がらくたのおもちゃ箱

hyui

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不安定で不確かな世界

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〈朝食ステージ〉
「うーん…。」
昨日変な夢を見た。
何人もの人が鏡台のようなものの前で座り、じっとしてる。かと思えば、鏡台をバンバンと叩き始め、罵詈雑言を吐き始める。その人はどこからか現れた誰かに取り押さえられ、何処かへと連れて行かれ、その鏡台にまた誰かが座る……。
特に大きな変化もない妙な夢だが、俺はその夢にどこか不気味な印象を受けた。なんだか人の昏い部分を覗き見ているような……。


勝利まさとし!どうしたの?ぼうっとして。」
「あ……。母さん、おはよう。」
「おはようじゃないわよ。もう。早く支度しないとまた遅刻するわよ。」
「わかってるよ。うるさいなあ。」
愚痴を吐きながら朝食を食べる。パンと牛乳と目玉焼きのシンプルなメニューだ。
「うるさいって何よ。お母さんはあなたのために言ってるのよ。」
「ああ。もう、うるさい。」
とっとと食べて学校に行ってしまおう。今日の朝食はパンと牛乳と目玉焼きのシンプルなメニューだ。
「もう、本当に文句ばかりなんだから全く…。」
母も愚痴りながらテレビをつける。
テレビでは天気予報を放送していた。
『今日は何ごともない晴れでしょう。』
真っ白なシャツを着たレポーターが笑顔で言う。何ごともないならわざわざ言わなくてもいいもんだが。
「何ボーっとしてるの。早く食べちゃいなさい!」
「わかったよ。うるさいなあ。」
今日の朝食はパンが3つに牛乳と目玉焼き。目玉が2個になってる。ちょっとラッキーだ。
ご飯を平らげて支度を進める。また遅刻なんてことをしたらたまったもんじゃない。
とりあえずテレビをつけることにした。テレビでは天気予報をしているようだ。
『今日はまもなく曇り。何か起こるかもしれません。』
緑のシャツを着たレポーターが言う。
曇りか…。まあでも傘は要らないな。
「何してるの!早く食べちゃいなさい!」
「わかったよ。うるさいなあ。」
今日の朝食はオムライスにシチューにアセロラジュース。朝食にしては妙に豪勢だ。


〈教室ステージ〉
何か変だ。
今朝から何か違和感がする。
だがその違和感の正体が、俺には掴めずにいた。
「おはよう。勝利まさとし君。」
真理まり、おはよう。」
「今日は遅刻しなかったのね。」
「ああ。なんとか。」
いつもの挨拶を済ませて、俺は黒いカバンを席に置いた。
「もう寝坊しちゃダメよ。次遅刻したら補習確実なんだから。」
「わかってるよ。」
前に目を向けると、クラスの日直が黒板に大きく「?」と書いていた。あいつは何がしたいんだか。
「本当にお願いよ。あなたになんかあったら、学級委員の私が怒られるんだから。」
「わかった。わかった。」
生返事をしながら、俺は青いかばんを席に置いた。
「あ、そういえば今日、なんか転校生がくるんだって。」
「転校生?」
「うん。ちょっと変わった子みたいなんだけど……。」
「ふうん。」
前に目を向けると、クラスの日直が黒板に大きく「期待」と書いていた。何が期待なんだか。
と、その時だった。
教室に大きな人影が差した。
「な、何だ!?」
教室にスッと入って来たのは、どうやら噂の転校生らしい。2メートルはあるかと思われる筋骨隆々の巨体。学生帽にあちこち破れてる前開きの学ラン、更には下駄と時代錯誤を感じる出立ち。なるほど、変わり者だ。
その転校生は教室で俺を見つけるなり、こっちに向かって突っ込んできた。何故俺に!?
「うおおおおっ!」


〈バトル突入!〉
気がつくと、さっきまでの教室の風景が消え、俺と転校生だけが向かい合う形で立っていた。
おかしい。やはり何がおかしい。
しかも。しかもだ。
俺は目の前の転校生を倒さなければならないと思っている。何故か分からない。彼とは初対面だ。というか、見た目からして喧嘩なんか吹っかける気にもならないような相手だ。
本当にどうかしている。だが、謎の使命感が俺を突き動かしていた。
それだけじゃない。今まで感じていた違和感が一層濃くなっていた。
何かを期待するような、熱い視線のようなものを感じていた。
「オラァァッ!」
転校生が殴りかかってきた。
ヤバい!避けないと!
その時、不思議なことが起こった。
一瞬、転校生の拳が止まったのだ。アスリートなどは脳内でアドレナリンなどが分泌されて時間の流れが遅く感じることがあるというが、この現象がそれだろうか。
しめたぞ!これなら避けられる!と思っていたら、顔面を思い切り殴られた。やっぱりそんなことはなかったらしい。
俺はたちまちその場に倒れてしまった。

〈連打しろ!〉

正直もう倒れていたい。こんな喧嘩など続けたくない。
だが、俺は起きあがろうとしていた。
何か倒れてはならない謎の衝動が、俺を突き動かしていた。
「ぬううおおおお!」
なんとか起きあがろうとした直前、プツンと糸が切れたようにその場に倒れる。やっぱり無理なものは無理なのだ。
気が遠くなりながら、俺は何処かで落胆するようなため息を聞いたような気がした……。


〈保健室ステージ〉
目が覚めると、俺は保健室に運ばれていた。口の中が痛い。どうやら殴られた時に口の中を切ったらしい。歯も折れてる気がする。
「あら、気がついた?」
起き上がった俺に先生が話しかけてきた。この学校の保健の先生だ。
「随分派手に喧嘩したのね。大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ッス…。」
俺は目のやり場に困った。この保健の先生、美人な上にかなりグラマーなスタイルで、しかも男を挑発するようなセクシーな衣装で学校に来ているのだ。一応白衣を着ているから先生に見えるが、それが無ければ完璧に痴女である。
「立てそう?どこか傷むところはない?」
「あ…。だ、大丈夫ッス。大丈夫、なんすけど…。」
「どうしたの?」
「いや、なんか朝からなんか変な感じがするっていうか、その幻覚が見えるっていうか…。」
「幻覚?例えば?」
「そうですね…。なんか、初めて起こったことのはずなのに、初めてじゃないみたいな錯覚っていうか。なんか同じ経験を何度もしているような……。」
既視感デジャブってやつね。まあ、不思議な感覚でしょうけど、大丈夫よ。そういうのは夢で見た似たような風景を思い出してるだけだから。よくある話よ。」
「そ、それだけじゃないんです。なんか、誰かに見られてるような感覚もするんです。」
「見られてる感覚がする?うーん。ちょっとそれは心配ね。」
「気のせいだと思うんですけど、自分も何がなんだか…。」
「まあ、ちょっと休んだ方がいいかもしれないわね。長引くようなら、メンタルクリニックとかに行った方がいいわ。」
「び、病院ですか?」
「一応ね。精神疾患の可能性があるから。」
……自分が病気かもしれない?
考えたくもないが、でもそうかもしれない。朝食を何度も食べていたり、日直が意味不明な文字を書いていたり、突然やって来た転校生に殴られたり、とても現実に起こっている事とは思えない。

「じゃあ今日は早く帰って休みなさい。一応、お熱も測っとく?」
「ええ。お願いします。」
これで熱があったら完全に病気だ。明日、病院にいこう……。
と、今信じがたいものを見た。先生の白衣がキリンの模様になっている。
そんな馬鹿な。
いくらなんでもキリンの柄をした白衣なんて聞いた事がない。
……ああ、参った完全に病気だよ。これは。
気落ちしながら、俺は測り終えた体温計を先生に渡した。
先生は体温計をまじまじと見つめる。
「体温は……平熱のようね。」
よかった。とりあえず熱の方は問題ないようだ。
「体温は……アツくなってるわね。」
そうか。やっぱり熱があったか。いよいよ病気だな。
……あれ?今、何が同じことが2回起こってないか?
「体温は……激アツよ!!」
やっぱりおかしい。先生が3回も体温計を見ている。しかもなんていう、日常会話ではおよそ使わないような意味不明な言語を使い始めている。
「はい。これが診断書よ。」
そうして先生がなんの脈絡もなく診断書を渡してくる。
ああ。恐ろしい。
何が恐ろしいって、そんな突拍子もない展開を当たり前のように受け止めている自分がいる事だ。しかもその診断書は金色をしている。診断書って金色なんだっけ?
俺はその診断書を恐る恐る覗いた。そこには一言。ただただシンプルに一言が書かれていた。

」と。

とは何の事だ?何がしたんだ?
疑問に思う間も無く、突如として地響きが俺たちを襲う。何ごとかと窓から身を乗り出すと、なんと運動場にデカい岩が五つおちてきている。
しかも、目の錯覚だろうか、それはまるで文字に見えるのだ。
BONUSと。

もう訳がわからない。俺が異常なのか?この世界が異常なのか?狂ってしまえるのならどんなに楽であろうか!もはや何が正常で何が異常なのかわからない!
そうだ。感情など捨ててしまおう。疑問など持たなければいいのだ。
そう心に決めた俺は、不意に頭に浮かんだ言葉を叫ぶことにした。


「右打ちだ!」
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