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第12章 長女と天才と薬師の狭間

第7話 孤独を癒すのは心意気

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「おかあさまが元気でうれしい!」


大きい瞳をぱちぱちさせる可愛らしい皇子様は、とても嬉しそうに母親を見上げていた。
そうですねえ、と相槌を打つ楽晴もさんも、同じ顔をしている。

やがて、わたしの姿を捕えた皇子様は大きな瞳を丸くした。


「あ!『きょくごくのしろうさぎ』だ!」
「こら青蘭《せいらん》、人を指差してはいけませんよ」
「えー、この前『かんよーさま』が他の人にそうしてたよ」
「あの人の真似をしていいのは身長だけです」


どっちが失礼なのかもはやわからない。
わたしはとりあえず立ち上がり、皇子様に一礼をした。


「初めまして、緑青皇子《ろくしょうこうし》様。わたしはミリステアから参りました、メイシィと申します」
「めいしー!」
「はい、めいしーです」


皇子様はユリリアンナ様をべりっと引きはがすと、わたしの前に立ちじっと見上げてくる。
地面に膝をついて目をあわせてみれば、楽しそうにわたしの容姿を眺めていた。


「真っ赤な目に白い髪、きれいですね!」
「ありがとうございます」


かわいい。クリード殿下のやたら色気が混じる『きれい』よりよっぽど純粋で心から嬉しく感じる。
だけれど、魔法薬師のわたしにとって皇子様の身体は気になる点が多かった。

魔法を操る人間にとってついつい人の魔力の流れは気になるところ。
緑青皇子様のお身体に流れる魔力は全く一定ではなく、詰まっている部分もあれば、ものすごい速さで流れている部分がある。
子どもによくある症状だけれど、かなり長い期間放置されていたのだろう、体調に影響がないのが信じられないほど良くない状態でいらっしゃった。


「青蘭、この子は今日からあなたの『むずむず』を治してくれるおくすりやさんよ」
「わあ、やっぱり『きょくごくのしろうさぎ』さんなんだ!」
「よろしくお願いしますね、皇子様」


皇子様はそう言ってにっこりと笑うと――――わたしにギュっと抱き着いてきた。

ああ!
どうしよう!
かわいいいいい!!
クリード殿下と違ってやわらかい!子供の匂いがする!
違う意味でドキドキしちゃう!

わたしの首に手を回して一生懸命力を入れる姿があまりに愛らしくて、ユリリアンナ様の笑顔のお許しを得て抱きしめ返してみれば、キャッキャと楽しそうな声が聞こえてきた。


「よろしければ皇子様、わたしの両手に手を合わせていただけますか?」
「うん!」


もともと今日ユリリアンナ様とお伺いしようとしていた人物とは、目の前の皇子様のことだった。
詳しく状況を把握するため、両手のひらを皇子様に見せれば、すぐに小さな手を置いてくださった。

うーん、小さい、可愛い。


「……確かに魔力の流れがとても不安定ですね、『魔脈閉塞《まみゃくへいそく》』で間違いありません」
「そうなの、治りそう?」
「ええ、少しずつ魔力の流れを整える必要がありますが、問題ございません」
「よかった……」


ユリリアンナ様が嬉しそうな声を上げる。
皇子様は不思議そうにわたしの瞳を見つめていた。


「皇子様、『むずむず』はどこに感じられますか?」
「お腹」
「どんなむずむずですか?かゆいのでしょうか」
「うん、かゆいの……赤くなっちゃった」
「かゆみ止めを塗っているのですが、あまり効いていないようです」


楽晴さんが後ろから言葉を零す。極国のヒューマン向けの薬が効いていないということは、魔力が邪魔している可能性が高い。


「わかりました。かゆみ止めはわたしが作ります。
毎日昼間にお時間をいただき、皇子様に魔力の流れを覚える講習を行い、最後にお薬を塗ってしばらく様子を見てみましょう」


皇子様はじっとしていられなくなったのか、あっという間にわたしの手から逃げ出して外へ走っていく。
慌てて追いかける侍女を見送って、わたしはユリリアンナ様に伝えた。


「わかったわ、メイシィ。それなら薬処《くすりどころ》で材料をもらってくると良いわ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「これが緑青妃の紋よ。この札を見せて必要なものを伝えればすぐにもらえるはず。場所は楽晴に聞いてね」


立ち上がってユリリアンナ様に一礼すると、昨日とはまるで違う明るい表情でこちらを見つめていらっしゃった。
瞳は充血して真っ赤になっていたけれど。



――――――――――――――――――



『色彩姫宮《しきさいひぐう》』は妃たちの鳥籠。と本で読んだたことを思い出した。
病棟や薬屋だけでなく、娯楽に使える遊技場や侍女たちの滞在場所など、生活のすべてが揃っている。

地図を頼りに緑色の外観の建物を探せば、思ったよりもすぐに薬処に着くことができた。

にしても……行き交う人々の好奇の目が痛い。
クリード殿下もこんな感じで常に視線を浴びているのだろうか。人とあまり目をあわせない癖がつくの納得だ。


「失礼いたします」


慣れない長い裾を捌きながら声をかけて入ると、一斉に視線を受けることになった。
痛い、実際は特に痛くないけど、じりじり焼かれて穴が開きそう。

早速薬の材料をもらおうと思って一歩踏み出すと、なぜか数人が一歩下がる。
もう一歩踏み出せば、今度は全員が一歩下がる。

ええ……なんでどうして。
白兎は縁起が良いものなのよね?逆に恐れられている気がするのだけれど。
これじゃ材料がもらえないのだけれど!


「おや……ここでしたか」


困っていると、オレンジの極服を纏った男性がわたしの前へ姿を現した。
風格が漂う壮年の男性、服装には他の人々より豪華な模様が入っている。
灰色の髪は角ばった帽子にまとめられており、周りの人々が頭を下げているところをみると、位の高い方のようだ。


「緑青様のお客人の薬師様でしょうか?」
「はい。メイシィと申します。薬の調合のために材料をいただきにまいりました」


札の紋を見せてみると、やっぱりと言った表情で微笑んだ。


「こちらにいらっしゃると聞き足を運んだ甲斐がありました。塑《そ》 明漣《めいれん》と申します。
天帝の側近として政《まつりごと》をさせていただいております」
「てっ……さようでございましたか、存じ上げず大変申し訳ございません」
「いえ、先日到着されたばかりと聞いていますから、お気にせず。

さて、材料の調達でしたね。そこの君、頼めるかな。
彼女は獣人ではないと噂を聞いていないのかい?」


明漣様は近くにいた男性に声をかけ、わたしが持っていた紙を渡してくれた。
極国に到着してまだ2日、緑青妃宮のみなさま以外と話すのがこんなに難しいなんて……とわたしは前途多難な滞在になるのではと予感していた。


―――――――――――――


「明漣様、お助けいただきありがとうございます」
「とんでもない」


薬処から出て緑青妃宮に戻る道すがら、明漣様は緑青妃と面会の予定があるとおっしゃったので一緒に向かうことになった。
更に視線を浴びるようになった気がするけれど、ひとりのときよりもずっと良い。


「主上――天帝が来訪したミリステアの客人に挨拶をしたいとおっしゃっていたのですが、ちょうど今は定例の儀式の季節で難しく……。代わりに私から挨拶をと思っていたのです」
「さようでしたか。お気持ちだけで充分有難く思います」
「それに、随分と視線を浴びているようで……。この宮の管理を任された身として、申し訳ない」
「いえ!『極国の白兎』にそっくりの見た目と伺いました。確か大地の神と人間の女性の縁を結んだ白兎なのですよね?」


大地の神が世界の創造したとき、最後に自ら座すために極国の山を創った。
そうして座して人々の営みを見ていたら、とある女性に一目惚れをしてしまったという。
自らが街中に降りることはできない。だから、近くにいた眷属の白兎に女性を連れてくるように頼んだのが始まりだという。

大地の神の座する場所は人が向かうにはあまりに険しい。
女性が怪我をすれば薬草で治し、汗をかけば泉へ導き。その毛が焦げて黒く染まりながら大地の神へ送り届けたという。


「ええ、そうですよ。それから赤目の白兎は縁結びと薬草を司る神様のような存在とされ、ご利益があると家に置物が置かれているのです」
「そのような素晴らしい兎と共通点があると思うと、恐れ多いですね」
「いえいえ、お気にせず。ただ、どうかお気をつけくださいね」
「気をつける……といいますと?」


明漣様が不意に後ろに目線を寄こした。顔ごと向けないところに引っかかり、わたしは振り向けないでいる。
だけれど、その我慢は早々に解かれることになった。


「おお、おお、いたいた、白兎」


乱れた髪型に青色の極服。
太い眉尻は垂れ下がり、こちらを品定めするような目で見つめてくる。
後ろには数人の男性が控えていて、明漣様にご挨拶すらせず、わたしだけを視界に入れているようだった。


「ほお……これは極玉。真っ白な髪にまつげ、飴玉よりも透明な赤、少し背が高いがまあ俺には問題ないだろう。美人より可愛い部類か……よし、
お前、異国から来た外人だな?」
「は、はい。さようでございます……」

「これはこれは漢庸《かんよう》様。『色彩姫宮《しきさいひぐう》』にいらしていたのですね」


明漣様が声をしたにもかかわらず、この男性は無視してわたしだけを嫌な視線で見つめている。
天帝の側近を無視できるなんて、もしかしてそれ以上の地位の方?

漢庸《かんよう》と名乗った男は、にたりと笑った。


「決めた。お前、俺の嫁になれ」


……はい!?



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