異世界パピーウォーカー〜イケメン獣人預かり〼〜

saito

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マメ柴のシバ

マメ柴のシバ

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奴を人間だと思わないこと。
それが、この事態を受け入れるための必須事項だとさゆりは端的に思った。

奴は犬だ。
十代の少年なら、人の手足を延々となめ回そうとしない。

奴は犬だ。
十代の少年なら、「さゆりさゆりさゆり遊んで遊んで遊んで」と喚きながら部屋中を駆け回ったりしない。

奴は犬だ。
十代の少年なら、出したご飯を犬食いで丸呑みしない。

奴は犬だ。
十代の少年なら、それらを全て全裸であらゆる毛を晒しながら行ったりしない。

この、服の着用を拒否する。という行為が地味にさゆりの精神を削っていた。
もちろん頼んだ。
服を着ろと。
あえなく却下された。
服は嫌だと。

無理やり着せようと押さえ込もうとすれば体をよじって逃げる。
犬の柔軟性と瞬発力に、少年の腕力が加わればさゆりの手に終えることではなかった。

ならばせめて、犬の姿になって欲しかった。
彼の行動の全ては、彼がワンコだったら許容できる。
そう、もふもふなワンコならね。
しかし、いくら頼んでも彼は犬の姿に戻ってはくれなかった。

おいクソ兄貴。話が違うぜ。
ぶっ殺されてぇか。
そう思っても、殺意の対象にさゆりから接触することは不可能だった。
何せ次元をいくつか跨いだ異世界にいるのだ。
1ヶ月後、彼がまたぽっかりして来るのを待つしかない。

そしてその時は、どうやったら確実に、かつ可及的速やかに、あの穴を通じて兄を亡き者に出来るか。
それを模索するのが当面のさゆりのライフワークになった。

もっと大きな課題が目の前にはあるが。

さゆりは部屋の隅に体育座りになったまま、目の前の男を見た。
仰向けになって背中を床にこすりつけるように体を捩っている。
つまりあれは、犬の構ってのポーズだ。残念ながら外見は人間だから目も当てられないことになっている。
特に股間が。

構えない。あの状態の異性の未成年は、とてもじゃないが構えない。

さゆりは視界をまぶたで塞いで深くため息をついた。

明日から会社だ。

バチクソに気が重かった。
さゆりが外に出ようとすると、全裸の少年は一緒について来ようとするのだ。
丸出しだし、未成年だし、耳と尻尾は人外だし、世間の人々が彼を見たら情報過多でぶっ倒れるのは目に見えていた。さゆりも無事では済むまい。

「シバ君。」
さゆりは、いつの間にかうつ伏せになってさゆりが部屋に飾っていた某ビーグル犬のぬいぐるみを齧っている少年を呼んだ。
ぬいぐるみの両耳はすでに食いちぎられ、諦観したような糸目とニヒルに笑った口元だけが彼がかの名だたるキャラクターである事を物語っている。

少年の名前は、少年が「シバと遊んで!シバと遊んで!シバと遊んで!」と喚いたので判明した。
マメ柴のシバだろうか、シバくぞてめぇのシバだろうか。
さゆりは思った。

さゆりの呼びかけをまるきり無視して、シバはシニカルなビーグルの鼻面を齧り切るのに夢中だ。
端正な顔をした10代半ばの少年が全裸でぬいぐるみをかじる様を見て、居たたまれなさにもぞつくらいは常識を持つさゆりだった。
奴は犬、奴は犬、そう言い聞かせながらやっとの思いで続ける。

「私明日から仕事で外に出るんだけど…」

「シバも行く!!」

少年が目を輝かせてさゆりを見る。
ピンっと弾んだ柔らかな耳。
つるりとしたハリのある肌に、
やや丸みのあるアーモンド型の目に沿って刻まれたくっきり二重。目を縁取る豊かな睫毛。
すっと通った小ぶりの鼻。
顎は細身だが貧弱な印象がないのは、そこから伸びる首筋が案外しっかりしているからだろうか。

じっとしていれば、局部がブラブラしていなければ、なんて愛らしい顔立ちだろうか。
普段モデルや若手俳優にそこまでこだわりのないさゆりにも、シバの容姿が彼らに引けを取らないものであることは理解できた。

しかしそれを凌駕するマズさが彼にはある。間違いなく。
『ただしイケメンに限る。』
という場面は実際世の中にはあるだろうが、
『やっぱイケメンでもダメなものはダメまじありえないから本当勘弁して頼むよありえないから。』
という場面も確実に存在するはずだ。そして、さゆりにとってはそれが今だった。

「シバ君はおうちでまってて。」

「なんで!嫌だ!」

シバのピンとしていた耳がしんなりうなだれ、きゅぅんきゅぅんと鼻を鳴らす。

15,6歳の少年だと思うと寒気がしてくるため、さゆりは気を強く持って相手は犬だと自分に言い聞かせた。

「外は危ないよ。シバ君多分警察に連れていかれちゃうから。」

何せ全裸だからな。さゆりはこころの中で毒づいた。日本の当たり前のルールを聞いた当のシバは

「警察って何?」

とキョトンとした。なるほど。ぽっかりの先にはそういう類の治安維持組織はないらしい。

「えーと、憲兵?みたいな…」

兄の話から聞きかじった知識で説明してみる。するとシバの顔色が変わった。

「シバを憲兵が連れて行っちゃうの!?」

明らかにおびえた様子を見て、これはチャンスだとさゆりは思った。

「そう。お外に出ると憲兵に連れて行かれちゃうの。」

このまま言いくるめてしまえ。

「なんで!さゆり、シバを憲兵に渡しちゃうの!?」

「私が決めることじゃないの。裸の人はみんな憲兵が連れて行っちゃうんだよ。」

だから服を着なさい。そう言おうとしたが、シバの叫びに遮られた。

「なんで!みつるはシバを憲兵には渡さないって言った!ちゃんとしたお家で働けるって!言ったもん!」

「いい子にしてないと、私がお兄ちゃんにシバは憲兵に引き渡してって言っちゃうよ。だから服を着て大人しく家にいて。」

「嫌だ!憲兵は嫌だ!やだやだやだ!」

「だったら服を着て。」

「いやー!!!」

明らかに興奮しだしているシバに、まずい予感はしたがさゆりとて我慢にも限界はある。ここで引くわけにはいかなかった。そもそも、どうしてこんなに聞き分けが悪いのか。僅かに湧いてくる怒りと暴力衝動を抑えながらも、さゆりは引かなかった。

「じゃあ憲兵に連れて言ってもらうから。」

「いやぁぁぁぁ!!わあぁぁぁ!」

さゆりが半ば挑発的に吐き捨てると、シバは泣きわめきだしてしまった。
ここにいたり、完全にやり方をしくじったとさゆりは気づいたが、耳障りな声は更にさゆりの神経を逆撫でた。

「本当もう、静かにしてよ…」

ぶちたくなってくる。久しく感じていなかった衝動をやり過ごしながら、うんざりしている、という声音で呟いた。
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