不器用”勇者”の幸せな契約婚 ―奥手で誠実すぎる二人は、最高に相性がいいようです―

時田唯

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第一章

1-3.「旦那様はもしかして、ご飯を食べる系の旦那様でしたか?」

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(とはいえ、どうしたら良いのか)

 彼女の住まいに案内されたハタノは、困惑していた。

 ハタノは仕事は出来ても、プライベートは欠陥の塊のような男だ。
 仕事をし、帰宅し、眠りにつく。
 食事は最寄りの店でまかないを口にするか、保存用のパンを囓る程度。
 そもそも仕事以外の対人関係を構築してこなかった彼にとって、唐突に現われた新妻は、毎日訪れる難病患者よりも手強い相手であった。

(そもそも夫婦とは、普段、何をしているのだろう)

 知識はあるし患者から聞くこともある。
 一家団欒。子供がいる幸せ。毎日家族のために働いています。
 ……ハタノにはまるで分からない。どうしろと?

 途方に暮れた彼に、新妻……チヒロが振り返る。

「旦那様。どうか、されましたか?」
「……すみません。突然のことで、頭が整理できておらず」
「お気持ち、お察し致します。私も突然の話を受け、驚いておりますので」

 そうは見えない無表情で応える、チヒロ。
 彼女に案内され、リビングに通される。
 勇者宅は郊外にある二階建ての一軒家だ。一人暮らしで家は広々としてるものの、内装は簡素な木造住宅。

 シンプルな内装は好みだなと思っていると、チヒロがふと口を開いた。

「旦那様。ひとつ、提案がございます」
「なんでしょう」
「夫婦になれ、と雷帝様より命を受けましたが……私は残念ながら、一般的な夫婦観について知見がありません。そこで、今宵は双方の親睦を深めるため、共に食事など如何でしょうか」

 食事。交遊を深める手段としては、適切だろう。
 夫婦とは同じ食卓を囲むもの、というイメージも漠然とある。

「そうですね。配慮の程、ありがとうございます、チヒロさん」
「いえ。旦那様も何かご提案がありましたら、遠慮なく口にして頂ければと」

 新妻が微笑み「夕食をお持ちします」と、厨房に引っ込んだ。

 ……勇者宅にお手伝いさんは居ないらしい。彼女の手作りだろうか?

 帰宅してパンを囓ることが多いハタノは「成程これが所帯を持つという事か」と頷く。
 同時に、妻にだけ夕食を用意させるのは申し訳ないなと思い――しかし、ハタノは料理を作る技術も、味に対する興味もさしてなく、そんな自分が料理をするのも失礼か――?
 と、考えている間に、夕食が運ばれてきた。


 小皿の上に……雑草(?)が、乗っていた。


 ハタノは、う~ん、と眉を寄せる。
 一見、道端に生えている雑草……採れたて新鮮。根っこに少々泥が残り、尖った葉先は刃物のように鋭利だ。

(これは新婚の儀式か何かか?)

 初めて夫婦になった者同士は、草を食べる風習があるのだろうか?
 聞いたことはないが……。
 眉を寄せてる間に、チヒロは丁寧に両手を合わせ「頂きます」と合図し、草をもぐもぐと噛み始めた。
 味を楽しむものらしい。

(私には、妻が、草を食べているように見える……)

 が、郷には入らずんば郷に従えと聞く。

 よし、とハタノも彼女に習い、雑草を口に含み――

(っ!?)

 一噛みした瞬間、どろりと粘性の濃い液体が広がり、咽せそうになった。
 不味い、というよりは、濃い。
 診療所の薬を薄めず原液そのままで飲み込んだような、どろりとした猛烈な苦味だ。

 同時にハタノを襲ったのは、味以上に強烈な魔力酔い。

 ”才”を扱うには魔力が要る。
 その魔力を回復させるため、人為的に調合された薬品が魔力ポーションであるが――その原液を直にぶちこんだ、一歩間違えば毒になりかねない高純度の魔力液体。

「チヒロさん。これは……魔噛草、それも上位のものですか」
「はい。今宵は、私の持つ最高品質のものをご用意させて頂きました」
「いや、それは嬉しいのですが――」
「ご馳走様でした」
「いまのが夕食なのですか!?」

 だが、聞いた覚えがある。
 上位の”才”の者は、魔力の補填だけで生き延びることができる者もいる、と。

(成程、これが”才”の最上位、勇者。……主食、草。医学書に記しておこう。しかし栄養価には問題ないのだろうか?)

 医療人としては、彼女の健康が気になるところだ。
 そして人ごとながら、彼女にも美味しい料理を振る舞ってみたい――と思ったが、それは自分の価値観の押しつけかもしれない、とも思う。

「チヒロさん。確認ですが、普通の食事……いわゆる庶民の食事は、取られないのでしょうか」
「そちらは魔力吸収効率が低いので。それに常時空腹でなければ、いざという時に胃にものを入れられません」

 成程。緊急時に魔力ポーションをがぶ飲みできるようにする処世術、か。
 ……と、納得した所で、妻が「あ」と眉を上げた。

「旦那様はもしかして、ご飯を食べる系の旦那様でしたか?」
「素人意見で恐縮ですが、一般的に旦那と呼ばれる生物は、ご飯を食べる系に属すると思われます。正しくは、人類全般でありますが」
「すみません。”才”が高い方と聞いていたので、魔力を補った方が良いかと、勝手に思ってしまって……」

 しゅん、と俯いてしまう妻チヒロ。
 ハタノは不覚にも、そんな彼女の表情を、可愛い、と思ってしまう。

(勇者といっても、全てが完璧ではない。人間なら当然ですが)

 普通の旦那であれば、怒り狂ったかもしれない。
 夫に草を食わせるとは何事か、と。

 が、ハタノも中々の仕事人間であり、昼食代わりにポーションを飲み干す男なので、理解はできる。

「チヒロさん。私達は本日結ばれたばかりの夫婦です。お互い理解の及ばない所があるのは、自然なことかと」
「……ですが、すこし考えれば分かったことですし」
「問題が起きたのなら、つど改善すればいいのです。大切なことは、間違わないことではなく、間違ったことを理解し、いかに改善するか? ではないでしょうか」

 まるで業務上の会話だ、と思った。
 しかしハタノにはこの距離感の方がこなれているし、何より、論理的で理解しやすい。
 愛や恋といった不確定要素が絡むより、余程、楽だ。

 チヒロが、ぱちり、と瞬きをした。
 戸惑い、けれど、薄い唇をそっと上げて薄い笑みを作る。
 ハタノもつられて、小さく笑う。

「有難うございます。今後、食事については一考致します。必要であれば、召使いを雇うこともできますので」
「まあ追々考えましょう。私は食事について、さほど拘りはありません。もし勇者の家に人を招くのが難しいのであれば、適当でも構いませんので」

 勇者は帝国最高戦力の一人。暗殺される危険も、あるかもしれない。

 そして草を食べてる間に、ハタノも腹が満たされてきた。
 過度な魔力回復が満腹中枢に影響するという論文は読んだことがあったが、身体で実戦するとは。

 ……これが勇者。
 不思議な方ではあるものの、決して話の通じない人ではない――そんな認識を抱いている間に、食事が終わり。

「有難うございます。では旦那様。宜しければ夫婦として互いに模索しつつ、次の道へ進みましょう」
「次? 何でしょう」
「子作りです」
「もう始めるんですか!?」
「……? それが本来の目的では?」

 勇者チヒロが、こてん、と小首を傾げた。
 何か? と、疑問にも思ってない顔を向けられるが、その……。

「チヒロさん。子作りの意味を、ご存じでしょうか」
「……一応は」

 ぽつりと返答しつつも、その頬が僅かに朱に染まったことで、ああ彼女も理解してるのだとハタノも知る。

 同時に、ハタノも一介の男である。
 今日知り合った相手と、子を成すために肌を重ねる――その意味を考え、未経験のハタノはどうしようもなく、焦り、心乱され――
 とくん、とくん、と高鳴る心臓を止めることは、出来なかった。
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