破滅少女は溺れない

のゆみ

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第19話 わかった

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 あの赤に染まった教室から、5年が経過した。
 この5年は何もなかった……というわけではないんだろうけれど。でも、ここまで来てみれば、特に変わりはしない日々だったように思う。

 私は相変わらず、何もできない私でしかなくて、ユキの負担を増やし続けているのだろうけれど、でも彼女は変わらない愛を私にくれる。でも、私は未だに彼女の家から一歩もでることはできていない。

 5年が経っても、人が怖いことは変わらない。それどころか今は外すら怖い。この家の外界が、それ自体が恐ろしい。外を感じさせるものが怖い。それは未知で、そして大抵は残酷で私の敵となるものだから。
 けれど、怖いだけが全てではないのだろう。最もらしい理由を言えば、その恐ろしい外界に彼女が行ってしまうことが恐ろしい。今のところは、毎日のように、当然のように帰ってきてくれるけれど、いつ外界に呑まれて、帰って来なくなるかはわからない。いや、それどころか外界に惹かれて、帰って来なくなるかもしれない。私を捨ててどこかへと消えていくかもしれない。

 毎日の見送りの時や、帰ってきた時の彼女についている外の匂いを嗅いだ時に感じるちくりとした痛みを言葉にすれば、そういうことになるのだろう。
 でも、彼女に外に行かないでとは言えない。

 彼女が外に行くのは、恐らく私の、私達の目的である人類殲滅計画のためであることぐらいはわかっている。彼女の言葉を信じるのなら、そういうことなのだろう。共にいる時間を減らしてでも、共通の目的のために行動しているのだろう。そして、その目的の主意志となっている思想の源は私なのだから、外に行かないでとは言えない。

 私も外に出ることができたなら、良かったのだろうけれど。共に外に向かえれば、そんな小さな不安を和らげることができたのかもしれないけれど。でも、それはできない。
 もしかしたら、私はもう二度と外に出ることなどできないのではないだろうか。

 そんな私とは対照的にユキは外へと完全に適応している。元々、彼女は強力な存在で、社会的な地位を築くことなど簡単なことのようだから、当然なのかもしれないけれど。あの学校でも感じていたことだったけれど、彼女は共同体を作る側なのだから、外へ出ても孤独を感じることはないのだろう。

 まぁ、つまるところ。世界はほとんど変わっていない。人類を滅ぼすという共通認識はあっても、未だに世界は十全に顕在している。
 でも、それでも多少の変化はある。時間が経過すれば、私達も年をとり、世界もあり方を少しは変える。魔力の影響か、私の成長は魔力融合以来、止まってしまったけれど。

 彼女は転校した第三学校を卒業し、第四学校へと進学した。そんなことをする必要があるのかは疑問でしかないけれど、彼女がそれをしているのなら、必要な事なのだろう。
 実際、たまに話を聞いてみれば、多くの人との繋がりを作っているようだった。それがどう活かされるのか、具体的にはわからないけれど。でも、そういう人と人の繋がりが権力になることぐらいは知っている。

 彼女はだんだんと忙しくなっているだろうに。私という荷物を抱えたままで、私の願いを叶えるために、毎日を過ごしている。それを私は眺めることしかできない。手伝うことなどできるわけもなく、ただ彼女の家で、彼女の帰りを待つことしかできない。

 私が家でやることは、この家に来てからあまり変わっていないけれど、たまに広域情報網を眺めてみることにした。たまにユキのことも書いてあって、少し面白い。遠い存在になっているようにも感じるけれど。

 でも、最近の話題は戦争のことばかりだったりする。唯一の隣国で、この大陸に存在する2大国の片割れとの戦争。
 明らかに人が制御できる域を超えていそうな魔導兵器と魔法生物の戦いを見ていれば、人類など私達が何もしなくとも滅ぶのかもしれないと考えてはみたけれど、この戦争で起きるのはせいぜい多少の資源の削り合い程度だろう。

 いくら魔導兵器と魔法生物が強力な兵器とは言っても、精々国境付近の街が滅ぶぐらいで、大方の人類は生き延びる。人が戦争に行く時代ではないし、人類を滅ぼすほどの兵器は登場していないのだから。もしも現存する高密度魔力爆弾を全て起爆したところで、どうせ多少の人類は生き延びるだろう。

 あとは、戦争で驚いたことといえば、魔法使いという生物兵器が出てきたこともそうだろうか。それはぼかされてはいたものの、私達と同じ外見で、けれど明確に違う存在なようで、強大な魔力をその身に宿し、戦場で戦っているらしい。

 多分、彼らはユキのような魔力融合体を生み出した研究が元になり製造されたのだろうけれど。魔法があるとはいえ、突然命の危機のある場所にいけるものなのだろうか。それとも、何かしらの命令強制機構でも搭載されているのだろうか。

 魔法と言えば、私も魔法の練習も続けてはいる。多少の成長は見られて、魔力の操作と術式の感知、そして魔法の発動。ここまではできるようになってきた。術式の応用やそれによる魔法の調整はできないけれど。

 私の術式による魔法は、気配遮断魔法というべきものである。
 彼女曰く、周囲の魔力との同調を図ることで、存在を知覚されにくくするとかなんとか。よくわからないけれど、見つかりにくく効果があるのだろう。
 5年前に病院から出るときも、校舎へと侵入する時も、この魔法の効果が軽く発動していたのかもしれない。あの時は、不自然なほどに誰からも見つからなかった気がする。

 まぁ、こんな魔法が使えたところで、ユキの力になれるわけでもないし、最近はあまりちゃんと練習をしているとは言い切れないのだけれど。人に見つからないのなら、外に出られるようになれば、多少は何かができるようになるかとも思ったけれど。でも、私はもう外に出ることすら怖くて。

 それにこの魔法で完全に姿を消せるわけじゃない。どうしても魔力の揺らぎは見えてしまって、魔力感知の得意なものにはばれてしまうだろうと、ユキは言っていた。じっとしていれば、多少はましになるようだけれど、それでもばれるときはばれるだろう。

 その程度の隠蔽性しかないのなら、私が外に出る勇気にはならなかった。もう私はユキ以外の誰かとは関わりたくない。きっと彼らは私へ敵意を持つだろうから。

 でも、時折思う。
 もう人類の殲滅など目指さなくていいのではないだろうか。私が望んだことではあるけれど、今も願っていることではあるのだろうけれど、どうせ無理なのだし、もう全部忘れて、彼女と過ごした方がいいのではないだろうか。
 彼女と共にいる時間は、安息を私に与えてくれる。それが彼女の異様なほどの献身によるものであることは重々承知だけれど、それが途切れることなどないのだから、彼女とそうして恒久の安息の内へと閉じこもっていた方が良いのではないだろうか。

 ……たまにそんなことを考えてしまうけれど、多分、それは無理なのだろう。私にはできないことなのだろう。そういう結論へと帰着するのは、当然と言えば当然な話ではある。

 ユキは止まることができると思う。全てを忘れることぐらいは容易だろう。私が願えば、彼女はきっとただの人として過ごしてくれるはずだ。私と共に。いや、私という足枷を引きずりながら。多分、そうなっても
 けれど、きっと私は止まることはできない。この願いを捨て去ることはできない。今も願っている。願ってしまっている。全てが壊れることを。私が最初から持っていただろう、この怪物性はいくら安息の地にいても消えてはくれない。

 ユキとの日々が愛しくなればなるほどに、同時に全てを壊したくなる。この日々を邪魔する全てを壊したくなる。私の中の怪物を討とうとする世界の者達を、全て殲滅しなくては、私達の真の安息はないのではないかという、恐れが私の破壊衝動を強くする。
 ……いや、多分こんなのは後付けなのだろう。多分、私はただ世界を恨まずにはいられない、そういう質なのではないだろうか。私の外にあるものを恨まずにはいられない。

 そう考えれば、ユキは私の内にあるものと私は認識しているのだろうか。
 私は彼女のことを、どのように思っているのだろう。

 好き、ではあるはずで。
 大切、でもあるはずだけれど。
 愛している、そう断言できるほどの強い意思を私は持っていない。

 彼女は私を愛していると言ってくれるけれど。でも、やっぱりは同じだけの意思を返すことはできないのだろう。それは5年前からわかっていること。それを承知で、彼女は私に全てを与えてくれる。つり合っていない私達の関係はそういうものだけれど。

 私だって愛を語りたい。何かを返したいのだけれど。でも、私にできることはただ彼女の頭を撫でることぐらいで。それ以上のことは何もできないのだから、愛を持ってはいないのではないだろうか。第一、私は愛を知らないのだから、もしも保持していたところで、それが愛だとは気づきはしないのだろうけれど。

 彼女を好きで大切な理由も、所詮は彼女が私に与えてくれるからなのだろう。私は結局そういう人なのだと、自覚はしている。私が愛を知ることはないのだろう。彼女が毎日のように囁いてくれる愛も、それが本当に愛なのかは私は知らない。私の中に、その感情がないから、確かめる手段はない。私は別になんだっていいのだけれど。彼女の一番が私であれば。

 でも、最近の彼女は何かを隠している。
 最初は気づかなかったけれど、毎日のように彼女のことを見て、考えていれば、多少の違和感ぐらいなら掴みとれる。それぐらいしか私のやることなどないのだから。

 一体何を隠しているのだろう。それを暴いていいのだろうか。
 話して欲しいと言えば、話してくれるのだろうけれど。でも、それを暴いた結果、見たくもない何かが現れたらどうすればいいのだろう。暴いて、もしもそれが私よりも大切なものができたというものなら、どうすればいいのだろう。

 もしもそうなら、暴かないほうがいいのではないだろうか。ユキがそれを隠して、私とのこの関係を持続してくれるなら、私がこの違和感に見ないふりをしていれば、これまで通りの安息の生活を過ごせるのだから。

 と、思って、数日を過ごしていたのだけれど。
 でも、そんな不安と恐怖に染まる生活に私が耐えられるはずもない。

「ミリア、最近元気ないよね? 何かあった?」

 その言葉にどきりとする。
 感づいたことに感づかれただろうか。

「ううん。なんでもないよ。元気も、あるつもりだけれど」

 私は平静を装い、ただ軽くて空っぽの笑いを向ける。

「それなら、いいけれど……少し横になっておいたら? もしも病気とかなら不安だし……魔力融合体は病気に対する耐性もかなり強力なはずだから、大丈夫だとは思うけれど……」

 そう不安そうに語るユキの目には私しか映ってはいない。それに安堵して。安堵したことが嫌になる。
 そうも私は不安なのだろうか。いや、それは当然だろう。今の私を定義してくれるものは、彼女からの愛と献身のみなのだから、それが失われるかもしれないと思えば、耐えきれない恐怖が溢れ出る。

「あ、いや。うん。その。本当に。大丈夫。私は、ただ。不安で。その、ユキ。何か、隠しているでしょう? わかるよ。私にもそれぐらい。私だって、ユキのこと見てるんだから。それが、不安な、だけだよ。それだけ……」
「あ……そういうこと……」

 私の言葉を受けて、彼女は白い髪を弄り、気まずそうにしていた。
 もしかして、本当に私を捨てるつもりなのだろうか。私より大切なものができてしまったのだろうか。もし、そうなら私は。

 数舜の時を経て、彼女は意を決したようで、口を開いた。

「ごめんね。不安にさせたよね。言わないくちゃいけないとは思ってたんだけれど、どういえばいいかわからなくて」

 そんな口上から始まり、彼女は驚くべきことを話した。

「私達、そんなに寿命が長くないんだって。あ、いや。別にそんなにすぐは死んじゃわないと思うよ。でも、所詮、魔力融合体って、肉体と魔力の融合状態の維持のために多大な負荷がかかってしまうから、寿命があまり長くは取れないらしいんだ。私はあと10年生きるのは、難しいんじゃないかな」

 そう、彼女は言った。
 残り10年ほどで彼女は死んでしまうと、そう言った。

 私は私が捨てられることばかり考えていたけれど、彼女の隠し事は彼女自身のことで。私を心配させまいと噤んでいる可能性など考慮してはいなかった。それが私の自己嫌悪の引き金を引く。

 同時に、彼女の言った言葉の意味を考えて、けれど、わからなくて、頭の中が上手くまとまらない。
 彼女の言葉を上手く呑み込めない私を置いて、彼女は言葉続ける。

「わ、私は……」
「ミリアも……そうだね、詳しく調べないとわからないけれど、20年ぐらいじゃないかな。ごめんね。私、ミリアを助けたくて、魔力融合を施してしまったけれど、結果だけ見れば寿命を縮めることになってしまって」
「そんなの……」

 そんなのはどうでもいい。私がすぐ死ぬだとか、そんなことは。
 それよりも問題なのは、ユキは私よりも10年も早く死んでしまうということ。
 私を置いて、死んでしまう。それが私には嫌で、受け入れられない。

「私は、私はまた独りになるの……? 独りにするの? 私を置いていくの?」

 孤独の闇が未来に広がる。
 考えていなかったけれど、仮に魔力融合などしていなくても人はいつか死ぬ。もしもユキが先に死んでしまえば、私は独りになる。彼女が本当に最後まで私に愛を注いだとしても。
 彼女が先に死ぬはずがないと思っていた。だって、彼女は特別な人なのだから。でも違った。彼女は私よりも10年も早く死んでしまうなんて。

「やだ。やだよ……私を置いていかないで……」

 言葉を溢す。
 それは独り言に近いものだったけれど、ユキからして見ればただ嘆願に過ぎない。そして彼女は私の願いは大抵聞いてくれる。

 彼女は多少苦々しい顔で私に妙案を唱える。

「……これは、私としては微妙な案なんだけれど。でも、もしもユキが望むのなら、一緒に死んでみる? 人類を滅ぼして、2人きりで、一緒に死んでみるっていうのもできるにはできるけれど……でも、私としては生きて幸せになってほしい。けれど、生きていても幸せになれないのなら、私と死ぬのも選択肢としてはあるけれど……」

 それを聞いたとき、それしかないと思った。
 だから、すぐに頷いたけれど、同時にそんなことはできないと思った。
 私に自死する勇気のないことは、十分に分かっている。何度も死んだ方がいいかと思っても、結局それを先延ばしにすることしかできなかったのだから。
 けれど。なら。

「ゆ、ユキが、ユキが殺してくれるなら……! ユキが私を殺してくれるなら、それで、それなら、一緒に死にたい……」
 
 私の叫びに、彼女は一瞬、心底辛そうな顔をして。
 そして囁く。

「わかった」
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