黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

綾乃雪乃

文字の大きさ
上 下
90 / 97
最終章 五女と家族と妖精の薬

第5話 見えなくとも想いは生きる

しおりを挟む
ミリシア様の死の真相が、メイシィの魂を身体に戻すカギとなる。


ミカルガ様の願いを受け取ったローレンス様とユーファステア侯爵家の人々は、更なる調査のため役割を分担することになった。

ミリシア様の死の調査と、テラー魔法薬師が残した記録を元に、その薬の再現するための素材収集の2つ。
ミリシア様の服薬記録は侯爵家ですぐに見つかった。けれど、その中に記載されていた数十項目にあたる希少な素材たちは巨城にすら保管されておらず、自分たちで集める必要があった。

侯爵夫妻とサーシャ様は商人にあたり、セロエ様はギルドを通して調達、必要あれば自ら採取しに向かわれるという。
ナタリー様に関しては、


『ドラゴンのウロコの粉末?それが必要なの?』
『はい。後ろ脚の付け根の裏側、人間でいう股関節と腹の境目当たりのものが必要でございます』
『ミカルガ薬師、ピンポイントすぎませんこと?』
『固すぎず柔らかすぎずちょうどよいものが必要なのです』
『わかったわ、一度レヴェラント家に戻って剥い……もらってきましょう』


一度レヴェラント辺境伯家に戻られることになった。
護衛としていらした竜人族の騎士に乗せてもらうことにしたとおっしゃっていたけれど、どう考えても騎士は乗るものじゃない。

当の騎士が背後で冷汗をかいていらっしゃったのは記憶に新しい。
どうかご無事でありますように、騎士様。


「そうか」


私の役目は変わらずクリード殿下とメイシィのお世話と見守り。
メイシィが妖精になってしまう可能性が発覚してからというもの、クリード殿下のお心は曇り始めているようで、調査の状況を聞かれることが多くなった。
今もこうしてお答えしたところである。


「私にも何かできることはないだろうか?」
「そうですね……今のところは特にないかと思います。私も応援を頼まれない限り待機と言われておりますので」
「そうか……」
「殿下はメイシィ様のお傍にいらっしゃるのがよろしいかと。メイシィの魂が独りでいらっしゃるのはお可哀想です」
「そうではあるんだが……」


もどかしいのだろう。ぶつぶつ呟いて思案されている。


「殿下、ひとつよろしいでしょうか」
「構わない」


私の言葉を聞いて、殿下は文字を書いていた手を止め羽ペンを置いた。
目線は合わないけれど、前かがみで肘をつき、頬に手を当てている。
態度は微妙だけれどこの方なりの話を聞く体勢だ。


「最近、メイシィ様へのアピールを怠っておりませんか?」
「なっ」
「いくら魂が別物とはいえ、同じ空間にメイシィ様ご本人がいらっしゃるのに、毎日とりとめのないお話をされては朝と夜にご挨拶するのみではございませんか」
「それは……そうだが……」

「まるで、殿下がお好きなのはメイシィ様の魂であって身体ではないようではございます」
「なっ!?」


がたっと椅子が悲鳴を上げる音がした。
ちらりを顔を上げてみれば、こちらを驚いた表情で見つめる殿下がいらっしゃる。


「そんなわけはないだろう!?僕は彼女の身体も大好きだ!!
ふわふわの髪にやわらかい頬に、抱きしめるとちょうどいい大きさ……。
恥ずかしそうな顔をされるたびに今まで何度彼女にキスをしたい衝動に駆られ……って、僕に何を言わせるんだ!?」


殿下の顔が真っ赤に染まっている。さすが初恋、歳など関係ない初心《うぶ》?っぷり。
久しぶりに目をあわせたけれど、今度は私が逸らして言葉を続けた。


「逆に考えるのです、殿下。魂とお身体が離れている今、メイシィ様のすべてを大切にされているとアピールできるチャンスではございませんか?」
「なるほど……!メイシィは話せないだけで見てくれている、彼女がどの状態だったとしても変わらぬ愛を注ぐ姿を見せれば、魂が戻ったときも一緒にいてくれるかもしれないな!?

すでにもう、顔も見たくないほど嫌われているかも……しれないが……」

「……大丈夫です。今はできることをやりきりましょう。後悔してからでは遅いですから」


そうだな!行動あるのみだ。さっそくメイシィのところへ行ってくる。

そうおっしゃってクリード殿下は制止も聞かず部屋を出て行ってしまわれた。
王族のお住まいのエリアに戻られるのだろう。
ちょうど休憩のおやつを準備しようと思っていたので、そのまま後を追うようにティーカートを押して部屋を出ることにした。

きっと、殿下の不安は杞憂だ。
でも、伝えてはあげない。
想い人から直接言われない限り、心のトゲが解けて消えていくことはないだろうから。


今までのやり取りによって棚から飛び出して行った本たちと、なぜか天井に張りついているソファのクッションは……そうね、戻ってきてから片付けるわ。



―――――――――――――――――――――



その後、私はメイシィと歓談を終え研究室に籠ったクリード殿下を見送り、その足でローレンス様の執務室に向かった。

おふたりで交わした言葉はやっぱりとりとめのない話だったものの、手にはお菓子と紅茶があり、いつぞやのお茶会とそっくりな状況だった。
これからは休憩時間も共にすることになるだろう。
メイシィにとっても嫌な時間ではないはずだと、そう信じている。



ローレンス様のお部屋に入ると、ソファにはご家族ではなくラジアン殿下がいらっしゃった。


「ラジアン殿下、お話し中に大変失礼いたしました。急ぎではございませんので、またあとでお伺いいたします」
「いーや、気にしないでくれ、こちらも大した用ではないのでね~」


ひらひらと片手を上げるこのお姿を見るのは久しぶりだ。
カロリーナ王妃にこってりと絞られた王太子は、今後の一級魔法薬師の試験に手出ししないという条件を飲んだという。
思えばローレンス様はラジアン殿下の側近でいらっしゃるから、この部屋にいらっしゃっても不思議はない。


「クレア、いつも顔を出してもらって感謝する」
「いえ、とんでもございません。
さきほどクリード殿下から、ミリシア様の当時のご様子を伺ってきたのですが、ご報告してよろしいでしょうか」


その話を聞いたのはついさっき、メイシィの部屋から研究室へ向かう道すがらだった。
本来はお部屋で伺おうと思っていたのだけれど、偶然通り過ぎた中庭でを迎えたようで、クリード殿下は自らお話しくださった。


「ああ、頼む」


ミリシア様は晩年クリード殿下による妖精の暴走の収拾、および暴走自体の発生頻度を下げるべく尽力なさっていた方。
亡くなる3日前、お倒れになったのはこの巨城の中庭だったという。
メリアーシェ様の症状が酷く命が危ぶまれる時期を重なっていたため、過労によるものと診断されていたが――――そのまま人生の幕を閉じることになった。


「お倒れになった際、クリード殿下は散歩にご一緒されていたそうです。
慌てて駆け寄ったときは今にも眠ってしまいそうなご様子で、『これでふたりとも救える』と、寝言のようにおっしゃっていたそうでございます」
「『ふたりとも救える』?クリードとメリアーシェのふたりのことか」

「ああ、それなら僕も話せることがあるかもしれない」


ラジアン殿下はにこりといつもの表情を浮かべて口を開いた。
けれど、いつものひょうひょうとした語り口ではなく、硬くて冷静そのものだ。
カロリーナ王妃の説教がよほど効いたのか、かなり自省されたのか。


「その日の午前中、僕がユリリアンナにちょっかいかけてボコボコにされたときに仲裁してくれたのがミリシアだったんだけど。
『こんなおいぼれの身体を酷使させるものじゃありませんよ』って言ってたんだ。
いつも見た目の若さを自慢する人にしては意外な言葉だったのを覚えているよ」


こうやって、白くて細い耳をピーンとさせてさ!と殿下が両手を頭の上に立てて笑う。
その前にとても気になる話が出てきたような……立場上聞けないのでぐっと我慢する。


「ありがとうございます。ラジアン殿下。
この話をふまえ、ひとつ仮説を立てたのですが――――ローレンス様?」


なんだか反応がない。ラジアン殿下もそれに気づいて私から視線を移動させた。
黒い縁取りの眼鏡の奥でかっと見開いていらっしゃる。何か気づいたのだろうか。


「……メリアーシェは、生まれた時から臓器の成長が身体の成長に追いつけない珍しい病だった。10歳まで生きることができれば成長が追いついて自然治癒するが、ほとんどの子供は死んでいく。
薬や外科治療の限界に気づいたミリシアおばあさまは、リズ・テラー魔法薬師と協力して『妖精』による治療を行っていた。

そのころ、クリードも感情による妖精の暴走が酷く、発生するたびに巨城へ赴き事態の収拾をしていた。

どちらも『妖精』という共通点がある……!」

「……その時、ミリシア様は倒れられ、その直前に飲んだ薬は『離別薬』でございました」


私が言葉を続けると、ローレンス様はソファから勢いよく立ち上がり、ご自身の机の上にある紙束を漁り始める。


「ああそうだ!その薬の効能は『身体から魂の扉を開かせて、仮の魂を入れ込む』、体液を入れた相手がイメージする人格に入れ替えることで、操ることができる。
もし、これに何も体液を入れなかったら、ただ魂を分離させるだけの効能になるな?」
「はい、先日のミカルガ様の仮説ではそうおっしゃっておりました」
「僕も聞いたことがある。間違いないだろうね……」


ラジアン殿下はそう言うと立ち上がりローレンス様の元へ歩み寄ると、興味深そうに手中の紙を覗き込んだ。


「サフィアン様は、分離した魂に妖精たちの力を注ぎこめば、自身も妖精になるとおっしゃっていた」
「……!ミリシアが亡くなったのは本当に薬が原因だったのか。いや、亡くなったというよりも……」


殿下は驚いた表情でローレンス様から紙を引き抜くと、私に手渡してくださった。
不思議な紙質に書かれた文字、見たことのない筆跡の手紙。
最後の一文には『ユリリアンナ・緑青妃・極国』が刻まれている。


「ユリリアンナ姉上の仮説は本当だったんだ、クレア」


『あなただけに伝えておきます。
ミリシアおばあさまが亡くなったのは、クリードの妖精の暴走、メリアーシェの病、その両方を救うために身体を捨て、になった可能性が高い。

あなた、メリアーシェにとって大切な人を奪われたこと、ずっと心の中で引っかかっていたのでしょう?
どうかクリードを責めないで』



「クレア、治療薬の目途が立った。ユーファステアの者たちとクリードをここへ呼んでくれ」
「……っ、かしこまりました!」



巨城の廊下を走るのはマナーに違反するけれど、そんなことを言ってはいられなかった。
伝達の魔法を四方八方にかけながら、私は廊下を駆けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完】秋の夜長に見る恋の夢

Bu-cha
恋愛
製薬会社の社長の一人娘、小町には婚約者がいる。11月8日の立冬の日に入籍をする。 好きではない人と結婚なんてしない。 秋は夜長というくらいだから、恋の夢を見よう・・・。 花が戦場で戦う。この時代の会社という戦場、そして婚約者との恋の戦場を。利き手でもない左手1本になっても。 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高17位 他サイトにて溺愛彼氏特集で掲載 関連物語 『この夏、人生で初めて海にいく』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位 『女神達が愛した弟』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高66位 『女社長紅葉(32)の雷は稲妻を光らせる』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 44位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 12位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『拳に愛を込めて』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高29位 『死神にウェディングドレスを』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『お兄ちゃんは私を甘く戴く』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高40位

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...