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第10章 爆炎の四女と魔術師寄りの薬師
第1話 薬師は城下町に浸る
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サーシャ妃の願いを叶えてから早くも1か月。
わたしの1級魔法薬師への試験の状況はというと、ほぼ停止していた。
もはや休止状態である。
というのも、各ご令嬢の連絡係を務めるはずのクリード殿下とローレンス様が多忙を極めてしまっているからだった。
最近始まった社交界の季節、第二王子となったクリード殿下は、特に役目も変わらないのだが良い機会だからと四方八方に御呼ばれしているらしい。
王族の権威の維持には欠かせない活動とはいえ、日々の準備はなかなか大変だとクレアが言っていた。
ローレンス様も同じような理由だけれど、ユーファステア侯爵家に戻ったサーシャ様と精力的に社交界に顔を出しているらしい。
貴族のパーティすら参加していなかったサーシャ様が出るとあって、かつて交流があった貴族たちを中心に招待を受け縁をつなげているとか。
社交界への影響力はなくなっていたとはいえ、あの美しく可愛らしい方がパーティに参加すれば華があるというもの。
すでに招待状が多くきていると言っていたローレンス様は、努めて無表情なのに言葉尻から喜びをぽろぽろと零《こぼ》していた。
つまりは、この多忙な状況、一般国民であるわたしには全く影響ないのである!
勉強と実践の繰り返しの生活に戻ったものの、おふたりが動けないからといってのんびり待つのも癪《しゃく》だ。
そう思って城下町へ行ってくるとひとこと言ってしまったのが、今回のクリード殿下の『病み』スイッチだった。
「協力してくれてるクリード殿下が逆に邪魔になってるの、いつ聞いても面白いよねー」
「はたからみたら面白いでしょうね……!」
床一面がひたひたになっていた執務室。
魔法で取り切れなかった水分を含めた雑巾を乾かしながら、わたしとマリウスはのんびりと会話をしていた。
城下町へ次のご令嬢を探してくる。
そう言ってからほんの数秒、どこからともなく水が噴き出してきたのは初めてだった。
殿下は妖精を暴走させがちな性質上、基本的に城からの外出は許されていない。
わたしが目の届かないところに行ってしまう。同行は許されない。というままならない現実に押しつぶされた悔し涙と思われる。
ちょっと多すぎるけど。
今回は次の予定が迫っていたらしくすぐにクレアに連れ去られてしまったので、わたしは説得できず中途半端な状態になっている。
「で、午後におやすみを取ったメイシィさんは城下町にいっちゃうんですか~?」
「うーん」
拒否されないなら、行くでしょう。
わたしの言葉に、マリウスは悪い顔をした。
――――――――――――――――
ミリステア魔王国の城下町は、巨城から放射線を描くように作られていた。
荷物と人の行き来が城を中心に行われているからこその作りで、一本一本に通りの名前があり、誰でも迷わず目的のところへ行ける簡単な構造になっている。
遷都したからこそ整頓された街並みだ。
「さてと」
いつものワンピースにローブを羽織り、いつもより頑丈な靴を履いて。
少し遅めのお昼ごはんを屋台で食べたわたしは、とあるところに向かうために歩み始めた。
ユーファステア侯爵家の四女、セロエ様。
今回わたしが接触を狙っている方だ。
彼女はユーファステア侯爵家を出奔し旅人として暮らしていて、各地で目撃情報があるという。
この時代、女性ひとりの旅はまだまだ不安要素が多い。
在籍していた魔術学校では優秀な成績を修めていたらしいので、おそらく魔術師として金銭を稼ぎ実力で安全に旅ができているのではないだろうか。と考えている。
安住の地を持たない人々の生活方法、曲芸でもできない限り職業は決まっている。
「ギルド、ここだ」
ミリステア魔王国の王都ステラにあるギルド。通常の役割をこなしつつ国内に点在しているギルドを取りまとめている総本部だ。
もちろんここに問い合わせて急にセロエ様の場所がわかるわけはない、そもそも見知らぬ人間に情報を売るなんて物騒なことはしないだろう。
だから、やれることはひとつだ。
古びた白く太い枝のような杖を顕現し背中に固定すると、わたしは遠慮なく中へ入っていった。
「こんにちは!ようこそミリステアギルド本部へ。どのような要件かしら?」
受付のお姉さんから声をかけられた。ヒューランに見えるけど纏っている布の面積の少なさたるや巨城のなかではまず見ない……刺激が強い。
もしかして人魚のハーフかな?もともと服をあまり着ない水生種族は最低限の面積にしたがる傾向がある。
「ギルドメンバーに登録したいのです。依頼を受けられるようになりたくて」
「あら!そうなの。その恰好からすると……新米さんかしら?」
「はい、右も左もわからなくて……」
あらあら、と受付の女性はほほえましいと言わんばかりの表情をした。
ミリステアギルドは総本山。手こずる依頼や手練れのギルドメンバーが集まりやすい傾向があり、新人の受付は珍しいのかもしれない。
紙に名前と担当職を書けと言われたので、できる限り汚く文字を記入する。
「メイシィ、魔術師さんね、わかったわ。ちょっと待っててね」
女性は紙を受け取ると、しゃがんで何かを探し始める。
すぐに見つけたのか手元にある金貨を魔法陣の上に置いた。
ぴかっと一瞬光を放つ。
魔方陣が消えたと思ったら、わたしの目の前にはその金貨が置かれていた。
「登録完了よ。メイシィ。これは依頼と報償、ランクの記録までばっちり入ってるギルドメンバーの必需品、ギルドコイン!」
「これが……」
「肌身離さず持っていてね、死んだときの遺体回収にも便利だから♪」
「え」
「ふふふ♪」
不穏だなあ。だけれどギルドメンバーにとっては死と隣り合わせになることも多いだろうし、依頼を受けてコインだけ返ってきたなんてこと、あるんだろうな。
丁寧に受け取ってポケットにしまえば、女性は満足げに頷いた。
「ちなみになんで急にギルドメンバーになろうと思ったの?」
「あ、実は人を探してるんです。茶髪に青か緑かわかりにくい瞳をした女性で、ギルドメンバーとして稼ぎながら各地を旅しているって聞いたんです」
「へえ、家族とか?」
「はい、姉です」
ここで動揺すると怪しまれるし、適当に言っておこう。
ちょうど良い年齢差だし。
「ここ数年連絡が取れてないので自分から探しに行こうと思っています」
「いい妹さんね。でもいきなり旅はだめよ。しばらくここで簡単な依頼を受けて、慣れてからね?」
「はい、お世話になります」
じゃあ簡単な依頼から受けていかない?
受付の女性――――マーリックさんと名乗った方は、わたしたちの間に分厚すぎる紙束を叩きつけた。
「うーん、ラット退治くらいがいいかしらねえ~。にしてもあなたのお姉さん、連絡寄こさないなんてちょっと心配ね」
「まあ、自由すぎる人なので、よくあるんですけどね」
適当に会話をあわせつつ、偽のセロエお姉さまを作り出していく。
結局害獣退治の依頼を受けることにして、わたしはギルド本部を後にした。
「と、いうことで、お休みの日はギルドメンバーとしてセロエ様を探してきます」
「あ……あ……え……」
「……メイシィ……」
翌日、きらりと光る金貨を見せて報告すると、ミカルガさんとマリウスに絶句された。
「世界ぶっ壊す気?」
「なんのこと?」
「ミカルガさんなんとか言ってくださいよお~!」
「うむ……うむ……うむ……」
「大丈夫です、新米としてラット退治からです。怪我しませんから」
「正直心配なのはそこじゃないってぇ~!ミカルガさぁぁん~!」
「メイシィ」
「はい」
「クリード殿下にだけはバレないようにするんだぞ……」
それは、もちろんですとも。
そう返したけれど、たぶんいつかバレるんだろうなと弱気になる自分もいる。
「失礼します、メイシィはいら」
「「うわあああああああ」」
「え、何、何事?」
急に入ってきたクレアにわたしとマリウスは大声を上げた。
こっそりとミカルガさんの悲鳴も混ざっている。
慌ててコインを隠すと、クレアは怪訝そうな顔をした。
「……何か隠しました?」
「あ、え、ええと……」
目が泳ぐ。マリウスもミカルガさんも目が泳いでいた。
「実はね。貴重なお菓子が手に入って……みんなでこっそり食べちゃった」
「だそうです。殿下」
「「わああああああ!?」」
「……楽しそうでいいね」
いいい、いらっしゃいませ殿下!
のけ者にされて寂しそうなクリード殿下は、わたしたちをジト目で見つめてきた。
「せっかくセロエ嬢の情報を持ってきたのに、お楽しみなら今度にしようか?」
「え!?いや、クリード殿下、今お願いします!」
「おいで、メイシィ。今日はどの体勢で聞いてもらおうか」
「え!?と、隣でお願いしますー!」
わたしの1級魔法薬師への試験の状況はというと、ほぼ停止していた。
もはや休止状態である。
というのも、各ご令嬢の連絡係を務めるはずのクリード殿下とローレンス様が多忙を極めてしまっているからだった。
最近始まった社交界の季節、第二王子となったクリード殿下は、特に役目も変わらないのだが良い機会だからと四方八方に御呼ばれしているらしい。
王族の権威の維持には欠かせない活動とはいえ、日々の準備はなかなか大変だとクレアが言っていた。
ローレンス様も同じような理由だけれど、ユーファステア侯爵家に戻ったサーシャ様と精力的に社交界に顔を出しているらしい。
貴族のパーティすら参加していなかったサーシャ様が出るとあって、かつて交流があった貴族たちを中心に招待を受け縁をつなげているとか。
社交界への影響力はなくなっていたとはいえ、あの美しく可愛らしい方がパーティに参加すれば華があるというもの。
すでに招待状が多くきていると言っていたローレンス様は、努めて無表情なのに言葉尻から喜びをぽろぽろと零《こぼ》していた。
つまりは、この多忙な状況、一般国民であるわたしには全く影響ないのである!
勉強と実践の繰り返しの生活に戻ったものの、おふたりが動けないからといってのんびり待つのも癪《しゃく》だ。
そう思って城下町へ行ってくるとひとこと言ってしまったのが、今回のクリード殿下の『病み』スイッチだった。
「協力してくれてるクリード殿下が逆に邪魔になってるの、いつ聞いても面白いよねー」
「はたからみたら面白いでしょうね……!」
床一面がひたひたになっていた執務室。
魔法で取り切れなかった水分を含めた雑巾を乾かしながら、わたしとマリウスはのんびりと会話をしていた。
城下町へ次のご令嬢を探してくる。
そう言ってからほんの数秒、どこからともなく水が噴き出してきたのは初めてだった。
殿下は妖精を暴走させがちな性質上、基本的に城からの外出は許されていない。
わたしが目の届かないところに行ってしまう。同行は許されない。というままならない現実に押しつぶされた悔し涙と思われる。
ちょっと多すぎるけど。
今回は次の予定が迫っていたらしくすぐにクレアに連れ去られてしまったので、わたしは説得できず中途半端な状態になっている。
「で、午後におやすみを取ったメイシィさんは城下町にいっちゃうんですか~?」
「うーん」
拒否されないなら、行くでしょう。
わたしの言葉に、マリウスは悪い顔をした。
――――――――――――――――
ミリステア魔王国の城下町は、巨城から放射線を描くように作られていた。
荷物と人の行き来が城を中心に行われているからこその作りで、一本一本に通りの名前があり、誰でも迷わず目的のところへ行ける簡単な構造になっている。
遷都したからこそ整頓された街並みだ。
「さてと」
いつものワンピースにローブを羽織り、いつもより頑丈な靴を履いて。
少し遅めのお昼ごはんを屋台で食べたわたしは、とあるところに向かうために歩み始めた。
ユーファステア侯爵家の四女、セロエ様。
今回わたしが接触を狙っている方だ。
彼女はユーファステア侯爵家を出奔し旅人として暮らしていて、各地で目撃情報があるという。
この時代、女性ひとりの旅はまだまだ不安要素が多い。
在籍していた魔術学校では優秀な成績を修めていたらしいので、おそらく魔術師として金銭を稼ぎ実力で安全に旅ができているのではないだろうか。と考えている。
安住の地を持たない人々の生活方法、曲芸でもできない限り職業は決まっている。
「ギルド、ここだ」
ミリステア魔王国の王都ステラにあるギルド。通常の役割をこなしつつ国内に点在しているギルドを取りまとめている総本部だ。
もちろんここに問い合わせて急にセロエ様の場所がわかるわけはない、そもそも見知らぬ人間に情報を売るなんて物騒なことはしないだろう。
だから、やれることはひとつだ。
古びた白く太い枝のような杖を顕現し背中に固定すると、わたしは遠慮なく中へ入っていった。
「こんにちは!ようこそミリステアギルド本部へ。どのような要件かしら?」
受付のお姉さんから声をかけられた。ヒューランに見えるけど纏っている布の面積の少なさたるや巨城のなかではまず見ない……刺激が強い。
もしかして人魚のハーフかな?もともと服をあまり着ない水生種族は最低限の面積にしたがる傾向がある。
「ギルドメンバーに登録したいのです。依頼を受けられるようになりたくて」
「あら!そうなの。その恰好からすると……新米さんかしら?」
「はい、右も左もわからなくて……」
あらあら、と受付の女性はほほえましいと言わんばかりの表情をした。
ミリステアギルドは総本山。手こずる依頼や手練れのギルドメンバーが集まりやすい傾向があり、新人の受付は珍しいのかもしれない。
紙に名前と担当職を書けと言われたので、できる限り汚く文字を記入する。
「メイシィ、魔術師さんね、わかったわ。ちょっと待っててね」
女性は紙を受け取ると、しゃがんで何かを探し始める。
すぐに見つけたのか手元にある金貨を魔法陣の上に置いた。
ぴかっと一瞬光を放つ。
魔方陣が消えたと思ったら、わたしの目の前にはその金貨が置かれていた。
「登録完了よ。メイシィ。これは依頼と報償、ランクの記録までばっちり入ってるギルドメンバーの必需品、ギルドコイン!」
「これが……」
「肌身離さず持っていてね、死んだときの遺体回収にも便利だから♪」
「え」
「ふふふ♪」
不穏だなあ。だけれどギルドメンバーにとっては死と隣り合わせになることも多いだろうし、依頼を受けてコインだけ返ってきたなんてこと、あるんだろうな。
丁寧に受け取ってポケットにしまえば、女性は満足げに頷いた。
「ちなみになんで急にギルドメンバーになろうと思ったの?」
「あ、実は人を探してるんです。茶髪に青か緑かわかりにくい瞳をした女性で、ギルドメンバーとして稼ぎながら各地を旅しているって聞いたんです」
「へえ、家族とか?」
「はい、姉です」
ここで動揺すると怪しまれるし、適当に言っておこう。
ちょうど良い年齢差だし。
「ここ数年連絡が取れてないので自分から探しに行こうと思っています」
「いい妹さんね。でもいきなり旅はだめよ。しばらくここで簡単な依頼を受けて、慣れてからね?」
「はい、お世話になります」
じゃあ簡単な依頼から受けていかない?
受付の女性――――マーリックさんと名乗った方は、わたしたちの間に分厚すぎる紙束を叩きつけた。
「うーん、ラット退治くらいがいいかしらねえ~。にしてもあなたのお姉さん、連絡寄こさないなんてちょっと心配ね」
「まあ、自由すぎる人なので、よくあるんですけどね」
適当に会話をあわせつつ、偽のセロエお姉さまを作り出していく。
結局害獣退治の依頼を受けることにして、わたしはギルド本部を後にした。
「と、いうことで、お休みの日はギルドメンバーとしてセロエ様を探してきます」
「あ……あ……え……」
「……メイシィ……」
翌日、きらりと光る金貨を見せて報告すると、ミカルガさんとマリウスに絶句された。
「世界ぶっ壊す気?」
「なんのこと?」
「ミカルガさんなんとか言ってくださいよお~!」
「うむ……うむ……うむ……」
「大丈夫です、新米としてラット退治からです。怪我しませんから」
「正直心配なのはそこじゃないってぇ~!ミカルガさぁぁん~!」
「メイシィ」
「はい」
「クリード殿下にだけはバレないようにするんだぞ……」
それは、もちろんですとも。
そう返したけれど、たぶんいつかバレるんだろうなと弱気になる自分もいる。
「失礼します、メイシィはいら」
「「うわあああああああ」」
「え、何、何事?」
急に入ってきたクレアにわたしとマリウスは大声を上げた。
こっそりとミカルガさんの悲鳴も混ざっている。
慌ててコインを隠すと、クレアは怪訝そうな顔をした。
「……何か隠しました?」
「あ、え、ええと……」
目が泳ぐ。マリウスもミカルガさんも目が泳いでいた。
「実はね。貴重なお菓子が手に入って……みんなでこっそり食べちゃった」
「だそうです。殿下」
「「わああああああ!?」」
「……楽しそうでいいね」
いいい、いらっしゃいませ殿下!
のけ者にされて寂しそうなクリード殿下は、わたしたちをジト目で見つめてきた。
「せっかくセロエ嬢の情報を持ってきたのに、お楽しみなら今度にしようか?」
「え!?いや、クリード殿下、今お願いします!」
「おいで、メイシィ。今日はどの体勢で聞いてもらおうか」
「え!?と、隣でお願いしますー!」
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