68 / 97
第11章 三女の宝と国境の薬師
第9話 見えなくなった心に、ぎゅっ
しおりを挟む
ドラゴンの姿で大空を進むリアム殿下。その背に乗るわたしたちは雪混じりの強風にさらされていた。
わたしの防寒のバリアはまだまだ耐えられるけれど、ぶつかる雪が積もり積もって、視界はどんどん悪くなっている。
「くっ……いったんここで停止する」
リアム殿下が何かに気づいて進むのをやめた。
大きく後脚を出して立つ姿勢になったので、わたしは下を見ないように殿下の肩から前を覗く。
真っ白な景色の中に、大小黒いものがぽつぽつみえた。なんだろう。
「周りのものを巻き込んでいるようですわね」
「ああ、中には根こそぎ抜かれた木も混ざっているようだ。翼に当たればひとたまりもないだろうね」
海上で発生した竜巻は、取り込んだ魚を遥か遠方へ降らせるという。
雪上であれば雪どころか地面の土や木々を巻き込んでいてもおかしくない。
「だが、本当に一瞬だけど、向こうに明かりが見えるね。地理的に小屋に間違いないだろう」
「えっ」
そこにクリード殿下がいる!?
思わず前かがみになったわたしに、リアム殿下の頭の角が視界を遮ってきた。
あまり前に出てはいけないよ、と注意される。
「竜巻の中央は安全と見える。だけど上から降りようにも防寒のバリアじゃ耐えられない気温になるだろう。翼が凍りつく可能性もある」
「それなら、この竜巻の壁を突破するしかありませんわね!」
ナタリー様は元気いっぱいにそう言うと、自然な動作で左腕でわたしを俵抱きをした。
「……あれ?」
「待て、待てナタリー夫人、君が槍を持ち直した気配がするのだが」
「嫌ですわ殿下、持ち直して何か困ることでもありますの?」
「別に困らないがとても嫌な予感がするよ」
「嫌な予感?この竜巻がクリードの仕業という予感なら的中してますわ。さすがです殿下」
「そっちじゃない、そっちじゃない予感だ。とりあえず槍をしまわないか?」
「わかりましたわ、殿下」
リアム殿下の声が焦っている。わたしは視界をひっくり返された動揺から何も言えずにいる。
ナタリー様は槍を逆手に持った。
片足を後ろに大きく下げて、重心を後ろに置く。
「屋敷に戻られましたらダグラスに救援を依頼いただけますか、あとガルムを捕えていただければと。
これが終わったら、槍をしまいます!!」
ヒュ、と風を切る音が聞こえた。
上下反転した視界で、槍が恐ろしい速さで竜巻に向かっていく。
すぐにバチンと大きな音を立てたと思えば、開いていられないほどの強い光に視界を覆われた。
閉じた瞼を開けてみれば、向こうの雪原が良く見える大穴がひとつ。
お腹に強い圧迫感。
そして急に落下していく気持ち悪い浮遊感。
「おい!待てっ、ナタリー夫人!!メイシィさん!!」
乗っていたはずの大きなドラゴンがあっというまに小さくなり、雪に覆われ、消えていく。
それはナタリー様がわたしを抱きかかえながら飛び降りたことを示していた。
―――――――――――――――――
「メイシィ~、大丈夫かしら?」
「な、なんとか……」
ぼすっという音を全身で聞いてから数十秒。
腕を掴まれ強引に釣り上げられたわたしは、立ったまま放心していた。
え、今わたし、ドラゴンから飛び降りた?
それでふかふかの雪にすっぽり埋まった?
なんてことだ、今更ながら震えそう。
ナタリー様に恨みを込めて見つめると、にっこりと笑顔を返された。
「無事に竜巻内部に到着よ。ここは無風ね。
それより小屋はあそこかしら?」
「はっ、クリード殿下っ!」
足が埋まるほどの雪に絡めとられながら、わたしは必死に小屋を目指す。
さきほどまでの悪天候とは別世界のような青空の下にある小屋は、住むにはほどほど大きな木造の家だった。
やっとの思いで扉の前に着き、勢いよく開ける。
「クリード殿下!!」
「……え……?」
そこには目当ての人物がいた。
「ご無事ですか、殿下!!」
クリード殿下は暖炉の近くに敷かれた絨毯の上に座りこんでいた。
見てるだけで震えてしまいそうなほど薄い白シャツの姿だけれど、異常なほど汚れていて茶色い土が全身にこびりついている。
「お召し物が汚れています……!お怪我はございませんか?!寒くはありませんか!」
「……私は」
生気のない表情。うつろな瞳。
首筋に触れて体温を確認したけれど、熱もなければ異常な発汗も見当たらない。
すぐに魔法で全身を調べてみても健康そのものだった。
身綺麗なのに洋服だけがどろどろだ。
「異国で大変なことを……僕は……そんなつもりでは……」
クリード殿下はわたしの言葉に応えることなく、ぶつぶつと独りごとを零している。
「痛い……痛い……やめて……ぼくは……そんなつもりじゃ」
「うっ……うぅ」
「……え?」
ぽたり、とわたしの頬から雫が落ちた。
耐えられない。どんどん流れ出るそれを、今のわたしに我慢する力はない。
視界がぼやけて何も見えない。けれど、薄く汚れた金の髪、青い瞳はなぜだかよく見えた。
「メイ、シィ……?」
無事だ。生きている。殿下がちゃんと生きている。
自分でも驚くくらい安堵してしまっている。
心から温かいものがあふれるような感覚が、苦しくて苦しくて、呼吸の仕方を忘れそうだ。
「メイシィ、メイシィ!どうして泣いているんだ?どうして!?」
「ひっく……クリード殿下が……無事で……ほんとうによかった……」
殿下がわたしの両肩を掴んでいるみたいだ。わたしは涙が止まらなくてもう何も言葉が出てこない。
「あら、ようやく正気になったようね。クリード」
「ナタリー!?君までどうしてここに」
「当たり前でしょう?あなたを助けに来たのよ。特効薬を持ってね」
ひとまず休憩しましょう。
そう言ってナタリー様は気にとめることなくわたしの隣、地面に腰を下ろす。
何も見えない視界の中、クリード殿下がわたしの背中をやさしくさすっていた。
――――――――――――――――――
「ドラゴンゾンビの旧住処の視察は順調に終わっていたんだ」
わたしが落ち着いたころ、クリード殿下はことの経緯を教えてくれた。
座り込むわたしの身体を脚の間において、背中をさする手はとまらない。遠慮したけれど殿下ではなくナタリー様に止められた。
特効薬は特効薬として静かにしてなさい、と言われたからだ。
……まるでわたしがあやされているこどもみたいだ。
「この小屋で一晩過ごしてから戻る予定だったんだけれど、翌朝、眠っているときに急に胸倉を掴まれてここまで引きずられたんだ」
「え……!?」
「……」
わたしの反応をよそに、ナタリー様は無言を貫いている。
「そのあとは私兵たちに散々殴られたよ。剣は早々に妖精に折られたらしい。私の立場上、戦えば国際問題になりかねないから、黙って受け入れるしかなくてね。
こっそり眠りの魔法をしかけて無力化したんだ」
おかげで服がぼろぼろだよ。と苦笑いするクリード殿下。
周りに転がっている鎧たちは眠っているのか。今更気づいたわたしは言葉を失った。
「我が家の者がこんな無礼を働くなんて……クリード殿下、どのような言葉を紡げば謝罪の想いが伝わるのか、わたしにはわかりません」
「やめてくれナタリー。君が起こしたことではないし、僕を呼び捨てしておいて今更夫人気どりは困る」
「……悪かったわ」
「いいんだ。僕にしかるべき役目だよ」
クリード殿下はもう一度苦笑いの声を漏らすと、背中を撫でる手を止めた。
「ドラゴンゾンビを還したときも、同じ目に遭ったんだ」
「……噂で聞いたことはあったけれど、本当だったのね」
思わず頭を上げたわたしは、クリード殿下を至近距離で見つめてしまった。
あわてて下げると、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「あのころは幼くてまだ愛想の仕方もわかっていなかった。それに各国から暗殺者に狙われていた時期だったから、ドラゴンゾンビを還した僕は用済みだったんだろうね。
相打ちになったと言って『処理』できる絶好の機会だったんだよ」
「そんな……ひどすぎます」
「そうだね、メイシィ。僕も頑張って抵抗した。だから今ここにいるんだ」
「その場に、ガラムがいたのでしょう?」
ナタリー様の言葉に、殿下は躊躇《ちゅうちょ》することなく頷いた。
「すこし手荒な抵抗をしてしまった。もちろん命までは取っていないけれど、それからガラム殿の態度が一変したのは確かだよ」
「少年に命を奪われそうになった恐怖、ってところかしらね」
この事件のすべてが明るみになったような気がする。
それでも、心に大きな重りが落ちて気持ちが悪い。
「……さて、この後は屋敷に戻ってからお話ししましょうね~。
まずはこの竜巻を止めないといけないわ」
「……すまない。僕は妖精を制御できないから意識的に止めることはできないんだ……本当にすまない、僕は……最低だ……」
「そんなことわかっているわ。今さら何をいってるの?
だからメイシィ、さっそく治療をよろしくね」
「えっと……薬は確か」
「違う違う」
わたしはピンとこなくてナタリー様を見た。
殿下も心当たりがなくてナタリー様を見る。
それがおかしかったのか、ナタリー様は大きな笑い声を響かせた。
「過去の記憶がよみがえって心が凍るほどの竜巻。つまり心を溶かせばいいのよ。
さあ、ここでイチャイチャしなさい!」
「イチャ……はい!?」
「……!」
そんなの無理!絶対無理!
顔が赤くなるのを自覚しながらわたしは必死に否定するけれど、ナタリー様は笑い声を大きくしただけだった。
一方のクリード殿下は黙って――――いや、顔を輝かせている。
ええ……。
「ねえ、ねえ!メイシィ」
さっきの暗い顔は竜巻に巻き上げられたのか。と言いたくなるほどにキラキラ生き生きした表情の殿下が、わたしの頭上から声をかけた。
「僕が無事に戻ってきたら、お願いしたことがあったよね?今叶えてくれるかい?」
「ああ、クッキーですね。でもここでは作れませんよ」
「違うよ。もうひとつのほう、覚えてるよね?」
「……」
え、あれのほう?あっちのほう?今やれと?
ナタリー様が見ているのに??
せめて向こう見ててくれないかな、とナタリー様に目線を送っても笑顔で跳ね返された。
ああ、これは久々に腹をくくらなきゃいけないか。
「さあ、メイシィ、さあさあ」
「わ、わかりました殿下、わかりましたから」
わたしは殿下と正面から向き合うように態勢を変えた。
わくわくしている顔が眩しすぎて見られないので、なんとなく右側に視線をさけつつ、両手を少しだけ広げる。
一瞬だけ視線を合わせて。
「ぎゅっ、って、して?」
「「~~~!!」」
途端に覆われる視界。全身いっぱいのぬくもり。強い圧迫感。
言葉にならない悲鳴がなぜかふたり分聞こえた気がするけれど、真っ赤な顔を隠せるならもうなんでもいいやどうにでもなれ!!
「はーーーーーー可愛い最高メイシィ大好き。大好き、愛してる!」
「んな!?」
「ひゃあああああやだもうカワイイ~~~!!」
「ナタリー様!?」
数日続いた竜巻は、こうしてわたしの羞恥心を犠牲に30分足らずで止むことになった。
物音ひとつしなくなった小屋を3人で出てみれば、どこまでも広がっていく美しい青空。
遥か遠くには、ぽつりぽつりとドラゴンの影が見えた。
冷たい空気が火照った身体を心地よく撫でていく。
重苦しい気持ちも、恥ずかしかった心の熱も、すうっと青に溶けていく。
隣で満ち足りた表情をする瞳と、似ている気がした。
わたしの防寒のバリアはまだまだ耐えられるけれど、ぶつかる雪が積もり積もって、視界はどんどん悪くなっている。
「くっ……いったんここで停止する」
リアム殿下が何かに気づいて進むのをやめた。
大きく後脚を出して立つ姿勢になったので、わたしは下を見ないように殿下の肩から前を覗く。
真っ白な景色の中に、大小黒いものがぽつぽつみえた。なんだろう。
「周りのものを巻き込んでいるようですわね」
「ああ、中には根こそぎ抜かれた木も混ざっているようだ。翼に当たればひとたまりもないだろうね」
海上で発生した竜巻は、取り込んだ魚を遥か遠方へ降らせるという。
雪上であれば雪どころか地面の土や木々を巻き込んでいてもおかしくない。
「だが、本当に一瞬だけど、向こうに明かりが見えるね。地理的に小屋に間違いないだろう」
「えっ」
そこにクリード殿下がいる!?
思わず前かがみになったわたしに、リアム殿下の頭の角が視界を遮ってきた。
あまり前に出てはいけないよ、と注意される。
「竜巻の中央は安全と見える。だけど上から降りようにも防寒のバリアじゃ耐えられない気温になるだろう。翼が凍りつく可能性もある」
「それなら、この竜巻の壁を突破するしかありませんわね!」
ナタリー様は元気いっぱいにそう言うと、自然な動作で左腕でわたしを俵抱きをした。
「……あれ?」
「待て、待てナタリー夫人、君が槍を持ち直した気配がするのだが」
「嫌ですわ殿下、持ち直して何か困ることでもありますの?」
「別に困らないがとても嫌な予感がするよ」
「嫌な予感?この竜巻がクリードの仕業という予感なら的中してますわ。さすがです殿下」
「そっちじゃない、そっちじゃない予感だ。とりあえず槍をしまわないか?」
「わかりましたわ、殿下」
リアム殿下の声が焦っている。わたしは視界をひっくり返された動揺から何も言えずにいる。
ナタリー様は槍を逆手に持った。
片足を後ろに大きく下げて、重心を後ろに置く。
「屋敷に戻られましたらダグラスに救援を依頼いただけますか、あとガルムを捕えていただければと。
これが終わったら、槍をしまいます!!」
ヒュ、と風を切る音が聞こえた。
上下反転した視界で、槍が恐ろしい速さで竜巻に向かっていく。
すぐにバチンと大きな音を立てたと思えば、開いていられないほどの強い光に視界を覆われた。
閉じた瞼を開けてみれば、向こうの雪原が良く見える大穴がひとつ。
お腹に強い圧迫感。
そして急に落下していく気持ち悪い浮遊感。
「おい!待てっ、ナタリー夫人!!メイシィさん!!」
乗っていたはずの大きなドラゴンがあっというまに小さくなり、雪に覆われ、消えていく。
それはナタリー様がわたしを抱きかかえながら飛び降りたことを示していた。
―――――――――――――――――
「メイシィ~、大丈夫かしら?」
「な、なんとか……」
ぼすっという音を全身で聞いてから数十秒。
腕を掴まれ強引に釣り上げられたわたしは、立ったまま放心していた。
え、今わたし、ドラゴンから飛び降りた?
それでふかふかの雪にすっぽり埋まった?
なんてことだ、今更ながら震えそう。
ナタリー様に恨みを込めて見つめると、にっこりと笑顔を返された。
「無事に竜巻内部に到着よ。ここは無風ね。
それより小屋はあそこかしら?」
「はっ、クリード殿下っ!」
足が埋まるほどの雪に絡めとられながら、わたしは必死に小屋を目指す。
さきほどまでの悪天候とは別世界のような青空の下にある小屋は、住むにはほどほど大きな木造の家だった。
やっとの思いで扉の前に着き、勢いよく開ける。
「クリード殿下!!」
「……え……?」
そこには目当ての人物がいた。
「ご無事ですか、殿下!!」
クリード殿下は暖炉の近くに敷かれた絨毯の上に座りこんでいた。
見てるだけで震えてしまいそうなほど薄い白シャツの姿だけれど、異常なほど汚れていて茶色い土が全身にこびりついている。
「お召し物が汚れています……!お怪我はございませんか?!寒くはありませんか!」
「……私は」
生気のない表情。うつろな瞳。
首筋に触れて体温を確認したけれど、熱もなければ異常な発汗も見当たらない。
すぐに魔法で全身を調べてみても健康そのものだった。
身綺麗なのに洋服だけがどろどろだ。
「異国で大変なことを……僕は……そんなつもりでは……」
クリード殿下はわたしの言葉に応えることなく、ぶつぶつと独りごとを零している。
「痛い……痛い……やめて……ぼくは……そんなつもりじゃ」
「うっ……うぅ」
「……え?」
ぽたり、とわたしの頬から雫が落ちた。
耐えられない。どんどん流れ出るそれを、今のわたしに我慢する力はない。
視界がぼやけて何も見えない。けれど、薄く汚れた金の髪、青い瞳はなぜだかよく見えた。
「メイ、シィ……?」
無事だ。生きている。殿下がちゃんと生きている。
自分でも驚くくらい安堵してしまっている。
心から温かいものがあふれるような感覚が、苦しくて苦しくて、呼吸の仕方を忘れそうだ。
「メイシィ、メイシィ!どうして泣いているんだ?どうして!?」
「ひっく……クリード殿下が……無事で……ほんとうによかった……」
殿下がわたしの両肩を掴んでいるみたいだ。わたしは涙が止まらなくてもう何も言葉が出てこない。
「あら、ようやく正気になったようね。クリード」
「ナタリー!?君までどうしてここに」
「当たり前でしょう?あなたを助けに来たのよ。特効薬を持ってね」
ひとまず休憩しましょう。
そう言ってナタリー様は気にとめることなくわたしの隣、地面に腰を下ろす。
何も見えない視界の中、クリード殿下がわたしの背中をやさしくさすっていた。
――――――――――――――――――
「ドラゴンゾンビの旧住処の視察は順調に終わっていたんだ」
わたしが落ち着いたころ、クリード殿下はことの経緯を教えてくれた。
座り込むわたしの身体を脚の間において、背中をさする手はとまらない。遠慮したけれど殿下ではなくナタリー様に止められた。
特効薬は特効薬として静かにしてなさい、と言われたからだ。
……まるでわたしがあやされているこどもみたいだ。
「この小屋で一晩過ごしてから戻る予定だったんだけれど、翌朝、眠っているときに急に胸倉を掴まれてここまで引きずられたんだ」
「え……!?」
「……」
わたしの反応をよそに、ナタリー様は無言を貫いている。
「そのあとは私兵たちに散々殴られたよ。剣は早々に妖精に折られたらしい。私の立場上、戦えば国際問題になりかねないから、黙って受け入れるしかなくてね。
こっそり眠りの魔法をしかけて無力化したんだ」
おかげで服がぼろぼろだよ。と苦笑いするクリード殿下。
周りに転がっている鎧たちは眠っているのか。今更気づいたわたしは言葉を失った。
「我が家の者がこんな無礼を働くなんて……クリード殿下、どのような言葉を紡げば謝罪の想いが伝わるのか、わたしにはわかりません」
「やめてくれナタリー。君が起こしたことではないし、僕を呼び捨てしておいて今更夫人気どりは困る」
「……悪かったわ」
「いいんだ。僕にしかるべき役目だよ」
クリード殿下はもう一度苦笑いの声を漏らすと、背中を撫でる手を止めた。
「ドラゴンゾンビを還したときも、同じ目に遭ったんだ」
「……噂で聞いたことはあったけれど、本当だったのね」
思わず頭を上げたわたしは、クリード殿下を至近距離で見つめてしまった。
あわてて下げると、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「あのころは幼くてまだ愛想の仕方もわかっていなかった。それに各国から暗殺者に狙われていた時期だったから、ドラゴンゾンビを還した僕は用済みだったんだろうね。
相打ちになったと言って『処理』できる絶好の機会だったんだよ」
「そんな……ひどすぎます」
「そうだね、メイシィ。僕も頑張って抵抗した。だから今ここにいるんだ」
「その場に、ガラムがいたのでしょう?」
ナタリー様の言葉に、殿下は躊躇《ちゅうちょ》することなく頷いた。
「すこし手荒な抵抗をしてしまった。もちろん命までは取っていないけれど、それからガラム殿の態度が一変したのは確かだよ」
「少年に命を奪われそうになった恐怖、ってところかしらね」
この事件のすべてが明るみになったような気がする。
それでも、心に大きな重りが落ちて気持ちが悪い。
「……さて、この後は屋敷に戻ってからお話ししましょうね~。
まずはこの竜巻を止めないといけないわ」
「……すまない。僕は妖精を制御できないから意識的に止めることはできないんだ……本当にすまない、僕は……最低だ……」
「そんなことわかっているわ。今さら何をいってるの?
だからメイシィ、さっそく治療をよろしくね」
「えっと……薬は確か」
「違う違う」
わたしはピンとこなくてナタリー様を見た。
殿下も心当たりがなくてナタリー様を見る。
それがおかしかったのか、ナタリー様は大きな笑い声を響かせた。
「過去の記憶がよみがえって心が凍るほどの竜巻。つまり心を溶かせばいいのよ。
さあ、ここでイチャイチャしなさい!」
「イチャ……はい!?」
「……!」
そんなの無理!絶対無理!
顔が赤くなるのを自覚しながらわたしは必死に否定するけれど、ナタリー様は笑い声を大きくしただけだった。
一方のクリード殿下は黙って――――いや、顔を輝かせている。
ええ……。
「ねえ、ねえ!メイシィ」
さっきの暗い顔は竜巻に巻き上げられたのか。と言いたくなるほどにキラキラ生き生きした表情の殿下が、わたしの頭上から声をかけた。
「僕が無事に戻ってきたら、お願いしたことがあったよね?今叶えてくれるかい?」
「ああ、クッキーですね。でもここでは作れませんよ」
「違うよ。もうひとつのほう、覚えてるよね?」
「……」
え、あれのほう?あっちのほう?今やれと?
ナタリー様が見ているのに??
せめて向こう見ててくれないかな、とナタリー様に目線を送っても笑顔で跳ね返された。
ああ、これは久々に腹をくくらなきゃいけないか。
「さあ、メイシィ、さあさあ」
「わ、わかりました殿下、わかりましたから」
わたしは殿下と正面から向き合うように態勢を変えた。
わくわくしている顔が眩しすぎて見られないので、なんとなく右側に視線をさけつつ、両手を少しだけ広げる。
一瞬だけ視線を合わせて。
「ぎゅっ、って、して?」
「「~~~!!」」
途端に覆われる視界。全身いっぱいのぬくもり。強い圧迫感。
言葉にならない悲鳴がなぜかふたり分聞こえた気がするけれど、真っ赤な顔を隠せるならもうなんでもいいやどうにでもなれ!!
「はーーーーーー可愛い最高メイシィ大好き。大好き、愛してる!」
「んな!?」
「ひゃあああああやだもうカワイイ~~~!!」
「ナタリー様!?」
数日続いた竜巻は、こうしてわたしの羞恥心を犠牲に30分足らずで止むことになった。
物音ひとつしなくなった小屋を3人で出てみれば、どこまでも広がっていく美しい青空。
遥か遠くには、ぽつりぽつりとドラゴンの影が見えた。
冷たい空気が火照った身体を心地よく撫でていく。
重苦しい気持ちも、恥ずかしかった心の熱も、すうっと青に溶けていく。
隣で満ち足りた表情をする瞳と、似ている気がした。
11
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
【完】秋の夜長に見る恋の夢
Bu-cha
恋愛
製薬会社の社長の一人娘、小町には婚約者がいる。11月8日の立冬の日に入籍をする。
好きではない人と結婚なんてしない。
秋は夜長というくらいだから、恋の夢を見よう・・・。
花が戦場で戦う。この時代の会社という戦場、そして婚約者との恋の戦場を。利き手でもない左手1本になっても。
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高17位
他サイトにて溺愛彼氏特集で掲載
関連物語
『この夏、人生で初めて海にいく』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位
『女神達が愛した弟』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高66位
『女社長紅葉(32)の雷は稲妻を光らせる』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 44位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 12位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『拳に愛を込めて』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高29位
『死神にウェディングドレスを』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『お兄ちゃんは私を甘く戴く』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高40位

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる