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シャンパン
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正直今回は例外。番外編として綴りたい。
会社員となって10数年。
芽も出ず花も出ずで、気づけば心を病んで休職していた頃の話だ。
精神状態が少し回復してきた私は、治療も兼ねて新しい趣味探しをしていた。
そんな折に見つけたのがアニソンバーなるものだった。酒を飲みながら、名前の通りアニメのみならず、ゲームの曲も歌えるということで、懐かしくなって私は足繁く通っていた。そのアニソンバーに何回か通い始めていた頃である。
普段は人見知りということも相まってあまり他人とは話さないのだが、その日は私が歌う曲を楽しそうに聞いてくれる方がいた。あまりに楽しそうに聞いてくれるので、私も調子に乗って何曲も歌ってしまい、気付けばいつもより長居をしてしまった。
するとその方がトイレに行っていた間に、お連れがケーキを用意してきたではないか。
どうやらその方は店の常連らしく、その日は誕生日だったらしい。
「なんともめでたい日に来てしまったようですね。」
と、思わず話しかけてしまった。
「ありがとうございます。」
その方はとても嬉しそうに答えてくれた。
あまりにも楽しくなってしまったので、私はアニソンではないのだが、誕生日にちなんだ曲を一曲歌わせてくれないか、とお願いしてみた(いやはや酒の勢いとは恐ろしい)。通常ならば許されないのだが、誕生日という事で特別に歌わせていただいた。
曲はB'zの「Happy Birthday」。
単純に誕生日を祝う曲だし、どちらかというとマイナーな曲なのだがとても喜んでいただけた。
そうして宴もたけなわといった頃に、おそらく準備していたのだろう、店員が一本のワインとそのお客と店員を含めた人数分のグラスを持ってきた。
いやあめでたいなぁ、と眺めていたら、
「あなたもどうぞ。」
と、初対面にも関わらず、私にもグラスを渡してくれた。
せっかくのご好意だ。私はありがたく頂戴することにした。
グラスに注がれたのは白のスパークリングワイン。やや黄緑がかったワインの中に、大きめの泡がポツリポツリと水面へ立ち上っていた。
「では、乾杯!」
それぞれのグラスを軽くチン、と当て、ワインを口の中へ運ぶ。
美味い。
やや酔いが進んでいたにも関わらずはっきりと分かる白ブドウの濃厚な香りと、発泡の刺激が私の口の中に広がっていった。
何のワインか分からないが、これは美味い。私は二口で飲み干してしまった。
「すみません。ご馳走様でした。」
「ご馳走様でした。“ドンペリ“、ありがとうございます!」
「は!?ドンペリ!?」
耳を疑った。
「ドンペリ」といえば一本数万円、ものによっては十万から百万円はする高級ワインだ。
しまった。そうと分かっていればもっと味わっておけばよかった、と思ったが後の祭りである。
だがしかし、あのドンペリの味は、私に何か懐かしいものを思い起こさせた。ドンペリなど飲んだこともないというのに。
あれは何だったか。いつ、どこで飲んだのだったか。
ああ、そうか。思い出した。
あれは幼少の頃。
私が何歳だったかの誕生日で、父が買ってきた「シャンパン」。あの味だ。
歳を重ねるのが楽しみで仕方なかったあの頃。
私のことを祝い、そしてこれから嬉しいことがいっぱい待っていると信じていたあの頃。
そんな時に飲んだ「シャンパン」の味に似ていたんだ。
別にドンペリが安っぽい味だったというわけじゃない。
仮に私が個人でドンペリを買ったとして、あの空間の、幸せで楽しい味は、一人では再現できないだろう。
どこかの見知らぬ方へ。
私はおかげで、小さい頃の幸せな記憶を思い出すことができた。
ありがとう。
そしておめでとう。
改めて、Happy Birthday。
会社員となって10数年。
芽も出ず花も出ずで、気づけば心を病んで休職していた頃の話だ。
精神状態が少し回復してきた私は、治療も兼ねて新しい趣味探しをしていた。
そんな折に見つけたのがアニソンバーなるものだった。酒を飲みながら、名前の通りアニメのみならず、ゲームの曲も歌えるということで、懐かしくなって私は足繁く通っていた。そのアニソンバーに何回か通い始めていた頃である。
普段は人見知りということも相まってあまり他人とは話さないのだが、その日は私が歌う曲を楽しそうに聞いてくれる方がいた。あまりに楽しそうに聞いてくれるので、私も調子に乗って何曲も歌ってしまい、気付けばいつもより長居をしてしまった。
するとその方がトイレに行っていた間に、お連れがケーキを用意してきたではないか。
どうやらその方は店の常連らしく、その日は誕生日だったらしい。
「なんともめでたい日に来てしまったようですね。」
と、思わず話しかけてしまった。
「ありがとうございます。」
その方はとても嬉しそうに答えてくれた。
あまりにも楽しくなってしまったので、私はアニソンではないのだが、誕生日にちなんだ曲を一曲歌わせてくれないか、とお願いしてみた(いやはや酒の勢いとは恐ろしい)。通常ならば許されないのだが、誕生日という事で特別に歌わせていただいた。
曲はB'zの「Happy Birthday」。
単純に誕生日を祝う曲だし、どちらかというとマイナーな曲なのだがとても喜んでいただけた。
そうして宴もたけなわといった頃に、おそらく準備していたのだろう、店員が一本のワインとそのお客と店員を含めた人数分のグラスを持ってきた。
いやあめでたいなぁ、と眺めていたら、
「あなたもどうぞ。」
と、初対面にも関わらず、私にもグラスを渡してくれた。
せっかくのご好意だ。私はありがたく頂戴することにした。
グラスに注がれたのは白のスパークリングワイン。やや黄緑がかったワインの中に、大きめの泡がポツリポツリと水面へ立ち上っていた。
「では、乾杯!」
それぞれのグラスを軽くチン、と当て、ワインを口の中へ運ぶ。
美味い。
やや酔いが進んでいたにも関わらずはっきりと分かる白ブドウの濃厚な香りと、発泡の刺激が私の口の中に広がっていった。
何のワインか分からないが、これは美味い。私は二口で飲み干してしまった。
「すみません。ご馳走様でした。」
「ご馳走様でした。“ドンペリ“、ありがとうございます!」
「は!?ドンペリ!?」
耳を疑った。
「ドンペリ」といえば一本数万円、ものによっては十万から百万円はする高級ワインだ。
しまった。そうと分かっていればもっと味わっておけばよかった、と思ったが後の祭りである。
だがしかし、あのドンペリの味は、私に何か懐かしいものを思い起こさせた。ドンペリなど飲んだこともないというのに。
あれは何だったか。いつ、どこで飲んだのだったか。
ああ、そうか。思い出した。
あれは幼少の頃。
私が何歳だったかの誕生日で、父が買ってきた「シャンパン」。あの味だ。
歳を重ねるのが楽しみで仕方なかったあの頃。
私のことを祝い、そしてこれから嬉しいことがいっぱい待っていると信じていたあの頃。
そんな時に飲んだ「シャンパン」の味に似ていたんだ。
別にドンペリが安っぽい味だったというわけじゃない。
仮に私が個人でドンペリを買ったとして、あの空間の、幸せで楽しい味は、一人では再現できないだろう。
どこかの見知らぬ方へ。
私はおかげで、小さい頃の幸せな記憶を思い出すことができた。
ありがとう。
そしておめでとう。
改めて、Happy Birthday。
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