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第4章 薬師と野次師に王子の困惑
第3話 様子が気になる王子様
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ローレンス様の訪問から2日。
気になることはあるものの、殿下もミカルガさんもこの話題に触れてこない。
わたしは不用意に聞けるわけもなく、記憶の奥底に眠らせることにした。
昨日も今日もいつもの仕事。
薬を作っては届け、草を千切ってきては薬を作って届け。
今もそうやって騎士団へ切り傷用の塗り薬をたんまり持って、庭園を横切っている時だった。
「ねえ、あれ見て」
「え?あ、あれって……」
ひそひそと声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、2人の侍女が慌てて箒を動かし始めた。
「あの白い髪、まさかあの人が?」
「本当に真っ赤な目だわ。兎人族そのものじゃない」
わたしのこと?
今度は別のところから声が聞こえて振り向けば、くるりと後ろを向いて3人の侍女が歩き去っていく。
「品位のかけらもないじゃない」
「寝癖ついてるわ、変な人」
え!?どこに!?
思わず頭を撫でつければ、左後ろにぴょこっとハネた一束に気がついた。
は、恥ずかしい。
寝癖が直ってない日はそれなりにあるけれど、大体は生まれつきのくるくるした癖にうまいこと隠せているはずなのに……。
というか、なんでこんなに噂されてるんだろう?
クリード殿下が薬師院を訪れるようになって1年近く、話題になるには遅すぎる。
届け先から戻ったらミカルガさんに聞いてみようかな。
なんてのんきなことを思って戻ってきたわたしに待ち受けていたのは―――――
「はじめまして、メイシィ嬢」
「は、ははは、はじめまして!?」
黒く見えるほど深い青の瞳が穏やかな光を写し、それは今代の妖精使い様のように心理の奥を見透かすよう。
金色の髪色は弟とそっくりだけれど、癖はなく真っ直ぐにきらめいている。
この方の名前など、聞かなくとも誰もが知っている。
「ごごご、ご挨拶申し上げます、ラジアン殿下」
「ああ、急な訪問ですまないね~」
ラジアン・ファン・ミリステア。
現国王の長子であり、この国の次代の歴史を担う王太子であらせられるお方だった。
――――――――――
ラジアン殿下の薬師院の訪問は、どこぞの側近と同じように突然のものだったという。
わたしがあちこち歩きまわっている間にミカルガさんへ一報が入り、その場にいた者は大慌てで部屋を用意し、わたしを待ちわびていたのだとか。
院に帰った瞬間に何十人もの目線がこちらを向いたときは、正直心臓が止まるかと思った。
それから今もそれがどくどくと緊張で大暴れしている。
「ローレンスが突然君を訪ねたと聞いてね。しかもクリードと軽い口喧嘩をしたんだって~?」
「は、はい!幼馴染らしくやりとりされていたようでございました」
「ふふ、そうかそうか~」
クリード殿下より可愛らしい顔をふにゃりとさせるラジアン殿下。
無力で弱そうなふんわりした雰囲気は王族らしい厳格さとはかけはなれているけれど、わたしは背中にだらりと汗が垂れた。
実はこの王太子、正直に言うと『冷酷』と『賞される』ほど優秀で近寄りがたい人物として有名だ。
子供のころから苦手分野がなくすべてにおいて完璧で、王族としての立ち振舞いや責務も十分に理解し人心を掴むことがとても上手い。
貿易で大規模な武器横領が発覚し隣国と関係が悪化してしまったとき、若干12歳で相手国の王と交渉を重ね、代々の為政者たちが苦労してきた巨大密売組織の制圧と主犯格の無条件引き渡しと武器を素材化にすることで、最終的に円満和解した話なんてあまりにも有名すぎる。
その罰則対象には建国以来の公爵家もいたが、女子供や種族も問わず、一切の情をかけず処刑を命じたことで『冷酷』たが『賞される』お方となった。
強大な権力だけでなく数多の権力者を味方につける王太子。
まさに、この方が『カラスが白』と言ったら白になる。
そんな人を前にして、緊張せずにいられるか。
いや無理。
「同じことをしている僕が言うのもなんだけど、ローレンスが失礼したね~」
「いえ!ご連絡いただけましたらこちらからお伺いしますのに、ご足労いただき申し訳なく思っております」
「彼にはね、君が貴族たちから無意味に注目を浴びるのはよくないから、会いにいくべきではないと言ったんだよ。でも最近の君の話を聞いて飛び出していってしまってね~」
「わたしの話ですか?」
「うん、クリードが白と赤のハンカチを持っていたって話」
ハンカチ?
全く知らない話に思わず首をかしげると、ははは!と声を出して笑うラジアン殿下。
真っ直ぐな金糸がさらりと揺れ、思わずじっと見てしまった。
「この前の……フィオレスト家のお茶会だったかな。そこでクリードが出したハンカチが話題になっているのさ。ま、クリードが持っているものはたいてい流行るからそこは違和感ないんだけどね」
どれだけ人気なんだクリード殿下。
流行ってこうして作られているのか……なんて、感心してしまいそうだ。
「その柄がね、『白地で四隅に小さい赤い花がついている』だけの質素なものなのさ。
まるで、雪から覗くあかーーいうさぎの瞳のように、ね」
「あ……」
白い色に赤い色、侍女たちがそう噂をしていた理由がわかった。
「そう……でしたか……ハンカチにされたのですか……」
「うん、間違いなくハンカチだ」
頭を抱えそうになった手を膝の上に縫い付けて、わたしは首を振る。
ふと視線を感じて顔を上げれば、金糸の隙間から鋭い瞳と繋がった。
びくっと反応してしまう。
その姿に何かを思ったのか、殿下は目を細めて穏やかに笑ってみせた。
「君は貴族文化のあれこれを知らないだろうから特別に教えてあげよう。
貴族の贈り物には意味をもたせることが基本的でね、特に夫婦や恋人、意中がいるときは相手の髪の色と瞳の色を使うことが多い。
ここで質問、相手の色を使うときによく選ばれる贈り物の種類はなんだろう?」
「……ネックレスなどの装飾品と聞いたことがあります」
正解!とラジアン殿下は嬉しそうに笑った。
大げさに広げた腕を組むと、今度はニヤリと顔を歪める。
ずいぶんといろんな笑顔を持ってる方だ。
「なぜ装飾品が多いかというと、最も注目を集めやすいから思いが伝わりやすいし、貴金属に使えば何度でも身に着けられて物持ちがいい。
なのにクリードは地味だし消耗品に近いハンカチを選んだのか……」
長い足がゆっくりと組まれた。
「貴族たちは気づいたのさ、『公表できない秘めたる想い』を『身近な品』に込めて持ち歩くほどの『白と赤の人物』がいることにね」
うわあ。
思わず口に出しそうになったが何とか飲み込んだ。
この1年近くですっかり身に着けたスキルは今日も調子が良いらしい。
ただ、交渉上手な王太子にはわずかな表情の変化もお見通しのようだ。
クスクスといたずらっ子のような顔をした。
「君とクリードの件は王宮でも有名だったけど、今回の件でついに多くの貴族に知られることになったわけだ。
四方八方に口止めしていたミカルガ殿の努力が水の泡だね~」
「そ、そうでしたか……」
ミカルガさんには後で肩こりの湿布を持っていこう。
今日採った薬草の中で一番品質のいいのを揃えて全力で作ろう。
それはそうと、そのお茶会が噂の原因であることは十分にわかった。
「それでローレンス様がいらっしゃったのですね」
「そうだよ。そして僕が来た理由でもある。
自分の大切な家族が夢中になる相手はどんな人か、とね」
様々に変わっていくその表情。
初めてお会いしたにもかかわらずたくさん見てきたのに、この氷のように冷たいそれはとてもじゃないが同一人物に見えなかった。
ピリッと背中に雷の魔法が当たったような気分だ。
正直、怖い。
「……あのクリードが夢中になる女性だ。さぞ見目も心も美しい女性なんだろうと思ったけど、君は普通の女性なんだねえ」
普通の女性。
わたしはそうあらんとして薬師として生きてきた。
なのに喜びなどすこしも感じない。
きっとそれは、この目の前の人がそういう意味で言わなかったからだろう。
「君はクリードのこと、どう思っているの?」
「っ」
嫌でも察してしまう、そこまでわたしは鈍感ではない。
『王族に気を持たれた意味をわかっているのか?』
つまり彼はそういうことを言いたいのだ。
クリード殿下と関係を持ち続ける覚悟と度胸を見極めたいんだろう。
でも、是も否も言えるわけがない。
「わたしは……」
一般階級と王族の恋愛なんて、成就するのは本の中だけなのだから。
「……なるほどね」
全てを見通した言葉に、ズキリ、と強い痛みを感じた。
気になることはあるものの、殿下もミカルガさんもこの話題に触れてこない。
わたしは不用意に聞けるわけもなく、記憶の奥底に眠らせることにした。
昨日も今日もいつもの仕事。
薬を作っては届け、草を千切ってきては薬を作って届け。
今もそうやって騎士団へ切り傷用の塗り薬をたんまり持って、庭園を横切っている時だった。
「ねえ、あれ見て」
「え?あ、あれって……」
ひそひそと声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、2人の侍女が慌てて箒を動かし始めた。
「あの白い髪、まさかあの人が?」
「本当に真っ赤な目だわ。兎人族そのものじゃない」
わたしのこと?
今度は別のところから声が聞こえて振り向けば、くるりと後ろを向いて3人の侍女が歩き去っていく。
「品位のかけらもないじゃない」
「寝癖ついてるわ、変な人」
え!?どこに!?
思わず頭を撫でつければ、左後ろにぴょこっとハネた一束に気がついた。
は、恥ずかしい。
寝癖が直ってない日はそれなりにあるけれど、大体は生まれつきのくるくるした癖にうまいこと隠せているはずなのに……。
というか、なんでこんなに噂されてるんだろう?
クリード殿下が薬師院を訪れるようになって1年近く、話題になるには遅すぎる。
届け先から戻ったらミカルガさんに聞いてみようかな。
なんてのんきなことを思って戻ってきたわたしに待ち受けていたのは―――――
「はじめまして、メイシィ嬢」
「は、ははは、はじめまして!?」
黒く見えるほど深い青の瞳が穏やかな光を写し、それは今代の妖精使い様のように心理の奥を見透かすよう。
金色の髪色は弟とそっくりだけれど、癖はなく真っ直ぐにきらめいている。
この方の名前など、聞かなくとも誰もが知っている。
「ごごご、ご挨拶申し上げます、ラジアン殿下」
「ああ、急な訪問ですまないね~」
ラジアン・ファン・ミリステア。
現国王の長子であり、この国の次代の歴史を担う王太子であらせられるお方だった。
――――――――――
ラジアン殿下の薬師院の訪問は、どこぞの側近と同じように突然のものだったという。
わたしがあちこち歩きまわっている間にミカルガさんへ一報が入り、その場にいた者は大慌てで部屋を用意し、わたしを待ちわびていたのだとか。
院に帰った瞬間に何十人もの目線がこちらを向いたときは、正直心臓が止まるかと思った。
それから今もそれがどくどくと緊張で大暴れしている。
「ローレンスが突然君を訪ねたと聞いてね。しかもクリードと軽い口喧嘩をしたんだって~?」
「は、はい!幼馴染らしくやりとりされていたようでございました」
「ふふ、そうかそうか~」
クリード殿下より可愛らしい顔をふにゃりとさせるラジアン殿下。
無力で弱そうなふんわりした雰囲気は王族らしい厳格さとはかけはなれているけれど、わたしは背中にだらりと汗が垂れた。
実はこの王太子、正直に言うと『冷酷』と『賞される』ほど優秀で近寄りがたい人物として有名だ。
子供のころから苦手分野がなくすべてにおいて完璧で、王族としての立ち振舞いや責務も十分に理解し人心を掴むことがとても上手い。
貿易で大規模な武器横領が発覚し隣国と関係が悪化してしまったとき、若干12歳で相手国の王と交渉を重ね、代々の為政者たちが苦労してきた巨大密売組織の制圧と主犯格の無条件引き渡しと武器を素材化にすることで、最終的に円満和解した話なんてあまりにも有名すぎる。
その罰則対象には建国以来の公爵家もいたが、女子供や種族も問わず、一切の情をかけず処刑を命じたことで『冷酷』たが『賞される』お方となった。
強大な権力だけでなく数多の権力者を味方につける王太子。
まさに、この方が『カラスが白』と言ったら白になる。
そんな人を前にして、緊張せずにいられるか。
いや無理。
「同じことをしている僕が言うのもなんだけど、ローレンスが失礼したね~」
「いえ!ご連絡いただけましたらこちらからお伺いしますのに、ご足労いただき申し訳なく思っております」
「彼にはね、君が貴族たちから無意味に注目を浴びるのはよくないから、会いにいくべきではないと言ったんだよ。でも最近の君の話を聞いて飛び出していってしまってね~」
「わたしの話ですか?」
「うん、クリードが白と赤のハンカチを持っていたって話」
ハンカチ?
全く知らない話に思わず首をかしげると、ははは!と声を出して笑うラジアン殿下。
真っ直ぐな金糸がさらりと揺れ、思わずじっと見てしまった。
「この前の……フィオレスト家のお茶会だったかな。そこでクリードが出したハンカチが話題になっているのさ。ま、クリードが持っているものはたいてい流行るからそこは違和感ないんだけどね」
どれだけ人気なんだクリード殿下。
流行ってこうして作られているのか……なんて、感心してしまいそうだ。
「その柄がね、『白地で四隅に小さい赤い花がついている』だけの質素なものなのさ。
まるで、雪から覗くあかーーいうさぎの瞳のように、ね」
「あ……」
白い色に赤い色、侍女たちがそう噂をしていた理由がわかった。
「そう……でしたか……ハンカチにされたのですか……」
「うん、間違いなくハンカチだ」
頭を抱えそうになった手を膝の上に縫い付けて、わたしは首を振る。
ふと視線を感じて顔を上げれば、金糸の隙間から鋭い瞳と繋がった。
びくっと反応してしまう。
その姿に何かを思ったのか、殿下は目を細めて穏やかに笑ってみせた。
「君は貴族文化のあれこれを知らないだろうから特別に教えてあげよう。
貴族の贈り物には意味をもたせることが基本的でね、特に夫婦や恋人、意中がいるときは相手の髪の色と瞳の色を使うことが多い。
ここで質問、相手の色を使うときによく選ばれる贈り物の種類はなんだろう?」
「……ネックレスなどの装飾品と聞いたことがあります」
正解!とラジアン殿下は嬉しそうに笑った。
大げさに広げた腕を組むと、今度はニヤリと顔を歪める。
ずいぶんといろんな笑顔を持ってる方だ。
「なぜ装飾品が多いかというと、最も注目を集めやすいから思いが伝わりやすいし、貴金属に使えば何度でも身に着けられて物持ちがいい。
なのにクリードは地味だし消耗品に近いハンカチを選んだのか……」
長い足がゆっくりと組まれた。
「貴族たちは気づいたのさ、『公表できない秘めたる想い』を『身近な品』に込めて持ち歩くほどの『白と赤の人物』がいることにね」
うわあ。
思わず口に出しそうになったが何とか飲み込んだ。
この1年近くですっかり身に着けたスキルは今日も調子が良いらしい。
ただ、交渉上手な王太子にはわずかな表情の変化もお見通しのようだ。
クスクスといたずらっ子のような顔をした。
「君とクリードの件は王宮でも有名だったけど、今回の件でついに多くの貴族に知られることになったわけだ。
四方八方に口止めしていたミカルガ殿の努力が水の泡だね~」
「そ、そうでしたか……」
ミカルガさんには後で肩こりの湿布を持っていこう。
今日採った薬草の中で一番品質のいいのを揃えて全力で作ろう。
それはそうと、そのお茶会が噂の原因であることは十分にわかった。
「それでローレンス様がいらっしゃったのですね」
「そうだよ。そして僕が来た理由でもある。
自分の大切な家族が夢中になる相手はどんな人か、とね」
様々に変わっていくその表情。
初めてお会いしたにもかかわらずたくさん見てきたのに、この氷のように冷たいそれはとてもじゃないが同一人物に見えなかった。
ピリッと背中に雷の魔法が当たったような気分だ。
正直、怖い。
「……あのクリードが夢中になる女性だ。さぞ見目も心も美しい女性なんだろうと思ったけど、君は普通の女性なんだねえ」
普通の女性。
わたしはそうあらんとして薬師として生きてきた。
なのに喜びなどすこしも感じない。
きっとそれは、この目の前の人がそういう意味で言わなかったからだろう。
「君はクリードのこと、どう思っているの?」
「っ」
嫌でも察してしまう、そこまでわたしは鈍感ではない。
『王族に気を持たれた意味をわかっているのか?』
つまり彼はそういうことを言いたいのだ。
クリード殿下と関係を持ち続ける覚悟と度胸を見極めたいんだろう。
でも、是も否も言えるわけがない。
「わたしは……」
一般階級と王族の恋愛なんて、成就するのは本の中だけなのだから。
「……なるほどね」
全てを見通した言葉に、ズキリ、と強い痛みを感じた。
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