破滅少女は溺れない

のゆみ

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第17話 全てを捧げる

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 退院手続きは、すでにユキがやってくれていたようで、私のやることはただ荷物をまとめ、外へと向かうことだった。まとめつべき荷物も大したものではないのだけれど。

 しかし、どうにも外は怖い。他者が、見知らぬ他者がたくさんいるところへと向かうなんて。無数の他者が私への敵意を向けてくる可能性を思えば、外に出るのは恐ろしい。

 私はなるべく人には会わないように、外へと向かう。看護師やら医者やらが巡回しているため、それを躱して、通路を歩く。

 ここまで怯える必要がないことは分かっているのだけれど、身体は人を拒絶している。ある一定、人に近づくと、本当に怖くて、泣きたくて、しんどくて、吐きそうになる。

 人込みは避けたかったけれど、大勢の人のいる受付は避けられない。病院の入り口でもあるその受付は、通らずにはいられない。私は人の視線を避けて歩く。なんだか病院の人達も私を見ていないようで助かったけれど。ユキから何か言われているのだろうか。

 なるべく早くいかないとと、先を急ぐ私だったけれど、無視できない言葉は上から聞こえた。

 それは、壁に設置されている情報放送だった。そこには大きな赤文字で、学校が閉鎖されたと報道官は言っていた。そして、その学校は私の通っていたあの学校だった。同時にユキの通っている学校でもある。

 本来なら今は授業中なはずだけれど、生徒は避難をしていて、そして逃げ遅れた人もいるとの話だった。それはかなりの大ごとになっていて、魔力漏れがあって危険とか、魔力爆発の危険がどうとか。魔力汚染がどうとかで、周囲一帯に避難命令がでているらしい。

 それを見たときに、何故か直感した。
 ユキが何かをした。私にはその予感があった。そして既に予感はほぼ確信となっている。

 思えば昨日の彼女の様子は変だった。
 私は走る。いらない荷物を置いて、走り出す。
 急がないと取り返しのつかないことになる気がした。

 なるべく人の少ない道を使い、学校を目指す。近づくにつれ、どんよりとした魔力を肌で感じられるようになってくる。警察か何かによって、侵入封鎖がされていたけれど、私は裏道を使い、それを抜ける。

 学校自体も完全に封鎖され、入ることは難しくなっていた。高濃度魔力対策だろうか。重装備の人達が何やら話している。

 考えなしにここまで来てしまったけれど、高濃度魔力にあてられて私は大丈夫なのだろうか。いや、私も体内魔力濃度は基準値は大きく超過して、魔力汚染されていなくてはおかしいのだから、今更多少の魔力濃度では弊害などないはずだ。そうでなくては、この距離まで近づけば、何かしらの不調が起きているだろうし。

 そう言い聞かせて、裏手の柵をよじ登り、学校へと侵入する。
 久しぶりの学校はこんな緊急事態だというのに、変わらない姿で存在していた。当然のことだけれど、随分とそれは恐ろしいものだった。

 記憶が蘇る。あの時のことが、脳裏を駆け巡る。
 大勢の悪意を。憎しみを。敵意を。

 急激に吐き気が込み上げて、私は味のない病院食を戻してしまう。
 喉を焼くような痛みが、自らの恐れを明確に自覚させる。

 勢いのままにここまで来たけれど、帰ろうかと本気で悩む。またしてもあの時のように攻撃されるのは恐ろしい。恐怖は私の足を雁字搦めにするけれど。

 でも結局私は一歩を踏み出した。

 その時はもう半分以上自暴自棄になっていたのかもしれない。どうにでもなれと思いながら、校舎へと向かう。それに不自然なまでに静かな校舎は、すでにほとんど生徒が残っていないだろうという気持ちもあった。

 魔力が通ってないのか、校舎内は明かりがない。暗がりの中で、日の光だけが、薄く通路を照らしている。不気味な雰囲気だったけれど、それ以上に私の気を引いたのは、強力な魔力だった。

 私でも感じられるほどに、高濃度魔力が放出されている。恐らく、触れればただでは済まないだろう。明らかに意図的に配置されたそれは、魔力漏れなどという事故ではないことを示している。
 それにしても魔力とはこんなにも明確に感じるものだっただろうか。それともこれが魔力融合とやら行われた結果であるのだろうか。

 なるべく魔力濃度が低そうな場所を通り、教室を目指す。あの教室に近づくにつれ、私の足取りは重くなっていく。重く苦しい。

 もしも、これがただの事故で、あの教室には誰もいないのであれば、それはまだましだ。また彼らが未知の悪意を用いて、私を攻撃しようとしているかもしれない。そんな恐れが私の足取りを重くさせる。

 この出来事はユキが起こしたというのが、私の推測だけれど。でも、彼女が学校に来ているという確証があるわけじゃない。もしもユキがいなければ、私はまた、独りであの悪意と相対しなくてはいけなくなる。
 それよりも最悪なのは、ユキが私への悪意を持ってこれをしているということだろうか。そんなことない……と信じたいけれど。

 でも。
 ユキが何かをしているという確信はある。
 何の根拠もない確信だけれど。

 それがあまりよくないこと……なのだろうか。
 彼女が何をしようとしているかすらわからないのに、私は何をしたいのだろう。あれ。どうして私はこんなところまで来たのだろう。

 単に嫌な予感がして、ここまで走ってきたけれど。
 これは嫌な予感なのだろうか。
 これはもしかして。

 見覚えのある教室が近づく。
 誰かの話している声が聞こえる。
 そして、血の匂いも。

「なんなのよ! ユキ! 元はと言えば、あんたが悪いんじゃない! 私から目を背けて!」

 その声を聞いたとき、びくりとした。
 それはキリシアの声。私に憎しみを向けた彼女の声。けれど、そこにあるのは焦り、怯え、そして小さな願い。

「……そうだね。私が悪いんだと思う。でも。ううん。だからこそ。私は悪いままに、あなたを殺す」

 またしても私は驚かずにはいられなかった。
 その声は小さく聞こえずらいものではあったけれど、たしかにユキの声だった。
 彼女は今、なんと言ったのだろう。

 ころす。
 殺す。
 そう言ったの? 
 人の命を奪うと。

 私は焦って、教室の扉を開く。
 そこには信じられない光景が広がっていた。

 そこには無数の死体が重なるように転がっていた。
 外まで漂っていた血と肉の匂いが、教室内に充満している。同学級の者達だったものは、頭と身体が離れ、身体は血まみれで、手足はあらぬ方向を向き、視線は闇を見つめている。木製の教室は、血で赤く染まり、異常事態を訴えている。

 そしてその中で動くのは、白い髪を半分ほど赤く染めたユキと、そして彼女と相対するキリシア。

「なっ。あんたのせいよ! あんたが、ユキをっ」

 キリシアが教室に入ってきた私に気づき、悪意の言葉を向けようとした。その瞬間、ユキが動き、キリシアの頭を胴は離れ、鮮血が噴出する。そして、もう二度と彼女の瞳孔が光を見ることはない。

 それは明らかな人殺しで。
 人を壊す行為で。
 人ならざるものの、残虐な行為。

 その惨状を見て私は。
 私は、とても喜んでいた。

 内心の動揺と。
 残虐な行為への衝撃。
 その二つの揺らぎの奥で、私はとても歓喜していた。

 どうして。どうして、私は喜んでいるのだろう。
 悪意を持つ彼らが死んでいるから?
 私に悪意を与えた彼らが殺されたから?
 いや、それもあるのだろうけれど、どこか違う。だって、私の視線は彼らへと向いているのではない。私の視線は、白い彼女へと。ユキへと、向いているのだから。

「来たんだ。ほんとは、退院までに終わらせるつもりだったのだけれど。こんなに遅くなっちゃった。勇気が、出なかったんだ……でも。でも、やらないといけないと思って。終わってみると、そうでもないね。あっさりだったよ」

 ユキは何事もなかったかのように、私へと振り向いた。血の付いた剣を軽く振り、魔力でできていたであろう刀身が消える。

 その彼女は、いつも通りだった。なんというか、ただの買い物帰りのような。ただ少し、仕事を片付けただけのように見えた。そこに悪意などはなかった。敵意も、喜びも、後悔も。何も。ただ、当然にするべきことをしただけに見えた。

「ゆ、ユキ……な、何で……」

 私の頭の中は渦に呑まれている。
 わからないことだらけで。
 彼女は何故こんなことを。
 何故私は喜んで。

「どうして……そう言われると難しいね。ミリアの敵だから排除しなきゃいけないと思った……というのは後付けなのかな。でも、こうしなくてはいけない気がしたんだ。ミリアを傷つけた存在を私は許せなかった。この世界から排除しなくちゃ、私は我慢ならなくて……まぁ、自分のためにだよ。結局。私がそうしたかっただけ」

 彼女は自分のためにやったことだと語った。明らかに私を嫌う者を排除してくれたというのに、私のためにしたことだとは言わない。

 そんな彼女を見て私は、何を思っているのだろう。
 人を殺して。30人ほどの人を殺して、何事もなかったかのようにしている彼女は、明らかな危険人物なはずで。いや、もはやそれは人ではないものに近い。
 でもそんな彼女を私は。いや、そんな彼女だからこそ。

「ミリア。私達で人類を滅ぼさない?」
「ぇ」
「人なんて、いらないよ。この世界に。みんなが私達の邪魔をするのなら、みんな殺しちゃおうよ。みんなが敵というのなら、全員殺してしまえばいいんだよ。大丈夫。私達ならできるよ。それとも、ミリアはみんなのこと好き? 生きていて欲しい?」

 彼女は、一体何を言っているのだろう。 
 人類を滅ぼすなどできるはずがない。現在の世界人口は約2億。まだ観測されていない外大陸のことも考えれば、さらに多くの人がいるかもしれない。現大陸だけだとしても、その全滅など、人の身でできることではない。

 いや……そうじゃない。この場合、私が考えるべきは、その可否ではないはずなのに。でも、したいかしたくないかで言えば、私は、全てを壊してみたい。そう望んことは何度もある。それは、私の中の怪物が叫ぶことでもある。

「わ、私は……私は……」

 私が心の奥底で叫び続けた言葉。
 それは。

「私、私も、みんな死んじゃえばいいって……そう思ってた。みんなが私を嫌うから。みんなが私に酷いことをするから。でもっ。でもそれは。それは私が原因で。私のせいだから……だから、私がそんなことを願うのは良くないことだよ……そんなことを思ってたら、もっとみんなが私を嫌いになる。みんなに嫌われる。嫌われたくない……嫌われたら、しんどいから……だからっ、だから……全部壊れて欲しくて……みんな嫌い……全部消えちゃえばいい。嫌なことは全部。嫌な事ばかり、だから、みんなが私を嫌うから、全部壊れして……壊して欲しい……私を好きにならないみんなは全員死んじゃえばいい。私を拒絶する世界なんて、壊れてしまえばいい。でも、こんなことばかり考えてちゃいけない……こんなこと考えてるから、みんな私を嫌うんだから……でも、でも……私を、好きになってほしい……! こんな私を、誰かっ。誰かに。誰かが見つけて欲しい……見つけて、好きになってほしい……!」

 私はそう吐き出す。 
 嵐の世界の中で、皆の不幸を願う。それが私の本質。
 周囲を傷つけ、破壊せずにはいられない。人類と相容れない怪物。どちらかが壊れるまで攻撃せずにはいられない。それこそが私の中に潜む怪物。だからこそ、私は世界の敵なのだろう。でも、それでも私は誰かに、何かに認めて欲しくて。そして彼女は。

「私はミリアが好きだよ」

 彼女はそう言ってくれる。
 私の精神が露わになって、私の醜さを見つけてしまっても、彼女は私を好きでいてくれる。そんなことは知っていたはずだけれど。でも私はそれを疑わずにはいられなかったけれど。でも。

「多分、私は最初からわかっていたんだと思う。そうやって、ミリアが望んでいることは。でも、見てはいなかった。その暗闇に。ミリアが闇の中に住んでいるのなら、私はその闇の中にいなくちゃいけないんだから……だから、私が全部壊すよ。気に入らないみんななんて、全員殺そうよ」

 今は彼女の言葉を疑わずに、受け入れられた。
 それは彼女が手を汚し、精神が怪物へと変質していてるからだろう。私にはわかる。今までの不思議な雰囲気を越え、人の精神から外れたものへと変わっている。

 彼女の不思議な雰囲気は、言うなれば衣だったのだろう。人ではなく魔法使いとしての精神性を隠すための。それが消え、人を殺すことにも抵抗が消えた彼女はもう、人ではなくなっている。

 彼女の心はきっと穢れてしまった。
 それが私による影響というのは、驕りがすぎるのかもしれないけれど。
 でも、穢れているのだから、だから私はこんなにも目が離せない。私は今、本当に彼女のことが欲しい。彼女のその穢れきった心が欲しい。だって、その醜くなった心ならきっと、私のことを嫌うことはない。私の醜い心を見ても、彼女が私を嫌うことはない。

「私も。私も、ユキが好き。だから。だから、お願い。ずっと私を好きでいて……ユキ、私を見てくれる? 見ても好きでいてくれる? 私、私は、ユキの全部が欲しい。それでも私を、私に全部くれる? 全てをくれる? つり合いが取れてないのはわかってる。対等じゃないのはわかってる。ユキにばかり要求しているのはわかってる。私は結局、立ち上がれなくて。だから。でも。ユキも、一緒に座ってくれる? 私の隣でずっと。私と、堕ちてくれる? 何もあげられない私でも、何も持ってない私でも……そんな私に、私と一緒にいてくれる? 私に……私にユキの心の全てをくれる……? それなら……それなら……私は」

 私は血溜まりの中でうずくまっていた。立ってられず、視界は雫で歪み、声は掠れていたように思う。まともに彼女の姿は見えない。でも、彼女は私に笑いかけてくれたことはわかった。彼女はしゃがみ、私と視線を合わせる。

「私の全てを捧げるよ……受け取ってくれる?」

 私はその言葉にただ頷く。
 その言葉は私が最も望むもので。
 その言葉を、私が疑うことはない。

「帰ろっか。私達の家に」

 私達は、死体と血に染まった教室を後にする。
 私はユキの手を掴んで、離さない。彼女に触れても、気分が悪くなることはない。ただ暖かいのみ。多分今はまだ、こうやって軽く触れることしかできないけれど、それでも久しぶりに感じる誰かの温もりが私に熱を与える

 全てを壊したい。その欲望が私達を繋ぐ。
 私の中の怪物が、彼女を穢し、そして怪物となった彼女が世界へと牙を向ける。
 こうして私達は世界の敵になった。
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