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第10章 爆炎の四女と魔術師寄りの薬師

第2話 浸る居場所は膝か隣か遠いギルドか

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クリード殿下の執務室に招かれたあと、わたしは攻防の末、隣で話を伺うことに成功した。
終始不満そうにしていた殿下だったけれど、少し荒れていたわたしの手にバラのハンドクリームを塗ることを許したら上機嫌になったので良しとする。
いつのまにもうひとつ作ったのだろう。聞こうとした口を閉じる。
なんだか後悔しそうな答えが返ってきそうだったし。


「私もメイシィと同じ匂いを纏《まと》いたくなってね」


……答えの方から歩いてきてしまった。
殿下の前では塗っていないのに、どうしていつどうやってわたしがちゃんと使っているのを知ったのだろうか。
だってよく効くんだもん。香りが良いんだもん。


「それで、セロエ様の情報はどのようなものなのですか?」


深堀りはしないという強い決意をもって無視したわたしは、殿下に催促する。


「うん、結論から言うと、彼女はどうやらミリステアに戻ってきているらしい」
「そうなのですか!」
「ローレンスがギルドを通してセロエ嬢に手紙を送ってくれたそうだ。無事に届いたらしくてね、しばらくミリステアにいると返事が来たらしい」
「面会はできそうなのでしょうか?」
「それが……日時をあわせることはできないと断られたそうだ」
「え……」


ミリステアに戻って来てくれたのに面会はできない?いったいどういうことなんだろう。


「彼女は稼ぎながら生活しているからではないかとローレンスが言っていた。1日でもお金にならない時間を作りたくないのではと」
「それほどまでにギリギリの生活をされているのですね……」


一定時間働き成果を出せば給料がもらえるわたしたちとは違い、どのように稼ぐか選べるからこそ苦労が伴うのかな。
難しい職業だけれど、その自由さに際限がない生き方は羨ましくもある。

もしクリード殿下が王族でなければあっという間にSクラスで大金を稼いでたかもしれない。イメージはつかないけれど。
そんなことを頭の片隅で夢想していると、気づけば殿下からいつも通りの熱い視線を受けていた。


「考えごとをしているメイシィは無防備で良いね」
「!」


髪が引っ張られていると思ったら殿下にひと房捉えられていた。
自由に跳ねている白い髪がさらにあちこち毛先を飛ばしている。
殿下の後ろからクレアが白い目で見ている。口が少し開いているのでため息をついていたに違いない。


「そういうことだから、セロエ嬢に会うには探すしかなさそうだ。私の権限でギルドマスターに協力を依頼するからもう少し待っててくれるかな?」
「あ、いえ。今回はわたしが探します」
「探すって、どうやって?」
「それはわたしがギ……」


おっと。これは言うなとミカルガさんに言われたばかりだった。
クレアが真っ青な顔をしている。さすが親友、何を言おうとしたか気づいてしまったらしい。
運よく目の前の殿下は小首をかしげているけれど。


「ギルドに……友人がいるんです。元薬師の同僚だったんですが、今もミリステアのギルド本部で事務をしてるはずなので、頼ってみます」


嘘である。


「事務であればギルドメンバーの動向を把握できるのではないかと思うのです。セロエ嬢が偽名を使っている可能性はありますが、女性の魔術師は男性より珍しいですし、絞っていけばじきにたどり着くのではないかと」


真っ赤な嘘である。ちょっと事実も入っているけれど、嘘は真実と混ぜれば混ぜるほど信ぴょう性が高いというし。


「そう、なのか……?」
「ええ。わたしの試験ですから、わたしの足でできることはさせてください」
「メイシィ……」


わかった。とクリード殿下は頷いた。
わたしの両肩を掴み、顔を近づけてくる。
近い。


「いいかい?絶対に無理はしないと約束してほしい。必ず私にわかったことを伝えること、いいね?」
「はい」
「あと、これだけはわかっていてほしい」


一呼吸置くこと5秒、殿下は神妙な顔つきで口を開いた。


「君が私の知らない行動をとっている時点で心が締め付けられるほど不安なんだ。君が見えないところで危険な目に遭っていたらと思うと、怪我をしたらと思うと耐えられない。メイシィが男性と話していたら、男性が好みのタイプだったらどうする。ああ駄目だ、そもそも男と話すことが我慢ならない。どうして私もついていけないんだ。父上の行動制限は強すぎないか。やっぱりメイシィは手元に置いて別の者に調査を」
「メイシィ、クリード殿下が待っていてくださるなら髪触り放題にスルノニナー」
「っ! ……気をつけていってくるんだよ……」


殿下、もしかして、ちょろい?
おかげで堂々とギルドに入り浸……城下町に行けるようになった。

髪に触れるのを許してしまって、これからどんな目にあうかわからないけど……まあいいか。
早速殿下はわたしの髪で遊び始めている。

癖があり毛先が縦横無尽なこの髪はそこまで好きではない。ミロクさんに教わった簪《かんざし》でまとめる以外は自由にさせている、手入れが行き届いているとはいえない。
殿下が興味津々になるほどの良いものではないのだけれど、本人が嬉しそうだから、まあいいか。


「まずはオイルから……。クレア、部屋にいくつか手入れ用のものがあったね?」
「はい。お部屋に戻られましたらすぐにお渡しいたします」


ん?クレアまでどことなく目が光っているような。
そういえばわたしが魔術学校にいたころ、寮の同室だったクレアによく言われていたっけ。


『あなたせめて寝癖くらいは直そうと思ってくれない?頭を洗った後はこれ、そのあとはこれ、寝る前にはこれ!』
『ええー……』
『ええーじゃないわよ。はあ、一度でいいから全力であなたの髪を好き放題してみたいわ』
『えー……』
『えーじゃないわよ』


今となっては懐かしい思い出だ。
わたしはそうのんびりと考えながら、やたらとしっとりとした自分の手の感触を確かめる。


ちょうど明日もお休みが取れそうだし、またギルドに行ってみようか。
セロエ嬢に会えるかどうかはわからないけれど、簡単な仕事をこなして信頼を得て損はないもんね。



と、気長に思っていたあの時のわたしは想像すらしてなかったのである。







「はあ、はあ、はあ……」
「なんだなんだあ?王城の魔術師ってのはこんなのでバテるのかあ?」


土煙が誰かの風魔法に飛ばされていった。
黒いかけらになって消えていく魔物の形相は夢に出てきそうなほど歪んでおり、背筋が凍る思いで杖を地面に突き立て、残滓《ざんし》を払う。

そのまま杖に体重を預けて息を整えていると、隣で煽ってくる女性はにやりと笑いかけてきた。


「はあ、はあ、あ、あの!」
「ああ?」

「わたし、魔術師じゃないんですけど!?」
「おっそれだけ大声が出るなら元気だな。よしっいくぞメイシィ!
魔物退治あと50匹、気張っていくぞー!」
「わたし、薬師なんですけど!?」


足取り軽やかに前へ進むひとりの魔術師。
わたしは彼女に大声を浴びせることになる。


「セロエ!!」
「アーーーーーっハハッハッハーーーーーーー!!」
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