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第10章 爆炎の四女と魔術師寄りの薬師
第9話 暴く心のよりどころ、
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嵐が過ぎ去ったかのような貴賓室。すでに多くの人々が部屋をあとにして、わたしとクリード殿下、そして空気に徹するクレアの3人だけが残っていた。
机の上にあった繊細な意匠のティーセットはもう片付けられていて、わたしが座るべき場所を見失っている。
静かだ。クリード殿下は扉の前に立ち尽くすわたしを見ては視線を外すことを繰り返し、明らかに気まずいと言わんばかりの様子だった。
それもそうだ、母親に説教をされた場面をわたしに見られていたのだから。
「……殿下、あのあとすぐ王城に戻られていたのですね」
とりあえず当たり障りのない質問で殿下の機嫌を伺ってみる。
「ああ、ローレンスに説教された後にそのまま馬車で戻ったんだ。父上と母上に私のやったことを弁明する必要があったからね」
「そうでしたか、その時にセロエも戻ったのですか?」
「その通りだよ、同じ馬車でついてきてもらった。母上たっての希望でね」
「カロリーナ妃殿下が……」
多少の元気は失われているけれど、様子に大きな違和感はないみたいだ。
ほっとしていると、クリード殿下がソファの右側、セロエがいたところをぽんぽんと叩いた。
「このあと予定がないなら、少し間食はどうかな?ちょうどよい時間だ」
「はい、ぜひご一緒させてください」
「おいで、メイシィ」
このまま自分まで去ってしまうのは気まずい。わたしはふたつ返事で彼の隣に腰掛けることにした。
ソファの周りに沿ってから殿下に近づけば、右手がわたしに向けられる。
左手で応えればそっと握られて真隣に座るよう促してくる。
今回くらいは甘やかしても良いか。本人は悪気があってやってしまったことではないのだし。
素直に触れ合いそうなほど近くに座れば、クリード殿下はそれはそれは嬉しそうに目を細めた。
眩しい。このドキドキは目の前の顔のせいだ。
「クレア、紅茶と今日のケーキを」
「かしこまりました」
クレアが恭しく一礼し、そのまま部屋を出ていった。
口ぶりからしておやつは習慣のようだから、すでに近くで準備されているはず。そう時間はかからず戻ってくるだろう。
「もう一度聞くけれど、怪我はもう治ってるんだね?」
「はい」
「どこに怪我を?」
「右の二の腕です。このあたり――――って殿下、回復魔法は不要ですよ?」
「ああ、そうなんだけれど。私も心配でね」
わたしたちの間に灯る暖かな光。魔物を一掃した時の光とは全く違うそれは、同一人物が放ったとは到底思えない。
魔物は魔力を捕食することで生きながらえる。人は特に狩りの標的として都合がよく、強い魔物がもつ濃縮された魔鉱石の採取くらいしか価値がないため滅びてそう困らない存在だ。
しかし世界全体を見れば魔物はあふれた魔力を溜め込むことで空気中の魔力の濃度を調整する役割を持っている。
クリード殿下のひとことで絶滅でもすれば、いずれ世界中に悪い影響が起きてしまうだろう。
わかっている。今回殿下はそれだけ危険なことを行い、それをわたしが引き起こした。
本来、殿下とセロエの間にわたしも座るべきだったんだ。
「メイシィ、もう言われていると思うけれど改めて私からも言わせてほしい。今回は君のせいではないよ」
察しが良すぎるクリード殿下は、わたしの心を正確に読み取って微笑んだ。
「だからそんな顔をしないで。私は君に笑っていてほしい。君の笑顔を見ていると心が落ち着くんだ」
「……ずるいことを言うんですね」
いかに心を落ち着けて妖精の暴走を止めるか、散々悩んでいるはずのクリード殿下にそういうことを言われると返す言葉がない。
わかって言っているのだ。パーティで令嬢たちのご機嫌を取るのと同じように。
……なんだか、癪だ。
殿下がわたしのご機嫌を取ろうとするのはいつものことだけれど、その取り方が。
優しい言葉をかけていれば良いと思っているように見える。
「……困ったな、君の機嫌を損ねるつもりはなかった」
「別に損ねてません。みなさんがわたしを叱らないから困ってるだけです」
「光の妖精を暴走させたのは私だからね」
「きっかけはわたしじゃないですか」
「君に危険な環境に立ち入るのを止められなかったのは私だよ」
「そもそもそれを選んだのはわたしじゃないですか」
「……困ったな」
困ったのはこちらだ。落ち込んでいるクリード殿下をどうにかしようと甘やかす覚悟をしていたのに、逆に甘やかそうとしてくるなんて。
なんだか顔も見たくなくて、わたしはそっぽ向いたまま口を開いた。
「お互い悪かった、にしませんか?」
「……ふむ」
「殿下は人のせいにするのは慣れていないと思いますが、お互い悪くてお互い反省、でいかがでしょう?」
「……私はほんの少しでもメイシィのせいにはしたくない」
「どうしてですか?」
返事がない。思わずクリード殿下の方を見ると、ぐらりとめまいがした。
むすっとしている。
綺麗な顔が頬を膨らませて不満そうな顔をしている。
いつもの爽やかな表情とはほど遠い、話しかけるのも勇気がいるような美人顔が見せる可愛い表情……。
刺激が……強すぎる……っ!
殿下の顔が全く好みでないせいで侍従に採用されたクレアでも危なかったかもしれない。
目撃したのがわたしだけでよかった。
「メイシィと心の距離が離れてしまう気がするんだ。ただでさえ遠くて寂しいのにこれ以上は耐えられない」
「別に今回のことでわたしたちの関係はどうにもならないと思いますが……」
コンコン、と扉の音が響く。
入ってきたクレアは、わたしたちの神妙な空気に首をかしげていた。
「紅茶とケーキをお持ちしました」
「ありがとう、クレア」
からからとティーカートを押してわたしたちの傍に来たクレアは、てきぱきとテーブルを彩っていく。
ちらりとわたしを不思議そうな瞳で見てくるので、クリード殿下に見えないように困った顔をしてみせた。
視界の端に殿下の手が見える。
ふらふらと近づいては離れる動きに、どうしたらいいものかと動揺が見て取れる。
「お待たせいたしました」
「……ああ、さっそくいただこう」
目の前にいる薬師は、目上の人間の前で先に手を付けることはない。
それをよく知るクリード殿下はすぐさま音もなくティーカップを手に取った。
そしてすぐにフォークに持ち替えると、真っ黒なケーキのかけらを口に入れる。
「エスプレッソケーキか、おいしい」
クリード殿下は満足そうだ。
見たことがないほど黒いケーキだった。スポンジの間に挟まる茶色のクリームは思ったよりもずっと固く、フォークはケーキの形を崩すことなくきれいに入っていった。
わたしも真似してかけらを口の中に入れる。
わあ、とても苦い。苦さと共にコクも感じるこの独特な風味は、コーヒーかな?
悪くない味だ。甘いのが苦手な殿下らしいケーキだなあ。
「あっ、メイシィ!」
咀嚼《そしゃく》していると急に殿下が声を荒げた。
びっくりしてうっかり顔を向けてしまうと、とても焦った様子でわたしに手を近づける殿下。
その手はテーブルにあったわたしのケーキを取り上げてしまった。
「殿下、急に何を」
「メイシィ、すまない……!君に甘くないケーキをあげてしまうなんて!」
「え?」
「苦かっただろう……可哀想に。出していいよ。クレア、布を用意してくれ」
「ま、待ってください!苦いケーキも食べられます」
「食べられると苦手は違うものだよメイシィ。ああ、なんてタイミングなんだ!そんなつもりじゃなかったんだ!嫌わないでくれ……すまなかったから、僕から離れないでくれ……」
「ちょ、ちょっと待ってください殿下!苦手ではないですよ!?」
「君には好きな物だけ食べてほしいんだ!」
「クリード殿下!」
なんだかさっきから会話の行き違いがひどすぎる。
わたしは思わず大きい声を出して殿下を静止した。
「わたしは殿下が好きなものも好きです!!」
「……え?」
……あれ?今わたし、何を言った?
とんでもないことを口走ったと気づいた時にはもう、わたしは全身から汗を拭きだしていた。
「ち、違います!そういう意味ではなくて、わたしは苦いケーキも好きなんです!殿下は甘いものが苦手なので甘くないケーキをよく食べてらっしゃるのでしょう?わたしも同じもので結構です!どっちもおいしいですから!
べ、別に、殿下が好きだからわたしも好きなわけではないです!!」
必死に言い訳をしたのに返ってくるのは沈黙。
目を丸くして固まっているクリード殿下の後ろで、クレアもびっくりした顔をしている。
やめてよ、早く変えてよその表情!
「メイシィ……メイシィメイシィメイシィ~~!!」
「なっ!ちょっ」
わたしの想いが届いたように、クリード殿下は歓喜の表情でわたしの名前を呼び始めた。
そういう表情もやめてよ!と思うのだけれど、そんなことを言う前に胸板で封じられる。
抱きしめられている!
ただでさえ近かった距離がとんでもない至近距離になっている!?
ひ、ひいいいいい!
「なんて愛らしいんだ君は……心臓が止まったかと思った。呼吸は完全に止まっていたよ……!
そうかそうか、僕の好きなものを好きなんだね!?」
「ち、ち、違います!たまたま苦いケーキも好きなんです!」
「はあ……可愛い……すー」
「ひゃあああ髪を吸わないでください!」
この変態!殿下じゃなきゃ突き飛ばしてたのに!
「ははは離れてくださいだめですほんとこれは駄目です!」
「もう少しこのままで……嬉しくて仕方ないんだ、僕の好きなものを君も好きになってくれている、こんな幸せなことが……僕に与えられて良いのだろうか……」
「殿下……」
顔は見えないが、わたしは思い切りため息をついた。
「……当たり前じゃないですか。殿下は人です。わたしと同じなんですよ。
あなたが幸せになってはいけないのなら、わたしも幸せを感じてはいけません。
それで本当に良いのですか?」
「駄目だ。絶対にダメだ」
「それなら一緒にケーキを食べましょう」
「ああ……でも甘いのを用意するから待っていてくれ」
「嫌です」
「メイシィ……」
なかなか譲ってくれないクリード殿下にしびれを切らしたわたしは、全力で殿下の胸板を押し返して顔を見上げた。
ちょうど良い上目遣い。殿下の困った顔が近いけれど、我慢。
「ワタシ、殿下と同じケーキが食べたいナー」
「ああああああ可愛い一緒に食べようか!!」
あっという間に腕から解放されて手元にケーキが戻ってきた。
フォークでつつくケーキの向こうには、キラキラと煌めく笑顔で幸せそうなクリード殿下。
気まずい空気はいつのまにか消え去り、食べ終わるころにはくっつこうとしてくる殿下に距離を取ろうとするわたしの戦いが始まっていた。
いつも通りの光景、いつも通りの関係。
最終的にしっかりと両腕で捕らえられたわたしは、当初の狙い通り殿下を甘やかすことになるのだった。
「心を込めて手入れをしたかいがあったよ。すっかり美しい髪になったね。いい匂いだ……」
「ひゃああああ」
机の上にあった繊細な意匠のティーセットはもう片付けられていて、わたしが座るべき場所を見失っている。
静かだ。クリード殿下は扉の前に立ち尽くすわたしを見ては視線を外すことを繰り返し、明らかに気まずいと言わんばかりの様子だった。
それもそうだ、母親に説教をされた場面をわたしに見られていたのだから。
「……殿下、あのあとすぐ王城に戻られていたのですね」
とりあえず当たり障りのない質問で殿下の機嫌を伺ってみる。
「ああ、ローレンスに説教された後にそのまま馬車で戻ったんだ。父上と母上に私のやったことを弁明する必要があったからね」
「そうでしたか、その時にセロエも戻ったのですか?」
「その通りだよ、同じ馬車でついてきてもらった。母上たっての希望でね」
「カロリーナ妃殿下が……」
多少の元気は失われているけれど、様子に大きな違和感はないみたいだ。
ほっとしていると、クリード殿下がソファの右側、セロエがいたところをぽんぽんと叩いた。
「このあと予定がないなら、少し間食はどうかな?ちょうどよい時間だ」
「はい、ぜひご一緒させてください」
「おいで、メイシィ」
このまま自分まで去ってしまうのは気まずい。わたしはふたつ返事で彼の隣に腰掛けることにした。
ソファの周りに沿ってから殿下に近づけば、右手がわたしに向けられる。
左手で応えればそっと握られて真隣に座るよう促してくる。
今回くらいは甘やかしても良いか。本人は悪気があってやってしまったことではないのだし。
素直に触れ合いそうなほど近くに座れば、クリード殿下はそれはそれは嬉しそうに目を細めた。
眩しい。このドキドキは目の前の顔のせいだ。
「クレア、紅茶と今日のケーキを」
「かしこまりました」
クレアが恭しく一礼し、そのまま部屋を出ていった。
口ぶりからしておやつは習慣のようだから、すでに近くで準備されているはず。そう時間はかからず戻ってくるだろう。
「もう一度聞くけれど、怪我はもう治ってるんだね?」
「はい」
「どこに怪我を?」
「右の二の腕です。このあたり――――って殿下、回復魔法は不要ですよ?」
「ああ、そうなんだけれど。私も心配でね」
わたしたちの間に灯る暖かな光。魔物を一掃した時の光とは全く違うそれは、同一人物が放ったとは到底思えない。
魔物は魔力を捕食することで生きながらえる。人は特に狩りの標的として都合がよく、強い魔物がもつ濃縮された魔鉱石の採取くらいしか価値がないため滅びてそう困らない存在だ。
しかし世界全体を見れば魔物はあふれた魔力を溜め込むことで空気中の魔力の濃度を調整する役割を持っている。
クリード殿下のひとことで絶滅でもすれば、いずれ世界中に悪い影響が起きてしまうだろう。
わかっている。今回殿下はそれだけ危険なことを行い、それをわたしが引き起こした。
本来、殿下とセロエの間にわたしも座るべきだったんだ。
「メイシィ、もう言われていると思うけれど改めて私からも言わせてほしい。今回は君のせいではないよ」
察しが良すぎるクリード殿下は、わたしの心を正確に読み取って微笑んだ。
「だからそんな顔をしないで。私は君に笑っていてほしい。君の笑顔を見ていると心が落ち着くんだ」
「……ずるいことを言うんですね」
いかに心を落ち着けて妖精の暴走を止めるか、散々悩んでいるはずのクリード殿下にそういうことを言われると返す言葉がない。
わかって言っているのだ。パーティで令嬢たちのご機嫌を取るのと同じように。
……なんだか、癪だ。
殿下がわたしのご機嫌を取ろうとするのはいつものことだけれど、その取り方が。
優しい言葉をかけていれば良いと思っているように見える。
「……困ったな、君の機嫌を損ねるつもりはなかった」
「別に損ねてません。みなさんがわたしを叱らないから困ってるだけです」
「光の妖精を暴走させたのは私だからね」
「きっかけはわたしじゃないですか」
「君に危険な環境に立ち入るのを止められなかったのは私だよ」
「そもそもそれを選んだのはわたしじゃないですか」
「……困ったな」
困ったのはこちらだ。落ち込んでいるクリード殿下をどうにかしようと甘やかす覚悟をしていたのに、逆に甘やかそうとしてくるなんて。
なんだか顔も見たくなくて、わたしはそっぽ向いたまま口を開いた。
「お互い悪かった、にしませんか?」
「……ふむ」
「殿下は人のせいにするのは慣れていないと思いますが、お互い悪くてお互い反省、でいかがでしょう?」
「……私はほんの少しでもメイシィのせいにはしたくない」
「どうしてですか?」
返事がない。思わずクリード殿下の方を見ると、ぐらりとめまいがした。
むすっとしている。
綺麗な顔が頬を膨らませて不満そうな顔をしている。
いつもの爽やかな表情とはほど遠い、話しかけるのも勇気がいるような美人顔が見せる可愛い表情……。
刺激が……強すぎる……っ!
殿下の顔が全く好みでないせいで侍従に採用されたクレアでも危なかったかもしれない。
目撃したのがわたしだけでよかった。
「メイシィと心の距離が離れてしまう気がするんだ。ただでさえ遠くて寂しいのにこれ以上は耐えられない」
「別に今回のことでわたしたちの関係はどうにもならないと思いますが……」
コンコン、と扉の音が響く。
入ってきたクレアは、わたしたちの神妙な空気に首をかしげていた。
「紅茶とケーキをお持ちしました」
「ありがとう、クレア」
からからとティーカートを押してわたしたちの傍に来たクレアは、てきぱきとテーブルを彩っていく。
ちらりとわたしを不思議そうな瞳で見てくるので、クリード殿下に見えないように困った顔をしてみせた。
視界の端に殿下の手が見える。
ふらふらと近づいては離れる動きに、どうしたらいいものかと動揺が見て取れる。
「お待たせいたしました」
「……ああ、さっそくいただこう」
目の前にいる薬師は、目上の人間の前で先に手を付けることはない。
それをよく知るクリード殿下はすぐさま音もなくティーカップを手に取った。
そしてすぐにフォークに持ち替えると、真っ黒なケーキのかけらを口に入れる。
「エスプレッソケーキか、おいしい」
クリード殿下は満足そうだ。
見たことがないほど黒いケーキだった。スポンジの間に挟まる茶色のクリームは思ったよりもずっと固く、フォークはケーキの形を崩すことなくきれいに入っていった。
わたしも真似してかけらを口の中に入れる。
わあ、とても苦い。苦さと共にコクも感じるこの独特な風味は、コーヒーかな?
悪くない味だ。甘いのが苦手な殿下らしいケーキだなあ。
「あっ、メイシィ!」
咀嚼《そしゃく》していると急に殿下が声を荒げた。
びっくりしてうっかり顔を向けてしまうと、とても焦った様子でわたしに手を近づける殿下。
その手はテーブルにあったわたしのケーキを取り上げてしまった。
「殿下、急に何を」
「メイシィ、すまない……!君に甘くないケーキをあげてしまうなんて!」
「え?」
「苦かっただろう……可哀想に。出していいよ。クレア、布を用意してくれ」
「ま、待ってください!苦いケーキも食べられます」
「食べられると苦手は違うものだよメイシィ。ああ、なんてタイミングなんだ!そんなつもりじゃなかったんだ!嫌わないでくれ……すまなかったから、僕から離れないでくれ……」
「ちょ、ちょっと待ってください殿下!苦手ではないですよ!?」
「君には好きな物だけ食べてほしいんだ!」
「クリード殿下!」
なんだかさっきから会話の行き違いがひどすぎる。
わたしは思わず大きい声を出して殿下を静止した。
「わたしは殿下が好きなものも好きです!!」
「……え?」
……あれ?今わたし、何を言った?
とんでもないことを口走ったと気づいた時にはもう、わたしは全身から汗を拭きだしていた。
「ち、違います!そういう意味ではなくて、わたしは苦いケーキも好きなんです!殿下は甘いものが苦手なので甘くないケーキをよく食べてらっしゃるのでしょう?わたしも同じもので結構です!どっちもおいしいですから!
べ、別に、殿下が好きだからわたしも好きなわけではないです!!」
必死に言い訳をしたのに返ってくるのは沈黙。
目を丸くして固まっているクリード殿下の後ろで、クレアもびっくりした顔をしている。
やめてよ、早く変えてよその表情!
「メイシィ……メイシィメイシィメイシィ~~!!」
「なっ!ちょっ」
わたしの想いが届いたように、クリード殿下は歓喜の表情でわたしの名前を呼び始めた。
そういう表情もやめてよ!と思うのだけれど、そんなことを言う前に胸板で封じられる。
抱きしめられている!
ただでさえ近かった距離がとんでもない至近距離になっている!?
ひ、ひいいいいい!
「なんて愛らしいんだ君は……心臓が止まったかと思った。呼吸は完全に止まっていたよ……!
そうかそうか、僕の好きなものを好きなんだね!?」
「ち、ち、違います!たまたま苦いケーキも好きなんです!」
「はあ……可愛い……すー」
「ひゃあああ髪を吸わないでください!」
この変態!殿下じゃなきゃ突き飛ばしてたのに!
「ははは離れてくださいだめですほんとこれは駄目です!」
「もう少しこのままで……嬉しくて仕方ないんだ、僕の好きなものを君も好きになってくれている、こんな幸せなことが……僕に与えられて良いのだろうか……」
「殿下……」
顔は見えないが、わたしは思い切りため息をついた。
「……当たり前じゃないですか。殿下は人です。わたしと同じなんですよ。
あなたが幸せになってはいけないのなら、わたしも幸せを感じてはいけません。
それで本当に良いのですか?」
「駄目だ。絶対にダメだ」
「それなら一緒にケーキを食べましょう」
「ああ……でも甘いのを用意するから待っていてくれ」
「嫌です」
「メイシィ……」
なかなか譲ってくれないクリード殿下にしびれを切らしたわたしは、全力で殿下の胸板を押し返して顔を見上げた。
ちょうど良い上目遣い。殿下の困った顔が近いけれど、我慢。
「ワタシ、殿下と同じケーキが食べたいナー」
「ああああああ可愛い一緒に食べようか!!」
あっという間に腕から解放されて手元にケーキが戻ってきた。
フォークでつつくケーキの向こうには、キラキラと煌めく笑顔で幸せそうなクリード殿下。
気まずい空気はいつのまにか消え去り、食べ終わるころにはくっつこうとしてくる殿下に距離を取ろうとするわたしの戦いが始まっていた。
いつも通りの光景、いつも通りの関係。
最終的にしっかりと両腕で捕らえられたわたしは、当初の狙い通り殿下を甘やかすことになるのだった。
「心を込めて手入れをしたかいがあったよ。すっかり美しい髪になったね。いい匂いだ……」
「ひゃああああ」
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