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第12章 長女と天才と薬師の狭間

第4話 助っ人は花園の前で憂う

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船で降り立った世界は、故郷とはかけはなれた景色が広がっていた。
独特なうねりを重ねた屋根に、白い柱と茶色い壁に覆われた家々が並び、極服《きょくふく》を纏った子供たちが何かを持って右に左にと走り回る。
屈強な男性たちが盛り上がった筋肉を駆使して次々に下ろしていく荷物は、転がるように運ばれていく。

数多の人たちがひしめき合っているのに、誰ひとりぶつかることなく通りすぎるのも驚きだけれど、みんな一様に背が小さく黒目に黒髪だ。
見たことのない異様な統一感に、わたしはフードのなかで目を白黒させていた。


極国《きょくごく》
大地の神が統治する神域の国。
どの国々よりも神聖で気高いとされる、『手紙の届かない国』

わたしはついにこの地へ降り立った。


やわらかい布地の靴に桃色の極服を身にまとったわたしは、同じく着替えたケンを見失わないように人々の間を縫って歩みを進めている。
きょろきょろ見回したくなってしまうけれど、そんなことをしたら一瞬で迷子。
ユリリアンナ様に会うこともできず試験の終わりを迎えそうなので、必死だ。

そうやってひたすら追いかけていると、突然人の気配が消えたような空間へ飛び出す。
何事かと辺りを見回せば、あっという間に市場や市街地を過ぎ、わたしは大きな門の前に立っていた。


「メイシィさん、到着っス!」
「え、もう?」
「極《きょく》は巨大な島ではあるんスけど、天帝様がおわす政治の中心地ってやつはそんなに遠くにないんスよ~。この門を抜ければ政務圏、その向こうにお目当ての『色彩姫宮《しきさいひぐう》』があるっス!」
「そうなんだ」
「で、ここから『色彩姫宮《しきさいひぐう》』は専用の馬車で行くんスけど、武官と侍女しか入れないんでオレとはここでお別れっス」
「え、そうなの?」


なんだか急に心細くなってしまった。1か月も一緒にいたら親近感も湧くし、新しい慣れない土地でついにひとりぼっちになるなんて、当然不安が募る。
でも大丈夫っスよ!とケンは眩しいほどの笑顔で口を開いた。


「今までは護衛でしたけど、これからはメイシィさんの『裏番』としてお助けします!」
「うらばん?」
「『色彩姫宮《しきさいひぐう》』は妃の住まう秘匿の場所なんで、余計な情報が出回らないように出入りが厳しく規制されてるっス。だから外に用事があるときは『裏番』っていう手足になるヤツを雇ってる人が多いんスよ」
「へえ……じゃあわたしが中に入ってから何か必要なものがあれば、ケンに頼んでいいってこと?」
「そうっス!どこで落ち合うかは決められているんで、ユリリアンナ様の侍女に聞いてみてください」


わかった。そう頷くとケンは満足そうな表情をして、また背を向いて歩き始めた。
門の周りを歩くのは避けられてるのだろうか、数名行きかうだけでとてもまばら。
ケンはすたすたと剣を腰から下げた人に近づくと、声をかけた。


「こんにちは!」
「ああ、こんにちは」


お互いに両手を前に突き合わせるようにして、一礼する。


「『色彩姫宮《しきさいひぐう》』へ派遣する侍女を連れてきました。緑青妃の侍女頭《じじょがしら》は来てますか?」
「ああ、話は聞いている。今呼んで来よう」


武器を持ったたくましい男性――確か武官と呼ばれている、兵士の役目を持つ人――は後ろを向くと門に向かって手を伸ばした。
よく見ると真っ赤な門の上から黄色い紐が垂れ下がっている。
それを勢いよく引っ張れば、ガランガランと鐘のような音が響き渡った。

少しすると、門の左側にある小さな扉から、女性が現れる。
簪《かんざし》で灰色の頭髪をまとめた老年の女性だった。優しい緑色の極服をまとい優雅な所作はミリステアの貴族たちを思い出す。


「お待たせしました。私が緑青妃の筆頭侍女、楽晴《らくせい》と申します。あなたがメイシィさんですね?」
「初めまして、楽晴様」


ちらりとフードを脱いで良いか目線を向けると、ケンは頷いてくれた。
薄い布を肩に落として両手を長い袖越しにあわせ、肘を同じ高さに上げ、顔が半分隠れるように軽く一礼をする。
極の挨拶の方法だ。
たぶん、ちゃんとできている気がする。


「ミリステア魔王国から参りました。薬師のメイシィと申します」


顔をあげて女性を見ると、取り次いでくれた武官と同じように目を丸くしていた。
動揺したけれど、わたしはとりあえず緊張しながら何度も練習した言葉を交えて口を動かす。


「こちらはわたしの裏番となるケンでございます。緑青妃様のお役に立てるよう尽力いたします。よろしくお願い申し上げます」
「……ま、まあ……ええ、よろしくお願いしますわ。メイシィさん」
「はい。よろしくお願いいたします」
「……」
「……」

「あー……じゃあメイシィさん、あとは楽晴さんについていってもらって、頑張ってくださいっス!オレはいつでも顔出せるようにしておくんで!」
「どうもありがとう。またね、ケン」


なんだかこの場に留まるのは嫌、とでも言いたげなケンはそそくさと人込みの中に入っていってしまった。
なんだか行き交う人の視線が痛いので、わたしは思わずもう一度フードを被る。
はっ、と声が聞こえて前を向くと、楽晴様が我に返ったような顔をした。


「あら、失礼しましたわ!どうぞこちらへ、まずは緑青妃とご挨拶ね!」


楽晴様がそそくさと来た道の門へ向かうので、わたしは慌てて武官に一礼して追いかけることにした。



――――――――――――――――



「さっきはごめんなさいね。驚いてしまったの」


門の向こうは真っ赤な世界が広がっていた。
屋根こそ暗い色合いだけれど、屋敷の柱や壁は鮮やかな赤に染まり、壁は眩しいほどの白、そして地面は綺麗に整えられた石の道。
ミリステアにはない刺激的な色が散りばめられていた。

わたしたちは同じ馬車に乗り、片側しか座るところのない小さな空間にいる。


「申し訳ありません。驚かせたつもりはなかったのですが……わたしの見た目はそんなに目立つのですね」
「ええ、本当に!『極国の白兎のような外人が来る』って姫宮《ひぐう》の中でとても話題になっているのだけれど、本当にその通りで驚いてしまったわ!」


おお、ケンの言う通りだったんだ。
にしてもわたしの噂が広まってるなんて、どういうことだろう?


「緑青皇子《ろくしょうこうし》様のご病気のために緑青妃――ユリリアンナ様が祖国から魔法薬師を呼ぶなんて、この国では実現できたことが奇跡なくらいの出来事なのよ」
「そうなのですか?」
「どんな方なのか他の妃が質問攻めにしてようやく聞いたのが『白兎のような方』という言葉でね!その噂が大きくなって『極国の白兎のような外人』となったみたい」


楽晴さんはとても楽しそうで、若々しく舞い上がった様子で話をしている。
名前の通り一緒にいるだけで楽しく晴れやかになる方だ。
大きかった不安がまたひとつ安堵に塗り替えられていく。この方がいるならきっとなんとかなる、そんな気がする。


「姫宮の人々が見たらみんな驚いてしまいそうね。ふふ、反応が楽しみだわ!」
「恐れ多いです。わたしは文化の違いで粗相をしないか不安なくらいですのに」
「緑青妃がお住まいになっている緑青宮《ろくしょうぐう》の中であれば、いくら間違えても大丈夫よ!何せ緑青妃がいらしたときから仕えている者ばかりだもの、多少の珍事なんて動じないわ」
「珍事……」


一瞬脳裏をかすめるのはナタリー様のリンゴすりおろしの話。
まさかユリリアンナ様も同じようにお転婆だったりするのだろうか。


「面白かった珍事はねえ、夏の暑い日の話ね。
急に桶に導術《どうじゅつ》……じゃなくて魔法で桶に水と氷を入れたと思えば、ふとももまでお召し物を巻き上げて素足を入れて涼み始めたのよ!」


ああ、ユリリアンナ様、それはミリステアでもアウトです!

楽晴さんに伝えると、彼女は目じりの皺をたくさん増やして笑ってくれた。


――――――――――――――――


馬車から降りると目の前には先ほどと同じ真っ赤で平坦な建物があった。
違うのは、その前で待っていた侍女たちの驚いた顔である。
楽晴さんと同じ服装で、同じ顔をした黒目黒髪の人々に、刺さるほどの視線を浴びる。


「こらみなさん。ご挨拶」


楽晴さんのひとことで、みな一様に我に返ったような反応を見せて一礼した。


「ミリステア魔王国から参りました、魔法薬師のメイシィと申します。
しばらくお世話になります。よろしくお願い申し上げます」


よろしくお願いします、と四方八方から挨拶が返ってくる。
みな一様に下げていた頭を戻せば、幼い子からわたしと同じくらい、楽晴さんの御歳に近そうな顔が揃っている。
誰もわたしと同じか小さい背丈。同じヒューマン相手ですら見上げてばかりだっただけに、不思議な気分だ。

けれど、その違和感はそれだけじゃない。


見られている。

すごく、すごーく見られている。

誰も次の言葉を出すことなく、じーっと。


うう、恥ずかしい。


「ええと……祖母が兎人族《とびとぞく》でして、白兎の見た目を受け継いでおりますが、皆さまと同じヒューマン……人?ですので……ご安心ください」
「私たちと同じ人族……?」


なんだか疑われている。
建国以後ずっと国外と接して来なかった人々にとっては黒髪黒目が当たり前、兎人族《とびとぞく》や蜥蜴人族《とかげひとぞく》は人口の1割程度いるものの、まとめて『獣人』と呼ばれあまり優遇されていない。
とケンが言っていたから、わたしも獣人と思われているのだろうか。

困ったな。これから目の前にいる侍女のみなさんとは特に良い関係を気付きたいのに。


次に何て言おうか迷っていると、遠くから声が響き渡った。


「こら、みんな。人をそんなにじろじろみてはいけません」
「「「緑青妃《ろくしょうひ》様!」」」


がたんと音を立てて格子の模様をした扉が開いた。
声を上げた侍女たちと共に見上げると、そこには揺らめく緑青の双眸がこちらを見つめていた。
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