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第10章 爆炎の四女と魔術師寄りの薬師
第11話 閑話 消したい
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「……チッ」
「おい、兄に対してなんだその反応は」
メイシィと別れてから向かった村の入り口で、小奇麗な服を着た男があたしに声をかけてきた。
もう夕日が暗闇にかき消される時間帯。暗い村の入口は炎の灯だけが揺れている。
「せっかく旅立ちの見送りに来てやったと言うのに」
「頼んでねぇ」
「はあ、お前は相変わらずだな」
ユーファステア侯爵家の次期侯爵であり兄のローレンス。
まじめで不器用なところはあるが、姉妹に対するお節介焼きは王子たちにも被害を広げているらしい。
うざったい反面、妙に許されてしまうのはこいつがミリシアばーちゃんから引き継いでしまった特性だろうな。
「食事でもどうだ?払ってやるぞ」
「断る。今日はもう食べた」
「いつだ?」
「ここまでの道中に」
「……不摂生はやめろとあれほど」
「はーーいはいはいはーい」
「おいこら」
また始まった、兄の長い説教が――――と思ったが、言葉は続かなかった。
神妙な表情をしている。
「お前、メリアーシェのことを話したか?」
「……まあ、ちょっと」
「何を話した」
「なんだっていいだろ。まあ、あたしが旅に出るきっかけの話とか、症状とか?」
「……そうか」
「何だよ。話すなってか?別にいいだろ」
「そうだが……」
「そんなにメリアーシェに踏み込まれるのが怖いのかよ?」
うじうじしている兄にはっきりと疑問に出してやると、わかりやすく狼狽《うろた》えやがった。
昔からそうだ。特にメリアーシェを大切にしていたこいつは、誰かに言及されるのを嫌がる。
わからないでもない。あいつはユーファステア侯爵家の真核だ。
あいつがいなかったら、きっとあたしたち兄姉妹《きょうだい》も、両親でさえ、バラバラになっていたかもしれない。
「大丈夫だろ。そんな悩み続けてたら一生独身だぞ」
「……はあ、そうだな。セロエに言われるとそんな気がしてくる」
「はは!だろ?人生は思い通りにならねーんだよ、良い意味でもな」
お前が言うと説得力が違うな、親泣かせめ。
兄はそう言って肩を震わせて笑う。昔から変わらない心から楽しい時の癖だ。
「で、クリードは結局お説教だけで終わりだったのかよ?」
「ああ、いつもより深く反省していたから良しとされたらしい」
「相変わらず甘ぇな」
「そうでもない。今回はあのメイシィに見られた上に、珍しく不機嫌な態度をとられて慌てていたそうだ」
「まじで!?」
「今までのやらかしは説教だけで済んだが、これからはメイシィとの関係に影響が出る。
より慎重になるだろうな。よほど事情がない限り、大事は減るだろう」
いい気味だ。
あたしは周りに響いてしまいそうなほど大きな笑い声が出た。
クリードはこれからも城から出られず生きていくんだろう。
あたしにとって、つまらない人生ほど馬鹿げたことはない。
優しさに包まれた生ぬるい日々の中で、たまには刺激的なことがあっても良いだろう。
生き方を変えることは必ずしも正しいことじゃない。だから、変えないことも正しいと言える。
自分が決断した未来でいかに楽しく過ごすか、それがこの道が正しかったという証明になる。
その手伝いができるってんなら、いつでもやってやるさ。
それがあたしなりの愛情、ってやつ。
「やっぱりメイシィはいいな。また会うのが楽しみで仕方ねえ」
それじゃあ、といってあたしは兄の横を通り過ぎた。
次にメイシィに会ったとき、きっともう人生の道を決断した後だろう。
どの道だって正解だ。あたしと王妃が言うんだから間違いない。
すべての試練が終わったころ、またミリステアに顔を見にいってやろう。
きっとあいつは、嬉しそうに笑ってくれるはずだ。
腰のカバンに勝手に詰め込まれた携帯薬セットが揺れる。
別に薬は困ってねえしぃ?なんて強がりで言った言葉をあいつが覚えていたとは思わなかった。
それに、薬に詳しくないあたしだってよくわかる。この携帯薬セットの奥の方、こっそり入っているのは『ラ・カルネロの万能薬』だ。
……あいつめ、やたら素直に薬を受け取ったと思ったら、はなから2つ調合して無理やり持たせるつもりだったな?
瞼を閉じれば、彼女が生み出す美しい炎や水、雷の多彩な色合いが焼きついている。
白くてふわふわした髪。
丸く輝く赤い視線。
そして、アイツを少なからず想う瞳も。
「余計なことしちまったかなー。あー、初めから素直になりゃよかった」
誰もいない道の真ん中で、賑わいが見える宿屋を見据える。
そこに向かう足取りは妙にふらついて軽い。
「最初っから薬作ってもらってよお!
もっと安全な仕事に連れまわしてよぉ!
クリードが悔しがるくらい街中で遊びまくってよぉ!
くそー!取り消してぇーよーー!
兄貴、ちょっと時間巻き戻す魔法とか使えねえのぉ!?」
できるわけないだろうが!
もうとっくに転移魔法でどこかにいっちまったってのに、そんな声が聞こえた気がした。
「おい、兄に対してなんだその反応は」
メイシィと別れてから向かった村の入り口で、小奇麗な服を着た男があたしに声をかけてきた。
もう夕日が暗闇にかき消される時間帯。暗い村の入口は炎の灯だけが揺れている。
「せっかく旅立ちの見送りに来てやったと言うのに」
「頼んでねぇ」
「はあ、お前は相変わらずだな」
ユーファステア侯爵家の次期侯爵であり兄のローレンス。
まじめで不器用なところはあるが、姉妹に対するお節介焼きは王子たちにも被害を広げているらしい。
うざったい反面、妙に許されてしまうのはこいつがミリシアばーちゃんから引き継いでしまった特性だろうな。
「食事でもどうだ?払ってやるぞ」
「断る。今日はもう食べた」
「いつだ?」
「ここまでの道中に」
「……不摂生はやめろとあれほど」
「はーーいはいはいはーい」
「おいこら」
また始まった、兄の長い説教が――――と思ったが、言葉は続かなかった。
神妙な表情をしている。
「お前、メリアーシェのことを話したか?」
「……まあ、ちょっと」
「何を話した」
「なんだっていいだろ。まあ、あたしが旅に出るきっかけの話とか、症状とか?」
「……そうか」
「何だよ。話すなってか?別にいいだろ」
「そうだが……」
「そんなにメリアーシェに踏み込まれるのが怖いのかよ?」
うじうじしている兄にはっきりと疑問に出してやると、わかりやすく狼狽《うろた》えやがった。
昔からそうだ。特にメリアーシェを大切にしていたこいつは、誰かに言及されるのを嫌がる。
わからないでもない。あいつはユーファステア侯爵家の真核だ。
あいつがいなかったら、きっとあたしたち兄姉妹《きょうだい》も、両親でさえ、バラバラになっていたかもしれない。
「大丈夫だろ。そんな悩み続けてたら一生独身だぞ」
「……はあ、そうだな。セロエに言われるとそんな気がしてくる」
「はは!だろ?人生は思い通りにならねーんだよ、良い意味でもな」
お前が言うと説得力が違うな、親泣かせめ。
兄はそう言って肩を震わせて笑う。昔から変わらない心から楽しい時の癖だ。
「で、クリードは結局お説教だけで終わりだったのかよ?」
「ああ、いつもより深く反省していたから良しとされたらしい」
「相変わらず甘ぇな」
「そうでもない。今回はあのメイシィに見られた上に、珍しく不機嫌な態度をとられて慌てていたそうだ」
「まじで!?」
「今までのやらかしは説教だけで済んだが、これからはメイシィとの関係に影響が出る。
より慎重になるだろうな。よほど事情がない限り、大事は減るだろう」
いい気味だ。
あたしは周りに響いてしまいそうなほど大きな笑い声が出た。
クリードはこれからも城から出られず生きていくんだろう。
あたしにとって、つまらない人生ほど馬鹿げたことはない。
優しさに包まれた生ぬるい日々の中で、たまには刺激的なことがあっても良いだろう。
生き方を変えることは必ずしも正しいことじゃない。だから、変えないことも正しいと言える。
自分が決断した未来でいかに楽しく過ごすか、それがこの道が正しかったという証明になる。
その手伝いができるってんなら、いつでもやってやるさ。
それがあたしなりの愛情、ってやつ。
「やっぱりメイシィはいいな。また会うのが楽しみで仕方ねえ」
それじゃあ、といってあたしは兄の横を通り過ぎた。
次にメイシィに会ったとき、きっともう人生の道を決断した後だろう。
どの道だって正解だ。あたしと王妃が言うんだから間違いない。
すべての試練が終わったころ、またミリステアに顔を見にいってやろう。
きっとあいつは、嬉しそうに笑ってくれるはずだ。
腰のカバンに勝手に詰め込まれた携帯薬セットが揺れる。
別に薬は困ってねえしぃ?なんて強がりで言った言葉をあいつが覚えていたとは思わなかった。
それに、薬に詳しくないあたしだってよくわかる。この携帯薬セットの奥の方、こっそり入っているのは『ラ・カルネロの万能薬』だ。
……あいつめ、やたら素直に薬を受け取ったと思ったら、はなから2つ調合して無理やり持たせるつもりだったな?
瞼を閉じれば、彼女が生み出す美しい炎や水、雷の多彩な色合いが焼きついている。
白くてふわふわした髪。
丸く輝く赤い視線。
そして、アイツを少なからず想う瞳も。
「余計なことしちまったかなー。あー、初めから素直になりゃよかった」
誰もいない道の真ん中で、賑わいが見える宿屋を見据える。
そこに向かう足取りは妙にふらついて軽い。
「最初っから薬作ってもらってよお!
もっと安全な仕事に連れまわしてよぉ!
クリードが悔しがるくらい街中で遊びまくってよぉ!
くそー!取り消してぇーよーー!
兄貴、ちょっと時間巻き戻す魔法とか使えねえのぉ!?」
できるわけないだろうが!
もうとっくに転移魔法でどこかにいっちまったってのに、そんな声が聞こえた気がした。
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