がらくたのおもちゃ箱

hyui

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mannequin village

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今日もいい天気!空気が美味い!
朝一番、明朝からまた俺の1日が始まる。

まずは朝食だ。腹ごしらえにいつもの喫茶店に行くか。
喫茶店に着くと店長のトムが仏頂面で出迎える。
「よお、トム。調子はどうだ?」
「……。」
相変わらず無口な奴。しかもコーヒーも料理も全部セルフサービスと来たもんだ。全くサービスがなってねえ。
とはいえ、ここは割と気に入ってる。俺が腹割って愚痴をこぼせる所だからだ。
「聞いてくれよ。マイケルの奴、ちょいとオシャレがしたいってんで俺が貸してやった帽子、またなくしやがったんだ。これでもう5つ目だぜ?あいつの無くし癖も困ったもんだ。しかも自分が無くしたってのに一つも謝りもしねえ。もう頭にきた。アイツに一度ガツンと言ってやる。……何?帽子くらいでそんな気にするな?でもよ。アイツとはこれからも仲良くやっていきたいんだよ。それならよ。ほんの少しのわだかまりも作りたくねえんだよ。俺は。だからここらでひとつ厳しく言っとかなきゃいけねえんだ」
店長は俺の愚痴を黙って聞いてくれる。俺が気に入ってるのはそんなとこだ。
「いや悪いな。いつも愚痴ばっかでよ。今からマイケルにナシつけにいくよ。じゃあな。」
食べた分の金を払って、俺は店を出た。


…さて、マイケルのとこに行くか。
今日という今日は勘弁ならねえ。バシッと厳しく言っとかないとな。
喫茶店を出た表通りに、そいつはいつものように立っていた。
こいつめ。借りたものを無くしておいていつもヘラヘラ笑いやがって…。
「おい、マイケル。なんだよ。その態度は。お前は自分が何したのか分かってんのか?俺の貸した帽子無くしたの、まさか忘れたわけじゃないよな?人のもの無くしといてヘラヘラ笑うなんてお前、流石に神経を疑うぜ。……何?わざとじゃない?風で飛ばされてどこに行ったかわからなくなった?…お前な。それを無くしたってんだよ。」
俺のウンザリ顔を嘲笑うように、マイケルはまだヘラヘラ笑ってやがる。…だんだん腹が立ってきた。
「ああそうかい!お前は俺がそんなに可笑しいのかい!じゃあ笑うがいいさ!悪いがもうこれっきりだ!もう何も貸してやるもんか!」
そう言って俺はマイケルと別れた。…最悪の気分だ。


気分直しに、あの場所に行ってみるか。
実は最近俺には気になる女性がいる。大通りのビデオショップのラブロマンスコーナーにいつもいる女性だ。今日もいるといいけど…。

……いた。

いつもの場所にいつもの服で。
相変わらず綺麗なブロンドの髪と碧い瞳、悩ましげなボディが魅力的だ。 
彼女、名前だけは実は知ってる。
リンダ、っていう名前だそうだ。名前まで分かってるってのに、俺はまだ話しかけられないでいる…。
だが今日は違う。
俺は思い切って話しかけることにした。
「や、やあ。どうも。」
……リンダは俺を気にする様子もなく、ビデオを探し続けている。
「急に、その、変だよね。あのさ、俺、ずっと前からアンタの事見てて…。あ、いや、ストーカーしてたわけじゃないぜ。ただ遠目でいつも綺麗だな、って眺めてただけで…。」
……何言ってるんだ俺は。
魅力的な彼女を前にしどろもどろな俺。それでもリンダは一向にそっぽを向いたまま。俺の声なんか届いていないみたいに。
やっぱ脈ナシかな?……いや、諦めるな。もう一押し。
「その…よかったら…なんだけど。一緒に食事とか…どうかな?」
言った!ついに言ってやったぞ!
さあ、肝心のリンダの返事は…!
「……。」
……ダメだ。やっぱりまるで聞いてないみたいに素知らぬ顔だ。
…まあ、ダメでもともと。いい返事なんて初めから期待してない。
「…そうだよな。急に話しかけられていきなりデートなんて、虫が良すぎるよな。…悪かったよ。」
俺は彼女に背を向けて家に帰ることにした。
これでまたいつもの1日が終わる…。



『いいわよ。』



「……え?」
思わず、俺は振り返った。
見れば、あのずっとそっぽを向いていたリンダがこちらを見て微笑んでるじゃないか!
「し、信じられない…!今、君はもしかして、いいわよ、って言ったのか?」
俺の問いかけに、リンダは悩ましげな声で答えた。
『他に誰がいるの?私しかいないじゃない。』
「しかし、これは……!まさか、これは夢か…?」
『夢じゃないわ。失礼ね。あなたが誘ってきたんでしょう?』
「あ、あははは……!」
なんてこった!
最悪でくそったれだと思ってた俺の1日が、最期の最期で逆転のハッピーエンドに……!




…その日、地球上で残っていた最後の人類が死んだ。
世界規模の大量感染パンデミックで唯一生き残ってしまった彼の周りには、無数のマネキンが至る所に配置されており、そのマネキン一体一体には、トム、マイケル、リンダといった人名が記入されていた。
最期の瞬間まで、彼が日々どんな生活をしていたのか、最期に彼は何を見たのか、語る者はもはや誰もいない……。
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