2 / 38
第一章
1-2.「退職金で飲む酒はさぞ旨いであろうな?」
しおりを挟む
「つまり私の”治癒師”の才を、勇者様に受け継がせたい、と」
「くく。物分かりいい男は嫌いではないぞ、ハタノよ」
帝国専属の黒馬車に揺られながら、ハタノは雷帝メアリスの事情を理解した。
この世界には”才”と呼ばれる特別な資質が存在する。
体内の魔力を自然現象に変える”魔術師”――火術士、水術士、風術士。
魔力で肉体を強化し戦う”戦士”――騎士、闘士、狩人。
ハタノの持つ”治癒師”もまた、治癒魔法を得意とする才のひとつだ。
当然、この世にはより優れた”才”が存在する。
その一つが”勇者”だ。
物語に登場する英雄ではない。攻防に優れた強力な戦闘能力を持つ、帝国に十数人しか現存しない稀少戦力。
数多の戦闘職の上位互換にして、単騎で一個師団をも屠るとされる力を持つ才、それが”勇者”だ。
そして”才”にはもう一つ、特別な機能がある。
”才”は、子に遺伝するのだ。
「治癒師に説明するまでもないだろうが、”勇者”にも偏りがある。近接戦が得意な勇者、魔術が得意な勇者。そして治癒が得意な勇者」
「次世代の勇者に、私の治癒力を伝えたい、と」
治癒能力が高ければ、単騎での継続戦闘能力が見込める。
長期の国外活動、あるいは暗殺向きの能力だ。
ふ、と笑う雷帝。
理屈としては難しくない。より良き才を生む血筋を選定するという、よくある話だ。
だが……。
「どうして、私なのでしょうか」
ハタノは一級の治癒師だが、一級の中では凡庸だ。
帝都には自分より優れた才をもつ”特級治癒師”など、まだ居そうなものだが……
「本来なら別の治癒師が、勇者の男として宛がわれる予定であった。が、不慮の事故があってな?」
「事故、ですか」
「知りたいか?」
「いえ。聞かない方が身のためかと」
「いい返事だ。それで我が帝国としては他の候補を探したのだが、ロンデ卿は高齢、ミジィーク卿は才が低すぎる。そもそも特級治癒師では血が濃すぎて”勇者”を薄めるやもしれん。そこで調査したところ、幾つかの筋からお前の名が上がった」
「私、ですか」
「ガイレス教授より直々のご指名だ。一級治癒師としての才は十分と聞いているが?」
ああ、とハタノは納得する。
ガイレス教授。
”特級治癒師”の一人にして、帝都中央治癒院の権威の象徴と呼んでも差し支えないだろう。
無論、ハタノとは相性が悪く――
「聞けば貴様、帝都治癒院であまり評判が宜しくないようだな? 先輩方に煙たがられ、患者とのトラブルも絶えないと。だが安心しろ。才の強さに本人の性格は関係ない。お前はただ勇者を抱き、その血を残せ。生まれた子は余らが正しく教育してやる、安心して孕ませるがいい」
雷帝の進言に、ハタノは頷く。
帝国ヴェールにおいて、民の才はそのすべてが国の財産、すなわち皇帝の所有物だ。
その皇帝陛下の腹心にして三柱が一人、雷帝メアリス様の命である以上、断れば自分の命はないだろう。
ハタノは自分の生に執着している訳ではないが、無為に死にたいとも思わない。
……とまあ、話の概要は理解したのだが――
「ところで、雷帝様。私はどこへ連れて行かれるのでしょうか」
気づけば馬車は帝都を抜けていた。外は長閑な田園風景に変わっている。
「お前は勇者の旦那になるのだ。当然、勇者の家に住むべきであろう?」
「しかし、今の職場は……」
「退職金で飲む酒はさぞ旨いであろうな?」
ぼすん、とハタノの膝に袋が乗せられた。
どうやら自分は知らない間に、職場を追放されたらしい。
「理解したなら早速、顔合わせといこうか。お前の妻となる女にして、我が国で最優の勇者にな。その女を抱く、それが貴様の新しい仕事だ」
馬車はさらに速度を上げ、竜の如く疾走する。
振り落とされないよう腰を落としながら、そういえば、相手の名前を聞いていないなと思った。
「雷帝様。勇者様のお名前は……?」
「名か。才には関係ないが、知りたいのは当然か」
いま思い出したかのように、雷帝様は彼女の名を告げた。
「名を、勇者チヒロ。――ああ。お前には、血染めのチヒロ、という二つ名の方が通りが良いか?」
噂に疎いハタノですら、聞いたことがあった。
獲物を抜けば最後、その地にはネズミ一匹残らぬとされ。
魔物はもちろん、人相手であっても悪人とあらば顔色ひとつ変えず肉片まで切り刻み、返り血を浴びてなお笑顔を浮かべる、外法の勇者。
もしかしたら、オーガのように屈強な女性かもしれない。
……ハタノは、奴隷のように扱われるのだろうか。
暴力的な人は苦手だな、と、ハタノは諦めたように笑う。
仕事だと割り切っても、ハタノとて人間だ。
どんなに取り繕っても、嫌なものは、嫌だなと思うのだった。
*
しかし。
そんな先入観は――本人と顔を合わせた途端、さらりと、消えた。
腰元までゆるりと流れる、穢れひとつないゆるやかな銀髪。
背丈はハタノより一回り小さく、けれど宝石のように美しい瞳と、整った顔立ちは美人と呼んで差し支えないだろう。
無表情ではあるが、その表情のなさが彼女らしさを際立たせているようで、ハタノはつい見惚れてしまい――
視線をそのまま胸元に落とし、またも、固まる。
帝都では見慣れない和装――襟元を交錯させ、腰帯で止めた格好は、確か、着物と呼ばれたもの。
懐には、一振りの刀。
(……侍?)
「彼女は東方の国のハーフでな。東方といえば黒髪だが、彼女は珍しい銀髪にして勇者だ」
彼女が、私の妻となる相手。
現実感のなさに固まっていると、彼女がハタノに頭を垂れた。
「初お目にかかります、治癒師ハタノ様。私は、勇者チヒロ=キラサギ。何卒よろしくお願い致します――旦那様」
「……こちらこそ。治癒師のハタノと申します。よろしくお願い致します、チヒロさん」
動揺を飲み込み、ハタノも礼を尽すべく頭を下げる。
……彼女と結婚する。
そして、彼女を抱く。
その実感は、まだ、ハタノにとってあまりに遠いものだった。
「くく。物分かりいい男は嫌いではないぞ、ハタノよ」
帝国専属の黒馬車に揺られながら、ハタノは雷帝メアリスの事情を理解した。
この世界には”才”と呼ばれる特別な資質が存在する。
体内の魔力を自然現象に変える”魔術師”――火術士、水術士、風術士。
魔力で肉体を強化し戦う”戦士”――騎士、闘士、狩人。
ハタノの持つ”治癒師”もまた、治癒魔法を得意とする才のひとつだ。
当然、この世にはより優れた”才”が存在する。
その一つが”勇者”だ。
物語に登場する英雄ではない。攻防に優れた強力な戦闘能力を持つ、帝国に十数人しか現存しない稀少戦力。
数多の戦闘職の上位互換にして、単騎で一個師団をも屠るとされる力を持つ才、それが”勇者”だ。
そして”才”にはもう一つ、特別な機能がある。
”才”は、子に遺伝するのだ。
「治癒師に説明するまでもないだろうが、”勇者”にも偏りがある。近接戦が得意な勇者、魔術が得意な勇者。そして治癒が得意な勇者」
「次世代の勇者に、私の治癒力を伝えたい、と」
治癒能力が高ければ、単騎での継続戦闘能力が見込める。
長期の国外活動、あるいは暗殺向きの能力だ。
ふ、と笑う雷帝。
理屈としては難しくない。より良き才を生む血筋を選定するという、よくある話だ。
だが……。
「どうして、私なのでしょうか」
ハタノは一級の治癒師だが、一級の中では凡庸だ。
帝都には自分より優れた才をもつ”特級治癒師”など、まだ居そうなものだが……
「本来なら別の治癒師が、勇者の男として宛がわれる予定であった。が、不慮の事故があってな?」
「事故、ですか」
「知りたいか?」
「いえ。聞かない方が身のためかと」
「いい返事だ。それで我が帝国としては他の候補を探したのだが、ロンデ卿は高齢、ミジィーク卿は才が低すぎる。そもそも特級治癒師では血が濃すぎて”勇者”を薄めるやもしれん。そこで調査したところ、幾つかの筋からお前の名が上がった」
「私、ですか」
「ガイレス教授より直々のご指名だ。一級治癒師としての才は十分と聞いているが?」
ああ、とハタノは納得する。
ガイレス教授。
”特級治癒師”の一人にして、帝都中央治癒院の権威の象徴と呼んでも差し支えないだろう。
無論、ハタノとは相性が悪く――
「聞けば貴様、帝都治癒院であまり評判が宜しくないようだな? 先輩方に煙たがられ、患者とのトラブルも絶えないと。だが安心しろ。才の強さに本人の性格は関係ない。お前はただ勇者を抱き、その血を残せ。生まれた子は余らが正しく教育してやる、安心して孕ませるがいい」
雷帝の進言に、ハタノは頷く。
帝国ヴェールにおいて、民の才はそのすべてが国の財産、すなわち皇帝の所有物だ。
その皇帝陛下の腹心にして三柱が一人、雷帝メアリス様の命である以上、断れば自分の命はないだろう。
ハタノは自分の生に執着している訳ではないが、無為に死にたいとも思わない。
……とまあ、話の概要は理解したのだが――
「ところで、雷帝様。私はどこへ連れて行かれるのでしょうか」
気づけば馬車は帝都を抜けていた。外は長閑な田園風景に変わっている。
「お前は勇者の旦那になるのだ。当然、勇者の家に住むべきであろう?」
「しかし、今の職場は……」
「退職金で飲む酒はさぞ旨いであろうな?」
ぼすん、とハタノの膝に袋が乗せられた。
どうやら自分は知らない間に、職場を追放されたらしい。
「理解したなら早速、顔合わせといこうか。お前の妻となる女にして、我が国で最優の勇者にな。その女を抱く、それが貴様の新しい仕事だ」
馬車はさらに速度を上げ、竜の如く疾走する。
振り落とされないよう腰を落としながら、そういえば、相手の名前を聞いていないなと思った。
「雷帝様。勇者様のお名前は……?」
「名か。才には関係ないが、知りたいのは当然か」
いま思い出したかのように、雷帝様は彼女の名を告げた。
「名を、勇者チヒロ。――ああ。お前には、血染めのチヒロ、という二つ名の方が通りが良いか?」
噂に疎いハタノですら、聞いたことがあった。
獲物を抜けば最後、その地にはネズミ一匹残らぬとされ。
魔物はもちろん、人相手であっても悪人とあらば顔色ひとつ変えず肉片まで切り刻み、返り血を浴びてなお笑顔を浮かべる、外法の勇者。
もしかしたら、オーガのように屈強な女性かもしれない。
……ハタノは、奴隷のように扱われるのだろうか。
暴力的な人は苦手だな、と、ハタノは諦めたように笑う。
仕事だと割り切っても、ハタノとて人間だ。
どんなに取り繕っても、嫌なものは、嫌だなと思うのだった。
*
しかし。
そんな先入観は――本人と顔を合わせた途端、さらりと、消えた。
腰元までゆるりと流れる、穢れひとつないゆるやかな銀髪。
背丈はハタノより一回り小さく、けれど宝石のように美しい瞳と、整った顔立ちは美人と呼んで差し支えないだろう。
無表情ではあるが、その表情のなさが彼女らしさを際立たせているようで、ハタノはつい見惚れてしまい――
視線をそのまま胸元に落とし、またも、固まる。
帝都では見慣れない和装――襟元を交錯させ、腰帯で止めた格好は、確か、着物と呼ばれたもの。
懐には、一振りの刀。
(……侍?)
「彼女は東方の国のハーフでな。東方といえば黒髪だが、彼女は珍しい銀髪にして勇者だ」
彼女が、私の妻となる相手。
現実感のなさに固まっていると、彼女がハタノに頭を垂れた。
「初お目にかかります、治癒師ハタノ様。私は、勇者チヒロ=キラサギ。何卒よろしくお願い致します――旦那様」
「……こちらこそ。治癒師のハタノと申します。よろしくお願い致します、チヒロさん」
動揺を飲み込み、ハタノも礼を尽すべく頭を下げる。
……彼女と結婚する。
そして、彼女を抱く。
その実感は、まだ、ハタノにとってあまりに遠いものだった。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
(改訂版)帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!
黒猫
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。
ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。
観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中…
ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。
それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。
帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく…
さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる