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第11章 三女の宝と国境の薬師

閑話 消えそう

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「ぐっすりと眠っているね」
「リアム殿下」


赤い赤い夕陽が部屋を照らすころ、丸くなって眠る息子の隣で本を読んでいた私は、リアム殿下の声に現実へ引き戻された。
もうすぐ夜の闇が辺りを照らす。
ほぼ屋外になっているこの部屋の灯をつけるのはショートの危険があって禁止になったから、今のうちに移動しなければいけないわね。

ミリステア魔王国の第二王子 クリードとメイシィが帰国して2日。
遊んでるつもりがうっかり屋敷を破壊してしまう息子は、今日もひと暴れしてようやく眠ったところだった。
ドラゴンの幼体ではよくあるようだけれど、風の妖精のおかげで威力3倍。
力の加減を覚えるまでしばらくかかりそう。
かわいい。


「せっかくご滞在くださっているのに、日々騒がしくしてしまい申し訳ございません」
「いいや、おかげで刺激的な毎日だよ」


にっこりと笑顔のリアム殿下。いつも微笑みを絶やさないパスカ龍王国の次期龍王は、威厳こそ強さと言われる貴族の中では珍しい穏健な方だ。
だけれど、それを甘く見て容赦なく叩きのめされる貴族も多いという。
ガラムも後でどんな仕打ちに遭うのか、お人好しなダグラスは心配をしている。


「そろそろ夕飯だから食堂に来てほしいと伝言を頼まれたんだ」
「まあ、殿下がご伝言を!?大変申し訳ございません」
「あはは、いいんだよ。可愛い小竜を見たくて口実を探してたんだ」


リアム殿下はそう言って息子に視線を落とした。嬉しそうで、微笑ましくて、何にも代えがたい愛おしさを含んだ表情にはっとする。
きっと殿下は、息子を通してこの国の希望を見ていらっしゃるのだろう。

先に行っているよ、とリアム殿下は言葉を残して去っていた。

そういえばあの表情、どこかで見たことがある気がする。
ああ、稀代の妖精使い、ミリシア・ユーファステアおばあ様。
病床のメリアーシェに向けていた視線とそっくりだ。


ミリシアおばあ様はとても愛情深い方だった。
わたしたち6人もの孫に囲まれて、義理の娘である母だけでなく、ラジアン殿下やカナリス殿下、そしてクリード殿下にも存分に愛情を注いだ。
兎人族らしいピンと伸びた大きな白い耳をひょこひょこ動かして、小さい体を右に左に。
愛らしいその姿に絆《ほだ》された人々は数知れず、時に知的に時に暴力的に、若い頃は世界中を飛び回っていたという。
そんな魅力はわたしたち6人の孫がそれぞれ受け継いでいる。

そんなミリシアおばあ様が最期の最期まで心を砕き続けた子、それがクリード殿下とメリアーシェだった。


わたしがミリシアおばあ様から受け継いだのは、妖精の気配を察知できる力だった。
とはいえ妖精使いではないからはっきりわかるわけではないけれど、どこに何がいるかくらいはわかる。

メリアーシェが4歳のころ、体調が良くなって家族みんなが日替わりで遊ぶのを楽しみにしてた時期。
わたしは光の妖精が数匹、メリアーシェから離れないことに気がついた。


『ふふふ、妖精さんたちに契約してもらったの。これでメリアーシェは大丈夫』


でも、その幸せは長くは続かなかった。
光の妖精たちの努力もむなしく、メリアーシェはまた不調の日々が続いた。


『クリード殿下にくっついている大量の妖精にも来てもらおうかしら。花の妖精を借りてきましょう』


そうやってどんどんと妖精が増えていった。気配を感じるどころか色とりどりの光となって見えるくらいに。
眠っているメリアーシェが光に囲まれている姿は、まるで棺《ひつぎ》の中のようで。
このまま消えていきそうな姿が辛くて、一時期あの子の部屋に入れなかったのを覚えている。


『ああ、ナタリー、気配が濃すぎて気分を悪くさせてしまったわね』
『いいんですおばあ様、私のことはいいんです。それよりメリアーシェを、お願いです』
『ええ、ええ。わかってますよ。この子は死なせないわ。何としてでも』


その言葉の意味は、今もよくわかっていない。
そのときの私はあまりに幼かったから。


「ぴゅひー……」
「あら」


息子の愛らしい寝息が聞こえた。
もうだいぶ暗くなってきてしまった。
早く食堂に行かないと。息子を籠ごと抱き上げて立ち上がる。


「…………」


ミリシアおばあ様が大切にした黒薔薇王子《世界の脅威》 クリード・ファン・ミステリア。
人形のような無表情で兄たちの後ろに隠れていた彼は、今やメイシィを愛おしそうに見つめている。
彼がようやく愛することを学んでいる。私とダグラスがそうだったように。

だけれど、少し心配だわ。


ミリシアおばあ様は志半《こころざしなか》ばで急死された。

妖精と共に生きる者として、彼に愛され方は教えられたけれど、

愛し方は教えられなかったもの。
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