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第一章
6-8.「――裁きの光を受けるがいい!」
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「くく。ははは! 見よ、ハタノ。チヒロ。古来より人は空に憧れ、翼を求めた。大地の鎖を解き放ち、鳥の如く自由になる空想を抱いたものだ。余はいま、その大空に佇んでいる!」
「雷帝様、四つん這いで言いながら自慢しても説得力が……」
「黙れハタノ! 思ったより怖いのだ! そういう貴様こそ、翼にしがみついたままぷるぷる震えておるではないか!」
ハタノ達を乗せたチヒロの飛行は、失礼ながらお粗末だった。
才ある”勇者”でも、翼を用いた飛行は初心者そのもの。
チヒロは踏ん張っているものの、上昇しようと力を込めれば翼がねじれ、魔法を止めればがくんと急降下する。
悪路を走る馬車なんて比較にならない。
ややもすれば狂いそうになる平衡感覚を保ちつつ、ハタノは、チヒロの翼にひたすら治癒魔法を使い続ける。
「だがそれでも、空は美しい。青き空を、こうも優雅に突っ切れる日が来るとはな。ハタノ、チヒロ。本件については後日改めて話をおえええええっ」
「雷帝様!? うちの妻の背中にそれは止めて頂けませんか!?」
「ええい、もうちょっと安定飛行しろチヒロ! 酔う、マジで酔う! 余は肩をぶち抜かれたのだぞ、病人を労れ!」
「私は心臓に穴が空きましたが……でも、少し慣れました。空を飛ぶというより、空を泳ぐ感覚の方が合うようです」
その辺りから少しずつ、彼女の飛行が安定し始めた。
チヒロは翼を水平に延ばしつつ、足をゆるやかに上下させる。泳ぐときバタ足をするような仕草をすると、多少安定するらしい。
ハタノもようやく揺れに慣れ、ほっと一息ついて――
顔を上げ、空、を目の当たりにする。
水平線の彼方まで続く、一面の青。
雲一つないその景色は、手を伸ばせばどこまでも届くかのように透き通っていた。
太陽は頭上高く、視界を遮る建物もなく。
ただただ広大な地平線と、眼下に姿をみせ始めたゆるやかなフィオナ河の姿に、ハタノは目を奪われる。
同時に、渡河作業を完了しつつある敵兵の姿に気づく。
灰色の鎧を着たネズミの群衆のようなガルア王国兵と、それらを包囲するように並ぶ、白の法衣を着込んだアザム宗教国兵。
自前のゴーレムを渡河のための足場にし、兵達は急速に帝国領へとなだれ込んでいた。
……あれが、敵国ガルアの軍。
「成程、ゴーレムを渡河用の足場に使ったか。王国共が、こんな秘策を用意していたとはな。――前回の戦はその様子見という訳か?」
くく、と笑う雷帝だが、ハタノはその敵兵の多さに不安を覚える。
生粋の帝都育ちであるハタノは、戦を知らない。
だからこそ万を越えた大群を目の当たりにした時、必然、疑問が浮かぶ。
いかに帝国最高戦力たる雷帝様であっても、本当に勝てるのか、と。
帝国程ではないにしろ、他国にも”才”の使い手は存在する。
とくに宗教国アザムは治癒や障壁魔法に強いとされており、事実、いま主力となるガルア王国兵を囲っているのは周囲に魔法障壁を展開するためだろう。しかも魔法攻撃に強いとされるゴーレムまで。
それらに本当に、勝てるのだろうか?
「雷帝様。失礼ながら、あの数に雷帝様だけで本当に――」
「ふん。そういえば、ハタノは戦場での余を見たことがなかったな。良い機会だ、帝国民として余の”神の雷”を見るがいい」
くく、と笑い――
「調子に乗るなよ、雑兵共が……! その罪、万死に値すると知れ!」
雷帝メリアスが吼え、その全身が激しく火花を散らし――彼女の姿が、溶けるように変貌していく。
手を地につき、人としてはあり得ない四足歩行へ。
その滑らかな素肌が白い体毛で包まれ、全身姿がまっさらな獅子へと変貌していく。
通常どれ程に強い”才”を持とうとも、人間のベースはあくまで人間だ。
”勇者”チヒロですら、仮に翼を生やそうとも、人間の身体という基本骨子を変えることはできない。
だが極めて稀に、その限界を越える”才”が存在する。
”極才”。
それは勇者のような万能性を持たず、魔法防壁もろくに晴れず、銃や槍でつつかれればあっさり死ぬ程度に弱く。
しかしある一点においてのみ、規格外の力を持つ怪物。それが“極才”。
雷帝が吼えた。
稲光をまとう獅子へと変貌した彼女が全身を逆立たせ、牙を剥いたその口に光を収束させていく。
ガルア王国兵達が、空に浮かぶ光に気づく。
ざわつき、おののき――けれどもう遅い。
”神雷”。
味方からは”雷帝の裁き”、敵国からは”凶砲”と恐れられるその一撃は、爆心地を中心におよそ半径500メートル四方へ雷撃を走らせる超広範囲の殺戮魔法だ。
電撃であるため物理的な防御は意味を成さず、その雷に撃たれた者はすべからく心臓を穿たれ死に至る、まさに対生物には必殺の一撃――
「消し飛べ、クズ共!」
放たれた雷弾が、空気を裂いた。
打ち込まれたそれは王国兵達の最奥、国旗を掲げるひときわ豪華な集団へと着弾。
雷光が、弾ける。
直撃を受けた者は、自身に何が起きたのかすら判別できなかっただろう。感電し、あるいはその熱により一瞬で焼き尽くされた兵達が煙を上げながら、渡河を完了したその場で一様に倒れ伏していく。
おそらく敵軍の司令塔を潰したのだろう。兵達はあっという間に、パニックに陥った。
豆粒のようにしか見えない兵達が、こちらを見上げ、怒声を飛ばしている。現場は完全に浮き足立ち、アザム宗教兵達が慌てて魔法防壁を展開する――が、空中は想定してないらしく、周囲に展開するのみだ。
ただ、それでも、敵の主力は未だ健在。
二万の兵を揺るがすには、雷帝様の一撃では、到底足りない――
「ハタノ。これで終わりと思ったか?」
「え」
「神の一撃。半径500メートルに裁きを下す一撃を、誰が、連発できないと決めたのだ?」
くく、と。
白き獅子となりながら、なお雷帝様らしい笑みを浮かべたメリアスの全身が総毛立つ。
その口元に。
続けて周囲に無数の雷球が浮かんだ瞬間、ハタノは心底から、彼女が恐るべきバケモノだと理解する。
……つい先程まで、肩を打ち抜かれ、魔力を喪失していたにも関わらず、この出力。
帝国最高峰。いや、世界最強の刃。
これが世界の恐れる、帝国三柱が一人”雷帝”メリアス――
「震えよ。恐れよ。そして己が此処に居たことを後悔せよ! 我が帝国、その三柱が一人”雷帝”メリアスが貴様の前に存在したこと。それ自体が罪だと知り、嘆きながら灰燼と化すがいい!」
勇ましい咆哮をあげ、雷帝様の周囲に浮かぶ光がスパークを放つ。
眼下の王国兵達はもはや統率を失い、逃げ場すら分からない。
その哀れな群衆に向け、獅子と化した雷帝が遠吠えをあげた。
「”神の雷”――裁きの光を受けるがいい!」
詠唱――強大な”才”を放つ際に放つ、力ある言葉とともに。
獅子より無数の球体が放たれ、無数の雷撃が地面に着弾する。
それはもはや、雷と呼べるものではなかった。
雷撃による爆炎――大地を抉る程の衝撃がフィオナ河一体を直撃し、遅れて、膨大な風圧が駆け抜ける。
視界一面が煙で覆われ、空にいるはずのハタノですら、思わず顔を覆うほどの威力。
……そうして視界が晴れた先、ハタノが見たのは。
平原にぽっかりと穿たれ、元は何があったのかも判別できない巨大な大穴であった。
じゅっ、と、フィオナ川より流入する水が熱にあぶられ蒸気に変わる。
先程まで生きていた者はその全身を焼き尽され、無残にも地面に倒れている。
その死体の山は、およそ人知の及ぶ光景とは思えない程。
(――これが、帝国の”柱”の力)
……ハタノは、戦争について詳しくない。
この戦が、政治的にどれ程の効果を持つのか。
帝国三柱、いや四柱の力が、全世界と比べてどれ程の脅威なのか、知る由も無い。
けれど明白に分かるのは、二万を越える大群すら、一瞬で焦土に出来ること。
そして王国と宗教国による大規模な攻勢すら、たった一つの”才”だけで片付けられたことに、心底、震えた。
それはもう、一介の治癒師に過ぎないハタノが考えるべきことではない、けれど。
治癒にしか興味を持たない彼が、世界というものを知るきっかけになったのも、また、事実だった。
―――――――――――――
いつもご愛読ありがとうございます。
残りエピローグ三話で、第一部終了です。
「雷帝様、四つん這いで言いながら自慢しても説得力が……」
「黙れハタノ! 思ったより怖いのだ! そういう貴様こそ、翼にしがみついたままぷるぷる震えておるではないか!」
ハタノ達を乗せたチヒロの飛行は、失礼ながらお粗末だった。
才ある”勇者”でも、翼を用いた飛行は初心者そのもの。
チヒロは踏ん張っているものの、上昇しようと力を込めれば翼がねじれ、魔法を止めればがくんと急降下する。
悪路を走る馬車なんて比較にならない。
ややもすれば狂いそうになる平衡感覚を保ちつつ、ハタノは、チヒロの翼にひたすら治癒魔法を使い続ける。
「だがそれでも、空は美しい。青き空を、こうも優雅に突っ切れる日が来るとはな。ハタノ、チヒロ。本件については後日改めて話をおえええええっ」
「雷帝様!? うちの妻の背中にそれは止めて頂けませんか!?」
「ええい、もうちょっと安定飛行しろチヒロ! 酔う、マジで酔う! 余は肩をぶち抜かれたのだぞ、病人を労れ!」
「私は心臓に穴が空きましたが……でも、少し慣れました。空を飛ぶというより、空を泳ぐ感覚の方が合うようです」
その辺りから少しずつ、彼女の飛行が安定し始めた。
チヒロは翼を水平に延ばしつつ、足をゆるやかに上下させる。泳ぐときバタ足をするような仕草をすると、多少安定するらしい。
ハタノもようやく揺れに慣れ、ほっと一息ついて――
顔を上げ、空、を目の当たりにする。
水平線の彼方まで続く、一面の青。
雲一つないその景色は、手を伸ばせばどこまでも届くかのように透き通っていた。
太陽は頭上高く、視界を遮る建物もなく。
ただただ広大な地平線と、眼下に姿をみせ始めたゆるやかなフィオナ河の姿に、ハタノは目を奪われる。
同時に、渡河作業を完了しつつある敵兵の姿に気づく。
灰色の鎧を着たネズミの群衆のようなガルア王国兵と、それらを包囲するように並ぶ、白の法衣を着込んだアザム宗教国兵。
自前のゴーレムを渡河のための足場にし、兵達は急速に帝国領へとなだれ込んでいた。
……あれが、敵国ガルアの軍。
「成程、ゴーレムを渡河用の足場に使ったか。王国共が、こんな秘策を用意していたとはな。――前回の戦はその様子見という訳か?」
くく、と笑う雷帝だが、ハタノはその敵兵の多さに不安を覚える。
生粋の帝都育ちであるハタノは、戦を知らない。
だからこそ万を越えた大群を目の当たりにした時、必然、疑問が浮かぶ。
いかに帝国最高戦力たる雷帝様であっても、本当に勝てるのか、と。
帝国程ではないにしろ、他国にも”才”の使い手は存在する。
とくに宗教国アザムは治癒や障壁魔法に強いとされており、事実、いま主力となるガルア王国兵を囲っているのは周囲に魔法障壁を展開するためだろう。しかも魔法攻撃に強いとされるゴーレムまで。
それらに本当に、勝てるのだろうか?
「雷帝様。失礼ながら、あの数に雷帝様だけで本当に――」
「ふん。そういえば、ハタノは戦場での余を見たことがなかったな。良い機会だ、帝国民として余の”神の雷”を見るがいい」
くく、と笑い――
「調子に乗るなよ、雑兵共が……! その罪、万死に値すると知れ!」
雷帝メリアスが吼え、その全身が激しく火花を散らし――彼女の姿が、溶けるように変貌していく。
手を地につき、人としてはあり得ない四足歩行へ。
その滑らかな素肌が白い体毛で包まれ、全身姿がまっさらな獅子へと変貌していく。
通常どれ程に強い”才”を持とうとも、人間のベースはあくまで人間だ。
”勇者”チヒロですら、仮に翼を生やそうとも、人間の身体という基本骨子を変えることはできない。
だが極めて稀に、その限界を越える”才”が存在する。
”極才”。
それは勇者のような万能性を持たず、魔法防壁もろくに晴れず、銃や槍でつつかれればあっさり死ぬ程度に弱く。
しかしある一点においてのみ、規格外の力を持つ怪物。それが“極才”。
雷帝が吼えた。
稲光をまとう獅子へと変貌した彼女が全身を逆立たせ、牙を剥いたその口に光を収束させていく。
ガルア王国兵達が、空に浮かぶ光に気づく。
ざわつき、おののき――けれどもう遅い。
”神雷”。
味方からは”雷帝の裁き”、敵国からは”凶砲”と恐れられるその一撃は、爆心地を中心におよそ半径500メートル四方へ雷撃を走らせる超広範囲の殺戮魔法だ。
電撃であるため物理的な防御は意味を成さず、その雷に撃たれた者はすべからく心臓を穿たれ死に至る、まさに対生物には必殺の一撃――
「消し飛べ、クズ共!」
放たれた雷弾が、空気を裂いた。
打ち込まれたそれは王国兵達の最奥、国旗を掲げるひときわ豪華な集団へと着弾。
雷光が、弾ける。
直撃を受けた者は、自身に何が起きたのかすら判別できなかっただろう。感電し、あるいはその熱により一瞬で焼き尽くされた兵達が煙を上げながら、渡河を完了したその場で一様に倒れ伏していく。
おそらく敵軍の司令塔を潰したのだろう。兵達はあっという間に、パニックに陥った。
豆粒のようにしか見えない兵達が、こちらを見上げ、怒声を飛ばしている。現場は完全に浮き足立ち、アザム宗教兵達が慌てて魔法防壁を展開する――が、空中は想定してないらしく、周囲に展開するのみだ。
ただ、それでも、敵の主力は未だ健在。
二万の兵を揺るがすには、雷帝様の一撃では、到底足りない――
「ハタノ。これで終わりと思ったか?」
「え」
「神の一撃。半径500メートルに裁きを下す一撃を、誰が、連発できないと決めたのだ?」
くく、と。
白き獅子となりながら、なお雷帝様らしい笑みを浮かべたメリアスの全身が総毛立つ。
その口元に。
続けて周囲に無数の雷球が浮かんだ瞬間、ハタノは心底から、彼女が恐るべきバケモノだと理解する。
……つい先程まで、肩を打ち抜かれ、魔力を喪失していたにも関わらず、この出力。
帝国最高峰。いや、世界最強の刃。
これが世界の恐れる、帝国三柱が一人”雷帝”メリアス――
「震えよ。恐れよ。そして己が此処に居たことを後悔せよ! 我が帝国、その三柱が一人”雷帝”メリアスが貴様の前に存在したこと。それ自体が罪だと知り、嘆きながら灰燼と化すがいい!」
勇ましい咆哮をあげ、雷帝様の周囲に浮かぶ光がスパークを放つ。
眼下の王国兵達はもはや統率を失い、逃げ場すら分からない。
その哀れな群衆に向け、獅子と化した雷帝が遠吠えをあげた。
「”神の雷”――裁きの光を受けるがいい!」
詠唱――強大な”才”を放つ際に放つ、力ある言葉とともに。
獅子より無数の球体が放たれ、無数の雷撃が地面に着弾する。
それはもはや、雷と呼べるものではなかった。
雷撃による爆炎――大地を抉る程の衝撃がフィオナ河一体を直撃し、遅れて、膨大な風圧が駆け抜ける。
視界一面が煙で覆われ、空にいるはずのハタノですら、思わず顔を覆うほどの威力。
……そうして視界が晴れた先、ハタノが見たのは。
平原にぽっかりと穿たれ、元は何があったのかも判別できない巨大な大穴であった。
じゅっ、と、フィオナ川より流入する水が熱にあぶられ蒸気に変わる。
先程まで生きていた者はその全身を焼き尽され、無残にも地面に倒れている。
その死体の山は、およそ人知の及ぶ光景とは思えない程。
(――これが、帝国の”柱”の力)
……ハタノは、戦争について詳しくない。
この戦が、政治的にどれ程の効果を持つのか。
帝国三柱、いや四柱の力が、全世界と比べてどれ程の脅威なのか、知る由も無い。
けれど明白に分かるのは、二万を越える大群すら、一瞬で焦土に出来ること。
そして王国と宗教国による大規模な攻勢すら、たった一つの”才”だけで片付けられたことに、心底、震えた。
それはもう、一介の治癒師に過ぎないハタノが考えるべきことではない、けれど。
治癒にしか興味を持たない彼が、世界というものを知るきっかけになったのも、また、事実だった。
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いつもご愛読ありがとうございます。
残りエピローグ三話で、第一部終了です。
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