がらくたのおもちゃ箱

hyui

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人形の星

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僕はロボット。気付いた時にはもうここにいた。

ここはスクラップの星。いらなくなったがらくたが定期的にここに捨てられてくる。旧型のコンピュータ、トースター、電話機などなど…。
人間は勝手なものだ。どんどん新しい物を作り出しては、古い物をどんどんと捨てていくらしい。捨てた物が自分の星で捨てきれなくなったから、適当な星を処分場にしてそこにまたいらない物を捨てていくようだ。…まったく腹立たしいことこの上ない。

僕はいつものように、丘の上にいる調理ロボットに声をかける。
「やあ、クック。元気かい?」
「やあ、ロイド。元気も何も僕らはロボットじゃないか。病気なんかかからないよ。」
「それもそうだね。」
「ああ~…でも最近腕の調子が悪いんだ。診てくれないかい?」
「いいとも。」
彼は調理ロボットのクック。現役の頃は人間たちに自慢の料理を振る舞っていたらしい。だが新型のロボットが開発されてから、彼はお払い箱になった。
「…終わったよ。ちょいとネジの調子が悪かったようだ。」
「助かったよ。ところで用事はなんだい?いつものように私の料理を食べに来たのかい?」
「まあね。いつもの通り頼むよ。」
クックは周囲の空気を取り込んで分解し、その成分から料理を作るというロボットだ。彼のおかげで空腹には困らなかった。しばらく待つと、彼の中からホカホカの料理が出て来た。
「いつもありがとうな。」
「ドウイタシマシテ。こう返すのであってるのかな?それにしても君はまったく変わったロボットだ。」
「何が?」
「僕たちロボットは人間のように食事を摂る必要がない。君以外にここで僕を必要とする奴はいなかったよ。」
「そうなのかい?でも君だって腹は減るだろう?」
「いいや。腹が減る、っていう感覚も分からない。」
「…そうなのか?」
「ああ。」
…そんなバカな。

ここで目覚めて随分たつが、今まで疑問にも思わなかった。
僕に備わってる感覚がクックにはない。僕は他のロボットとは違うのだろうか?
「…なあ。クック。ちょいと旅にでも出てみないかい?」
「いいとも。しかしなんの旅に?」
「他のロボットを探したいんだ。僕は君以外のロボットを知らない。」
「そう。じゃあ知り合いのロボットがいる。ついておいで。」

しばらくクックについていくと、海岸の近くに佇む一体のロボットを見つけた。
「おーい。マクス。」
「ああ。クック。久しぶりだな。」
「初めまして。マクス…と言うのかな?僕はロイドだ。」
「よろしくな。ロイド。俺は作業運搬ロボットのマクスだ。現役の時は工事現場とかで活躍したもんだ。」
「…でも今はここに捨てられている。」
「ああ。もっとパワフルな奴が入ってな。俺はお役御免だ。」
「腹が立たないか?頑張っても、頑張っても、人間はそんなことどうとも思わずに簡単に捨てていくんだぞ。」
「?何を言ってるんだ?腹が立つ?それは一体どんな機能だ?」
「え…。」
…腹が立つと言う感覚が分からない?「怒る」って感情が無いのか?
「しかしお前と会うのも久しぶりだな。クック。ここのところ海岸には来ていなかったのにどうして?」
「ロイドが他のロボットを知りたいというんでね。知り合いのロボットを紹介して回っているんだ。誰か知り合いはいないかい?」
「知り合いか。なら海岸沿いを歩いていくといい。確かそこにもロボットがいたはずだ。」
「そうか。マクス…。ありがとう。」
「? ああ。」


マクスに教えてもらった通りに海岸沿いを歩いていくと、何やら悲しげな音楽が聞こえてきた。楽器の演奏ロボットが海岸で音楽を奏でているのだ。彼は観客もいない海岸で、ただ一人演奏を続けていた。
「やあ。こんにちは。」
「こんにちは。どなたかな?」
「僕はロボットのロイドだ。…何とも悲しい曲だね。君は演奏ロボットなのかい。」
「見ての通りさ。私はオルガノ。元々船上パーティーでの演奏用に作られた。しかし、私の曲を悲しいとは…。君は本当にロボットなのかい?」
「だって…君の奏でる曲は何だかもの悲しいじゃないか。僕はそう感じたよ。」
「私は自分にプログラムされた曲を演奏しているだけだ。私にとって曲とは連続した音の集合に過ぎない。それを悲しいだとか楽しいだとか言われても、私たち機械には理解できない。」
「そんな…。」
オルガノはそう言ってまた別の曲を弾き始めた。今度はおどけた陽気な曲だ。
「僕は…ロボットだ。ずっとロボットとしてここにいた。」
「何のロボットだ?」
「それは…分からない。」
「それは変だ。ロボットなら皆、何のために産み出されたロボットなのかを知ってるはずだ。」
「分からないんだ。このクックも、さっきあったマクスも、そしてあなたも、みんな自分が何者で何をしてきたのかを知っている。なのに僕は何一つ知らない。何のロボットなのか自分でも分からないんだ。」
「ふむ。それならこの向こうにあるゴミ山の頂上を目指しなさい。そこにいるコンピュータに尋ねてみるといい。」
「そのコンピュータに会えば、僕が何者か分かるのかい?」
「ああ。あのコンピュータは全てを知っている。製造されてからありとあらゆる情報を溜め込んでいる物知りさ。もっとも、誰も何かを知ろうとしないから誰もそいつを使わないがね。」
「ありがとう。行ってみるよ。」
「ふむ…?」

オルガノはゴミ山へ向かうロイド達の後ろ姿を見送りながら呟いた。
「ありがとう…?ありがとうとは一体何だ?」
しばらく考えたが、しばらくして答えが出ないことに気づき止めた。そうしてまた彼のプログラム通り、演奏を続けるのだった。

オルガノに教えてもらったゴミ山の頂上には、確かにコンピュータがあった。とは言ってもディスプレイだけなんだが。
「…これがオルガノの言ってたコンピュータか。どうやって調べたらいいんだ?」
クックに尋ねてみたが、知らないという。まあそれもそうなんだが。
「御用でしょうか?」
突然ディスプレイが映って、機械のような女性のような声が呼びかけてきた。
「うわ!ビックリした!あんた音声を認識できるのか!」
「はい。私はアイリスと申します。通常のロボットと同じく、音声を認識し会話が可能です。」
「驚いたよ。いきなり声をかけるんだもの。」
「申し訳ございません。それで一体どのような御用でしょうか?」
「ああ。実は…変な話なんだけど、僕が何のロボットか調べて欲しいんだ。できるかな?」
「かしこまりました。では製造番号からロボットの形式を調べます。製造番号をどうぞ。」
「え…?製造番号?」
「そうです。ロボットの製造番号です。それさえわかれば、ロボットの所属、形式、何年式の物かが分かります。」
「製造…番号…。」
僕は思い当たるところを全て調べてみた。だが、どこにもそんな番号は見当たらなかった。
「…ない。」
「それはありえません。ロボットならば皆製造番号を身につけているはずです。」
「そんなこと知らないよ!ないものはないんだ!だいたい製造番号が無かったら一体なんだって言うんだ!」

「考えられるのは一つ。あなたが人間であるということです。」

…一瞬思考が止まった。…何だって?
「人間…だって?」
「はい。あなたは私が話しかけた時、驚いたとおっしゃいました。しかしロボットならば、感情は無いため物事に驚いたりすることはありません。」
「あ…。」
そうか。今まで出会ったロボット達が僕に対して疑問に思っていた理由がわかった。「怒り」も、「悲しみ」も、「感謝」も、彼らは持ち合わせていないんだ。僕とは違う存在…。
「ディスプレイをミラーにしてあなたを映すこともできます。見てみますか?」
「…ああ。」
アイリスの画面が暗転し、僕の周りの風景が映った。そこにはクックと…僕が映っている。初めて見る僕の体は、彼らの様に硬い外殻は無く、ゴムの様に柔らかい皮に包まれていた。隣に移るクックとは似ても似つかない姿だ。
「これが…僕…?僕は…人間なの?」
「今までのデータを集めると、99%の確率で人間と思われます。」
「そんな…。」
信じられなかった。目覚めてから周りはロボットばかりだった。だから自分もそうなんだと思っていたんだ。なのに…人間だったなんて…。
「どうされましたか?」
「…どうもこうもないよ。僕は今まで自分がロボットだと思っていたんだ。それが突然人間だ、なんて言われてショックを受けないと思うかい?」
「私には理解できない感情です。」
「…ふん。そうだったね。言っても無駄なんだった。」
「しかし、私は機械です。あなた方人間のいる場所へ案内はできます。ナビを表示しますか?」
「何だって…?」
「あなたの本来いるべき場所に案内できると言いました。ナビを表示しますか?」
…俺が、本来いるべき場所?僕が人間ならここは僕のいるべき場所じゃないってことか?
僕は戸惑いながらも、恐る恐る尋ねた。
って…どんなところだい?」
「はい。この星から遠く離れた『地球』というところです。そこにはあなた方人間を始め、多くの生命体が共存しています。」
「僕以外の、人間…。」
僕は迷っていた。できることなら、住み慣れたここに留まっていたい。ここならクックだっている。食べ物に困ることはないだろう。だけど、僕と同じ人間の住む地球で暮らすことにも魅力を感じ始めていた。人間は正直毛嫌いしていたが、彼らの住む地球はこの星の風景よりも美しいのだろうか?彼らと生活を共にするのは、ここで暮らし続けるよりも楽しいのだろうか?

「迷っておられるのですね?」
アイリスが僕に尋ねてきた。
「…まあね。分かるのかい?」
「あなた方人間の行動パターンから分析して推測しただけです。人間は同じ居場所に長年居続けるとそこから離れたくなくなる傾向にあります。あなたは今その居場所から離れるか離れないかの決断をせねばならない状況下です。今から違う環境へと移行する際、おおよその人間が迷うというデータが出ています。」
「…何でもかんでもデータ、データかよ。」
「はい。私はデータを収集し、そこから人間の行動パターンを分析して人間と同じ行動を取れるように作られたAIです。データ収集は私のプログラムの一部なのです。」
「でも人間の感情は理解できないのかい?」
「はい。感情というのはあまりに複雑なものの為私は感情というデータを理論化できず、結果失敗作としてここに捨てられました。」
「…。悔しいかい?」
「いいえ。我々機械には居場所を決めることはできません。全て使い主である人間が決めることです。しかし、あなた方人間は違います。人間は自分たちで居場所を決め、作り出していきます。あなたが地球に戻るかどうかも、あなた自身が決めることです。」
「うん…。」
「さあ、どうしますか?ナビを表示しますか?」

結局僕は、その場所までのナビを表示してもらうことにした。そこがどんなところなのか?地球までどうやっていくのか?見当もつかないけれど、行ってみることにしたんだ。
「さようなら。色々ありがとう。アイリス。」
「私に感謝の言葉はいりませんよ。ロイド。私は機械ですから。言われたことを実行するだけです。」
「…それでもやってもらったことにはお礼を言わないとさ。僕は人間だから。」
そうしてアイリスを後にし、僕とクックは地球に行けるという場所へと向かった。
その場所はどうということはない。何処とも変わらないゴミ山だった。
「…ここがその地球に行けるって場所かな?何もないじゃないか。」
そう思ったのも束の間、空の向こうから何かが飛んできた。人間たちのゴミ廃棄用の飛行機だ。
「…なるほど。あれに乗れということか。しかしどうやってこっちに気づいてもらおう?」
「それなら僕の機体から救難信号を送ろう。おそらく感知してこちらに気付くはずだ。」
クックが自分の胸のボタンを押すと、人間たちの飛行機がこちらに近づき降りてきた。そうして二人の人間が飛行機から降り、こっちに向かってきた。
「…驚いたな。君、この星で暮らしていたのかい?」
「…はい。」
「いつから?」
「わかりません。気付いた時にはここで暮らしていました。」

…目の前の二人はこちらを見ながらなにやらひそひそ話している。
「あの子、多分例のだ。ほれ。」
「ああ。最近問題になっている、か。」

「あの…何でしょう?」
「…あ、いや、失礼。実は最近この星に人間が来ることも多くなりましてね。見つけ次第回収するように言われてるんですよ。」
「さ、どうぞ。地球へ帰りましょう。」
言われるがままに僕はその飛行機に乗せられた。だが…。
「待って!クックは!あのロボットも一緒に乗せてくれないのか!?」
「回収を言われてるのは人間だけです。ロボットは回収してはならないと言われてる。あのロボットに何か思い入れがあるようですが、諦めてください。」
「そんな!ちょっと!」
抵抗も空しく、飛行機は僕を乗せて地球へと発進を開始した。

「…さようなら。ロイド。地球で元気にやりなよ。」
段々と小さくなる飛行機を、クックはいつまでも眺めていた…。


…それから10年。
僕は地球で様々な事を知った。
当時、「ダストチャイルド」といって、ゴミと一緒に赤子を捨てる行為が問題となっていたこと。僕も恐らくその一人だということ。他のダストチャイルドは恐らく生きていないであろうこと…。
本当に人間は色んなものを平然と捨てる生き物だ。まさか自分たちの子供まで捨てるとは相変わらず腹が立つ。でも僕もまたそんな人間だったとは、何とも笑えない話だ。

僕は人間。今は古物商を営んでいる。

あれから僕は国とやらから援助を受けて、スクラップの星の一部を買い取ることに成功した。
そうして捨てられた機械を回収し、修理して必要とする人に売るのだ。この商売についてとやかく言う人もいる。やれ偽善者だの、やれ国の援助目当てだの…。中には廃品の有効活用として褒める人もいるが、僕はそこまで深く考えていない。
結論から言えば、あの星にいたロボットたちを見捨てられなかったのだ。親の顔も知らない僕にとって、あそこは故郷であり、一緒にいたロボットたちは家族も同然だった。僕ひとり、のうのうと生き続けるというのはやっぱり居心地の良いものではない。
僕は平然とものを捨てるような人間ではなく、古きよいものをいつまでも大切に使う人間でありたいと思っている。…なんて事をクックの奴に話したら、それも人間の傾向らしい、なんて言われた。どうやら僕は、どこまでいっても人間らしい。
そうそう、この仕事をしているうちにクックの奴の回収することもできた。今の食事も今まで通りこいつの作る料理だ。

「やあ、クック。元気か?」
「元気もなにも、僕はロボット何だってば。このやり取り、何度目だよ。ロイド。」
「あはは。すまん。つい挨拶がてら言っちまうんだ。」
「またいつもの料理かい?」
「ああ。いつもの頼むよ。」
「わかった。しかし君も飽きないねえ。そんなに美味しいかい?僕の料理。」
「いいや。うますぎず、マズすぎず、って感じかな。」
「相変わらずよくわからない言い方をするね。君は。」
「そうだね。…またわからないことが出てきたら、そん時はまた、旅に出るかい?クック。」

僕は今は古物商。でもその先はどうなるかまだ分からない。自分が何者であるか?それを探す旅の道のりはまだまだ大分遠そうだ。
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