上 下
49 / 97
第10章 爆炎の四女と魔術師寄りの薬師

第1話 薬師は城下町に浸る

しおりを挟む
サーシャ妃の願いを叶えてから早くも1か月。
わたしの1級魔法薬師への試験の状況はというと、ほぼ停止していた。
もはや休止状態である。

というのも、各ご令嬢の連絡係を務めるはずのクリード殿下とローレンス様が多忙を極めてしまっているからだった。

最近始まった社交界の季節、第二王子となったクリード殿下は、特に役目も変わらないのだが良い機会だからと四方八方に御呼ばれしているらしい。
王族の権威の維持には欠かせない活動とはいえ、日々の準備はなかなか大変だとクレアが言っていた。

ローレンス様も同じような理由だけれど、ユーファステア侯爵家に戻ったサーシャ様と精力的に社交界に顔を出しているらしい。
貴族のパーティすら参加していなかったサーシャ様が出るとあって、かつて交流があった貴族たちを中心に招待を受け縁をつなげているとか。
社交界への影響力はなくなっていたとはいえ、あの美しく可愛らしい方がパーティに参加すれば華があるというもの。
すでに招待状が多くきていると言っていたローレンス様は、努めて無表情なのに言葉尻から喜びをぽろぽろと零《こぼ》していた。


つまりは、この多忙な状況、一般国民であるわたしには全く影響ないのである!

勉強と実践の繰り返しの生活に戻ったものの、おふたりが動けないからといってのんびり待つのも癪《しゃく》だ。
そう思って城下町へ行ってくるとひとこと言ってしまったのが、今回のクリード殿下の『病み』スイッチだった。


「協力してくれてるクリード殿下が逆に邪魔になってるの、いつ聞いても面白いよねー」
「はたからみたら面白いでしょうね……!」


床一面がひたひたになっていた執務室。
魔法で取り切れなかった水分を含めた雑巾を乾かしながら、わたしとマリウスはのんびりと会話をしていた。

城下町へ次のご令嬢を探してくる。
そう言ってからほんの数秒、どこからともなく水が噴き出してきたのは初めてだった。

殿下は妖精を暴走させがちな性質上、基本的に城からの外出は許されていない。
わたしが目の届かないところに行ってしまう。同行は許されない。というままならない現実に押しつぶされた悔し涙と思われる。
ちょっと多すぎるけど。

今回は次の予定が迫っていたらしくすぐにクレアに連れ去られてしまったので、わたしは説得できず中途半端な状態になっている。


「で、午後におやすみを取ったメイシィさんは城下町にいっちゃうんですか~?」
「うーん」


拒否されないなら、行くでしょう。
わたしの言葉に、マリウスは悪い顔をした。


――――――――――――――――


ミリステア魔王国の城下町は、巨城から放射線を描くように作られていた。
荷物と人の行き来が城を中心に行われているからこその作りで、一本一本に通りの名前があり、誰でも迷わず目的のところへ行ける簡単な構造になっている。
遷都したからこそ整頓された街並みだ。


「さてと」


いつものワンピースにローブを羽織り、いつもより頑丈な靴を履いて。
少し遅めのお昼ごはんを屋台で食べたわたしは、とあるところに向かうために歩み始めた。

ユーファステア侯爵家の四女、セロエ様。
今回わたしが接触を狙っている方だ。

彼女はユーファステア侯爵家を出奔し旅人として暮らしていて、各地で目撃情報があるという。
この時代、女性ひとりの旅はまだまだ不安要素が多い。
在籍していた魔術学校では優秀な成績を修めていたらしいので、おそらく魔術師として金銭を稼ぎ実力で安全に旅ができているのではないだろうか。と考えている。

安住の地を持たない人々の生活方法、曲芸でもできない限り職業は決まっている。


「ギルド、ここだ」


ミリステア魔王国の王都ステラにあるギルド。通常の役割をこなしつつ国内に点在しているギルドを取りまとめている総本部だ。
もちろんここに問い合わせて急にセロエ様の場所がわかるわけはない、そもそも見知らぬ人間に情報を売るなんて物騒なことはしないだろう。

だから、やれることはひとつだ。
古びた白く太い枝のような杖を顕現し背中に固定すると、わたしは遠慮なく中へ入っていった。


「こんにちは!ようこそミリステアギルド本部へ。どのような要件かしら?」


受付のお姉さんから声をかけられた。ヒューランに見えるけど纏っている布の面積の少なさたるや巨城のなかではまず見ない……刺激が強い。
もしかして人魚のハーフかな?もともと服をあまり着ない水生種族は最低限の面積にしたがる傾向がある。


「ギルドメンバーに登録したいのです。依頼を受けられるようになりたくて」
「あら!そうなの。その恰好からすると……新米さんかしら?」
「はい、右も左もわからなくて……」


あらあら、と受付の女性はほほえましいと言わんばかりの表情をした。
ミリステアギルドは総本山。手こずる依頼や手練れのギルドメンバーが集まりやすい傾向があり、新人の受付は珍しいのかもしれない。

紙に名前と担当職を書けと言われたので、できる限り汚く文字を記入する。


「メイシィ、魔術師さんね、わかったわ。ちょっと待っててね」


女性は紙を受け取ると、しゃがんで何かを探し始める。
すぐに見つけたのか手元にある金貨を魔法陣の上に置いた。
ぴかっと一瞬光を放つ。
魔方陣が消えたと思ったら、わたしの目の前にはその金貨が置かれていた。


「登録完了よ。メイシィ。これは依頼と報償、ランクの記録までばっちり入ってるギルドメンバーの必需品、ギルドコイン!」
「これが……」
「肌身離さず持っていてね、死んだときの遺体回収にも便利だから♪」
「え」
「ふふふ♪」


不穏だなあ。だけれどギルドメンバーにとっては死と隣り合わせになることも多いだろうし、依頼を受けてコインだけ返ってきたなんてこと、あるんだろうな。
丁寧に受け取ってポケットにしまえば、女性は満足げに頷いた。


「ちなみになんで急にギルドメンバーになろうと思ったの?」
「あ、実は人を探してるんです。茶髪に青か緑かわかりにくい瞳をした女性で、ギルドメンバーとして稼ぎながら各地を旅しているって聞いたんです」
「へえ、家族とか?」
「はい、姉です」


ここで動揺すると怪しまれるし、適当に言っておこう。
ちょうど良い年齢差だし。


「ここ数年連絡が取れてないので自分から探しに行こうと思っています」
「いい妹さんね。でもいきなり旅はだめよ。しばらくここで簡単な依頼を受けて、慣れてからね?」
「はい、お世話になります」


じゃあ簡単な依頼から受けていかない?
受付の女性――――マーリックさんと名乗った方は、わたしたちの間に分厚すぎる紙束を叩きつけた。


「うーん、ラット退治くらいがいいかしらねえ~。にしてもあなたのお姉さん、連絡寄こさないなんてちょっと心配ね」
「まあ、自由すぎる人なので、よくあるんですけどね」


適当に会話をあわせつつ、偽のセロエお姉さまを作り出していく。
結局害獣退治の依頼を受けることにして、わたしはギルド本部を後にした。






「と、いうことで、お休みの日はギルドメンバーとしてセロエ様を探してきます」
「あ……あ……え……」
「……メイシィ……」


翌日、きらりと光る金貨を見せて報告すると、ミカルガさんとマリウスに絶句された。


「世界ぶっ壊す気?」
「なんのこと?」
「ミカルガさんなんとか言ってくださいよお~!」
「うむ……うむ……うむ……」
「大丈夫です、新米としてラット退治からです。怪我しませんから」
「正直心配なのはそこじゃないってぇ~!ミカルガさぁぁん~!」

「メイシィ」
「はい」

「クリード殿下にだけはバレないようにするんだぞ……」


それは、もちろんですとも。
そう返したけれど、たぶんいつかバレるんだろうなと弱気になる自分もいる。


「失礼します、メイシィはいら」
「「うわあああああああ」」
「え、何、何事?」


急に入ってきたクレアにわたしとマリウスは大声を上げた。
こっそりとミカルガさんの悲鳴も混ざっている。
慌ててコインを隠すと、クレアは怪訝そうな顔をした。


「……何か隠しました?」
「あ、え、ええと……」


目が泳ぐ。マリウスもミカルガさんも目が泳いでいた。


「実はね。貴重なお菓子が手に入って……みんなでこっそり食べちゃった」
「だそうです。殿下」
「「わああああああ!?」」
「……楽しそうでいいね」


いいい、いらっしゃいませ殿下!
のけ者にされて寂しそうなクリード殿下は、わたしたちをジト目で見つめてきた。


「せっかくセロエ嬢の情報を持ってきたのに、お楽しみなら今度にしようか?」
「え!?いや、クリード殿下、今お願いします!」
「おいで、メイシィ。今日はどの体勢で聞いてもらおうか」
「え!?と、隣でお願いしますー!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...