黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

綾乃雪乃

文字の大きさ
上 下
48 / 97
第9章 薬師と次女妃と思い出の薬

第6話 閑話 消せない

しおりを挟む
10年ぶりの生家は変わりなくそこにあった。


「サーシャ様、おかえりなさいませ」


先ほどまで屋敷で一緒にいたはずの侍従たちが、かしこまって頭を下げる。
わざわざそんなことする必要はないのに、と笑うと、彼らは目尻を光らせて笑顔を返してくれた。


「旦那様と奥様、ローレンス様はもうすぐお帰りになります。お部屋の準備はできておりますが、いかがなさいますか?」
「先に行きたいところがあるの、あの子の部屋は入れるかしら?」
「もちろんでございます」


もう戻ることはないと思っていた生まれの家。
帰宅はあまりにもあっけなく、扉を越える足は軽かった。



「ありがとう。しばらくひとりにしてくれないかしら」
「はい、外でお待ちしております」


扉が閉まるのを聞き、わたしは一歩一歩部屋の中へ入っていった。

白を基調とした部屋。使い古されたベッドと比較的新しい机は桃色の装飾がされている。
窓際や枕のまわりにはぬいぐるみが並び、鏡台は以前と変わらずすっかり役割を失い、おもちゃ箱が置かれていた。


「メリアーシェ」


久々にその名前を口にする。カナリスの次にたくさん呼んだその名前。
この部屋でよく口にした。机に向かって、ベッドに向かって、目を瞑ったままの彼女に向かって。


あの子は明るくて優しい子だった。
ほとんどをベッドの上で耐える生活を送っていたけれど、起き上がれる日はわたしを呼んで、本を貸してくれとせがんだ。
童話を一緒に読んだこともある。眠ってしまう薬が効くまで、読み聞かせたこともあった。目覚めることを願って勝手に聞かせたことだってあった。

ミリシアおばあさまのおかげで元気を取り戻したころには、わたしが王城へ通うことが増えて会うことが少なくなってしまったけれど。
やりとりした手紙は今もすべて大切にしていて、今日一緒に生家へ帰ってきた。


この部屋の主はいない。あの日からずっと丁寧に部屋を維持し続けている。


「メリアーシェ、あなたの願いも叶う日がくるのね」


あの子は願いの多い子だった。
外で走り回りたい。馬に乗ってみたい。本をたくさん読みたい。魔法を覚えたい。
話せる時はいつもお願いしていた。それもそのはず、わたしたちが何をしたいか必死に聞いていたから。
今思えば……ずいぶんと甘やかしてしまっていたわ。
残念ながら、今更厳しくするなんてできないけれど。


「あの子の願いはなにかしらね」


わたしは近くにあったウサギのぬいぐるみを手に取った。
座るような恰好をしていて柔らかい布が気持ちの良いそれは、彼女が苦しみに襲われた時に耐えれるようミリシアおばあさまに似せて耳が細く作られている。
金色に青い瞳をぼうっと見つめていたら、ふと偶然にもクリードと同じ色だと気がついた。


久しぶりにお会いした殿下は驚くほど『人らしく』成長なさっていた。
人形のように無表情で何も話さないあの方と仲良くなれたのは、確か同じようなウサギのぬいぐるみを持っていたわたしに羨ましそうな眼を向けてきたのがきっかけだったわね。

いろいろなものに興味がある歳だったはず。でも顔をほころばせれば人々に注目され、心が落ち着かなくなり妖精が騒いでしまう。
我慢して、我慢して、我慢して、それでも漏れてしまった羨望の瞳はなんだか可愛らしくて。


『クリード殿下、このぬいぐるみで遊びませんか?』
『!』


あんなに嬉しそうな表情を見てしまったら、支えたいと思わずにはいられない。
あの方が少しでも幸せな人生を送れますように。わたしがそう願う人々の巨城の輪に入るのはそう長くかからなかった。


「ミリシアおばあさま、聞いてください。
あなたがこの世に残した未練は、もう立派な男性として、大切な人ができたのですよ」


いつかのわたしのように。いつかの兄王子《カナリス》のように。
一度知ってしまった暖かな日々はきっとあの方の心を大きく乱してしまうでしょう。

でも、それ以上の幸せに包まれ、どんな終わりを迎えようとも生きていく力になる。
わたしたちは、それを良く知っている。





扉を叩く音がした。
開かれた先で、わたしは晴れ晴れとした気持ちで口を開いた。


「ただいま戻りました」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完】秋の夜長に見る恋の夢

Bu-cha
恋愛
製薬会社の社長の一人娘、小町には婚約者がいる。11月8日の立冬の日に入籍をする。 好きではない人と結婚なんてしない。 秋は夜長というくらいだから、恋の夢を見よう・・・。 花が戦場で戦う。この時代の会社という戦場、そして婚約者との恋の戦場を。利き手でもない左手1本になっても。 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高17位 他サイトにて溺愛彼氏特集で掲載 関連物語 『この夏、人生で初めて海にいく』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位 『女神達が愛した弟』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高66位 『女社長紅葉(32)の雷は稲妻を光らせる』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 44位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 12位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『拳に愛を込めて』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高29位 『死神にウェディングドレスを』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『お兄ちゃんは私を甘く戴く』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高40位

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。

window
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」 弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。 結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。 それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。 非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……

処理中です...