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第5章 隣国王子と病み王子とクッキー薬師
第1話 隣国から来客が来るらしい
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「メイシィ、君も聞いたかい?」
ある日のお昼。
数度目の薬師院への突撃を成功させたクリード殿下は、早めのお昼を食べるわたしの姿をそれは楽しそうに眺めながら言った。
お昼に来たってことは、夕方は時間が取れないってことかな。
そうすれば今日会うのは今回限りの可能性が高い。うん、残業できそう。
なんてことを考えていたわたしは、何もピンと来なかったので「いいえ」と首を振って返した。
「パスカ龍王国から王太子が我が国に滞在することになったんだ」
「パスカ……隣国の王子、ですか……」
パスカ龍王国。
龍と人の2つの姿を持つ竜人族が統治する、この世界でもっとも影響力をもつ国だ。
魔族の中でも魔力、戦闘力において最強を誇る竜人族は、同族で集まる傾向があって、他国に住む人は多くない。
だからか、わたしは遠くから眺めるくらいでしか見たことがなかった。
「確か、パスカ龍王国の王子は幼少期からご友人でいらっしゃる、と伺ったことがございますが」
「ああ、そうだよ。私たち兄弟と、パスカの兄妹は幼馴染と言っても良い関係だね」
「そうでしたか」
食後の紅茶を飲んで、ほっと一息つく。
王族のあれやこれやなんて使用人たちの噂レベルでした知らなかったから、ある意味当人から聞けるのはなかなかすごいな。
内容は噂みたいだけど、本当の話だもんね……。
「であれば、お会いするのが楽しみですね。どのくらいの期間滞在されるのですか?」
「1か月だよ」
「そうですが、しばらく忙しくなりそうですね」
「………」
クリード殿下のカップを持つ手が止まった。
一挙一動に敏感になっているわたしと、部屋にいるミカルガさんは、表情に注視する。
これは、『病む』か?
ことあるごとに繰り返されるそのスイッチとその後の展開に、だんだんと慣れてきた自分が恨めしい。
しかし、殿下の表情はいつもと違い、悲しそうなものだった。
「そうなんだ……。忙しくなるから、なかなか君と話をする時間が取れなさそうでね」
よっしゃ。
おっと、表情は出さないようにしないと。
「大切なご公務ですから、お気を落とさないでください」
「まあ……そうなんだが……」
あ、そういえばこういう時に良いセリフがあったな。
前にクレアが「勉強しなさい」って渡されたロマンス小説に似たようなものがあったような。
「安心してご公務に集中してください。
わたしはいつでもここでお待ちしております、クリード様」
「メイシィ……!」
カチャ、と珍しく音を立てて置かれるカップ。
そこから離れた手はまっすぐにわたしに差し伸べられ、手を掴まれた。
「必ずやり遂げてみせよう。そして終わったらまた、私とお茶をしてくれるかい?」
「ええ、もちろんです」
「そうか、そうか!ああ、健気に待ってくれるとは……本当に君は素直で可愛らしいな!」
「え、あ……りがとうございます?」
「だが、少々不安だな」
「え?」
わたしから片手を離し、顎に触れて考え込む殿下。
「会わない間に例のエルフとまたデートをしてしまう可能性もある……街で新たな出会いもあるかもしれないしな、薬草の採取や調合で誤って怪我をしてしまう可能性も捨てきれない……また危険な近道を歩いて万一のことがあったら……ああ、やっぱり無理やりにでも時間を作って……いやむしろ私室の近くに部屋を用意させるか?それもいいかもしれ」
ガチャ
「殿下、お時間です」
「クレアか、もうそんな時間だったか」
いつも通りの良いタイミングで扉が開いてメイドのクレアが入ってきた。
ノックがなかったがミカルガさんが無音で受話器を仕舞ったのを見てしまったので、気にしないことにする。
「では、また会おうね、メイシィ」
「はい、また」
ソファから立ち上がって一礼。
顔を上げるころにはもう、扉が閉まるところだった。
「聞きました?ミカルガさん」
「ああ、聞いた。しばらく君の副業もお休みだな」
「はい、そうですね」
2人しかいない空間で互いの顔を見て、ニヤッと笑う。
しばらく、少なくともこの1か月は同じ時間に退勤して嵐を待ち構える必要はなさそうだ。
業務外で進めてみたい研究もあったし、自由にできそうだ。
と、つかぬ間の自由も、あっという間に終了した。
3日後。
珍しくクレアが1人で薬師院のわたしたちの部屋を訪ねてきた。
「メイシィ、お願いがあるの」
「なあに?」
「殿下にお菓子を差し入れてくれないかしら」
「ん?お菓子?」
「ええ、あなたよく薬草でお菓子作りしているでしょ?少し分けてくれないかしら。
できれば毎日、いや、3日に1回でいいから」
曰く、クリード殿下は想像以上に予定が詰め込まれているらしく、早くも疲労が溜まり始めているという。
甘味で少しでもリラックスしてもらおうと思案したけれど、あまり甘いものが好みじゃない殿下に合うお菓子がなく、どうせならわたしが作る薬草のお菓子であれば丁度いいだろう、むしろ元気百倍だろう、という考えらしい。
まあ、作るのは好きだから、そのくらい、いいか。
わたしは承諾して、さっそく翌日に作ったクッキーをクレアに渡した。
そう、これが今回の原因だった。
クッキーを渡した更に翌日。
しとしと降る雨の日。
突然弾かれたように音を立てて開く扉。
ミカルガさんとマリウスとわたしが驚いて来訪者を見れば、
クレアではなく息を切らした護衛騎士のアンダンさん。
「メイシィ殿!今お時間を頂戴することは可能だろうか!?」
「え!?あ、はい!大丈夫ですけども」
「クリード殿下が……殿下が……『病み』ました……!」
「「えええええええ」」
朝は晴れてたのにと思っていたら、この雨は殿下かっ!
わたしは慌てて薬師院を後にする羽目になった。
ある日のお昼。
数度目の薬師院への突撃を成功させたクリード殿下は、早めのお昼を食べるわたしの姿をそれは楽しそうに眺めながら言った。
お昼に来たってことは、夕方は時間が取れないってことかな。
そうすれば今日会うのは今回限りの可能性が高い。うん、残業できそう。
なんてことを考えていたわたしは、何もピンと来なかったので「いいえ」と首を振って返した。
「パスカ龍王国から王太子が我が国に滞在することになったんだ」
「パスカ……隣国の王子、ですか……」
パスカ龍王国。
龍と人の2つの姿を持つ竜人族が統治する、この世界でもっとも影響力をもつ国だ。
魔族の中でも魔力、戦闘力において最強を誇る竜人族は、同族で集まる傾向があって、他国に住む人は多くない。
だからか、わたしは遠くから眺めるくらいでしか見たことがなかった。
「確か、パスカ龍王国の王子は幼少期からご友人でいらっしゃる、と伺ったことがございますが」
「ああ、そうだよ。私たち兄弟と、パスカの兄妹は幼馴染と言っても良い関係だね」
「そうでしたか」
食後の紅茶を飲んで、ほっと一息つく。
王族のあれやこれやなんて使用人たちの噂レベルでした知らなかったから、ある意味当人から聞けるのはなかなかすごいな。
内容は噂みたいだけど、本当の話だもんね……。
「であれば、お会いするのが楽しみですね。どのくらいの期間滞在されるのですか?」
「1か月だよ」
「そうですが、しばらく忙しくなりそうですね」
「………」
クリード殿下のカップを持つ手が止まった。
一挙一動に敏感になっているわたしと、部屋にいるミカルガさんは、表情に注視する。
これは、『病む』か?
ことあるごとに繰り返されるそのスイッチとその後の展開に、だんだんと慣れてきた自分が恨めしい。
しかし、殿下の表情はいつもと違い、悲しそうなものだった。
「そうなんだ……。忙しくなるから、なかなか君と話をする時間が取れなさそうでね」
よっしゃ。
おっと、表情は出さないようにしないと。
「大切なご公務ですから、お気を落とさないでください」
「まあ……そうなんだが……」
あ、そういえばこういう時に良いセリフがあったな。
前にクレアが「勉強しなさい」って渡されたロマンス小説に似たようなものがあったような。
「安心してご公務に集中してください。
わたしはいつでもここでお待ちしております、クリード様」
「メイシィ……!」
カチャ、と珍しく音を立てて置かれるカップ。
そこから離れた手はまっすぐにわたしに差し伸べられ、手を掴まれた。
「必ずやり遂げてみせよう。そして終わったらまた、私とお茶をしてくれるかい?」
「ええ、もちろんです」
「そうか、そうか!ああ、健気に待ってくれるとは……本当に君は素直で可愛らしいな!」
「え、あ……りがとうございます?」
「だが、少々不安だな」
「え?」
わたしから片手を離し、顎に触れて考え込む殿下。
「会わない間に例のエルフとまたデートをしてしまう可能性もある……街で新たな出会いもあるかもしれないしな、薬草の採取や調合で誤って怪我をしてしまう可能性も捨てきれない……また危険な近道を歩いて万一のことがあったら……ああ、やっぱり無理やりにでも時間を作って……いやむしろ私室の近くに部屋を用意させるか?それもいいかもしれ」
ガチャ
「殿下、お時間です」
「クレアか、もうそんな時間だったか」
いつも通りの良いタイミングで扉が開いてメイドのクレアが入ってきた。
ノックがなかったがミカルガさんが無音で受話器を仕舞ったのを見てしまったので、気にしないことにする。
「では、また会おうね、メイシィ」
「はい、また」
ソファから立ち上がって一礼。
顔を上げるころにはもう、扉が閉まるところだった。
「聞きました?ミカルガさん」
「ああ、聞いた。しばらく君の副業もお休みだな」
「はい、そうですね」
2人しかいない空間で互いの顔を見て、ニヤッと笑う。
しばらく、少なくともこの1か月は同じ時間に退勤して嵐を待ち構える必要はなさそうだ。
業務外で進めてみたい研究もあったし、自由にできそうだ。
と、つかぬ間の自由も、あっという間に終了した。
3日後。
珍しくクレアが1人で薬師院のわたしたちの部屋を訪ねてきた。
「メイシィ、お願いがあるの」
「なあに?」
「殿下にお菓子を差し入れてくれないかしら」
「ん?お菓子?」
「ええ、あなたよく薬草でお菓子作りしているでしょ?少し分けてくれないかしら。
できれば毎日、いや、3日に1回でいいから」
曰く、クリード殿下は想像以上に予定が詰め込まれているらしく、早くも疲労が溜まり始めているという。
甘味で少しでもリラックスしてもらおうと思案したけれど、あまり甘いものが好みじゃない殿下に合うお菓子がなく、どうせならわたしが作る薬草のお菓子であれば丁度いいだろう、むしろ元気百倍だろう、という考えらしい。
まあ、作るのは好きだから、そのくらい、いいか。
わたしは承諾して、さっそく翌日に作ったクッキーをクレアに渡した。
そう、これが今回の原因だった。
クッキーを渡した更に翌日。
しとしと降る雨の日。
突然弾かれたように音を立てて開く扉。
ミカルガさんとマリウスとわたしが驚いて来訪者を見れば、
クレアではなく息を切らした護衛騎士のアンダンさん。
「メイシィ殿!今お時間を頂戴することは可能だろうか!?」
「え!?あ、はい!大丈夫ですけども」
「クリード殿下が……殿下が……『病み』ました……!」
「「えええええええ」」
朝は晴れてたのにと思っていたら、この雨は殿下かっ!
わたしは慌てて薬師院を後にする羽目になった。
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