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ゲーム
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「ふぁ……。」
埃っぽいいつもの部屋で俺は目が覚めた。薄暗い部屋にはいつ食ったのかわからん飯の残骸や菓子の袋が散乱してる。時々臭う香ばしい香りは部屋のものが自分のものか、判別もつかない。
そう。俺はこの数年こんな生活を続けている。いわゆる「引きこもり」というやつだ。何がきっかけだとかは特にない。強いて言えば、なにもかも面倒に感じたから。そんなところだ。
寝ぼけた頭で朝食もろくに取らずにパソコンのスイッチを入れる。これも日課になってしまった。特にやりたいものがあるわけじゃない。必要なことがあるわけでもない。ただ漫然とスイッチを入れただけ。
…自分でも半ば分かっている。これは“依存症”だ。
やりたいわけでもないのに、それをやってしまう。やり始めたら止まらない。一種の麻薬のようなものにかかってしまっている。だが、“依存”という習慣は厄介なもので、分かっていてもなかなか直るものではない。
今日も俺は何か面白いものはないかと、ネットの情報を漁り始めていた。
どれほど時間が経ったろうか。
一つの書き込みが俺の目に留まった。
『自殺ゲームというのがあるらしい。』
まあ、ネット上では珍しくもない下らない都市伝説の類だ。いつもなら鼻で笑ってスルーするんだが…今日の俺は特別暇だ。いや別に、忙しい日なんてないんだが、下らなくとも何でもいい。とにかく何か刺激が欲しい。そんな気分だった。
幸いそこにはご丁寧にゲームへのリンク先も貼られてあった。どうせ暇なんだ。実際にやってみて、レビューをネット上でバラまいて注目を集めるのも悪くない……などと軽い気持ちで俺はそのリンク先のアドレスをクリックした。
ジャンプした先のページは、なんというか幻想的な感じだった。
銀河を思わせる星屑を散りばめた背景にビルやら車やら、あるいはさんごやヒトデが浮遊しており、まるで海の中に放り込まれた気分だった。
そしてその中央に、一匹のクジラが漂っていた。クジラはこちらに近づくと突然語り始めた。
《ようこそ。“wheel whale”の世界へ。私はこのゲームの案内人を務める者です。》
“wheel whale”というのはこのゲームの名前だろうか。
《辛く苦しい日常の世界からようこそいらっしゃいました。ここはそんな現実世界の苦しみから貴方を解放する場所です。これから貴方に毎日一つずつ課題を与えていきます。それをクリアし、苦しみの解放に向かうことがこのゲームでの貴方の目的となります。》
…ふむ。要するに、ゲームからなんらかの「クエスト」なるものが与えられるのでそれを一つずつクリアしていけ、ということらしい。
《課題といっても、そう身構える必要はありません。始めはごく簡単な内容です。日を追うごとに難易度は上がっていきますが、毎日こなしていけば決して苦にはならない内容です。》
優しい声でクジラは囁く。
なるほど。趣旨は理解した。
それではまず第一回目の課題とやらに移るか。
《始めは本当に簡単な内容です。第一の課題は、まずお互いを知ることから始めましょう。貴方の名前を教えて下さい。》
なんだ。そんな事か。
「自殺ゲーム」だなんて聞いていたのに、すこし拍子抜けだな。
まあ課題は課題だから、俺はそのクジラの指示どおり自分の本名を打ち込んだ。
《CONGRATULATION!!
課題が達成されました!こんな感じで毎日の課題をこなしていきましょう。一つの課題をこなすごとに、貴方は苦しみから解放されていきます。》
「何とも大袈裟なゲームだ。ま、退屈しのぎにはなるかな…。」
その後も俺はそのゲームに毎日ログインした。
与えられる課題は本当に簡単なものばかりだった。
嫌いな物は何?学生時代のいい思い出、嫌な思い出は?今の趣味は?などなど……。
内容はその辺のアンケートと何ら変わらない。だが答え終わった後、クジラが俺のことを決まって激励するんだ。「頑張りましたね!」「その調子です!」といった具合に。
内容は単調でつまらないものかもしれないがそのリアクションが面白く感じ、気がつけば俺は決まった時間にそのゲームを開くのが日課になっていた。
…変化が起こったのは、そんな頃だった。
《さて、そろそろ課題の難易度を上げていきます。今までは貴方を苦しみから遠ざけるための質問を繰り返して来ました。しかし苦しみから真に解放されるためには、苦しみを受け入れる覚悟も必要です。これから貴方は辛い課題の数々をこなしていかなければなりません…。》
とうとう来たか。今までのは只のデモンストレーション。ここからが本番という訳だ。
《今回の課題は、髪の毛を五本引き抜く、です。少し痛いかもしれません。しかしその痛みに耐えることが苦しみからの解放に繋がるのです…。》
…髪の毛を抜くだけ?またしても拍子抜けだ。
内容はまあ、今までと比べると異色かもしれない。だがさほど難しい課題とも言えないだろう。
俺はその場で髪の毛を五本引っこ抜いた。
《CONGRATULATION!!
課題が達成されました!痛みに耐えて良く頑張りましたね!》
画面のクジラがまたしてもそんな言葉をかけてくる。あいも変わらず大袈裟だな。だが悪い気分じゃない……。
それからは自分を傷つけていく課題が続いていった。
顔をつねる、足を引っ掻く、頭を叩く……。
そんな課題を何日か繰り返していった。
《今日の課題は、爪を剥いで下さい。》
……なんだ。爪を剥げばいいのか。
多少は痛むが、もう慣れたものだ。俺はペンチを取り出して、自分の人差し指の先にあてて引っ張る。ミチミチと音を立てて、俺の爪が剥がれていく。流石に痛い。
だが俺は痛みよりも、今は課題を乗り越えた達成感の方がなにより嬉しかった。
《CONGRATULATION!!
お見事です!》
画面のクジラが笑っている。
クジラって笑うものだったか。
《今日の課題は、片手をハンマーで砕いて下さい。》
……ああ。今日はそんな課題か。
俺はハンマーを取り出して、片手に思い切り打ち付けた。
人間の身体というのは思いのほか頑丈だ。一発打ち付けただけじゃ、痛むだけで骨が砕けるには至らない。
片手を砕く、と言っているのだから、俺は何度も自分の片手をハンマーで打ち付けた。何十分と繰り返していくうちに、とうとう俺の片手は原型を無くす。指だった肉片が辺りに飛び散り、手首の先は僅かに残った骨だけとなった。
《CONGRATULATION!!
痛みを見事に乗り越えましたね!》
画面の中のクジラが満足そうにニイ、と笑う。
俺も課題を乗り越えたことが満足だ。
……奇妙な感覚だった。
今までなら絶対に拒絶するような内容の課題の数々、それらが今や困難に感じない。
《足の指を切り落として下さい。》
《耳を削いで下さい。》
《眼球を抉り出して下さい。》
おぞましい課題だって恐ろしくなかった。今の俺はどんな苦しみにも耐えられる自信がついてきた。
そして……。
《いよいよ、最後の課題となります。貴方はこの課題を乗り越えることで真の苦しみから解放されるのです。》
……ああ。とうとう最後の課題になった。
幾多の課題を乗り越えてきた俺の身体は、もう人の形を保っていなかった。だが不思議と後悔はない。いや、というより考えるのも億劫だった。
なんとなく自覚していた。やりたい訳ではない。でも漫然と、そのゲームの課題に従っていた。
俺はこのゲームにいつのまにか“依存”していたのだ。
《ロープで首を吊りなさい。》
だからこんな命令も苦には感じない。
従わない方が苦痛だ。
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を吊りなさい。》
ああ…。これで俺は苦痛から解放される…。
俺は台に登って、天井に吊るしたロープを首に巻きつけた。
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を……》
ふと思った。
このゲームを作ったやつは何者なんだろうか?
何が目的で作ったんだろうか?
いやそもそも、このゲームの管理人はどうやって俺が課題をクリアしたことを認識したんだろうか?
……いや、もういい。
考えるのは面倒だ。俺はもうここまできた。
あとは首を吊れば見事ゲームクリアだ。
俺は足元の台を蹴飛ばす。途端に重力が俺の身体を落とし、ロープが俺の首を絞め上げる。
…不思議と恐怖は無かった。俺の中にあるのはただ課題を乗り越えた達成感、その愉悦だけだった。
……死が間近に来ている。
頭に霞がかかっていく…。
その刹那、俺は見た。
パソコンの画面に映る奴らを。
それはいつものクジラじゃなかった。
そこにいたのは、首を吊る俺を見てさも可笑しそうに腹を抱えて嘲笑う悪魔の姿だった。
埃っぽいいつもの部屋で俺は目が覚めた。薄暗い部屋にはいつ食ったのかわからん飯の残骸や菓子の袋が散乱してる。時々臭う香ばしい香りは部屋のものが自分のものか、判別もつかない。
そう。俺はこの数年こんな生活を続けている。いわゆる「引きこもり」というやつだ。何がきっかけだとかは特にない。強いて言えば、なにもかも面倒に感じたから。そんなところだ。
寝ぼけた頭で朝食もろくに取らずにパソコンのスイッチを入れる。これも日課になってしまった。特にやりたいものがあるわけじゃない。必要なことがあるわけでもない。ただ漫然とスイッチを入れただけ。
…自分でも半ば分かっている。これは“依存症”だ。
やりたいわけでもないのに、それをやってしまう。やり始めたら止まらない。一種の麻薬のようなものにかかってしまっている。だが、“依存”という習慣は厄介なもので、分かっていてもなかなか直るものではない。
今日も俺は何か面白いものはないかと、ネットの情報を漁り始めていた。
どれほど時間が経ったろうか。
一つの書き込みが俺の目に留まった。
『自殺ゲームというのがあるらしい。』
まあ、ネット上では珍しくもない下らない都市伝説の類だ。いつもなら鼻で笑ってスルーするんだが…今日の俺は特別暇だ。いや別に、忙しい日なんてないんだが、下らなくとも何でもいい。とにかく何か刺激が欲しい。そんな気分だった。
幸いそこにはご丁寧にゲームへのリンク先も貼られてあった。どうせ暇なんだ。実際にやってみて、レビューをネット上でバラまいて注目を集めるのも悪くない……などと軽い気持ちで俺はそのリンク先のアドレスをクリックした。
ジャンプした先のページは、なんというか幻想的な感じだった。
銀河を思わせる星屑を散りばめた背景にビルやら車やら、あるいはさんごやヒトデが浮遊しており、まるで海の中に放り込まれた気分だった。
そしてその中央に、一匹のクジラが漂っていた。クジラはこちらに近づくと突然語り始めた。
《ようこそ。“wheel whale”の世界へ。私はこのゲームの案内人を務める者です。》
“wheel whale”というのはこのゲームの名前だろうか。
《辛く苦しい日常の世界からようこそいらっしゃいました。ここはそんな現実世界の苦しみから貴方を解放する場所です。これから貴方に毎日一つずつ課題を与えていきます。それをクリアし、苦しみの解放に向かうことがこのゲームでの貴方の目的となります。》
…ふむ。要するに、ゲームからなんらかの「クエスト」なるものが与えられるのでそれを一つずつクリアしていけ、ということらしい。
《課題といっても、そう身構える必要はありません。始めはごく簡単な内容です。日を追うごとに難易度は上がっていきますが、毎日こなしていけば決して苦にはならない内容です。》
優しい声でクジラは囁く。
なるほど。趣旨は理解した。
それではまず第一回目の課題とやらに移るか。
《始めは本当に簡単な内容です。第一の課題は、まずお互いを知ることから始めましょう。貴方の名前を教えて下さい。》
なんだ。そんな事か。
「自殺ゲーム」だなんて聞いていたのに、すこし拍子抜けだな。
まあ課題は課題だから、俺はそのクジラの指示どおり自分の本名を打ち込んだ。
《CONGRATULATION!!
課題が達成されました!こんな感じで毎日の課題をこなしていきましょう。一つの課題をこなすごとに、貴方は苦しみから解放されていきます。》
「何とも大袈裟なゲームだ。ま、退屈しのぎにはなるかな…。」
その後も俺はそのゲームに毎日ログインした。
与えられる課題は本当に簡単なものばかりだった。
嫌いな物は何?学生時代のいい思い出、嫌な思い出は?今の趣味は?などなど……。
内容はその辺のアンケートと何ら変わらない。だが答え終わった後、クジラが俺のことを決まって激励するんだ。「頑張りましたね!」「その調子です!」といった具合に。
内容は単調でつまらないものかもしれないがそのリアクションが面白く感じ、気がつけば俺は決まった時間にそのゲームを開くのが日課になっていた。
…変化が起こったのは、そんな頃だった。
《さて、そろそろ課題の難易度を上げていきます。今までは貴方を苦しみから遠ざけるための質問を繰り返して来ました。しかし苦しみから真に解放されるためには、苦しみを受け入れる覚悟も必要です。これから貴方は辛い課題の数々をこなしていかなければなりません…。》
とうとう来たか。今までのは只のデモンストレーション。ここからが本番という訳だ。
《今回の課題は、髪の毛を五本引き抜く、です。少し痛いかもしれません。しかしその痛みに耐えることが苦しみからの解放に繋がるのです…。》
…髪の毛を抜くだけ?またしても拍子抜けだ。
内容はまあ、今までと比べると異色かもしれない。だがさほど難しい課題とも言えないだろう。
俺はその場で髪の毛を五本引っこ抜いた。
《CONGRATULATION!!
課題が達成されました!痛みに耐えて良く頑張りましたね!》
画面のクジラがまたしてもそんな言葉をかけてくる。あいも変わらず大袈裟だな。だが悪い気分じゃない……。
それからは自分を傷つけていく課題が続いていった。
顔をつねる、足を引っ掻く、頭を叩く……。
そんな課題を何日か繰り返していった。
《今日の課題は、爪を剥いで下さい。》
……なんだ。爪を剥げばいいのか。
多少は痛むが、もう慣れたものだ。俺はペンチを取り出して、自分の人差し指の先にあてて引っ張る。ミチミチと音を立てて、俺の爪が剥がれていく。流石に痛い。
だが俺は痛みよりも、今は課題を乗り越えた達成感の方がなにより嬉しかった。
《CONGRATULATION!!
お見事です!》
画面のクジラが笑っている。
クジラって笑うものだったか。
《今日の課題は、片手をハンマーで砕いて下さい。》
……ああ。今日はそんな課題か。
俺はハンマーを取り出して、片手に思い切り打ち付けた。
人間の身体というのは思いのほか頑丈だ。一発打ち付けただけじゃ、痛むだけで骨が砕けるには至らない。
片手を砕く、と言っているのだから、俺は何度も自分の片手をハンマーで打ち付けた。何十分と繰り返していくうちに、とうとう俺の片手は原型を無くす。指だった肉片が辺りに飛び散り、手首の先は僅かに残った骨だけとなった。
《CONGRATULATION!!
痛みを見事に乗り越えましたね!》
画面の中のクジラが満足そうにニイ、と笑う。
俺も課題を乗り越えたことが満足だ。
……奇妙な感覚だった。
今までなら絶対に拒絶するような内容の課題の数々、それらが今や困難に感じない。
《足の指を切り落として下さい。》
《耳を削いで下さい。》
《眼球を抉り出して下さい。》
おぞましい課題だって恐ろしくなかった。今の俺はどんな苦しみにも耐えられる自信がついてきた。
そして……。
《いよいよ、最後の課題となります。貴方はこの課題を乗り越えることで真の苦しみから解放されるのです。》
……ああ。とうとう最後の課題になった。
幾多の課題を乗り越えてきた俺の身体は、もう人の形を保っていなかった。だが不思議と後悔はない。いや、というより考えるのも億劫だった。
なんとなく自覚していた。やりたい訳ではない。でも漫然と、そのゲームの課題に従っていた。
俺はこのゲームにいつのまにか“依存”していたのだ。
《ロープで首を吊りなさい。》
だからこんな命令も苦には感じない。
従わない方が苦痛だ。
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を吊りなさい。》
ああ…。これで俺は苦痛から解放される…。
俺は台に登って、天井に吊るしたロープを首に巻きつけた。
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を吊りなさい。》
《ロープで首を……》
ふと思った。
このゲームを作ったやつは何者なんだろうか?
何が目的で作ったんだろうか?
いやそもそも、このゲームの管理人はどうやって俺が課題をクリアしたことを認識したんだろうか?
……いや、もういい。
考えるのは面倒だ。俺はもうここまできた。
あとは首を吊れば見事ゲームクリアだ。
俺は足元の台を蹴飛ばす。途端に重力が俺の身体を落とし、ロープが俺の首を絞め上げる。
…不思議と恐怖は無かった。俺の中にあるのはただ課題を乗り越えた達成感、その愉悦だけだった。
……死が間近に来ている。
頭に霞がかかっていく…。
その刹那、俺は見た。
パソコンの画面に映る奴らを。
それはいつものクジラじゃなかった。
そこにいたのは、首を吊る俺を見てさも可笑しそうに腹を抱えて嘲笑う悪魔の姿だった。
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