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第11章 三女の宝と国境の薬師
第10話 ぎゅっきゅっと締められる壮竜
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レヴェラント辺境伯家に戻ったのは夜だった。
膨大な魔力で自己治療していたから実質無傷だったクリード殿下は、大事をとって先に休んでいただいている。
けれど……興奮が冷めないらしく、湯あみに行かせて紅茶を振舞いほっぺたを摘まむのまで許してようやくベッドに入ってくれた。
わたしはだいぶ疲れている。
けれど、へばってもいられない。
ダグラス様の執務室に集合し、重要な話をしなければいけないのだ。
その部屋に入ると、わたしが最後だったことに気がついた。
椅子に座り暖かい毛布に包まれたナタリー様がこちらを見て微笑む。
クリード殿下と同じくお休みいただきたいのだけれど……と伝えたい思いで困った顔をしてみれば、にこりと返された。
これは説得できる雰囲気じゃないなあ。
ダグラス様の表情を見て察したわたしは、中央の椅子に座るリアム殿下に一礼した。
「お待たせし申し訳ございません」
「いや、クリード王子の様子はどうかな?」
「少々疲れていらっしゃいましたが、治療は不要でございました。今はおやすみいただいています」
「そうか、それはよかった」
蜥蜴《とかげ》のような縦長の黒目がぐるりと向きを変える。
その先には、脂汗を垂らす巨漢、ガラム様が座っていた。
「ダグラス辺境伯、彼への質問は君に頼もう」
「はい。……ガラム、まずはどうしてクリード殿下にこのようなことをしたのか話してもらおう」
「……10年前に失敗した責務を果たそうとしたまでだ」
脂肪によってより深く刻まれた口元は真一文字。ガラム様の強い意志を感じる。
反省して謝罪するつもりはないらしい。
その姿にダグラス様とナタリー様は眉間に皺をよせた。
「責務とはなんだ?」
「我々パスカの竜人族は、恵まれし民族。いままで力があり誇り高い我々によって幾度となく戦争を終わらせ、平和が保たれてきたはずだ。
今、大きな戦争が起きていない国々たちがもっとも恐れていること、それこそあの者の力だ。
いちど他国で暴走すれば戦争の種になるような存在を、我々は危険分子を摘むのも大きな役目。
『処理』することになぜ非難される必要がある?」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
セロエが言っていた、クリード殿下に対する他国の考えそのものだ。
一国が強力な武器を持てば、それは抑止力となり、あらぬ噂となり、先に叩こうとするものが現れる。
恐怖による人々の暴走なんて、歴史上何度繰り返されたかわからない。
人々は学ぶこともせずまた過ちを犯そうしていたんだ。
ダグラス様は大きなため息をついた。
「まったく、お前は本当に何も理解《わか》っていないな。そんなところまで父親そっくりになる必要はないというのに!」
「フン!わかってないのはお前の方だろうダグラス!国境を守っているというのに、脅威に鈍感すぎる、やはりレヴェラント辺境伯の座にふさわしくないな!」
「ガラム、お前はいつになったら気づくんだ!国の守り方はひとつじゃない。危険を摘み取ることに躍起になっていれば、竜人族どころか人間としての矜持《きょうじ》を失うぞ」
「フン」
ガラム様は腕を組み、足で机を小突いた。
自国の王太子を前にして勇気ある態度というか、すでに矜持を失っているというか。
他国のことなのでわたしは言及できず、黙って立ったまま様子をみることにする。
「……仕方ない。このような話し方はしたくなかったんだが」
ダグラス様がもう一度ため息をつくと、なぜかわたしを見つめた。
ドキッとして見つめ返すと、微笑みを見せられた。
「メイシィ殿、あなたの意見を伺えますかな?」
「は、はい。わたしでよければ」
「クリード殿下は暴行を受けている際、相手を眠らせて無力化したあと、自ら身体を治癒魔法で手当てしたときいている。
その治り具合はどうだっただろうか。薬は必要だったかな?」
「いえ、お身体は内部を含めてまったく傷がない状態でした。服装だけ汚れていらしたのに違和感があるほどでした」
「ありがとう」
ダグラス様はそう言うと、今度は隣に座るナタリー様の背中に手を回し、両肩を優しくつかんで口を開いた。
「ナタリー。もし、万一、クリード殿下があの小屋で命を落としてしまった場合、どのような事態が考えられるかい?」
「そうですね。殿下の感情による竜巻でしたので命を落とせば自然と消える。
――――わけはないですわ。むしろ逆です」
ガラム様が意外そうに目を開いた。
わたしも同じ表情をしてナタリー様に顔を向けると、深い悲しみの表情が目に入った。
「感情によって起こった現象は、また感情によって制御されています。メイシィが殿下のお心を静めることで竜巻が収まったことが証左《しょうさ》です。
殿下という制御を失えば、竜巻は、膨らみ続けるでしょう。
レヴェラント領だけでなく、強力なバリアでも張らない限り膨張を続け、いずれパスカはドラゴンが住めない不毛の地になります」
「なんだと!?」
立ち上がる巨漢にキッとにらみつけるナタリー様。
本当は自分も立ち上がりたいくらいだっただろうけれど、いつのまにか背後に立っていたダグラス様の両手が肩を抑え、防がれている。
「……妖精とは自然そのものです。刺激がなければ発生することも止めることもできません。
クリード殿下の傍にいる妖精たちは膨大です。誰にも止められなければ永遠に事象を起こし続ける。
あなたはむしろ、世界を守るどころか葬り去るきっかけを起こしてしまうところだったのですよ」
「そんな……まさか、そんなことが……」
「『妖精学』くらい頭に叩き込んだらどうです?基礎中の基礎でしょう。
それに、クリード殿下が自己治癒されたのですよ?煮るなり焼くなりしても死にそうにないからどの国も暗殺を諦めたのです、知らないのですか?」
……ミリステアに帰ったら真っ先に妖精学を読もう。
それでクリード殿下を知ることができるなら。
え?今なんて思った?
知ることができるって??
自分自身に唖然《あぜん》としてしまった。
「…………」
「ガラム、お前はしばらく部屋で謹慎だ。クリード殿下にお会いすること、謝罪することを禁じる。
殿下のお心を乱す者を視界にいれるわけにはいかない。
それが我々カーライルの為政者であり、殿下に恩のあるレヴェラント辺境伯家の『国を守る』方法だ」
「……くっ」
「話はついたようだね」
ずっと黙っていたリアム王太子が口を開いた。
ガラム様はすっかり態度を改め、恐る恐るといった様子で王太子を見つめている。
「俺から言うことがあるとすれば、あなたの気高い誇り、平和を守りたい竜人族としての想いは十分にわかる。
だが、その矛先は『人』であってはならないとゆめゆめ忘れるな。
我らパスカの者を示す言葉を今一度心に刻むと良い。
『力ある者よ、凪であれ』とね」
それに、とリアム殿下はわたしをまっすぐ見つめてにっこりを笑った。
「俺はクリード王子をそこそこ気に入ってるんだ。メイシィさんはもっと気に入っている。
自分の心に刻んだ言葉《誇り》を体現する者を、好きにならないわけがないだろう?」
どういうことだろう。
クリード殿下はともかく、今のわたしの心は凪でも、力ある者ではないけれど?
首をかしげてみせれば、リアム殿下は一瞬目を丸くしてから微笑んだ。
「ガラム殿、俺の好みの人々を危険にさらしたこと、眉間のウロコが剥がれても忘れることがないだろう」
「ヒッ……!」
その言葉を最後に、集まりは解散となった。
けれど、ガラム様は部屋を出ていくまで顔を真っ青にして心ここにあらずのまま。
入ってきた侍女たちに付き添われ、ナタリー様は先に自室へ戻っていく。
残されたわたしも自室に戻ろうと一礼すると、ダグラス様が話しかけてきた。
「我が家の確執《かくしつ》に巻き込んでしまって申し訳なかった」
「いえ、お気になさらないでください。きっとクリード殿下もそうおっしゃると思います」
「そうかな。あの方には2度も恐ろしい思いをさせてしまった……せっかく君と言う生きる道を見つけたというのに、あなたがたの関係に水を差してしまった」
「え、あ、そんな……」
生きる道なんて大げさすぎる!
思わず慌てて言葉が出てこないわたしに、辺境伯は小さく笑った。
「私は必死に努力をしてなんとかミリステア出身のナタリーを妻に迎えることができた。実は、その助けをしてくれたのはクリード殿下なんだよ」
「え……?」
「ご本人に自覚はないだろうけれどね。『願って』くださったんだよ。
『大切な友人であるナタリーには君と幸せになってほしいのだ』と、そう言ってくださった。
殿下のお心は妖精を動かす。それは絶望ばかりじゃない。
温かい願いだって同じなんだと気づいたよ。不思議なほど勇気が湧いて来たんだからね」
クリード殿下が起こす妖精の暴走は、病んだり悲しんだり負の感情がきっかけだった。
そう思っていたけれど、脳裏によぎるのは降り注ぐ花びらや爽快な青空。
そうか、ただ負の感情の方が目に見えやすかっただけだったんだ。
嬉しくても、楽しくても、妖精たちは反応していた。
なんだかストンと腑に落ちてしまう。
ダグラス様のお考えは間違いではなかったのだ、と翌日のわたしは強く確信することになった。
―――――――――――――――――――――
「ん、んん……」
「おはようございます。クリード殿下」
「……メイシィ?ああ……おはよう」
翌日。クリード殿下のお部屋で容体を確認しながら静かに過ごしていたわたしは、身じろぐ音に気づいて椅子から立ち上がった。
「……ずっと看ていてくれたのかい?ちゃんと休んだよね?」
「はい……一度自室で休ませていただきました」
「そうか……ならよかった」
起き抜けにわたしの心配とは、殿下らしい。
「殿下、もう少しおやすみになられますか?」
「いや、起きるよ」
「ですが……まだお疲れではありませんか?」
「え?どうしてそう思うんだい?」
「もうお昼の時間帯ですから」
「……え!?起こしてくれてよかったのに!」
心身に疲労が溜まっている王族相手にたたき起こす非情さは持っていない。
首を左右に振れば、殿下は不満そうな顔をした。
「メイシィは僕の寝顔を堪能してたんだね、ずるい、僕も君の寝顔を堪能したかった」
「急になんですか……相当ぐっすり眠っていらっしゃったんですよ?まだ眠くないですか?」
「……そんなことはないけれど……どうしてそこまで寝不足だと言いたいんだい?」
クリード殿下の質問に、わたしはとても困惑した。
「……これだけ屋敷中大騒ぎになっているのに、お目覚めにならないなんて相当ですから」
ぐあああああああああああああ!!
遠くで悲鳴が聞こえる。
クリード殿下はぽかんと口を開けた。
「今の……何だい?」
膨大な魔力で自己治療していたから実質無傷だったクリード殿下は、大事をとって先に休んでいただいている。
けれど……興奮が冷めないらしく、湯あみに行かせて紅茶を振舞いほっぺたを摘まむのまで許してようやくベッドに入ってくれた。
わたしはだいぶ疲れている。
けれど、へばってもいられない。
ダグラス様の執務室に集合し、重要な話をしなければいけないのだ。
その部屋に入ると、わたしが最後だったことに気がついた。
椅子に座り暖かい毛布に包まれたナタリー様がこちらを見て微笑む。
クリード殿下と同じくお休みいただきたいのだけれど……と伝えたい思いで困った顔をしてみれば、にこりと返された。
これは説得できる雰囲気じゃないなあ。
ダグラス様の表情を見て察したわたしは、中央の椅子に座るリアム殿下に一礼した。
「お待たせし申し訳ございません」
「いや、クリード王子の様子はどうかな?」
「少々疲れていらっしゃいましたが、治療は不要でございました。今はおやすみいただいています」
「そうか、それはよかった」
蜥蜴《とかげ》のような縦長の黒目がぐるりと向きを変える。
その先には、脂汗を垂らす巨漢、ガラム様が座っていた。
「ダグラス辺境伯、彼への質問は君に頼もう」
「はい。……ガラム、まずはどうしてクリード殿下にこのようなことをしたのか話してもらおう」
「……10年前に失敗した責務を果たそうとしたまでだ」
脂肪によってより深く刻まれた口元は真一文字。ガラム様の強い意志を感じる。
反省して謝罪するつもりはないらしい。
その姿にダグラス様とナタリー様は眉間に皺をよせた。
「責務とはなんだ?」
「我々パスカの竜人族は、恵まれし民族。いままで力があり誇り高い我々によって幾度となく戦争を終わらせ、平和が保たれてきたはずだ。
今、大きな戦争が起きていない国々たちがもっとも恐れていること、それこそあの者の力だ。
いちど他国で暴走すれば戦争の種になるような存在を、我々は危険分子を摘むのも大きな役目。
『処理』することになぜ非難される必要がある?」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
セロエが言っていた、クリード殿下に対する他国の考えそのものだ。
一国が強力な武器を持てば、それは抑止力となり、あらぬ噂となり、先に叩こうとするものが現れる。
恐怖による人々の暴走なんて、歴史上何度繰り返されたかわからない。
人々は学ぶこともせずまた過ちを犯そうしていたんだ。
ダグラス様は大きなため息をついた。
「まったく、お前は本当に何も理解《わか》っていないな。そんなところまで父親そっくりになる必要はないというのに!」
「フン!わかってないのはお前の方だろうダグラス!国境を守っているというのに、脅威に鈍感すぎる、やはりレヴェラント辺境伯の座にふさわしくないな!」
「ガラム、お前はいつになったら気づくんだ!国の守り方はひとつじゃない。危険を摘み取ることに躍起になっていれば、竜人族どころか人間としての矜持《きょうじ》を失うぞ」
「フン」
ガラム様は腕を組み、足で机を小突いた。
自国の王太子を前にして勇気ある態度というか、すでに矜持を失っているというか。
他国のことなのでわたしは言及できず、黙って立ったまま様子をみることにする。
「……仕方ない。このような話し方はしたくなかったんだが」
ダグラス様がもう一度ため息をつくと、なぜかわたしを見つめた。
ドキッとして見つめ返すと、微笑みを見せられた。
「メイシィ殿、あなたの意見を伺えますかな?」
「は、はい。わたしでよければ」
「クリード殿下は暴行を受けている際、相手を眠らせて無力化したあと、自ら身体を治癒魔法で手当てしたときいている。
その治り具合はどうだっただろうか。薬は必要だったかな?」
「いえ、お身体は内部を含めてまったく傷がない状態でした。服装だけ汚れていらしたのに違和感があるほどでした」
「ありがとう」
ダグラス様はそう言うと、今度は隣に座るナタリー様の背中に手を回し、両肩を優しくつかんで口を開いた。
「ナタリー。もし、万一、クリード殿下があの小屋で命を落としてしまった場合、どのような事態が考えられるかい?」
「そうですね。殿下の感情による竜巻でしたので命を落とせば自然と消える。
――――わけはないですわ。むしろ逆です」
ガラム様が意外そうに目を開いた。
わたしも同じ表情をしてナタリー様に顔を向けると、深い悲しみの表情が目に入った。
「感情によって起こった現象は、また感情によって制御されています。メイシィが殿下のお心を静めることで竜巻が収まったことが証左《しょうさ》です。
殿下という制御を失えば、竜巻は、膨らみ続けるでしょう。
レヴェラント領だけでなく、強力なバリアでも張らない限り膨張を続け、いずれパスカはドラゴンが住めない不毛の地になります」
「なんだと!?」
立ち上がる巨漢にキッとにらみつけるナタリー様。
本当は自分も立ち上がりたいくらいだっただろうけれど、いつのまにか背後に立っていたダグラス様の両手が肩を抑え、防がれている。
「……妖精とは自然そのものです。刺激がなければ発生することも止めることもできません。
クリード殿下の傍にいる妖精たちは膨大です。誰にも止められなければ永遠に事象を起こし続ける。
あなたはむしろ、世界を守るどころか葬り去るきっかけを起こしてしまうところだったのですよ」
「そんな……まさか、そんなことが……」
「『妖精学』くらい頭に叩き込んだらどうです?基礎中の基礎でしょう。
それに、クリード殿下が自己治癒されたのですよ?煮るなり焼くなりしても死にそうにないからどの国も暗殺を諦めたのです、知らないのですか?」
……ミリステアに帰ったら真っ先に妖精学を読もう。
それでクリード殿下を知ることができるなら。
え?今なんて思った?
知ることができるって??
自分自身に唖然《あぜん》としてしまった。
「…………」
「ガラム、お前はしばらく部屋で謹慎だ。クリード殿下にお会いすること、謝罪することを禁じる。
殿下のお心を乱す者を視界にいれるわけにはいかない。
それが我々カーライルの為政者であり、殿下に恩のあるレヴェラント辺境伯家の『国を守る』方法だ」
「……くっ」
「話はついたようだね」
ずっと黙っていたリアム王太子が口を開いた。
ガラム様はすっかり態度を改め、恐る恐るといった様子で王太子を見つめている。
「俺から言うことがあるとすれば、あなたの気高い誇り、平和を守りたい竜人族としての想いは十分にわかる。
だが、その矛先は『人』であってはならないとゆめゆめ忘れるな。
我らパスカの者を示す言葉を今一度心に刻むと良い。
『力ある者よ、凪であれ』とね」
それに、とリアム殿下はわたしをまっすぐ見つめてにっこりを笑った。
「俺はクリード王子をそこそこ気に入ってるんだ。メイシィさんはもっと気に入っている。
自分の心に刻んだ言葉《誇り》を体現する者を、好きにならないわけがないだろう?」
どういうことだろう。
クリード殿下はともかく、今のわたしの心は凪でも、力ある者ではないけれど?
首をかしげてみせれば、リアム殿下は一瞬目を丸くしてから微笑んだ。
「ガラム殿、俺の好みの人々を危険にさらしたこと、眉間のウロコが剥がれても忘れることがないだろう」
「ヒッ……!」
その言葉を最後に、集まりは解散となった。
けれど、ガラム様は部屋を出ていくまで顔を真っ青にして心ここにあらずのまま。
入ってきた侍女たちに付き添われ、ナタリー様は先に自室へ戻っていく。
残されたわたしも自室に戻ろうと一礼すると、ダグラス様が話しかけてきた。
「我が家の確執《かくしつ》に巻き込んでしまって申し訳なかった」
「いえ、お気になさらないでください。きっとクリード殿下もそうおっしゃると思います」
「そうかな。あの方には2度も恐ろしい思いをさせてしまった……せっかく君と言う生きる道を見つけたというのに、あなたがたの関係に水を差してしまった」
「え、あ、そんな……」
生きる道なんて大げさすぎる!
思わず慌てて言葉が出てこないわたしに、辺境伯は小さく笑った。
「私は必死に努力をしてなんとかミリステア出身のナタリーを妻に迎えることができた。実は、その助けをしてくれたのはクリード殿下なんだよ」
「え……?」
「ご本人に自覚はないだろうけれどね。『願って』くださったんだよ。
『大切な友人であるナタリーには君と幸せになってほしいのだ』と、そう言ってくださった。
殿下のお心は妖精を動かす。それは絶望ばかりじゃない。
温かい願いだって同じなんだと気づいたよ。不思議なほど勇気が湧いて来たんだからね」
クリード殿下が起こす妖精の暴走は、病んだり悲しんだり負の感情がきっかけだった。
そう思っていたけれど、脳裏によぎるのは降り注ぐ花びらや爽快な青空。
そうか、ただ負の感情の方が目に見えやすかっただけだったんだ。
嬉しくても、楽しくても、妖精たちは反応していた。
なんだかストンと腑に落ちてしまう。
ダグラス様のお考えは間違いではなかったのだ、と翌日のわたしは強く確信することになった。
―――――――――――――――――――――
「ん、んん……」
「おはようございます。クリード殿下」
「……メイシィ?ああ……おはよう」
翌日。クリード殿下のお部屋で容体を確認しながら静かに過ごしていたわたしは、身じろぐ音に気づいて椅子から立ち上がった。
「……ずっと看ていてくれたのかい?ちゃんと休んだよね?」
「はい……一度自室で休ませていただきました」
「そうか……ならよかった」
起き抜けにわたしの心配とは、殿下らしい。
「殿下、もう少しおやすみになられますか?」
「いや、起きるよ」
「ですが……まだお疲れではありませんか?」
「え?どうしてそう思うんだい?」
「もうお昼の時間帯ですから」
「……え!?起こしてくれてよかったのに!」
心身に疲労が溜まっている王族相手にたたき起こす非情さは持っていない。
首を左右に振れば、殿下は不満そうな顔をした。
「メイシィは僕の寝顔を堪能してたんだね、ずるい、僕も君の寝顔を堪能したかった」
「急になんですか……相当ぐっすり眠っていらっしゃったんですよ?まだ眠くないですか?」
「……そんなことはないけれど……どうしてそこまで寝不足だと言いたいんだい?」
クリード殿下の質問に、わたしはとても困惑した。
「……これだけ屋敷中大騒ぎになっているのに、お目覚めにならないなんて相当ですから」
ぐあああああああああああああ!!
遠くで悲鳴が聞こえる。
クリード殿下はぽかんと口を開けた。
「今の……何だい?」
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