がらくたのおもちゃ箱

hyui

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神様キット

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「…なんだい?こりゃ?」
いつものように仕事から帰ってきたA氏は、部屋の中にお菓子の箱のような見知らぬ箱が置かれているのを見つけた。箱の蓋には「神様キット」と書かれている。
「なんだあ?誰かのいたずらか?これは…。」
まじまじと箱を調べたが、爆弾って感じではない。重さもずっしりとした感じはなく、むしろ軽かった。箱を振ってみて中身を探ってみたが、音がしない。中には何も無いようだ。
「何なんだ。一体…。」
A氏は思い切って箱のフタを開けてみた。
「あ…。」
A氏は思わず声をあげた。箱の中はいわゆるジオラマになっていた。一面の草原、青々と茂る木々。山。川。そして見たこともない生物。
ただ1つだけ違うのは、それがことだ。ミニチュアのようなサイズだが、生き物たちは皆勝手気ままに動き回り、あるものは草を食い、あるものは別の生き物を喰う。その箱の中は、そんな自然界の一部を切り取ったかのような風景が広がっていた。
「あはは…。なんだい、こりゃ?新作のおもちゃかね?」
A氏はしばらくその箱の中を覗いていた。箱の中はどうやら昼夜の経過や、天候の変化もあるらしく、暗くなってはまた明るくなったり、雨が降り出したりと、リアルな様子が再現されていた。
「こりゃ面白いものを手に入れた。仕事帰りにまた覗いてやるか。」
そうしてA氏は箱の蓋を閉めて、その日は床に就いた。


翌日、また仕事を終えて帰宅したA氏は箱を開けてみた。
「おや…?」
箱の中はまた風景が変わり、巨大な恐竜達が跋扈していた。
「こりゃ驚いた。もしかして、箱の中では何万年と時間が進んでるのか?」
嬉々として、恐竜が歩き回る様子を眺めるA氏。実は彼、小さい頃に恐竜ファンだったりした。
「あれがステゴサウルス…。あれがプテラノドン…。トリケラトプスに、ティラノサウルスも…!」
A氏は童心に帰ってはしゃいでいた。と、うっかりテーブルに置いてあったテレビのリモコンを落としてしまった。リモコンが箱の中に落ちる。すると、たちまち箱の中の世界が炎に包まれていった。
「うわっ!な、なんだ!どうしたんだ!」
先ほどまで支配者のように歩き回っていた恐竜達が、次々と炎に飲まれていく。やがて箱の中は暗い暗い夜のような日々が続き、ついさっきとはうって変わって一面の銀世界へと変わっていった。
「そうか。これは…氷河期だ。」
A氏は一人で納得した。
「俺のリモコンが奇しくも隕石の代わりになっちまったんだ。隕石が衝突したことで気候が変動し、氷河期へと突入した…。これは、まるで地球の歴史をなぞっているようだ。」
感慨に耽りながら、A氏はしばらく箱の様子を眺めていた。


…夜遅くにA氏は目覚めた。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。
何気なしに箱の中を覗くと、その中では既に人類が現れ始めていた。未だ原始的な生活を送る人類は農耕作業を行っておらず、狩りで食事を賄っていた。「火」と「石器」を用いて生活を送る彼らは、原始的ながらも徐々に文明的な部分を帯び始めた。狩りは常に一定の成果を上げられる訳ではなく、不漁の日もあった。そんな時に彼らは土器を作り大漁を祈るのだった。
「…なんとも可哀想だな。何とかしてやるか。」
A氏は不漁が続くと、その村の近くに獲物を摘んで置いてやった。そうするとその村は餓死を免れることができた。やがて、不漁の続く村々はより一層土器を作るようになっていった。いわゆる「神」という概念の誕生である。

それからもA氏は事あるごとに人類を救ってやった。
雨を求められた時は水をかけてやったり、難民の逃亡のために海を拓いてやったり…。A氏は時間が経つのも忘れて、人類の為にあれこれと世話を焼いてやった。
時間の経過と共に、箱の中の人類は瞬く間に進歩を続けていった。いつの間にか持っていた石器は鉄へと変わり、ただの集合体だったものが村となり、街となり、やがて国へとなった。大きな建物が立ち並ぶ中で暮らす彼らは、口々に「神」を語るようになった。
「我々には神がついている。我々が神への信仰を忘れぬ限り、我々の生活は揺るぎないものとなるであろう!」
またある者はこう言った。
「奴らの語る神は紛い物だ!我々の信じる神こそ本物だ!」
さらにある者はこう言った。
「神なんてもの存在しない。宗教というのは、精神を麻痺させる危険な思想だ!」
箱の中の人類たちは次第に意見が分かれていき、お互い争い合うようになってしまった。
争いの最中、敵を殺し合い、その殺しがさらなる争いを呼ぶ。負の連鎖が重なりあって、もはや収拾のつかない事態になってしまっていた。
「参ったな…。こりゃどうしようもないぞ。」
争いを続ける箱の中の人類たちは、今の自分たちのこの状況を嘆き悲しんでいた。
「神よ!どうか我々に救いをお与えください!」
「なぜ我々を助けてくださらないのですか!?神よ!」
「あんまりだ!やはり神なんていないんだ!こんちくしょう!」
皆思い思いの怨嗟の声、祈りの声を吐き出している。

A氏はこれらの声に対して一応は解決を試みた。神風を起こしたり、気候を変えてみたり、と一方に有利となるような奇跡を箱の中に起こしてみた。だが、争いは決して絶えはしなかった。1つの争いが終わっても結局また新しい争いが始まる。やがてA氏は無駄と悟り、箱の中の人類の声に耳を塞いでしまった。
「…自分たちで勝手に始めた事だ。自分たちでなんとかしてくれ。」
そう言って、A氏は神様キットの蓋をそっと閉じた。先ほどまで聞こえていた祈りの声、怨嗟の声がパタリと止み、いつもの自室へと戻った。
「やれやれ。神様ってのもなかなか大変なもんだな。勝手に祭り上げられて、人間の身勝手に付き合って…。俺みたいな凡人じゃ、とても付き合いきれないよ。」
「そうか…。残念だよ。」
不意にA氏の背後から声がした。そこには白い布を纏う、一人の男が立っていた。
「!?誰だ!あんたは!」
「その箱の送り主だよ。おおかた、予想はつくんじゃないかな?」
「箱の送り主だと…?」
A氏はしばらく考えたが、やがてハッとした。
「まさか…神か!?」
「その通りだ。神だよ。」
「驚いた…。まさか本物の神が現れるなんて…。」
「君は私を疑わないんだね?いきなり神と言ったら、笑われるかと思ったが。」
「あんな精巧な映像を生み出す箱、現在の技術で出来るわけがない。加えて、あんたがいきなり部屋に現れてきたんだ。こんなの神か悪魔の所業としか言えんだろ。」
「ふふ。確かにね。」
身構えるA氏に神は優しく微笑んでみせた。
「だが、1つ聞きたい。なんだってあんな物を寄越したんだ?」
「ふむ。実は近々、私の代替わりを誰かに頼もうかと思ってね。その為に前もって神を疑似体験してもらった方が良いと思ったんだ。」
「まさか…俺がその候補だってのか?」
「嫌かい?」
「冗談じゃない。少し前なら喜んでやったろうが、今はもうそんな気分じゃない。人間の身勝手に付き合わされるなんてまっぴらゴメンだ。悪いが他を当たってくれ。」
A氏の答えに神ははぁ、とため息をつく。
「やれやれ。君もか。私もいい加減人類の身勝手に疲れてしまったから代替わりをしたかったのに、候補に挙がった人間たちは皆口を揃えて嫌だという。この世に神を代わってやるという、崇高な人間はいないのだろうか?」
嘆く神に、A氏は皮肉を込めて言い放った。
「知った事か。それこそ、、って奴だろ。」
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