不器用”勇者”の幸せな契約婚 ―奥手で誠実すぎる二人は、最高に相性がいいようです―

時田唯

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第一章

1-5.「子作りの行為を荒くしようと、優しくしようと、子のできる確率に変わりはありません」 「はへっ?」

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 とはいえ、お互い経験のない身である。
 いくら仕事と割り切りをつけても、緊張で身体が硬くなることは避けられないし、なにより――
 ハタノの男としての本能が、どうしようもなく、彼女の柔らかな身体に釘付けになってしまう。

(人肌の温かを、幸せと表現していいかは分からないが、そういうものを感じます)

 既に彼女を包む衣服はなく。
 月明かりにさらされた、生まれたままの素肌はどうしようもなく眩しく、魅力的であった。
 ハタノは本能に根付いた衝動を堪えながら、彼女を愛で、口づけを交わし、柔かな指先を這わせていく。

 チヒロもまた、冷静に振る舞ってはいても女であり、初の体験であり……。
 自然と高ぶり、上ずった嬌声がハタノの耳を打つ度に、己のものがかき立てられていくのを感じてしまう。

 その愛おしさに狂わされながら、ハタノはゆっくりと彼女の全身を己の色に染め、少ない知識をもって愛でていく。

 時間をかけ、蕩けるような時を過ごし。
 ようやく、己のものを彼女に埋め、二人は初の契りを交わす。




 ――それが起きたのは、ハタノがゆっくりと動き始めた数分後のことだった。

「……旦那様。あ、の」
「すみません。痛かった、ですか?」
「いえ、そうではなく……は、んっ」

 妻から零れる吐息は荒々しい。
 その白い頬は真っ赤に染まり、行為に興奮しているのも、はっきりと見てとれる。

 が、その妻より出た次の言葉は、さすがに予想していなかった。

「もっと、激しくして欲しい、のです。……でないと、子を宿すことが出来ない、ので」
「へ?」
「……高い”才”を持つ者が、子を宿しにくいことは、ご存じですか?」

 もちろん、知っている。
 ”才”の遺伝は母体からの影響が圧倒的に大きいが、同時に、強力な才を持つ母体の着床率はかなり低い。
 子を成せる数も限られており、勇者の”才”ともなれば、子は作れても二人だろう。

 ただ……それと今の話は、関係ないのでは?

「チヒロさん。子を宿すことと、行為の激しさが、どう関係するのでしょう」
「え? ですが、激しくした方が、子は宿しやすいのですよね?」
「…………」

 小魔法より大魔法の方が、威力が高いですよね?
 と、当たり前のことを質問するような声で、チヒロさん。

 愛おしい新妻はなにか勘違いしたまま、ほんのり色づいた瞳で、ハタノに笑う。

「旦那様がお優しい方であるのは、動きの節々から感じられます。私を気遣い、激しくしないよう心がけているのでしょう。ですが仕事である以上、私に構わず、より荒々しく――」
「チヒロさん。私は一応、人の治癒を担当しておりまして」
「はい」
「だからという訳ではありませんが、純粋な知識としての話をしますと……子作りの行為を荒くしようと、優しくしようと、子のできる確率に変わりはありません」
「はへっ?」

 なんか今、すっごく可愛い声がした。
 びっくりしてハタノが見下ろすと、彼女は口を半開きにし、裸のまま目をぱちくりしていた。

 ――ああ。こんな顔もするのか。
 仕事と分かっていてもその愛おしさに胸をかき立てられる一方、なんで自分は行為を行いながらこのような説明をしてるのだろう……と、ちょっとだけ思ってしまう。
 お陰で冷静になったハタノは、一旦彼女から身を引き。
 教え子に語るように、丁寧に教鞭を執った。

「少々、伝えにくいのですが……男性はこの行為を通じて性的快楽を高ぶらせ、最終的に子種を出します。が、その質や量は、行為の激しさによらずまあ大体一定数に決まっているのです」
「つまり激しくしても、子を成す確率は変わらない、と?」
「はい。まあ激しい方が、性的快楽も強く、子種も早く出ますが……だとしても子を宿し、生み、育てるというのは月単位、年単位。それこそ生涯を通じ、ゆっくりと時間をかけて行うものです。それを五分、十分急いだところで、そう変わることはありません」
「た、確かに」
「であれば、優しくした方が良いでしょう?」

 お互い初めてですし。
 素肌を晒したままハタノが伝えると、かああ、と歴戦の勇者はまるで少女のように顔を赤らめ、もぞもぞと布団に潜ってしまった。
 無知を恥じたのだろう。
 しかも頭は隠しきれておらず、ひょこ、と覗いた銀色の髪が恥ずかしそうに揺れている。

「わ、わ、私の無知ゆえ、大変申し訳なく……! では、子作りは激しく戦ったら沢山できるものでもないのですね」
「子種に大も小もありません。あと私達は戦っていません。これは本来、愛し合う行為です」
「確かに。炎は大きい程よく燃えますが、子作りは激しいほど強いのではないのですね」
「チヒロさん。知らないことは知らないと言ってくれればいいんですよ?」

 優しく伝えると、もぞもぞと、彼女が布団から顔を出覗かせる。
 小さく唇を嚙んでいる姿が妙に愛おしくて、ハタノは何となく、彼女の頭をなでなでしてしまう。

 勇者といえど一回り小さく、また推測だが年下である彼女に、ハタノはゆるりと微笑んだ。
 どうしょう。なんか、可愛い――と言うのは、彼女に失礼か。

「……チヒロさん。本行為は最終的に、あなたに私の子種を宿せばいいのです。その過程を楽しむことは、別段、罪ではないかと」
「確かに」
「ちなみに噂に聞きますと、行為の種類によっては女性に背を向けさせて背後から突いたり、立って行うものもあるとか」
「……それは些か、業が深くありませんか?」
「まあ、人の趣味ですので。ただ、結果が同じであるなら――気持ちよく楽しまれた方が、良いと思いませんか?」

 ハタノが銀色の髪を撫でると、ん、と彼女がちいさく頷く。
 薄い抵抗がありつつも、受け入れてくれたらしい。

「仰る通りだと考えます。旦那様は博識なのですね」
「すみません。お恥ずかしい知識で」
「いえ。有益な情報は、業務上つねに共有されるべきだと思いますし、それに……」

 もじ、と、彼女が布団の中でちいさく指を絡ませつつ。
 ハタノを見上げ、うっすらと微笑んだ。

「私も、いくら仕事とはいえ……優しくされるのは、嫌、ではありませんので」

 その仕草が妙に愛おしくて、ハタノは答えの代わりに彼女を押し倒す。
 さっきよりも高ぶる熱を堪えながら、もう一度、ハタノは彼女に口づけを交わした。



 そうして丁寧に彼女を抱き、とろかせて。
 やがてハタノも限界を迎え、彼女の内に己の欲を吐き出して――


 ふっと一息ついた頃、彼女はごろりとハタノによりかかり、甘えるように囁いた。

「ありがとうございます、旦那様。お陰様で、初の仕事を成し遂げられました」
「こちらこそ。ご協力ありがとうござ……」
「では続きを致しましょう。一度の量は変わらずとも、回数をこなせば確率が」
「待ってくださいチヒロさん。男は一度種を出しますと、しばし回復の時間が必要でして……!」

 ハタノはつらつらと、子作りの基礎知識について語る。
 行為を行った後に甘さの欠片もない教養を語りながら、でも、こういうのも悪くないな、と。
 彼女に逐一説明しながらうっすらと思うハタノだった。

 何故なら彼女は、たぶん――ハタノ以上に真面目な、仕事人間だ。
 その方が、ハタノとしても話しやすい。



 こうして”治癒師”ハタノと、”勇者”チヒロの初夜は終わりを迎え。
 二人の結婚生活は、これから訪れる激動の予兆を微塵も感じさせることもなく、とても静かに、幕を開けた。




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