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マメ柴のシバ
電池の切れたおもちゃ
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さゆりは、えりかに従うまま普段は乗り換えにしか使わない駅を出札した。
矢継ぎ早の質問の合間に、えりかはこの駅まで車で来てから電車で通勤していると話していたので、
駅の近くに知っている店があるのかもしれない。
車なら酒は入らないだろう。
とすると、一時間くらいで食事はすむだろうか。
帰り時間を考えたのは、シバのことを思い出したからだ。
食べ物のある場所は知っているから、飢えたりはしないだろうが今もさゆりの帰りをいじらしく待っているのだと思った。
さゆりがいない間シバが電池が切れたおもちゃのようになっているのは知っている。
シバがあまりに暴れるので、家主が不在中にも騒いでいないか確かめるためパソコンのカメラを起動したまま出かけたことがあるからだ。
さゆりが出かけた後のシバは、彼女が万一にも帰って来ないかとしばらく玄関で待ち構え、程なくして諦めたように部屋に戻った。
昼食用に用意された食事を早々に平らげたあとはひたすらベッドかカーペットに横たわりジッとしていた。
時折外から物音がすると顔を上げて聞き耳を立て、期待した事態ではないとわかるとまた元の体勢に戻った。
そして玄関にさゆりが近づくのを察知した途端に跳ね起き、玄関に向かい、失禁してさゆりがそれを片付けるまでが機械にはバッチリ記録された。
退屈なのだろうかと押入れに避難させていたさゆりのお気に入りのぬいぐるみをあえてベッドに置いて出た日もあったが、帰って来たら噛み跡どころか触れた形跡もなかった。
さゆりの帰宅後はあっさりボロ切れにされたが。
シバに悪意がないことは1週間の間に痛感している。さゆりに対する気持ちが、うっとおしいくらいの好意であることも。そんな彼の振る舞いに怒りを覚えてしまう自分に罪悪感を感じるのに、許容することも出来ないからさゆりは滅入っているのだ。
食事がてら、差し支えないように状況を改変して話し、愚痴を聞いてもらったら帰ろう。
そう結論付けて、さゆりはえりかに尋ねた。
「どんな店に行くんですか?」
「ん?居酒屋。飲めるよね?」
確かに、質問責めの中には酒が飲めるかという質問もあり、さゆりは是と答えていた。
「飲めますけど、えりかさん車通勤なんですよね?お酒なくても大丈夫ですよ。」
「私運転しないから大丈夫。あ、ほらあの紺の車だよ。車で店まで行こ。」
えりかはどうやら駅前の車両乗降場に向かっていたようだ。
確かに目の前のターミナルには紺のレガシィB4が一台停まっていた。
そして2人が車に近づくと、運転席から人が降りて来た。
車体の前を回り込んで歩道側に出ると、
「えりか、おかえり。」
と声をあげてにぱっと笑う。
既に夜だったが、そこそこのターミナル駅として開発されたそこは、街灯やビルの明かりで視界は広かった。
だから、乗降場の付近にいた少なからぬ通行人は、その多くが車から出て来た男に注目した。
さゆりも例外ではない。
出て来た男が、度を超えて美形だったからである。
180cmはあろうかという長身に、シャツ越しにもわかる均整のとれた体つき、全長の半分はあろうかという足もバッチリ生えている。
サラリと艶のある少し長めの髪を無造作に耳からうなじまで流している様は10人中20人の女が「色気!」と叫んで爆死しそうである。
顔はもうなんというか、いっそ神々しい。形の良い輪郭、スッと二重が刻まれた涼しげな目元、歪みを知らない鼻筋と、艶やかで蠱惑的な唇。肌のキメなんてもうまるで、ギリシャ彫刻かよ、とさゆりは心のなかで語彙力の感じられないツッコミをした。
しばし呆然としたさゆりだったが、少し遠くに黄色い感嘆が聞こえて我に帰る。
そちらを見やると女性二人組が遠目にも男を見ながらはしゃいでいるのが分かった。
多分彼を待ち構えていたのだろう。他にも見渡せば不自然に乗降場の近くに立ちちらちらとこちらを見る女性が何人かいる。男でさえいる。
それを見て、さゆりはこのお出迎えがこの時間のこの駅で日常的に行われてることであるのを悟った。
「ただいま、ハチ。」
えりかがこともなげに軽く返すのを聞いて、「こんな感じの人物にそんな犬みたいな呼び名でいいの!?」とおもわず問い詰めそうになる。
しかし当の男はむしろ嬉しそうにこっくり頷くと、いそいそと助手席のドアを開けた。
「あ、今日は後ろ乗るから。」
えりかがあっさりと告げる。
美しさで殺しにきてるようなハンサムガイに助手席に乗るよう促されて断る女なんて、10人中-20人であることが世の理のはずだが、奇跡的に1人いることが実証されてしまった。
男の眉が軽く潜められる。
「なんで?」
「さゆりちゃんがいるから。」
そういってえりかは後ろで所在無げにしているさゆりを振り返った。
男がさゆりに目を向ける。
こんなイケメンの視界に写って申し訳ございませんと土下座したくなってくる。
「さゆりちゃん、コレは私の…」
「あの、とりあえず乗りませんか?乗降場に留まるのは良くないし…。」
衆目を集める中、その原因をコレ呼ばわりして指差すえりかを遮って言った。
とにかくこの、「何よあの女!」という視線が射殺して来そうな場から離れたい。
てか、おそらく配偶者か恋人だろうえりかがいるのだから、仮に嫉妬が集まるとしたら間違いなくえりかに対してだろうが、不思議とどんな怨念もえりかをスルーしてさゆりに行き着いてしまいそうな気配がした。
矢継ぎ早の質問の合間に、えりかはこの駅まで車で来てから電車で通勤していると話していたので、
駅の近くに知っている店があるのかもしれない。
車なら酒は入らないだろう。
とすると、一時間くらいで食事はすむだろうか。
帰り時間を考えたのは、シバのことを思い出したからだ。
食べ物のある場所は知っているから、飢えたりはしないだろうが今もさゆりの帰りをいじらしく待っているのだと思った。
さゆりがいない間シバが電池が切れたおもちゃのようになっているのは知っている。
シバがあまりに暴れるので、家主が不在中にも騒いでいないか確かめるためパソコンのカメラを起動したまま出かけたことがあるからだ。
さゆりが出かけた後のシバは、彼女が万一にも帰って来ないかとしばらく玄関で待ち構え、程なくして諦めたように部屋に戻った。
昼食用に用意された食事を早々に平らげたあとはひたすらベッドかカーペットに横たわりジッとしていた。
時折外から物音がすると顔を上げて聞き耳を立て、期待した事態ではないとわかるとまた元の体勢に戻った。
そして玄関にさゆりが近づくのを察知した途端に跳ね起き、玄関に向かい、失禁してさゆりがそれを片付けるまでが機械にはバッチリ記録された。
退屈なのだろうかと押入れに避難させていたさゆりのお気に入りのぬいぐるみをあえてベッドに置いて出た日もあったが、帰って来たら噛み跡どころか触れた形跡もなかった。
さゆりの帰宅後はあっさりボロ切れにされたが。
シバに悪意がないことは1週間の間に痛感している。さゆりに対する気持ちが、うっとおしいくらいの好意であることも。そんな彼の振る舞いに怒りを覚えてしまう自分に罪悪感を感じるのに、許容することも出来ないからさゆりは滅入っているのだ。
食事がてら、差し支えないように状況を改変して話し、愚痴を聞いてもらったら帰ろう。
そう結論付けて、さゆりはえりかに尋ねた。
「どんな店に行くんですか?」
「ん?居酒屋。飲めるよね?」
確かに、質問責めの中には酒が飲めるかという質問もあり、さゆりは是と答えていた。
「飲めますけど、えりかさん車通勤なんですよね?お酒なくても大丈夫ですよ。」
「私運転しないから大丈夫。あ、ほらあの紺の車だよ。車で店まで行こ。」
えりかはどうやら駅前の車両乗降場に向かっていたようだ。
確かに目の前のターミナルには紺のレガシィB4が一台停まっていた。
そして2人が車に近づくと、運転席から人が降りて来た。
車体の前を回り込んで歩道側に出ると、
「えりか、おかえり。」
と声をあげてにぱっと笑う。
既に夜だったが、そこそこのターミナル駅として開発されたそこは、街灯やビルの明かりで視界は広かった。
だから、乗降場の付近にいた少なからぬ通行人は、その多くが車から出て来た男に注目した。
さゆりも例外ではない。
出て来た男が、度を超えて美形だったからである。
180cmはあろうかという長身に、シャツ越しにもわかる均整のとれた体つき、全長の半分はあろうかという足もバッチリ生えている。
サラリと艶のある少し長めの髪を無造作に耳からうなじまで流している様は10人中20人の女が「色気!」と叫んで爆死しそうである。
顔はもうなんというか、いっそ神々しい。形の良い輪郭、スッと二重が刻まれた涼しげな目元、歪みを知らない鼻筋と、艶やかで蠱惑的な唇。肌のキメなんてもうまるで、ギリシャ彫刻かよ、とさゆりは心のなかで語彙力の感じられないツッコミをした。
しばし呆然としたさゆりだったが、少し遠くに黄色い感嘆が聞こえて我に帰る。
そちらを見やると女性二人組が遠目にも男を見ながらはしゃいでいるのが分かった。
多分彼を待ち構えていたのだろう。他にも見渡せば不自然に乗降場の近くに立ちちらちらとこちらを見る女性が何人かいる。男でさえいる。
それを見て、さゆりはこのお出迎えがこの時間のこの駅で日常的に行われてることであるのを悟った。
「ただいま、ハチ。」
えりかがこともなげに軽く返すのを聞いて、「こんな感じの人物にそんな犬みたいな呼び名でいいの!?」とおもわず問い詰めそうになる。
しかし当の男はむしろ嬉しそうにこっくり頷くと、いそいそと助手席のドアを開けた。
「あ、今日は後ろ乗るから。」
えりかがあっさりと告げる。
美しさで殺しにきてるようなハンサムガイに助手席に乗るよう促されて断る女なんて、10人中-20人であることが世の理のはずだが、奇跡的に1人いることが実証されてしまった。
男の眉が軽く潜められる。
「なんで?」
「さゆりちゃんがいるから。」
そういってえりかは後ろで所在無げにしているさゆりを振り返った。
男がさゆりに目を向ける。
こんなイケメンの視界に写って申し訳ございませんと土下座したくなってくる。
「さゆりちゃん、コレは私の…」
「あの、とりあえず乗りませんか?乗降場に留まるのは良くないし…。」
衆目を集める中、その原因をコレ呼ばわりして指差すえりかを遮って言った。
とにかくこの、「何よあの女!」という視線が射殺して来そうな場から離れたい。
てか、おそらく配偶者か恋人だろうえりかがいるのだから、仮に嫉妬が集まるとしたら間違いなくえりかに対してだろうが、不思議とどんな怨念もえりかをスルーしてさゆりに行き着いてしまいそうな気配がした。
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