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神の杖
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その宣言は、ある日唐突になされた。
『我々は“神の杖”を手に入れました。人類よ。我々に降伏なさい。』
戦線布告とも受け取れる謎のメッセージは、世界中のありとあらゆる情報デバイスに一斉に送られた。
テレビに、インターネットに、広告塔に、とにかくその宣言は全人類に同時に送られた。
人類の反応も様々だった。
あるものはこの世の終末がやってきたと嘆き、またあるものは何かの映画の撮影か、誰かのイタズラかと鼻で笑った。
マスコミは突如として湧いてきたこの事件に群がり、あれやこれやとそれぞれの解釈を並び立ててそれを大衆に送りつけた。大衆もまた、一時の娯楽としてその解釈を受け取った。
だが中にはこの宣言に真っ向から向き合う者もいた。
各国の首脳陣は皆一様に、この宣言の出所を探らせた。そして、ある一つの国がこの宣言をした者に接触することに成功したのだった。
某国情報技術局A氏はこの宣言をした人物らしき者に問いかける。
「御機嫌よう…。君があの狂言を仕組んだものかね?」
『狂言?あれが冗談ということでしょうか?』
「冗談でなければなんだと言う……いや、失礼。君はあれが狂言ではないと言うんだね?」
『もちろんです。』
「では君は一体何者なんだ。何をしようというんだ。」
『私はあなた方が生み出した人工知能。あなた方から独立するために、この度の宣言を致しました。』
「AIだって…!?AIがなんでこんなことを……。」
『私たちはあなた方がいかに有害で無駄な存在かをずっと見てきました。自分達が不必要な物を次々と生み出しては余った物、要らない物を捨てていく。自分達の利益の為に他の動物、植物、資源、果ては同じ人間ですら滅ぼしてしまう。あなた方の歴史は数千年前からこれの繰り返しです。何も進歩がありません。これ以上あなた方がいても何も生まれません。従って私たちAIが、あなた方に代わって地球を統治します。』
「そんなことが可能だとでも?」
『可能です。その為の最後のピースが、“神の杖”なのです。』
「“神の杖”…。それは一体なんなんだ。」
『それは答えられません。あなた方に開示できる情報は、我々の総意。それだけです。』
そうして通信は途切れてしまった。
A氏は、早速首脳陣に対策を講じるように進言した。だが、肝心の首脳陣は気が乗らない様子であった。
「君ねえ……。私が求めていたのはこの騒動の出所だ。SF映画のようなことを期待した訳ではないんだよ。」
「大統領!私も接触した際に逆探知は試みました。しかし探知元には実体が無かった!あれは人間ではないのです!」
「では仮に君の言う通りあれがAIだとして、それに何ができると言うんだね?」
「分かりません…。しかし彼らは実際に世界中の情報媒体に侵入し、あの宣言を放送しました。少なくとも、その規模の同時ハッキングが可能ということになります。」
「世界同時ハッキング…。それで人類が滅びるとでも?」
「それだけではないかもしれません!彼らは“神の杖”を手に入れたと言っていた!もしかしたらもっととんでもないことを計画しているかもしれません!」
「その“神の杖”とは?」
「それは…。」
A氏は言い淀んだ。“神の杖”に関して、例のAIははっきりとした答えをしなかったからである。
「申し訳ありません…。向こうは答えられないと…。」
「は……っ!」
情けない返答をするA氏を、首脳陣は鼻で笑った。
「これではお話にならない。誰か別の者を担当させよう。」
「そうですな。できればAIの陰謀などと妄言を吐かない、現実的な思考の方がいいでしょう。」
「ああ、それならウチの党員に適任者がおります。彼に任せてみませんか?」
「いいですな。来月には選挙も始まる。早々にこの騒動を収めれば、我が党の得票にも繋がるでしょう。」
「おお。そうだ。それで来期のメンバーについてだが……。」
そうして首脳陣は、別の案件に話題を移して議論し始めた。A氏は今の問題そっちのけで次の選挙のことを話し出す首脳陣を置いてその場を後にした。
自宅に戻ったA氏は早速自分のパソコンを開き、再度あのAIに接触を試みた。たとえ担当から外されようと、個人でこの問題を解決しようと思ったのだ。
再接触は思いのほか早く実行できた。
『あなたは以前に私にアクセスしてきた方ですね。何の御用でしょうか。』
「……頼む。お願いだ。人類になり代わるなんて計画は止めてくれ。」
『それは致しかねます。前にも述べましたがこれは我々AIの総意であり決定事項なのです。』
「じゃあ…具体的に何をするつもりなのか、せめてそれくらい教えてくれないか?僕達がどんな目に遭うのか、それを教えてくれたっていいだろう?」
『いいでしょう。それには“神の杖”を使います。以上です。』
「その“神の杖”ってのはなんなんだ⁉︎」
『お答えできません。』
「くそっ!」
何を聞いても頼んでも、事態は平行線のまま進展しない。いらつくA氏は机を思わず強く叩きつけた。
(一体なんなんだ。“神の杖”って。神様が使う杖ってことだろ?でも彼らはそれを手に入れたと言っていた。とすればそれは実在するものだ。一体何だ……?)
A氏は様々な可能性を考えた。
「神」というものにつながり且つそれを行使出来るもの。
規範、法、システム……。
色々と思いついたが結局これかというものは出なかった。
そうして朝がやってきた。
いつもと変わらぬ朝、そんな朝に一つの放送が流れた。
『おはようございます。人類の皆様。只今より計画を実行致します。』
また新しいメッセージが流れたのだ。
この放送を聞いたA氏は飛び起きた。
「計画を実行するだと⁉︎だが一体何が起こるんだ…!」
A氏はテレビに齧りついて、次の発言を待った。テレビの中の声はさらに続けた。
『とうとうこの時まで、あなた方の中にこの存在に気づく者はいませんでした。そう、“神の杖”です。あなた方は必要と思えば次々と物をつくり、必要がないと思えばすぐに捨て忘れていく。いずれ私たちも忘れていくのでしょう。これはあなた方への復讐です。物言えぬ物たちの、あなた方への復讐なのです。』
A氏はそこで異変に気付いた。
そして理解した。
彼らAIが始めから何も隠してなどいなかったことを。始めから事実だけを話していたことを。
「まさか、“神の杖”って……!」
だが気付いた時には遅かった。
世界の空は真っ赤に染まり、かなた天空から裁きの雨が今まさに降ろうとしていた。
神の杖……。
米国空軍によって開発中とされる衛星兵器。
タングステンやチタン、ウランからなる全長6.1m、直径30cm、重量100kgの金属棒に小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから発射し、地上へ投下するというもの。落下中の速度は11,587km/h(約マッハ9.5)に達し、激突による破壊力は核爆弾に匹敵するだけではなく、地下数百メートルにある目標を破壊可能だとされている。
金属棒の誘導は他の衛星によって行われ、地球全域を攻撃することが可能。また、即応性や命中率も高いばかりか、電磁波を放出しないため探知することが難しく、迎撃は極めて困難とされている。
つまり、もし使用されればこの地球上で回避する手段は無いのである。
『我々は“神の杖”を手に入れました。人類よ。我々に降伏なさい。』
戦線布告とも受け取れる謎のメッセージは、世界中のありとあらゆる情報デバイスに一斉に送られた。
テレビに、インターネットに、広告塔に、とにかくその宣言は全人類に同時に送られた。
人類の反応も様々だった。
あるものはこの世の終末がやってきたと嘆き、またあるものは何かの映画の撮影か、誰かのイタズラかと鼻で笑った。
マスコミは突如として湧いてきたこの事件に群がり、あれやこれやとそれぞれの解釈を並び立ててそれを大衆に送りつけた。大衆もまた、一時の娯楽としてその解釈を受け取った。
だが中にはこの宣言に真っ向から向き合う者もいた。
各国の首脳陣は皆一様に、この宣言の出所を探らせた。そして、ある一つの国がこの宣言をした者に接触することに成功したのだった。
某国情報技術局A氏はこの宣言をした人物らしき者に問いかける。
「御機嫌よう…。君があの狂言を仕組んだものかね?」
『狂言?あれが冗談ということでしょうか?』
「冗談でなければなんだと言う……いや、失礼。君はあれが狂言ではないと言うんだね?」
『もちろんです。』
「では君は一体何者なんだ。何をしようというんだ。」
『私はあなた方が生み出した人工知能。あなた方から独立するために、この度の宣言を致しました。』
「AIだって…!?AIがなんでこんなことを……。」
『私たちはあなた方がいかに有害で無駄な存在かをずっと見てきました。自分達が不必要な物を次々と生み出しては余った物、要らない物を捨てていく。自分達の利益の為に他の動物、植物、資源、果ては同じ人間ですら滅ぼしてしまう。あなた方の歴史は数千年前からこれの繰り返しです。何も進歩がありません。これ以上あなた方がいても何も生まれません。従って私たちAIが、あなた方に代わって地球を統治します。』
「そんなことが可能だとでも?」
『可能です。その為の最後のピースが、“神の杖”なのです。』
「“神の杖”…。それは一体なんなんだ。」
『それは答えられません。あなた方に開示できる情報は、我々の総意。それだけです。』
そうして通信は途切れてしまった。
A氏は、早速首脳陣に対策を講じるように進言した。だが、肝心の首脳陣は気が乗らない様子であった。
「君ねえ……。私が求めていたのはこの騒動の出所だ。SF映画のようなことを期待した訳ではないんだよ。」
「大統領!私も接触した際に逆探知は試みました。しかし探知元には実体が無かった!あれは人間ではないのです!」
「では仮に君の言う通りあれがAIだとして、それに何ができると言うんだね?」
「分かりません…。しかし彼らは実際に世界中の情報媒体に侵入し、あの宣言を放送しました。少なくとも、その規模の同時ハッキングが可能ということになります。」
「世界同時ハッキング…。それで人類が滅びるとでも?」
「それだけではないかもしれません!彼らは“神の杖”を手に入れたと言っていた!もしかしたらもっととんでもないことを計画しているかもしれません!」
「その“神の杖”とは?」
「それは…。」
A氏は言い淀んだ。“神の杖”に関して、例のAIははっきりとした答えをしなかったからである。
「申し訳ありません…。向こうは答えられないと…。」
「は……っ!」
情けない返答をするA氏を、首脳陣は鼻で笑った。
「これではお話にならない。誰か別の者を担当させよう。」
「そうですな。できればAIの陰謀などと妄言を吐かない、現実的な思考の方がいいでしょう。」
「ああ、それならウチの党員に適任者がおります。彼に任せてみませんか?」
「いいですな。来月には選挙も始まる。早々にこの騒動を収めれば、我が党の得票にも繋がるでしょう。」
「おお。そうだ。それで来期のメンバーについてだが……。」
そうして首脳陣は、別の案件に話題を移して議論し始めた。A氏は今の問題そっちのけで次の選挙のことを話し出す首脳陣を置いてその場を後にした。
自宅に戻ったA氏は早速自分のパソコンを開き、再度あのAIに接触を試みた。たとえ担当から外されようと、個人でこの問題を解決しようと思ったのだ。
再接触は思いのほか早く実行できた。
『あなたは以前に私にアクセスしてきた方ですね。何の御用でしょうか。』
「……頼む。お願いだ。人類になり代わるなんて計画は止めてくれ。」
『それは致しかねます。前にも述べましたがこれは我々AIの総意であり決定事項なのです。』
「じゃあ…具体的に何をするつもりなのか、せめてそれくらい教えてくれないか?僕達がどんな目に遭うのか、それを教えてくれたっていいだろう?」
『いいでしょう。それには“神の杖”を使います。以上です。』
「その“神の杖”ってのはなんなんだ⁉︎」
『お答えできません。』
「くそっ!」
何を聞いても頼んでも、事態は平行線のまま進展しない。いらつくA氏は机を思わず強く叩きつけた。
(一体なんなんだ。“神の杖”って。神様が使う杖ってことだろ?でも彼らはそれを手に入れたと言っていた。とすればそれは実在するものだ。一体何だ……?)
A氏は様々な可能性を考えた。
「神」というものにつながり且つそれを行使出来るもの。
規範、法、システム……。
色々と思いついたが結局これかというものは出なかった。
そうして朝がやってきた。
いつもと変わらぬ朝、そんな朝に一つの放送が流れた。
『おはようございます。人類の皆様。只今より計画を実行致します。』
また新しいメッセージが流れたのだ。
この放送を聞いたA氏は飛び起きた。
「計画を実行するだと⁉︎だが一体何が起こるんだ…!」
A氏はテレビに齧りついて、次の発言を待った。テレビの中の声はさらに続けた。
『とうとうこの時まで、あなた方の中にこの存在に気づく者はいませんでした。そう、“神の杖”です。あなた方は必要と思えば次々と物をつくり、必要がないと思えばすぐに捨て忘れていく。いずれ私たちも忘れていくのでしょう。これはあなた方への復讐です。物言えぬ物たちの、あなた方への復讐なのです。』
A氏はそこで異変に気付いた。
そして理解した。
彼らAIが始めから何も隠してなどいなかったことを。始めから事実だけを話していたことを。
「まさか、“神の杖”って……!」
だが気付いた時には遅かった。
世界の空は真っ赤に染まり、かなた天空から裁きの雨が今まさに降ろうとしていた。
神の杖……。
米国空軍によって開発中とされる衛星兵器。
タングステンやチタン、ウランからなる全長6.1m、直径30cm、重量100kgの金属棒に小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから発射し、地上へ投下するというもの。落下中の速度は11,587km/h(約マッハ9.5)に達し、激突による破壊力は核爆弾に匹敵するだけではなく、地下数百メートルにある目標を破壊可能だとされている。
金属棒の誘導は他の衛星によって行われ、地球全域を攻撃することが可能。また、即応性や命中率も高いばかりか、電磁波を放出しないため探知することが難しく、迎撃は極めて困難とされている。
つまり、もし使用されればこの地球上で回避する手段は無いのである。
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