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第6章 隣国兄妹と嫉妬王子に挟まれ薬師

第2話 日常から未来を紡ぐ

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「リズ1級魔法薬師のように、わたしはたくさんの種族と人々を救う薬師になりたいんです」
「そうか。君は眩しいな」
「眩しい、ですか?」


外の暑さを知らず、いつも変わらない湿気のある温室。
その奥にある白いテーブルを挟むわたしとリアム殿下の間にも、温かい日差しが降り注ぐ。
その光の下、殿下は爽やかな笑顔で目を細めた。


「生い立ちに構わず、自分の望む道を行く。とても、いいことだと思う」
「リアム殿下?」
「俺は生まれたときから第一王子として生きてきた。
時折思うんだ。自分なりに進んできたと思ってきたのに、実は敷かれた道を走っているのではないか、と」


王族は生まれる前から特別な人生が決まっている。
家を飛び出して市井に染まって生きてきたからこそ、貴族という地位の特殊さがよくわかる。
侯爵家だってそうなのだから、王族となればどれだけ特別で、窮屈か。
思わずリアム殿下の人生を想像していると、ふふ、と笑い声が聞こえた。


「君がそんなに思い詰めることはないよ。でも嬉しいな、ありがとう」
「いえ……」
「君はとても優しい女性だ。美しくも可憐で優しい。君はどれだけ魅力的になれば気が済むのか……恐ろしいね」


はいいい?
……待て待て、落ち着けわたし。
これは文化だ!

わたしは世界一の多種族国家ミリステア魔王国の魔法薬師だぞ、異文化を受け入れず何を受け入れる!


「あの、それなら想像だけでも王子の道から外れてみるのはどうですか?」
「想像?」
「はい、例えば、ひとりの一般国民だったら何がしたいですか?」
「国民か……そうだな……」


想像するだけなら誰だって許される。
王子だって例外ではないはず。
わたしの提案に思いの外真剣に乗ったリアム殿下は、はっと思いついたように顔を輝かせた。


「カフェを経営したいな」
「か、カフェですか?」


意外な答えが出てきた。
そうだ。と頷く殿下の瞳は楽しそうにキラキラしている。
隣国が発祥の、特別な飲み物を販売する憩いの場、カフェ。
ここ数年でミリステアにもパスカにもたくさん出店されているというお店のことだ。


「最近コーヒーを淹れる練習をしているんだ。
俺だけの一杯を作って、振る舞う。うん、楽しそうだ」
「いいですね。そのコーヒーを飲みながら薬草の本を読みたいです」
「うーん、君はお客さんというより、従業員がいいな」
「え、そっちですか?」

「ああ、俺がコーヒーを入れて、君はコーヒーに合う薬草のお菓子を作る。良いと思わないか?」
「ええ、お菓子とコーヒーはよくあるセットですから」


わたしが肯定すると、リアム殿下は屈託のない笑顔を見せてくれた。
竜人族は最強と謳われ強い誇りを持つ民族。きっぱりと意思を示す傾向があると聞いたけれど、こんなに柔らかな表情をするとは思わなかった。
特別な感情は見てとれないけれどむず痒い視線だ。


「君が俺のコーヒーに合うお菓子を作ってみる。俺が君のお菓子に合わせておいしいコーヒーを作る。
はは、想像するだけで楽しそうだ」
「そ、そうですか……?」

「ああ、だって、おいしいものが作れたら、君はまた美しい瞳を輝かせてくれるだろ?」


………。
いや、だから文化だ。落ち着けメイシィ。
わたしに対して言ったわけではない。いや、わたしに対して言ったんだけれど。
そう、そうだ、女性は褒め潰すものだと思っているからこうやってリップサービスしているだけ、サービスが過剰なだけだ。
落ち着けメイシィ!


「ええと、そうかも、しれないですね?」


わたしの微妙すぎる反応に、リアム殿下は何も気にせず爽やかな笑顔を見せつけてきた。
やっぱり王族はすごいな。

わたしも貴族の一員だったなら、耐性があったのだろうか。
別に、だからといってそういう地位はいらないけど。



――――――――――――


その日の夕方、ところ変わって、いつもの薬師院、いつもの作業室。
マルクスとふたりでせっせとポーションの瓶詰めをしている。

パスカからの来訪者が帰国してすぐ、騎士団が遠征に向かう予定があった。
ミリステアの国境近くに大量の魔物が確認されたため、早めに叩いてしまおうとしているらしい。
街中に降りてくる前に駆除は必須だけれど、国として国境を越えて被害が出れば国際問題になりかねない。
人には住みにくい地帯でもぬかりなく対処する、それが各国友好の秘訣なのだろう。

ということで、壺に並々に入った緑色のそれをろ過する薬師、冷ます薬師、瓶詰する薬師、そして箱に並べていくわたしの4人体制で作業を進めていた。


「今度はパスカの王太子に絡まれてるんだって?」
「マルクス言い方!……まあ、そうだけど」
「いいじゃん、今消音魔法陣の中なんだし」


わたしは小瓶を3つまとめて並べながら、足元に刻まれた魔法陣を眺めた。
ガラスに木箱がぶつかり合う音は意外と部屋中に響く。周りに配慮したマナーというやつである。


「今日も午前中お会いしたよ。お茶もした」
「え!なんか遅いなあと思ったらそういうことだったんだ」
「そうだ。聞いてマルクス、ついにリーファの蜜のクッキーが出来上がったの!」
「……ちょっと待って」


一瞬止まる瓶詰め作業。マルクスの手先が器用なばかりに受け渡しが早すぎて、必死だったわたしはつかの間の安息を得る。


「今その話が出たってことは……王太子に食べさせた?」
「うん」
「え?」
「え?」
「え?ほんとに?手作りを?王族に?」


思わずろ過係と冷やす係の同僚が反応する。
マルクスはものすごい勢いで後ろを振り返った。そこにはミカルガさんが黙々とペンを走らせている。


「もちろん毒見したあとだよ!?」
「ワタシ心配してるのそこじゃないけど」
「え?」


冷やす係の薬師、ヒューマンのミロクさんが黒い髪を揺らしてこちらを見た。
長時間展開しっぱなしの氷魔法は微塵もぶれない。流石ベテランだ。
頭に輝いている簪《かんざし》のつけ方を教わった先生でもある。


「もしかしてどこかでクリード殿下のお耳に入らないかしら?」
「ああ……うーん、大丈夫だと思うけどなあ」


王族としてご一緒する時間は長いだろうけど、お菓子の話こそすれ、わたしの個人名まで出るとは考えられない。
クリード殿下が恐ろしい察知能力を発揮しない限りは問題ないと思うけど。


「俺、クリード殿下が知って病むに1票」
「マリウス!?」
「ワタシも。メイシィやっちゃったね」
「ええ……」


なんだか信頼のおける仲間たちに口を揃えて言われると、心配になってきた。
あのパスカの王太子の人となりは掴みきれてないけれど、少なくとも立場上口が軽いお方ではないはず。

問題ないよ、大丈夫だよ、だいじょうぶだよ、ダイジョブ。



「メイシィ」
「……」

「リーファの蜜のクッキー、完成したんだよね?」
「あ……え……」
「もちろん私にくれるよね?」
「そ……あ……」
「出して」
「!」

「出して、出して出して出して出して今すぐに」
「わ、わかりましたから離してください!そ、その、殿下の、ひ、膝の上はちょっと……!」
「出すまで離さない」
「離さないと持ってこれませんが!?」


なにが大丈夫だ3時間前の自分。
ぶん殴ってやりたい。水と氷と雷のトリプルセットでぶん殴ってやるんだから!


「どうして、どうして私にはくれないんだ、なぜいじわるをするんだ……。いつもの可愛いいたずらじゃ済まされないよメイシィ。蜜をあげたのは私なのに」
「そ、そんな、いじわるなど……!?」

「ああ、もういい、メイシィが優しくしてくれないこの世界なんてどうでもいい……」


クレアが顔面蒼白でトレーを落とした。
散らばる最高級ミミィ茶、割れる最高級カップとソーサー。

そして鳴り響く大音量の稲妻。


「申し訳ございませんでした……!今すぐ、今すぐ持ってきますからーーーーーーー!!」
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