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第3章 稀れ人と薬師の病み王子談義
第4話 彼方に残る歴史の残滓
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「クリードからあなたの話はよく聞いているわ」
蔦が集まって作られたような繊細で美しい椅子に座れば、洗練された手付きで淹れられた紅茶が目の前に置かれる。
その香りは鼻孔をくすぐるだけで心を落ち着かせ、飲んでもいないのに美味しさがわかるようだった。
「楽になさって。わたしはかつてそれなりの役割にいたけれど、今はちょっと妖精が見えるだけのただのおばあちゃんよ」
「お心遣いありがとうございます」
どうぞお飲みくださいな。
まとまった白い髪が太陽の光に反射して煌めいている。
所作の1つ1つが見たこともないほど美しすぎて、私は恐縮したまま紅茶を飲む。
緊張で味なんてわからない……と思ったのだけれど、舌に感じる甘い味に思わず驚いてティーカップを覗き込んだ。
おいしい。
砂糖を入れて調整された甘さではなく、茶葉本来の柔らかい甘みというのだろうか。
感じたことのない感覚だ。
いろいろとかけ合わせているのだろうけれど、この甘みはどの草によるものだろう。
こんなに甘味を引き出せるなんて……。
ふふ、と優しい声が聞こえた。
「気に入ったようね」
「! し、失礼しました」
「いいのよ。ふふふ、クリードの言ったとおりね」
殿下の言ったとおり?
生憎キレイなお嬢様言葉が出てこない私は、ただ首を傾げることしかできなかった。
「『魔法薬師』という職業に誇りを持ち、草木を愛し探求心のお高い方。
いち研究者として尊敬している、と」
「お、恐れ多いです。私こそクリード殿下の知識、探究心にはいつも刺激をいただいております」
「それに………ふふふ」
手元に置いた紅茶を見て話していたら、もう一度笑い声が聞こえた。
顔を上げてみればサフィアン様は皺のある白い手で赤い花びらを掴み、遊んでいる。
また花びらが降ってきたようだ。
机の上に数枚散らばるそれを集めながら、サフィアン様はゆったりとした口調で話す。
「夢中になっている姿が愛らしくてたまらない方だ、ともね」
ぶわっと血の気が顔面に集中した感覚がした。
「あらあら、若い子をいじめてしまったようね。老人の悪い癖だわ。
確認の手間が少しだけ省けたのだから、許して頂戴ね」
「手間……ですか?」
「ええ、この花びらよ」
サフィアン様の手はいつの間にか花びらで埋まっていた。
数枚だったはずなのに、少し目をそらした隙に増えたのだろうか。
穏やかな表情でこちらを見つめ、口を開いた。
「ミカルガの言うとおり、これは花の妖精の仕業ね。
クリードの側にいた子たちがあなたにもいたずらしているのよ」
「殿下の妖精が……」
「きっかけはあったはず、そうね?」
少し前にあったミリスリスの件だと思う。
殿下が落ち込んだことで溢れた花びらに埋もれて、思わず笑ったときの話だ。
掻い摘んで聞かせると、サフィアン様は深く頷いた。
「そう。そのときあなたが『笑った』ことがきっかけで、花の妖精たちはあなたに興味を持ったようね」
「笑った、ですか?」
「妖精の特性について、少しばかり老人の長話を聞いていただけるかしら」
自身のティーカップを片手に問われた私は、静かに頷いて『妖精使い』の言葉を待った。
「昔は妖精は人と触れ合うことも、話すこともできたと言われているの。
今は個々を持たない自然に近い存在になってしまったからか
かつて持っていた『感情』に執着している、というのが今の妖精学の通説となっているわ」
蔦が集まって作られたような繊細で美しい椅子に座れば、洗練された手付きで淹れられた紅茶が目の前に置かれる。
その香りは鼻孔をくすぐるだけで心を落ち着かせ、飲んでもいないのに美味しさがわかるようだった。
「楽になさって。わたしはかつてそれなりの役割にいたけれど、今はちょっと妖精が見えるだけのただのおばあちゃんよ」
「お心遣いありがとうございます」
どうぞお飲みくださいな。
まとまった白い髪が太陽の光に反射して煌めいている。
所作の1つ1つが見たこともないほど美しすぎて、私は恐縮したまま紅茶を飲む。
緊張で味なんてわからない……と思ったのだけれど、舌に感じる甘い味に思わず驚いてティーカップを覗き込んだ。
おいしい。
砂糖を入れて調整された甘さではなく、茶葉本来の柔らかい甘みというのだろうか。
感じたことのない感覚だ。
いろいろとかけ合わせているのだろうけれど、この甘みはどの草によるものだろう。
こんなに甘味を引き出せるなんて……。
ふふ、と優しい声が聞こえた。
「気に入ったようね」
「! し、失礼しました」
「いいのよ。ふふふ、クリードの言ったとおりね」
殿下の言ったとおり?
生憎キレイなお嬢様言葉が出てこない私は、ただ首を傾げることしかできなかった。
「『魔法薬師』という職業に誇りを持ち、草木を愛し探求心のお高い方。
いち研究者として尊敬している、と」
「お、恐れ多いです。私こそクリード殿下の知識、探究心にはいつも刺激をいただいております」
「それに………ふふふ」
手元に置いた紅茶を見て話していたら、もう一度笑い声が聞こえた。
顔を上げてみればサフィアン様は皺のある白い手で赤い花びらを掴み、遊んでいる。
また花びらが降ってきたようだ。
机の上に数枚散らばるそれを集めながら、サフィアン様はゆったりとした口調で話す。
「夢中になっている姿が愛らしくてたまらない方だ、ともね」
ぶわっと血の気が顔面に集中した感覚がした。
「あらあら、若い子をいじめてしまったようね。老人の悪い癖だわ。
確認の手間が少しだけ省けたのだから、許して頂戴ね」
「手間……ですか?」
「ええ、この花びらよ」
サフィアン様の手はいつの間にか花びらで埋まっていた。
数枚だったはずなのに、少し目をそらした隙に増えたのだろうか。
穏やかな表情でこちらを見つめ、口を開いた。
「ミカルガの言うとおり、これは花の妖精の仕業ね。
クリードの側にいた子たちがあなたにもいたずらしているのよ」
「殿下の妖精が……」
「きっかけはあったはず、そうね?」
少し前にあったミリスリスの件だと思う。
殿下が落ち込んだことで溢れた花びらに埋もれて、思わず笑ったときの話だ。
掻い摘んで聞かせると、サフィアン様は深く頷いた。
「そう。そのときあなたが『笑った』ことがきっかけで、花の妖精たちはあなたに興味を持ったようね」
「笑った、ですか?」
「妖精の特性について、少しばかり老人の長話を聞いていただけるかしら」
自身のティーカップを片手に問われた私は、静かに頷いて『妖精使い』の言葉を待った。
「昔は妖精は人と触れ合うことも、話すこともできたと言われているの。
今は個々を持たない自然に近い存在になってしまったからか
かつて持っていた『感情』に執着している、というのが今の妖精学の通説となっているわ」
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