42 / 97
第8章 試練の薬師と志の王子
第5話 閑話 消えない
しおりを挟む
「サーシャ妃が面会の返事を出しただって?」
ミリステア魔王国 巨大城の執務室エリア。
王族たちが公務を行う書斎や会議室があるエリアの中央に、ラジアン殿下の執務室が用意されている。
薬師院から速足で戻ると、ラジアン殿下は机に視線を向けたまま開口一番がそれだった。
俺ですら今聞いたばかりの情報だぞ。いったいどうやって手に入れたんだ。
城中にこの方の耳が付いているんじゃないかと疑ってしまう。
「はい。詳しい話はクリード殿下の執務室で確認いたします。もうしばらく席を外してもよろしいでしょうか」
「もちろんだよ。メイシィ嬢を優先してくれ」
にこりと王太子は笑う。貴族へのけん制でも国王へのわがままでもアーリア王太子妃へのからかいでもない、純粋な笑顔を見るのは久しぶりだ。
この方は近しい者にとってはやんちゃで自由で親しみをもつ印象を持つが、一国の王太子としては時に冷酷で時に平和主義、後の国王にあまりにも適した厳格な人物といわれている。
家族愛が強く、かつて兄弟が謀反の罪を擦《なす》りつけられたときは、首謀者の侯爵を捕らえ一家総処刑の代わりに自ら侯爵の片腕を切り落とし、宰相に据えたことがあった。
確かに宰相として最も適した人物ではあったが……『そんなに権力がほしいならやってみろ』なんて言うか?
わざと重役に据えて『今後少しでも粗相したらどうなるかわかってるだろうな?』の間違いじゃないか?
それに王太子妃の選定は更に苦労されることになった。
国中の女性を巨城に招待して行われたが、水面下で渦巻いていた貴族たちの争いが女性たちを巻き込み表面化。
最終的にラジアン殿下ご自身でアーリア様を選び、事態を収束され、貴族たちへ厳正な処罰を下して統治体制の浄化をなさった。
アーリア様をお選びになった理由は公言されていない。誰もが疑問符を浮かべる中、王太子妃のお立場を確立した才能と努力たるや。
魔法で殴り合う喧嘩がコミュニケーションのひとつになっていなければ完璧だった。
うっ、頭が痛い。
そうやって人々の陰謀に巻き込まれながら苦心して生きてきたお方。
……たまには、娯楽があっても良いだろう。
クリードには悪いけどな。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
廊下ですれ違う秘書に片手を上げて応える。
傾き始めた日差しを追っていけば、赤い花が咲き誇る中庭が見えた。
『ユーファステア侯爵家の五女はどのような方なのですか?』
あのとき、彼女がそう聞いてきそうな雰囲気を感じ取った俺は、思わず話題をすり替えてしまった。
「メリアーシェ」
久々に口に出した名前だった。
俺の人生で一番呼んだ女性の名でもある。きっとこれからも変わらないのだろう。
それだけ俺の、いや俺たちユーファステア侯爵家の心核にいる人物だ。
彼女はユーファステア侯爵家の末の娘。
難産の末に生まれたのと、四女セロエと5つ離れているからか、誰よりも蝶よ花よと育てられた彼女。
稀代の大妖精使いと言われた祖母、ミリシアが溺愛した孫娘。
俺には見えないが常に妖精に埋もれていたんじゃないかと思う。
溺愛の対象が俺じゃなくてよかった。
本当に。
そんなに愛された彼女の半生は壮絶だった。
俺たち家族が何度涙し、苦しみ、愛おしく想い続けてきたことか。
あの薬師とクリードはいずれ我々家族の触れたくない部分に触れることになるのだろう。
彼女も知らない、大切な宝物。
「まずはサーシャ姉上か」
俺が最も尊敬の念を抱く姉妹である彼女は、昔、絶望に囚われ未来へ歩むことをやめてしまった。
深い深い闇の底で微笑む彼女の願いは何だろうか。
どのように叶えるのだろうか。
クリードの執務室の前に立つ。
しばらく通うことになる扉はまだ重い。
ミリステア魔王国 巨大城の執務室エリア。
王族たちが公務を行う書斎や会議室があるエリアの中央に、ラジアン殿下の執務室が用意されている。
薬師院から速足で戻ると、ラジアン殿下は机に視線を向けたまま開口一番がそれだった。
俺ですら今聞いたばかりの情報だぞ。いったいどうやって手に入れたんだ。
城中にこの方の耳が付いているんじゃないかと疑ってしまう。
「はい。詳しい話はクリード殿下の執務室で確認いたします。もうしばらく席を外してもよろしいでしょうか」
「もちろんだよ。メイシィ嬢を優先してくれ」
にこりと王太子は笑う。貴族へのけん制でも国王へのわがままでもアーリア王太子妃へのからかいでもない、純粋な笑顔を見るのは久しぶりだ。
この方は近しい者にとってはやんちゃで自由で親しみをもつ印象を持つが、一国の王太子としては時に冷酷で時に平和主義、後の国王にあまりにも適した厳格な人物といわれている。
家族愛が強く、かつて兄弟が謀反の罪を擦《なす》りつけられたときは、首謀者の侯爵を捕らえ一家総処刑の代わりに自ら侯爵の片腕を切り落とし、宰相に据えたことがあった。
確かに宰相として最も適した人物ではあったが……『そんなに権力がほしいならやってみろ』なんて言うか?
わざと重役に据えて『今後少しでも粗相したらどうなるかわかってるだろうな?』の間違いじゃないか?
それに王太子妃の選定は更に苦労されることになった。
国中の女性を巨城に招待して行われたが、水面下で渦巻いていた貴族たちの争いが女性たちを巻き込み表面化。
最終的にラジアン殿下ご自身でアーリア様を選び、事態を収束され、貴族たちへ厳正な処罰を下して統治体制の浄化をなさった。
アーリア様をお選びになった理由は公言されていない。誰もが疑問符を浮かべる中、王太子妃のお立場を確立した才能と努力たるや。
魔法で殴り合う喧嘩がコミュニケーションのひとつになっていなければ完璧だった。
うっ、頭が痛い。
そうやって人々の陰謀に巻き込まれながら苦心して生きてきたお方。
……たまには、娯楽があっても良いだろう。
クリードには悪いけどな。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
廊下ですれ違う秘書に片手を上げて応える。
傾き始めた日差しを追っていけば、赤い花が咲き誇る中庭が見えた。
『ユーファステア侯爵家の五女はどのような方なのですか?』
あのとき、彼女がそう聞いてきそうな雰囲気を感じ取った俺は、思わず話題をすり替えてしまった。
「メリアーシェ」
久々に口に出した名前だった。
俺の人生で一番呼んだ女性の名でもある。きっとこれからも変わらないのだろう。
それだけ俺の、いや俺たちユーファステア侯爵家の心核にいる人物だ。
彼女はユーファステア侯爵家の末の娘。
難産の末に生まれたのと、四女セロエと5つ離れているからか、誰よりも蝶よ花よと育てられた彼女。
稀代の大妖精使いと言われた祖母、ミリシアが溺愛した孫娘。
俺には見えないが常に妖精に埋もれていたんじゃないかと思う。
溺愛の対象が俺じゃなくてよかった。
本当に。
そんなに愛された彼女の半生は壮絶だった。
俺たち家族が何度涙し、苦しみ、愛おしく想い続けてきたことか。
あの薬師とクリードはいずれ我々家族の触れたくない部分に触れることになるのだろう。
彼女も知らない、大切な宝物。
「まずはサーシャ姉上か」
俺が最も尊敬の念を抱く姉妹である彼女は、昔、絶望に囚われ未来へ歩むことをやめてしまった。
深い深い闇の底で微笑む彼女の願いは何だろうか。
どのように叶えるのだろうか。
クリードの執務室の前に立つ。
しばらく通うことになる扉はまだ重い。
4
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる