不器用”勇者”の幸せな契約婚 ―奥手で誠実すぎる二人は、最高に相性がいいようです―

時田唯

文字の大きさ
上 下
30 / 38
第一章

6-3.「旦那様なら、理解、できますよね?」

しおりを挟む

 雷帝メリアス。
 帝国三柱の一人にして、極才”神の雷”保持者である彼女は、その名の通り晴天に雷を振り下ろす裁きの力を扱える。
 常人は勿論、才ある者であってもその一撃に耐えれる者はいないだろう。

 しかし世界最高峰の才――”極才”と呼ばれる力は、無敵ではない。
 ”勇者”が高い身体能力を持ち、攻防に優れた万能職なのに対し、極才の力は一点特化。
 何かに秀でる代わりに他の全てをそぎ落とした極限の刀であり、側面を叩かれれば容易く折れる。
 即ち、防御力がゼロである。



 銃声が轟いた瞬間、誰もが動けずにいた。
 ホールに居たのは大半が内政に関わる者であり、戦慣れしていなかった。
 中には戦闘職の者もいたが、生憎、雷帝様とは些か距離が離れていた。

 しかし唯一、銃声よりも早く動いた者がいる。
 チヒロだ。

 理解するより先に、身体が動いていた。
 ”勇者”の嗅覚が、僅かな殺気を感知して飛び跳ね――直後、迷う。

 チヒロは敵を睨む。正体不明の黒い筒を握っている。……あれは、何か?
 チヒロは“銃”を知らない。
 反射的にそれが投射系武器だと察したが、相手の腕を落とせば止まるのか? 既に攻撃は射出されているのか? 威力は? 射程は?

 チヒロの手元に、刀はない。
 祝辞の席に刃を持ちこむのは失礼と指摘され、やむなく愛刀を手放していた――不運が、重なる。

 チヒロが優先すべき仕事は、敵を屠ることではない。
 雷帝様を、ひいては陛下を守ること。

(――――っ!)

 チヒロは男と雷帝メリアスの間に、自らの身体をねじこんだ。
 同時に、魔力障壁を展開する。
 障壁を強化する時間はなく、常時展開している装甲のまま。

 それでも、勇者の持つ魔法障壁。薄くとも竜の爪程度なら防げる代物。
 油断した訳ではないが、並大抵の攻撃なら軽減できるはず――


 そう判断したチヒロの肩を、衝撃が貫いた。

「くっ……!」

 正体不明の一撃。左肩をふっとばされた。いや、違う。貫かれた?
 遅れて彼女の肉と血が飛び散り、骨がえぐれる感触とともに、多大な痛覚をもって全身に警告が走る。

 それでもチヒロは怯まず、男を始末しようと右手に魔力を収束させ――
 背後から聞こえた悲鳴に、足を止めた。

「っ、ああああっ!」

 背後に庇ったはずの雷帝メリアスが、肩を押え、激痛に呻いていた。

「――っ」

 魔法防御を完全に貫かれた、とチヒロは判断。
 直後、男がチヒロに銃口を向け、さらに引き金を引く。

 その背後に――もう一人、男の姿。
 王国万歳、と叫ぶ男の影に隠れ、二人目の――本命の暗殺者がその銃口を構えたのが、視界に映る。

 チヒロは一瞬、回避しようと足に力を込めた。
 が、すんでの所で静止。
 もし自分が避ければ、敵の一撃が背後の雷帝様に命中する可能性がある。

 ならば――

「っ……!」

 チヒロは身体を無理やり捻り、左腕を振りあげた。
 背中に庇った雷帝メリアスに、軽い裏拳を打ち込む。衝撃でメリアスの身体が吹っ飛ぶ。敵の射線を外す。

 直後、パン、と二つの発砲音。
 ひとつはこめかみをかすめ、回避に成功。
 同時に、脇腹に激痛。肉体が抉られ、思考が急速にクリアになる。
 それが何の痛みなのか、チヒロは理解しない。理解する暇があるなら脅威の排除をすべきだと、妙に時間感覚が遅く流れる世界の中、全力で仕事に励む。

 彼女は”勇者”だ。
 勇者とは、人を守るべきもの。

「っ、あああああっ!」

 右手に炎を灯す。その時点で、チヒロは己の防御を捨てた。
 敵の脅威度は不明。雷帝様は射線から逃がした。後は最速で始末するのが最善。
 でなければ、皇帝陛下の身すら危うい。
 たとえ差し違えてでも――チヒロが吠え、男達をまとめて焼き尽くす炎を投げつける。

 直後、三発目の銃声。
 炎と銃弾が交錯し、すれ違う。
 チヒロは胸元に衝撃を受け、身体をくの字に折られつつも、立ち止まり。
 カウンターで放たれた炎により、不当な暗殺者共が巻かれ、黒焦げに燃え尽きていく。

「がああああっ、熱い、熱いいいいいっ」
「王国ばんざああああい!」
「……ぐっ!」

 暴れながら炭と化す男二人を確認しつつ、チヒロは周囲を警戒。
 他の敵は。雷帝様は無事か。陛下は。
 視線と魔力捜査を飛ばし、ホール中を走査して――

 ふと。その視線が、ハタノと交わる。

 彼は、チヒロを見ていた。
 戦闘職でない彼はもちろん、数刻の危機に動くことは出来なかった。むしろ動いていたら邪魔になっていたので、静止したのは結果的に正しい行動だったとも言える。

 そんな彼に、チヒロは檄を飛ばそうと口を開く。
 早く、雷帝様を診てくれ、と――

 が、言葉はなぜか、形にならず。
 代わりに零れたのは、ごぼっ、という嫌な音と……大量の血痕。

「……?」

 うまく、身体が動かない。
 声が、出ない。

 チヒロはようやく、自らを見下ろす。
 色鮮やかな牡丹柄で着飾った、和服の内。
 丁度、心臓の辺りに手を当てると、その指先がべったりと血に染まっていった。

 ……風の音がする。
 遅れて、身体に自己治癒魔法を走らせ、理解する。

 己の心臓に、既に風穴が空いていることに。
 血染めのチヒロとまで呼ばれた女が、敵の血ではなく自らの血で、牡丹柄の着物を濡らしていることに。

 ――ああ、と。
 彼女は小さな、失望の声を零す。
 急速に失せる魔力。遠のいていく痛覚。色を失っていく世界。

 会場に響く悲鳴と怒声。燃えさかる炎。
 混乱と悲鳴の最中、チヒロは薄れゆく意識のなか、もう一度だけ旦那を見つめ。
 形にならない声で、呟いた。

 ――旦那様。
 ――申し訳ございません。私、死にました、と。

 心の中で謝りながら、彼女は血だまりの中へと崩れ落ちた。

*

 ハタノがそれを攻撃と認識したのは、二発目の銃声が響いた直後だった。

 雷帝メリアスの身体が、チヒロの殴打で飛ぶ。直後、チヒロが二発目を受けて後ずさる。
 フィレイヌが後方に飛び、皇帝陛下の幕へと魔法障壁を展開。

 チヒロが炎を掲げ、男へ反撃。
 男の身体が燃え上がるとほぼ同時に、三発目の銃声。
 チヒロの身体がくの字に曲がりつつも、男を焼き尽くし――爆発することで、ホールが混沌に陥った。

「うわああああっ」「何事だ!?」「襲撃! 王国の暗殺者です!」
「馬鹿な、どうやって入り込んだ!」「雷帝様は無事か!?」

 悲鳴をあげる者。倒れた雷帝メリアスに駆け寄る者。ただ騒ぐだけの者。
 陛下お付きの魔術師がフィレイヌに続き魔法障壁を展開しながら、ヴェールの奥にいるであろう陛下を避難させていく。

 そして、ハタノは――ほんの一瞬だけひるみ、けど、

「チヒロ……っ! チヒロ!」

 血だまりの中に伏せたチヒロを見て、全身が総毛立った。
 ぞくり、と芯の底から心臓をわしづかみにされたような恐怖を覚えながら、チヒロの元へ。

 チヒロ。チヒロ。

 ハタノは心の中で叫び、全身から汗が噴き出し、ドン、と誰かにぶつかりよろめき邪魔な人間を押しのけながら。
 愛してもいない妻の元へと、彼は走り――

 そのハタノの耳に、ホールに渡る悲鳴に混じるように、突入してきた兵士が急報を告げた。

「き、急報! ガルア王国、及び宗教国家アザムより進撃あり! ゴーレムと思わしき魔法機兵を携えフィオナ河を渡航中、その数、二万!」
「なんだと!? 馬鹿な、王国にそのような戦力があるはずが無い! そもそも何故進軍に気づかなかった!」
「それが、巡回兵によると突然現われたと!」
「アザムの幻影魔法か! かの国と手を組んだと言うのか、王国め!」
「我が帝国は今――大群の奇襲を受けています!!!」

 その悲鳴と叫声が、混乱を加速させた。
 眼前で雷帝と勇者が撃たれた悲劇を目の当たりにし、まだ暗殺者がいるのではという憶測が飛び交い、パニックに陥った者が我先にとホールからの脱出を計る。
 そこへ入れ違うように警備兵がかけつけ、統率が取れなくなり――

 ハタノはその波を掻き分け、蹴飛ばされ、体当たりを受けながら。
 それでも血塗れの妻の元へと膝をつき、その容体を見て……

 顔を、歪める。

「チヒロ」
「……旦那、様……?」

 息も絶え絶えに呟くチヒロは、常人であれば即死の状態だった。
 貫通攻撃を三発。血塗れのため子細は不明だが、左肩に一発。脇腹をかすめて、一発。
 そして、心臓を斜めにぶち抜かれた一発。

 生きている方がおかしい。けれど、彼女の各部が淡い光に包まれている。
 ”勇者”が持つ高い自己治癒能力。失われた血を魔力で補うことで、命を取り留めているのだ。

 ――だとしても、あまりに傷が深く、出血量も多い。
 既にハタノの足元は血に塗れ、チヒロの顔は蒼白に震え、濃厚な鉄と死の香りが漂っていた。

 ハタノは直感する。これはダメだ。助からない。確実に妻は死ぬ。
 ……だとしても!

「待っててください。今、治癒します」

 ハタノは、成すべきことを成すまでだ。
 ”勇者”の自己再生能力の強さを、ハタノは知らない。
 故に、もしかしたらという一縷の望みをかけつつ、とにかく止血と体温維持を――
 と、腰元のアイテム袋へ延ばした、その手を。

 チヒロにぐっと掴まれ、止められた。

「……旦那様。何を、しているのです……?」
「なにって、治癒を!」
「っ――拒否、します」

 ハタノは耳を疑う。彼女は、何を言っているのか。

 もう助からない、と生存を諦めているのか。勇者であっても心臓を穿たれれば死ぬと、理解しての発言か。
 だからと言って、諦めるなど!

「チヒロ。私は治癒師です。結果的に助からずとも、可能性があるなら最善を尽すのが私の仕事です。邪魔をしないで!」
「……ええ。ですから、っ……あなたの仕事を、成して下さい。旦那様」

 彼女はその全身にたっぷりと血化粧を纏いながら、ハタノに道を示す。
 震える指先で、彼女が示したのは……。

 チヒロの一撃により吹っ飛ばされ、今なお倒れ伏している――雷帝メリアスの姿。
 黄金の髪と漆黒のドレスを纏ったその姿は、今まさに赤く染まりつつある。

 ハタノはその意味を理解し、愕然とした。

「……旦那様なら、ご理解頂けるはず、です」

 遅れてチヒロが、治癒師としてあるべき道を、示す。
 息も絶え絶えながら、彼女は決して間違うことなく、最善を突きつける。
 お前が優先すべき患者は、私ではない、と。



 ――”勇者”。
 数多の“才”の上位互換にして、極めて高度な単騎性能を持つその存在は、帝国でも十数名しか居ない精鋭。
 帝国の至宝にして、戦線における要。ひとつの戦力の最高峰。

 しかし稀少ではあるものの、代わりが効く存在でもある。
 ”神の雷”帝国三柱が一人、雷帝メリアスの恩身に比べれば……?

 理解したハタノに、チヒロは聞きたくも無い、自らへの死刑宣告を口にする。

「私と、雷帝様の命と、どちらを優先すべきか。……旦那様なら、理解、できますよね?」と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(改訂版)帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

黒猫
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...