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第1章 眉目秀麗な第三王子とお仕事一筋薬師
第5話 世界の危機はすぐそこにふわっと訪れる
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陛下に不思議なお願いをされてからもう半年。
わたしの日常はクリード殿下によって一変した。
時には薬師院。
時には敷地内の道端で。
そして時には使用人寮の近くで。
殿下はわたしを元へ現れては、話をして去っていく。
ただそれだけなのに、その裏には確かに世界の危機が迫っていた。
目覚めた瞬間からクリード殿下とお話する羽目になった、その日の午後。
わたしは大きいカゴを片手に巨大な王城の敷地内を歩いていた。
夏用の通気性の高い白衣でも肌寒くなくなってきたな。
そろそろ来ているワンピースも夏仕様にしようかな、なんて考えながらてくてく歩く。
わたしはミカルガさんたちに頼まれて、温室へ薬草の採取に出向いていた。
ミリステア魔王国は、広い。
それを象徴するかのように、この魔王城は王都の4分の1を占める広大な敷地になっている。
というのも、政治や魔法庁といった統治機関だけでなく、王族の住居や国賓の滞在施設から、薬師院のような研究機関などなどたくさんの施設を抱えているからどうしても広くなったらしい。
薬師院の温室だって5つあるし、屋外の畑も広大だし採取して帰ることすら一苦労。
まあ、こういう研究にもお金を使ってもらえるっていうのは、平和な証拠。
文句はないけどね。
温室に到着すると、わたしは専用の茶色い手袋をして1つの花壇と向き合った。
今日の採取はコレクト草とミトコ草。
どちらも薬作りによく使われるため、定期的に採取して補充しておく必要がある。
今日はだいぶ荷物が重くなりそうだ。
はあ、とため息をついてわたしは花壇に足を踏み出した。
――――――――――――――――
ガシャン
2時間ほど経った。
自分しかいない温室に、扉が動く音がした。
温室を管理してくれるおじさんでも来たんだろうか。
入り口に近いところにいたわたしは、振り返るとすぐに来訪者の正体を見ることができた。
「やあ!メイシィ」
「……こんにちは」
それは、朝に会ったばかりのクリード殿下だった。
そのときとの違いと言えば、服装だろうか。
「朝方ぶりですね、クリード殿下。殿下も植物の採取を?」
「ああ、少し調子の悪いものがあってね、様子を見に来たんだ」
朝よりも動きやすそうなシャツとパンツに白衣を着た姿で、殿下はにこりと笑った。
後ろには無表情のクレアが控えている。
土まみれの手袋を外したわたしは、花壇から降りて殿下に近づいた。
「メイシィは薬草の採取かな?」
「はい、コレクト草とミトコ草を」
「なるほど、常備種の補充に来たんだね」
薬草の名前だけですべてを把握した発言。
おお、やっぱりこの方はすごいなあ、と思う。
クリード殿下は、第三王子とは別に、『植物研究者』という顔がある。
主に花や野菜の研究開発をしていて、特に花の知識は年齢の割には相当なものだと聞いたことがある。
だから、彼が温室を訪れるのは、ごく自然なことだ。
後ろにいるメイドの目が死んでいるけれど。
用事があって来たんだ、そういうことに違いない。
決してわたしがここに居ると嗅ぎつけてきた、なんてことはないはずだ、うん。
「調子が悪いものというのは、花ですか?」
「ああ、そうなんだ」
そう言ってクリード殿下はわたしの横を通り過ぎて歩いていく。
やがて草花の間に手を入れたと思うと、鉢植えを抱えて戻ってきた。
「これだよ。『シトリナイト』と名付けた花でね」
それはユリに似た大きい6枚の花弁が特徴の花だった。
その鉢植えからは2輪咲いているが、1つは黄色で、1つは紫色が混じったような深い青色だ。
1つの株で全然違う色の花が咲くなんて、見たことがない。
「調子が良くなったみたいで、よかったよ」
「初めて見る花ですね」
「そうだろう、私が作ったんだ」
「え、クリード殿下がですか?」
「ああ、今度開催される舞踏会で両親が身に着けるためにね」
よくよく見てみれば、黄色は王妃の髪色、深い青色は何となく陛下の瞳の色に似ている。
そのまま伝えてみると、ぱああ、と嬉しそうな表情をされた。
「そうなんだ!黄色の花は父上の胸に、青色の花は母上の髪に着ける予定だよ」
「それはそれは、きっととてもお似合いですね」
花の色を思った通りに操作するのは、かなり難しい。
それをやってのける殿下は天才と言っても過言ないのでは?
ちょっと分野は違うけれど、わたしも日々精進しなければ。
「ところで、メイシィ」
『シトリナイト』だから、シトリン草とタンザナイト草を掛け合わせたのかな。
それともただの宝石の名前から取ったのかな。シトリンって黄色の宝石があったはず。
「この前、街で男と楽しそうに歩いていたと聞いたけど、誰かな?」
あの2つの色素はどうしても混ざり合ってしまうから、自然につぼみごとに分けるような遺伝子を作るっていうのは難しい、魔力で干渉しながら育てたのかな。
……って、
「はい?」
鉢から顔を上げると、いつものにっこりがこちらを見ていた。
あ、これはもしや。
いつもの、アレ?
わたしの日常はクリード殿下によって一変した。
時には薬師院。
時には敷地内の道端で。
そして時には使用人寮の近くで。
殿下はわたしを元へ現れては、話をして去っていく。
ただそれだけなのに、その裏には確かに世界の危機が迫っていた。
目覚めた瞬間からクリード殿下とお話する羽目になった、その日の午後。
わたしは大きいカゴを片手に巨大な王城の敷地内を歩いていた。
夏用の通気性の高い白衣でも肌寒くなくなってきたな。
そろそろ来ているワンピースも夏仕様にしようかな、なんて考えながらてくてく歩く。
わたしはミカルガさんたちに頼まれて、温室へ薬草の採取に出向いていた。
ミリステア魔王国は、広い。
それを象徴するかのように、この魔王城は王都の4分の1を占める広大な敷地になっている。
というのも、政治や魔法庁といった統治機関だけでなく、王族の住居や国賓の滞在施設から、薬師院のような研究機関などなどたくさんの施設を抱えているからどうしても広くなったらしい。
薬師院の温室だって5つあるし、屋外の畑も広大だし採取して帰ることすら一苦労。
まあ、こういう研究にもお金を使ってもらえるっていうのは、平和な証拠。
文句はないけどね。
温室に到着すると、わたしは専用の茶色い手袋をして1つの花壇と向き合った。
今日の採取はコレクト草とミトコ草。
どちらも薬作りによく使われるため、定期的に採取して補充しておく必要がある。
今日はだいぶ荷物が重くなりそうだ。
はあ、とため息をついてわたしは花壇に足を踏み出した。
――――――――――――――――
ガシャン
2時間ほど経った。
自分しかいない温室に、扉が動く音がした。
温室を管理してくれるおじさんでも来たんだろうか。
入り口に近いところにいたわたしは、振り返るとすぐに来訪者の正体を見ることができた。
「やあ!メイシィ」
「……こんにちは」
それは、朝に会ったばかりのクリード殿下だった。
そのときとの違いと言えば、服装だろうか。
「朝方ぶりですね、クリード殿下。殿下も植物の採取を?」
「ああ、少し調子の悪いものがあってね、様子を見に来たんだ」
朝よりも動きやすそうなシャツとパンツに白衣を着た姿で、殿下はにこりと笑った。
後ろには無表情のクレアが控えている。
土まみれの手袋を外したわたしは、花壇から降りて殿下に近づいた。
「メイシィは薬草の採取かな?」
「はい、コレクト草とミトコ草を」
「なるほど、常備種の補充に来たんだね」
薬草の名前だけですべてを把握した発言。
おお、やっぱりこの方はすごいなあ、と思う。
クリード殿下は、第三王子とは別に、『植物研究者』という顔がある。
主に花や野菜の研究開発をしていて、特に花の知識は年齢の割には相当なものだと聞いたことがある。
だから、彼が温室を訪れるのは、ごく自然なことだ。
後ろにいるメイドの目が死んでいるけれど。
用事があって来たんだ、そういうことに違いない。
決してわたしがここに居ると嗅ぎつけてきた、なんてことはないはずだ、うん。
「調子が悪いものというのは、花ですか?」
「ああ、そうなんだ」
そう言ってクリード殿下はわたしの横を通り過ぎて歩いていく。
やがて草花の間に手を入れたと思うと、鉢植えを抱えて戻ってきた。
「これだよ。『シトリナイト』と名付けた花でね」
それはユリに似た大きい6枚の花弁が特徴の花だった。
その鉢植えからは2輪咲いているが、1つは黄色で、1つは紫色が混じったような深い青色だ。
1つの株で全然違う色の花が咲くなんて、見たことがない。
「調子が良くなったみたいで、よかったよ」
「初めて見る花ですね」
「そうだろう、私が作ったんだ」
「え、クリード殿下がですか?」
「ああ、今度開催される舞踏会で両親が身に着けるためにね」
よくよく見てみれば、黄色は王妃の髪色、深い青色は何となく陛下の瞳の色に似ている。
そのまま伝えてみると、ぱああ、と嬉しそうな表情をされた。
「そうなんだ!黄色の花は父上の胸に、青色の花は母上の髪に着ける予定だよ」
「それはそれは、きっととてもお似合いですね」
花の色を思った通りに操作するのは、かなり難しい。
それをやってのける殿下は天才と言っても過言ないのでは?
ちょっと分野は違うけれど、わたしも日々精進しなければ。
「ところで、メイシィ」
『シトリナイト』だから、シトリン草とタンザナイト草を掛け合わせたのかな。
それともただの宝石の名前から取ったのかな。シトリンって黄色の宝石があったはず。
「この前、街で男と楽しそうに歩いていたと聞いたけど、誰かな?」
あの2つの色素はどうしても混ざり合ってしまうから、自然につぼみごとに分けるような遺伝子を作るっていうのは難しい、魔力で干渉しながら育てたのかな。
……って、
「はい?」
鉢から顔を上げると、いつものにっこりがこちらを見ていた。
あ、これはもしや。
いつもの、アレ?
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