むというのがどういうことか、中堅社員に片足を突っ込んでいるさゆりはよく分かっていたが、それでも泣きが入りそうになった。
加えて残業縛りをしている。
会社の先輩が残務の半分近くを引き受けていてくれなかったら到底無理なタスク量だった。
供物として伝のある若い男を総当たりしなければならなくはなったが。
それでもシャカリキで頑張り、帰宅後は持ち帰り仕事と家事を深夜までこなし、すっかり人のベッドに潜り込むことを覚えたシバに布団を奪われながら2日間駆け抜けた。
そして土曜日の朝、全身のだるさと不快感に堪らず目覚めたさゆりは、絶え間なく苛んで来る頭痛と寒気で自らを犯す疾病に気付いたのだった。
ここまで完全な風邪は久々だな、と呑気なことを思うが、すぐにガンガンと鳴り響く頭痛と目眩に阻まれて思考を放棄せざるを得なくなる。
隣ではシバがまだスヤスヤと寝ている。
移したらやばい、と感じたのは理性ではなく、恐らく母性とかいう時たま女を殺すやっかいな本能に近いものだった。だから、果たして人から獣人に風邪は移るのかどうかという反問もないまま、さゆりは下に敷いたままのシバ用布団にずり落ちた。
掛け布団は例によってシバに奪われたのちベッドの足側の床に蹴り転がされていたので、手探りでブランケットだけ手繰り寄せくるまった。
室内はさして低温でもないが、ゾクゾクとして仕方がない。
なのに顔に熱は集まり、汗が噴き出していた。
「さゆり?」
さゆりがベッドから転がり落ちる衝撃で目覚めたのか、シバの寝ぼけた声がする。
応える余裕はなく、しつこく呼ばれるたびに頭がガンガンするので勘弁してくれとだけ思った。
やめて、と言ったつもりだが、シバには唸り声しか届かなかった。
そのうち呼ばれながらゆさゆさ揺すられる。
もう最悪だった。胃がシェイクされて吐きそうだ。気持ち悪い。
そう思ったのが最後で、さゆりの意識は遠のいていった。
次に感じたのは、ヒンヤリとした水の感触だった。背筋の寒気と違い心地よいその冷たさに身を任せる。頭は涼しく気持ちが良いのに、体は柔らかな温かみに包まれていて、まだ体がしんどいことは確かだが大分気分が良い。
意識を揺蕩わせていると、額に感じるのとは別の冷たいタオルの感触が顔や鎖骨を撫でた。
非常に心地が良い。
子供の頃、風邪で寝込むと両親のどちらかが良くそうしてくれた。
それが去ろうとしたとき、もっと、と気付けばさゆりは片手を上げてそのタオルの持ち主に取り縋っていた。
掴み応えのある腕の感触がする。
体の動きにつられて半覚醒状態だった頭が働き出し、さゆりはゆっくり目を開けた。そこにはタオルを持った腕をさゆりに掴まれているきみやの姿がある。
「へぁ?」
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