黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

綾乃雪乃

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第12章 長女と天才と薬師の狭間

第1話 手紙の届かない国

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パスカとミリステアの国境、レヴェラント辺境伯家から帰国して1か月が経った。

竜人族の医術や薬学について報告書をミカルガさんに提出したあと、他の1級魔法薬師を中心に回し読みされているらしい。
いろいろと聞きたいことがあるそうで、小さい報告会を開催することになった。

有難い話ではあるけれど、緊張しないわけはなく。
薬師院のいつもの執務室でそわそわと資料の準備をしていると、わたしに声をかける人物がいた。


「手伝おうか?メイシィ」
「あ、ミロクさん」


わたしの先輩、2級魔法薬師のミロクさんだった。
黒い髪にいつもの簪《かんざし》を煌めかせて、今日もにこにこと機嫌が良い。
隣に腰掛けると、紙が散らばった机を眺めた。


「報告会の資料だね。番号順にまとめて左上を固定すればいい?」
「ありがとうございます。お願いします」
「いいのいいの、無事に討伐隊が戻って来て落ち着いたところだからね」


ミロクさんは少し考えてからわたしと同じように手を動かし始めた。
報告書の文字を複製転写する魔法はあるけれど、紙束ごとにまとめたり固定する魔法は別にある。
けれど、手でやった方が早い。ミロクさんのことだから効率重視でそう結論づけたのだろう。

あ、彼女といえば。


「ミロクさん、 1つお伺いしたいことがあるんですが」
「なあに?なんでもどうぞ」
「ミロクさんって極国《きょくごく》のご出身ですよね?」
「そうだよ!西彼岸《にひが》っていう貿易港で生まれ育ったんだよ」
「やっぱり。わたし、今度極国にいくことになるかもしれないんです」
「え!?」


ミロクさんが思わず手を止めた。かなりの驚きだったらしい。
でも、当然の反応だと思う。
本を読んだ限りだと、渡航すら難しい国だから。


「もしかして、例の1級魔法薬師試験の話?」
「そうなんです。ユーファステア侯爵家の長女 ユリリアンナ様は極国へ嫁がれたので、向かうことになるのではと思ってます」
「まあ!もし叶えば大事ね、ここから片道1か月はかかるわよ」
「そんなに遠いのですか」


うんうん。とミロクさんは頷いた。


「メイシィはあの国についてどこまで知っているの?」
「実はあんまり……本の中に書いてあったことしか知らないんです。たしか極東にある『神域の島』で国を興したとか」
「ついでだから、ちょっとワタシが講師してあげようかな!」
「いいんですか?手伝ってもらってお話まで」
「ワタシとアナタの仲じゃない~!むしろ、なかなか自国自慢はできないから嬉しいのよ」


ふふふ、と上機嫌なミロクさんは、手元にあったわたしの資料を別の机に避けた。
よく見たらもう出来上がっている。流石の手さばきだ。

ミロクさんは右手を上げると、何も書かれていない白い紙とインク壺が飛んできた。
わたしがさっき転写に使っていたものだ。
もう一振り手を動かせば、壺から糸のようにインクがのびて、まるで手書きのように線となって紙に滲ませてゆく。


「この世界には神様がいて、各国が同じ神話を共有しているわ。
時間、空間、そして大地という3柱の神がこの世界を作った最上神、水や火、風などの元素の神がその下にいて、大妖精、妖精が続くのは知ってるわね」
「はい」


階級を三角形で表した中に文字が刻まれる。妖精は神様の末席だ。


「極国《きょくごく》には世界最大の『極山《ごくさん》』という山があってね、大地の神が最後に作った土地で、この山の奥深くに座してワタシたちを見守っているといわれているの。
そして、その神様は分身を人里に降ろし、『天帝』として統治している、といわれている。それが極国の成り立ちね」


三角形の頂点から線が伸び、いつのまにか描かれた山の絵に繋がった。
そこから人型の絵にやじるしが結ばれていく。


「つまり大地の神様が直接国を統治しているってことですか?」
「現実的な話は野暮だから置いておいて、宗教的にはそういうことよ。試練を乗り越え大地の神にたどり着いたものが天帝となり、その身に神を宿すのですって」
「不思議な国ですね……」
「そう。だから人間が統治するのとは違う『神が統治するまさに神域の島国』ってことで、他の国とは切り離されているわね」


そんなところに、そんな天帝にユリリアンナ様は嫁いだのか。いったいどういう経緯だったのか気になるところだなあ。


「極国はこの国でいうとミリステア魔王国と同じ呼称だから、極《きょく》と呼ぶことが多いわね。
ちなみになんだけど、メイシィは別名を知ってる?」
「別の呼び名ですか?」


そんなの本に書いてあったかな……。
記憶を掘り返していると、見破られたようにミロクさんは『俗世的な言い方だから本にはないよ』と言ってくれた。


「『手紙の届かない国』」
「て、手紙?」
「極は国を興してから5000年、豊かな島の資源で生活に困ることがなかった不思議な国なの。
だから他国の文化を取り入れる必要もない、外交も必要ないから、手紙すらやりとりする経路を持っていないの」
「そんな国あるんですね……!?」
「ええ。もちろん貿易も決められた商会のみ、取引の品も決まってるし、人の往来なんてほぼないに等しい」


そこまで厳しく制限されているなら、やっぱり渡航は厳しいのかな。
極国とやりとりをしている話はローレンス様に聞いたのだけれど、どうやってるのだろう。

素直にそのまま疑問をぶつけてみると、ミロクさんはくすりと笑った。


「国どうしの連絡手段はもちろんあると思うわ。自然災害や治安に関する情報交換はどうしても必要だからね。
といっても各国の王と天帝の直通経路しかないと思うし……もしかしたら、カーン陛下が御自《おんみずか》ら交渉してくださっているのかもしれないね」
「なるほど……」

「なんだ、ちょうどその話をしていたのか」


コンコン、と扉の音を立てながら声が聞こえた。
ふたりで振り返ると、ローレンス様部屋の出入り口に立っている。
開けっ放しの扉にわざわざノックしてくれたみたいだ。わたしたちは慌てて立ち上がって出迎えた。


「作業中にすまない。急ぎの仕事だろうか?」
「いえ、もう終わります」


今までの会話の間でまとめ終わっていた資料を片付け空間を空けるわたしに、この部屋で一番きれいな椅子を持ってくるミロクさん。
ローレンス様は礼儀正しいことにミロクさんへお礼を言って腰をかけた。


「じゃあ、ワタシはこれで失礼しようかしら」
「いや、ミロク殿、よければ話の続きを聞きたいから時間をもらえないだろうか?」
「あら、ワタシでよければぜひ」


小さな椅子に腰かけたわたしたちを見て、ローレンス様は腕を組んで眉間に皺を寄せた。


「さきほどふたりが話していた通り、今回のユリリアンナ姉上の接触は陛下と極国の天帝の間で行われている。といっても数か月前に手紙を送ったきり、ずっと返事は来ていなかったがな」


手紙が届かない国とは長《おさ》同士でもやり取りするのが難しいのか。
返事をしたくないのかしたいのか、推測すらできないくらい時間がかかっている。


「それで、昨日ようやく返事が返ってきたんだが……。ミロク殿、大まかな内容を伝えるから裏の意図を読み取れないか考えてみてくれないだろうか」
「裏の意図、ああ、そうですね、必要でしょうね」
「裏の……?」
「極は他国と交流のない国、同じ言語だけれど独自の文化的な言葉が多くてね」


なかなか癖がありそうだ。わたしはちゃんと読み取れるだろうか、不安になってきた。


「内容としては、『異国の魔法薬師なる者に頼みたいことがある。こちらで車を出すから緑青《りょくせい》に捧げる冠《かん》を我が最上の国へ差し出せ』だった。
少なくともメイシィが緑青妃《りょくせいひ》、つまりユリリアンナ姉上に会えるのは間違いなさそうだ。迎えが来ることもな」
「そのようですね。さっそくいろいろと準備をしなければ……」
「だがそれ以降の文章がいまいちしっくりとこない。ミロク殿、何かわかるか?」


ミロクさんは何も言わずあごに手を置いて思案顔になる。
数秒して、彼女はわずかに微笑んだ。


「冠《かん》とは王冠のような被り物を指す以外に、『一番の』という意味もあるんです。王冠は頭の上、一番上にありますからね。
ざっとまとめると、

『ユリリアンナ様に悩みごとがあってメイシィに解決を頼みたい。送迎は極国で負担してあげるからミステリアで随一の魔法薬師の力を存分に発揮したまえ!』

……みたいな感じかしら?」


あ、上から目線だけどだいたい上位の方の言い回しはこういうものなの。文章ほど偉ぶる気持ちはないから安心してね。
と補足付きでミロクさんが言うと、ローレンス様とわたしは目をあわせた。


「……ようするに極国に来ていいってことでいいんだな?」
「そうです」
「それは……よかったです?」
「そうだな?」


ふたりで首をかしげながら話す姿が面白かったのか、ミロクさんは大口を開けて笑う。
全く触れたことのない異国の文化に戸惑いはあるものの、わたしの心の中では期待と楽しみで満たされていくのを感じた。

新しい薬草、薬、調合の道具、きっとたくさんある。
わくわく。


「だが、ひとつ困ったことがある」
「え?」


安堵の表情から一変、ローレンス様は暗い顔をしてわたしたちを見た。


「この手紙には続きがある。迎えの日が指定されていたんだが……『1週間後』だった」
「え、もしかして報告会の翌日……?」
「メイシィ大変、いろいろ準備しなきゃ。お作法とか全然知らないでしょ!?」
「はい、全然知らないです!」
「わかったわ……このミロク、故郷とかわいいメイシィのためにひと肌脱ぎましょう!」


声高らかに宣言するミロクさんは、どこか楽しそうな表情だった。
そこから、わたしは想像を絶する忙殺の日々を送ることになる。
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