黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

綾乃雪乃

文字の大きさ
上 下
39 / 97
第8章 試練の薬師と志の王子

第2話 目の前の壁は分厚く高く

しおりを挟む
ミリステア魔王国 国王の謁見室では、そうそうたるメンバーが揃っていた。
中央の玉座にはカーン5世陛下。
右隣には王妃のカロリーナ殿下と宰相のガラスタ・レイス侯爵。末席にはミカルガさんがいる。
左隣にはラジアン王太子に、アーリア王太子妃。

わたしのエスコートを終えて末席に移動したローレンス様のお隣にいるのは、お父様であるサイラル・ユーファステア侯爵だ。

この空間に王族のほぼ全員と政治の中枢を担う高位爵位を持つ人々が揃っている。
異様だ。異様すぎる。
絶対にわたしのねぎらいの場じゃない。じわりと背中を汗が伝っていく。


それよりも気にするべきは隣のクリード殿下だ。
こちらを一瞥《いちべつ》もせず、カーン陛下を見つめたまま動かない。
青白い顔で余裕もない初めて見る表情。わたしが来る前にやりとりがあったらしい。
ローレンス様の助言は正しかったのかも。

あれ?ローレンス様が立っている場所の向こうに花瓶の破片が散乱している。
散らばった土も破片も草花も、泥になったまま放置されている。

妖精の仕業だとすれば、それほどのことが起きたってこと?


「急な要請に応じてくれて感謝する。メイシィ嬢」
「とんでもございません」
「はは、そういえば前もおぬしを急に呼んでしまったなあ。
おや、その髪留めはクリードが贈ったものだね。仲が良いようで安心しているよ」
「あ、ありがとうございます」


カーン陛下がわたしたちの個人的なやりとりを把握されている。
息子の様子が気になっていらっしゃるのはもちろんのこと、わたしに与えた役目をこなしているかしっかりと監視し続けていたとも言える。
良からぬことはしていないけれど、今までの自分の言動を顧みればちょっと緊張してしまう。


「今日呼んだのは2つ。まずはパスカ龍王国からの来賓の件、おぬしはとても活躍してくれたと聞いている。ミリステア国民として誇り高い働き、見事であった」
「感謝申し上げます。ミリステア魔王国とパスカ龍王国との友好関係に微々たるものでもお力添えできたのでしたら、これ以上光栄なことはございません」
「リアム王太子もフィクス王女もとても満足されていた。何度も来訪しているが特に今回は良き出会いに恵まれたとな」


ずいぶん評価していただいているようだ。
パスカ龍王国はミリステア魔王国よりもずっと強国、関係悪化は国の安定が危ぶまれるほどの一大事になる。
ほっとした。何とか乗り切ったようだ。


「もったいないお言葉でございます。ただの薬師であるわたしのような存在にもお声がけくださったリアム王太子、フィクス王女には暖かいお心遣いをいただきました」
「そうかそうか。また来訪の際はおぬしの働きに期待していよう」
「ありがとうございます」

「今回のおぬしの活躍、何か褒美を……と思っていたのだが、ここからが2つ目の話だ」


カーン陛下がひとつ咳ばらいをすると、わたしの瞳をしっかりと見て口を開いた。



「功績を認め、おぬしに特例で『1級魔法薬師』昇格試験を執り行うことにした」



昇格試験!?
思わず陛下からミカルガさんに視線を移した。
わたしは2級の最上位資格を取って1年半しか経っていない。あまりの異例な話の場にミカルガさんがいるということは、この話を了承したということだ。
こちらの視線に元薬師院 院長は返してくれることはなく、目を伏せたままだった。


「わたしが、昇格試験でございますか?」
「そうだ。1級魔法薬師の資格は同格の魔法薬師の承認、および薬師院 院長の承認をもってわしが選任する。具体的な試験内容はないからの。今回はおぬしのために特別な試験を準備した」


わたしの長年の夢。1級魔法薬師。
かつで命を救ってくれたリズ・テラー1級魔法薬師のように人々を救うヒトになりたいと願って努力し続けてきた十数年。
最大のチャンスが降ってきた。しかもこんなに早く。
身体が震える。


「期限はない。どのくらいかかっても構わない。やってみるか?」
「……はい。ぜひお願いいたします」


悩む理由はない。試験内容が気になるけれど、やらない選択肢はない。
わたしの声に、隣にいるクリード殿下が少し震えた。


「よく言った。それでは委細はラジアンに頼もう」
「はい、父上」


コツ。と静かな間に響く靴音。
見上げればラジアン殿下がわたしににこりと笑いかけてきた。
あらためて簡易な一礼をして顔を上げると、絹のような金色の髪を揺らして、それはそれは楽しそうないたずらっ子にそっくりの表情が目に入る。


「薬師院 院長の代理として試験内容を伝えよう」


……院長の代理で王太子が出てくることってあるのかな?


「『ユーファステア侯爵家にいる5人のご令嬢たちの願いを叶えること』、これが君の1級魔法薬師を認める試験内容だよ」
「願いを……叶える……?」


一瞬停止した思考を無理やり呼び起こす。掌に爪が食い込んだ。
今度はちらりとローレンス様を見る。
驚愕していた。それはもう目をまんまるくしている。
隣の侯爵はご存じだったようだ。表情も白い豊かな髭も動きがない。


「ちょうどかのご令嬢たちはそれぞれ悩みがあるようでね。君の薬師としての力で解決してもらいたいんだ」
「そう、ですか」
「といっても!君が直接ユーファステア侯爵家のご令嬢たちに会うだけでも何年かかるかもわからないだろうから、周りの協力は自由に得て良いとしよう。調合に必要な素材や助言も受けて良い。常識的な範囲内で挑んでくれれば問題ないよ」


随分と良い条件に見えるけれど、ご令嬢たちの悩みによってはかなり時間が必要かもしれない。
そのための好条件であれば油断はならないだろう。
なにせ1級魔法薬師の資格は国が認めた最高位、そう簡単に得られるわけがないし、得られるべきではない。


「かしこまりました」
「まあ、誰の助けを得ても良いとは言ったけど……クリード、君はどうするんだい?」


え?
クリード殿下が助けてくれることを当たり前だとうっかり思い込んでた自分を恥じつつ、隣を見上げる。
口を開く様子が全くない。

明らかに様子がおかしい。
殿下、どうしてしまったのだろう?


「……私は」


ようやく言葉を口にしたけれど、その続きが出てこない。
いくら父親でも国王の御前、問題はないのかとはらはらしてきた。
袖でも引っ張ってみたいけれど、わたしから触れることは不敬だ、許されない。

伸ばした手を空中でふらつかせていると、ラジアン殿下が軽い笑い声を漏らしてこちらに近づいてきた。

クリード殿下の肩に手を置くと、王太子は意地の悪い笑みを浮かべる。


「早く結婚したかっただろうに、残念だなあクリード」
「けっ!?」
「ぶっ、メイシィ嬢いい反応だあ」


結婚!?いったい何の話!?
思わず上げてしまった声を両手でひっこめた。全然間に合っていない。


「安心しろ~僕は応援しているんだ~ちゃんと助けるさ、ね?」
「兄上……」
「でもまあ。メイシィ嬢が『クリードの願い』と『自分の夢』どちらを選ぶかは見物《みもの》だね」


どちらを選ぶ?いったいどういうことなのだろう。
クリード殿下がわたしとの将来を考えてしまっているのは……まあ、残念ながら鈍感ではないので至極当然と思ってしまうけれども。


「メイシィ嬢に補足するとね。一般国民階級の人間が1級魔法薬師になれば、一代貴族の爵位を叙《じょ》されるんだ。ただし爵位は男爵。王族との地位が釣り合わないどころか他家の養子になれなくなるから、結婚は厳しくなるのさ!」
「っ」


なるほど。クリード殿下の異変の原因は、事前にそのことを知らされたからか。
確かに最下位の男爵じゃ批判されるだろうし、妖精に愛され様々な災害を起こしかねないクリード殿下が、王族を抜けることなどできるはずがない。



「そうですか……」


とりあえず返事をするに留めることにした。
どちらの感情にしろ、今のわたしが個人的な意思を示すべきではないだろう。



「メイシィ嬢」


カーン陛下の声が聞こえて視線を戻せば、穏やかなおじいさまの姿をした国王は優しい声を響かせた。


「詳しいことはユーファステア侯爵家に委《ゆだ》ねている。彼らから委細を聞くと良い。
おぬしの活躍、期待している」


今回はここで終了とする。下がるが良い。

ラジアン殿下は楽しそうな表情のまま、ローレンス様は驚いた表情のまま、そしてクリード殿下は沈んだまま。
多くのわだかまりを残して謁見を終えることになった。



「メイシィ、1時間後にクリード殿下の執務室で会おう」


退出後、ローレンス様の言葉にわたしは頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...