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マメ柴のシバ
長谷川
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さゆりがコラーゲンドリンクを買い忘れたことに気付く少し前、重たい胃を引きずるようにマンションの入り口まで辿り着いた時のことだった。
少し入った先のエレベーターホールに長谷川がいた。
大きめの茶色い紙袋を抱えたままエレベーターを待っているようで、さゆりは少し気まずいながらもそこに向かった。
さゆりが長谷川の元に辿り着くと、彼はさっさとその場を離れた。
更に建物の奥にある階段へ向かっている。
うわっ、露骨……。
と思うと同時に、さゆりはその背中に「あの、」と呼びかけていた。
自己嫌悪で埋め尽くされた思考は幾分自罰的になっていて、そのヤケクソ感がさゆりを大胆にしたのかもしれない。
意外にも長谷川は立ち止まり振り返った。
「何?」
ぶっきらぼうで尊大な声音と裏腹に、少し身構えていることが大きな袋で胴の大半が隠れていてもわかる。
ようやく一階にたどり着いたエレベーターの扉が開いたが、さゆりは乗らなかった。
「今までご迷惑おかけして本当にすみませんでした。」
棒立ちしている長谷川にすっと頭を下げる。
さゆりは今度こそ誠心誠意の謝罪をした。
だってここ最近シバが騒ぎ通したのは、さゆりが間違ったコミュニケーションをシバに対して取っていたからだ。
少なくともさゆりはそう思っていた。
「何で…」
長谷川が話し始めたくらいのタイミングで、自動ドアの音がした。誰かがまたマンションに入ってきたらしい。
チッと、長谷川は舌打ちをすると、距離を詰めてさゆりの腕を掴み、急いで開いたままのエレベーターに乗り込んだ。
当然さゆりも引っ張られて入る形になる。
入ってきたであろう住人がこちらに辿り着く前に閉ボタンが押され、エレベーターは5階に向かった。
突然のことにびっくりして声が出ないさゆりだったが、いきなり近づかれて思った。
やっぱりこの男、何か凄い良い匂いがする。
特に今回は至近距離に来たので、その香りの強さに一瞬くらりと来たくらいだった。
絶対に顔には出せないが。見た目はただの小太りで無精な青年なのに、一体何なんだろう。
とてもそんな事をするタイプには見えないが、フェロモン系の香水でもつけているのか。
何だか複雑な気分になっていると、あっさり機体は5階に着いた。
「こっち来て。」
今度はこちらを一瞥もせずそうさゆりに告げると、長谷川は歩き出した。
何で着いていくのかもよくわからないまま、のこのこと後を追う。長谷川が先ほど使おうとした階段の踊り場に到着した。
階段と廊下は扉で区切られているので、こちらに出てしまうと2人の姿は廊下からはみえない。
5階ともなれば利用者も皆無だった。
つまり明らかに長谷川は人目を避けてここに来たと言える。
人目を憚ってまで一体何の話だろう。
さゆりは長谷川の発言を待った。
「何であんたが謝るんだ。あんたじゃないだろ。騒いでたのは。」
それは態々人目を避けて言うことには思えなかったので、さゆりは肩透かしを食らった。
「そんな事言うためにここに連れて来たんですか?」
思わず聞いてしまう。
「あそこだと人目に着くだろう。気持ち悪いんだよ他人は。いきなり抱きついて来たりするし。」
返事をした彼は眉をひそめ、心底嫌そうだった。
長谷川の容姿だけを見れば、こいつ頭沸いてんのか、と思う所だが、あいにくさゆりは彼の匂いを知っている。
もちろん抱きつきたいと思ったりはしなかったが、一概に虚言とも否定しきれなかった。
それに、彼の人に攻撃的な面は、他人に何らかの形で脅かされたことのある人間の振る舞いだと思えば納得がいく。
「とにかく、騒いでたのはあんたじゃないしあんたが騒ぐように仕向けてた訳じゃないだろう。前も言ったけど、謝るなら本人が謝れ。そんだけ。」
言うだけ言って長谷川は踵を返そうとしたので、さゆりは慌てて言い返した。
「でも、私のせいで騒いじゃったんです。私の対応が悪かったから…。」
「何でそんなことがわかるんだよ。仮に本人がそう言ったとしても単なる責任転嫁だろ。そいつはそいつの意思で騒ぎたいから騒いでんだよ。あんたのどうこうにゃ関係ねぇよ。」
「違うんです。だって、あの子は本当は良い子だから。だからやっぱり、私のやり方が悪かったんです。」
さゆりの頭に、大人しくカレーを頬張るシバの画像が浮かぶ。
「だから、あの子を悪く言わないでください。」
さゆりはまた頭を下げた。
長谷川はしばし無言になってしまった。
「…なんかよくわかんねぇけど、これやるよ。」
持っている紙袋をゴソっと鳴らして三つ1セットのカップ入りプリンを取り出しさゆりに寄越す。
「いや、え、大丈夫です。」
いきなりのことにとっさに遠慮するが、胸の前で落とされそうになりつい受け取ってしまった。
プリンを持ったまま、長谷川をみやる。
「あんたの金で打つと何か当たんだよね。それ、戦利品。」
そう言って長谷川は無表情で空いた右手を丸め何か掴む形にしたまま脇腹あたりに構えてひねる仕草をした。
そのまま用は済んだとばかりに非常階段の扉を開けて廊下に出てしまう。
長谷川の仕草がパチンコのハンドルをひねる仕草であることと、
既に10万近く巻き上げられている事にさゆりが思い至る頃には、もう呼び止めることもできなかった。
少し入った先のエレベーターホールに長谷川がいた。
大きめの茶色い紙袋を抱えたままエレベーターを待っているようで、さゆりは少し気まずいながらもそこに向かった。
さゆりが長谷川の元に辿り着くと、彼はさっさとその場を離れた。
更に建物の奥にある階段へ向かっている。
うわっ、露骨……。
と思うと同時に、さゆりはその背中に「あの、」と呼びかけていた。
自己嫌悪で埋め尽くされた思考は幾分自罰的になっていて、そのヤケクソ感がさゆりを大胆にしたのかもしれない。
意外にも長谷川は立ち止まり振り返った。
「何?」
ぶっきらぼうで尊大な声音と裏腹に、少し身構えていることが大きな袋で胴の大半が隠れていてもわかる。
ようやく一階にたどり着いたエレベーターの扉が開いたが、さゆりは乗らなかった。
「今までご迷惑おかけして本当にすみませんでした。」
棒立ちしている長谷川にすっと頭を下げる。
さゆりは今度こそ誠心誠意の謝罪をした。
だってここ最近シバが騒ぎ通したのは、さゆりが間違ったコミュニケーションをシバに対して取っていたからだ。
少なくともさゆりはそう思っていた。
「何で…」
長谷川が話し始めたくらいのタイミングで、自動ドアの音がした。誰かがまたマンションに入ってきたらしい。
チッと、長谷川は舌打ちをすると、距離を詰めてさゆりの腕を掴み、急いで開いたままのエレベーターに乗り込んだ。
当然さゆりも引っ張られて入る形になる。
入ってきたであろう住人がこちらに辿り着く前に閉ボタンが押され、エレベーターは5階に向かった。
突然のことにびっくりして声が出ないさゆりだったが、いきなり近づかれて思った。
やっぱりこの男、何か凄い良い匂いがする。
特に今回は至近距離に来たので、その香りの強さに一瞬くらりと来たくらいだった。
絶対に顔には出せないが。見た目はただの小太りで無精な青年なのに、一体何なんだろう。
とてもそんな事をするタイプには見えないが、フェロモン系の香水でもつけているのか。
何だか複雑な気分になっていると、あっさり機体は5階に着いた。
「こっち来て。」
今度はこちらを一瞥もせずそうさゆりに告げると、長谷川は歩き出した。
何で着いていくのかもよくわからないまま、のこのこと後を追う。長谷川が先ほど使おうとした階段の踊り場に到着した。
階段と廊下は扉で区切られているので、こちらに出てしまうと2人の姿は廊下からはみえない。
5階ともなれば利用者も皆無だった。
つまり明らかに長谷川は人目を避けてここに来たと言える。
人目を憚ってまで一体何の話だろう。
さゆりは長谷川の発言を待った。
「何であんたが謝るんだ。あんたじゃないだろ。騒いでたのは。」
それは態々人目を避けて言うことには思えなかったので、さゆりは肩透かしを食らった。
「そんな事言うためにここに連れて来たんですか?」
思わず聞いてしまう。
「あそこだと人目に着くだろう。気持ち悪いんだよ他人は。いきなり抱きついて来たりするし。」
返事をした彼は眉をひそめ、心底嫌そうだった。
長谷川の容姿だけを見れば、こいつ頭沸いてんのか、と思う所だが、あいにくさゆりは彼の匂いを知っている。
もちろん抱きつきたいと思ったりはしなかったが、一概に虚言とも否定しきれなかった。
それに、彼の人に攻撃的な面は、他人に何らかの形で脅かされたことのある人間の振る舞いだと思えば納得がいく。
「とにかく、騒いでたのはあんたじゃないしあんたが騒ぐように仕向けてた訳じゃないだろう。前も言ったけど、謝るなら本人が謝れ。そんだけ。」
言うだけ言って長谷川は踵を返そうとしたので、さゆりは慌てて言い返した。
「でも、私のせいで騒いじゃったんです。私の対応が悪かったから…。」
「何でそんなことがわかるんだよ。仮に本人がそう言ったとしても単なる責任転嫁だろ。そいつはそいつの意思で騒ぎたいから騒いでんだよ。あんたのどうこうにゃ関係ねぇよ。」
「違うんです。だって、あの子は本当は良い子だから。だからやっぱり、私のやり方が悪かったんです。」
さゆりの頭に、大人しくカレーを頬張るシバの画像が浮かぶ。
「だから、あの子を悪く言わないでください。」
さゆりはまた頭を下げた。
長谷川はしばし無言になってしまった。
「…なんかよくわかんねぇけど、これやるよ。」
持っている紙袋をゴソっと鳴らして三つ1セットのカップ入りプリンを取り出しさゆりに寄越す。
「いや、え、大丈夫です。」
いきなりのことにとっさに遠慮するが、胸の前で落とされそうになりつい受け取ってしまった。
プリンを持ったまま、長谷川をみやる。
「あんたの金で打つと何か当たんだよね。それ、戦利品。」
そう言って長谷川は無表情で空いた右手を丸め何か掴む形にしたまま脇腹あたりに構えてひねる仕草をした。
そのまま用は済んだとばかりに非常階段の扉を開けて廊下に出てしまう。
長谷川の仕草がパチンコのハンドルをひねる仕草であることと、
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