がらくたのおもちゃ箱

hyui

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お手軽簡単サイドビジネス

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休日の午後。
退屈を持て余していた俺は、喫茶店で時間を潰していた。
「暇だなぁ…。なんか楽しいことねぇかなぁ…。」
とはいえ、金だってさ程持ってる訳じゃない。世の中、何をするにせよ金が必要だ。楽に金が稼げるような事があればいいんだが…あいにくそんなうまい話があるはずがない。
そういえば、世間では"サイドビジネス"というのが流行っているらしい。元の仕事とは別に、片手間でできるいわば副業のようなものだ。簡単な内容で小遣い程度だが金が稼げる。俺もそういうの始めようかねぇ…。

「…あなた。退屈そうですね。」
いきなり、見知らぬ男が俺に声を掛けて来た。スーツ姿のぱっと見、身なりのいい男だ。
「な、なんか用すか?」
「いえね。あなたに簡単にできるサイドビジネスを紹介しようと思いましてね。」
…ああ。出た出た。怪しさMAXのビジネス紹介。聞いた話じゃ、サイドビジネスが流行ると共に、それに類似した詐欺の被害も増えてるらしい。この男もその類だろう。
「悪いけど、そんな話は間に合ってますよ。他を当たって下さいよ。」
「ははぁ…。あなた私を疑っておいでですね?私が詐欺師じゃないかと。」
「…じゃなかったらなんなんです?見ず知らずの人に金儲けのやり方を教えてくれる親切な人?」
俺の皮肉に、男は笑い始めた。
「ははは…!それはいい!そう!です!私は!」
「…あんた。ふざけてんのか。それとも酔ってる?」
「いえいえ。大真面目ですよ。私は。あなたに是非とも紹介したいビジネスがあるんですよ。簡単で報酬も素晴らしいビジネスを。」
「そんな美味い話があるかよ。そういう話には大抵裏があるもんだ。あとで金を毟り取ろうってんだろ。その手には乗るか…!」
…気分が悪くなった。この喫茶店からとっとと出て行こう。
俺が出て行こうとすると、男は俺を引き止めた。
「ま、まあまあ。待ってください。私、こういう者です。」
そう言って男は名刺を出してきた。肩書きには「国務省員」と書かれている。
「あんた…。政府の人間なのか!?」
「偽物じゃありませんよ。実はあなたに、この度政府が開発したサイドビジネスを紹介したいのです。説明だけでも聞いてみませんか?」
「あ、ああ…。」

結局、俺はその政府の男とビジネスについて話すことになった。
男は胸元から手のひらほどの装置を取り出した。なにかのスイッチのようだが…。
「あなたにやってもらいたいビジネスはこのスイッチを一日に一回、このスイッチを押す。ただそれだけです。」
「それだけ?ただのそれだけ?」
「それだけです。」
なんだそりゃ…。それがビジネス?
「スイッチが押されたのを確認したら、こちらから報酬を送ります。ただし一日に一回は必ず押すこと。一回以上は押さないこと。これは守っていただきます。」
「それは構わないけど…本当にそれだけなの?なんか費用とかは?」
「いりません。受け取ってもらったその日からスタートできます。入会金、年会費も無料です。」
そんな簡単なら…やってみようかな。リスクもなさそうだし。
「いや…待て待て。やっぱりおかしいよ。そもそも金はどこから出てるんだ?なんでこんな事で金がもらえるんだよ?」
「決まってるでしょう?国に関係している事だからです。報酬だって政府が払います。」
「国に関係してるって…、一体何?交通量の調査とか?」
たまに道路で見かけるあれだ。車が通った数をカウンターで数えるやつ。
「まあ…そんなところです。」
「なあんだ。それならそうと言って下さいよ。それで?このスイッチはどんな時に押すんです?」
「別に指定はありません。いつでも好きな時に押して結構です。」
「へえ…!」
そりゃ結構な話だ。
「分かりました。いいですよ。やることも簡単だし、費用だって無い。何よりお国の仕事なら問題なさそうだ。」
「ありがたい…!あなたのご協力、感謝致します!」

その日から、俺のサイドビジネスが始まった。
やる内容はあの男の言った通りの事をするだけ。スイッチを押す、ただそれだけの簡単な仕事だった。一日に一回押せば、次の日銀行口座に5万円振り込まれる。驚くほど簡単で儲かる仕事だ。月で計算すれば150万。もう真面目に仕事なんてやってられないな。

ビジネスを始めて一ヶ月。俺はあの男とあの喫茶店で再会した。
「やあ。調子はどうです?」
「順調ですよ。いやあ、こんなに儲けちゃっていいのかなぁ…?」
「こちらもあなたに喜んで頂けてなによりです。」
政府の男は一月前と変わらずニコニコ笑っている。
「ところで…今日はもう押したんですか?スイッチ。」
「ああ、いけない。忘れていた。」
俺はその内押そうと思っていた、スイッチをポケットから出した。
「一月くらいやると、ついつい忘れちゃうんですよね。始めは朝一番に押してたのに…。」
俺はスイッチを押す。この作業も半ば日課になってきた。
俺がスイッチを押すと同時に、喫茶店の客の一人が突然苦しみ始め、そして倒れた。辺りは騒然とする。
「な、なんだ…!?」
「人が倒れた!」
「大変だ!救急車だ!救急車を呼べ!」

程なくして、その客は救急車によって運ばれた。
「び、ビックリしたなあ…。しかし偶然ですね。俺がスイッチを押すのと同時に苦しみだすなんて…。」
「いや、偶然じゃありませんよ。」
男は真顔になって答えた。
「…え?今、なんと?」
「だから、あなたがスイッチを押したのと、あのお客が倒れたのは偶然の一致じゃないと言ったんです。」
なん…だと?
「ど、どう言うことだ?このスイッチは一体なんなんだ?」
「…ちょっとこちらへ。ここでは少し話せない内容だ。」
そうして俺は、スーツの男に黒い車の中へと連れられた。

「…一月が経った今、もうお話しても良いでしょう。あなたのスイッチは政府の開発した最新の細菌兵器です。」
「さ…細菌兵器?」
「そうです。我が国の人間にランダムに襲いかかる細菌兵器…。あなたのスイッチはその細菌兵器を攻撃させるスイッチなんです。この細菌兵器にかかった者は間違いなく死ぬ。」
「そんな…!じゃあ俺は…!」
…あのスイッチで俺は、毎日この国の誰かを殺していたのか…!
「だが…なんだってそんなことを政府が…?」
「この国の人口問題の事は、あなたもご存知でしょう?度重なる人口増加による食糧問題や労働問題に、政府も頭を抱えていました。そこで我々は考えた。減らせばいいと。しかし政府が直接手を下すのは許されない。やるならば秘密裏に、できれば無関係の人間にやってもらいたい。それであなたにこのビジネスを持ちかけたわけです。」
男は淡々と話す一方で、俺は段々と青ざめていった。とんでもないことに巻き込まれたことに気づいたんだ。
「くそ…!やっぱり裏があったのか!冗談じゃない!俺はもう降りる!」
「おっと、今さら遅いですよ。なぜ私があなたにこんな事をペラペラと話したと思いますか?」
男の手元には拳銃が握られていた。銃口は俺に向けられている。
「降りるというならご自由に。ただしその時には、あなたにはこの場で死んで頂きます。」
「なんだって…!」
「国の最高機密を知ってしまったんだ。当然の措置でしょう?大丈夫。生き延びたければ、続ければいいんですよ。このビジネスを。赤の他人が死んだって、あなたにはなんの問題もないでしょう?」
「しかし…!」
「他人を蹴落とし、自分が得をするようにする。資本主義の仕組みそのものだ。あなたの生活は今まで通り何一つ変わりはしない。」
男に反論したかったが、こいつの銃口が俺の口を閉ざした。
「い、いつまで続ければいいんだ。」
「さあ…?私にも分かりません。上からもういいと言われるまでです。ただし、これからは一日一回スイッチを押すというノルマを必ず達成してもらいます。もし達成していなければ、反乱とみなして死んでもらいます。」
「…わかったよ。」
そうして俺は、ようやく黒い車から解放された。


それからも、俺はスイッチを毎日押し続けた。このスイッチ一回で、俺は毎日人を一人殺しているんだ。
あいつは今までと何ら変わらない生活が送れるなんて言ったがとんでもない。今の俺の生活は、人を殺し続けている罪悪感と、いつか自分もこの細菌兵器に、もしくは政府に殺されるんじゃないかという恐怖に押しつぶされそうな毎日だ。
軽い気持ちでサイドビジネスなんて始めるもんじゃない。金儲けの代償には、それ相応の対価が存在するんだ。
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