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七瀬
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喫茶店「ぶるまん」。
商店街の隅でひっそりと営むこの喫茶店は、長年地元の人間に愛されてきた。なかでも複数の果物と氷をミキサーにかけたミックスジュースは知る人ぞ知る逸品である。
……そんな事はともかく、今そのミックスジュースを呆けた顔で啜る一人の男がいた。
警察官、青島である。
私服姿でボケ~っと居座る青島に、この店の女主人が話しかける。
「あんちゃん、随分長い事いるけど仕事はどうしたんだい?」
「…今お休みなの。謹慎中。」
「あらまあ、何やらかしたんだい。」
「おばちゃんには関係ないでしょ。」
女主人のお節介な問いに、ややふてくされた風に青島は答えた。
そう、青島は今謹慎処分を受けていた。
というのも、先日警察署に訪れた女性に銃を向けてしまったためだ。青島はその場で取り抑えられ、一カ月の謹慎となってしまった。
(はあ……。何やってんだろ、俺。)
青島は溜息をつきながら、自分の謹慎の原因となった女性の事を思い返していた。
「七瀬」と名乗っていたその女性。
あの日、人探しの為に警察署にやって来て、青島を名指しで呼んできた。 聞けばミリアの事を探しているという。あの化け物に関係しているのは間違いないだろう。協力すれば、きっとチョーさんの仇にたどり着ける…。
だが果たして彼女を信用していいものかどうか?その疑念は拭いきれない。彼女の真意が見えない以上、彼女もまた化け物である可能性だってあるのだ。
(でもなあ……。)
青島はまた一つため息を吐く。
(可愛かったよなあ。あの娘……。)
あの可憐な少女の姿をした七瀬を、青島はまた思い浮かべる。
彼女にまた会いたいような、会いたくないような、そんなモヤモヤした気持ちが、またため息となって吐き出される。そうしてもうグラスは空になったというのに、無意味にストローを啜るのだった。
そんな時だった。
「あんちゃん!お連れさんだよ!」
不意にまた女主人が青島に話しかけてきた。
「…え?連れ?俺に?」
「そうだよ!いやあ、アンタも隅に置けないね。あんなべっぴんさんが来るなんて…。」
「い、いや、ちょっと待てよ、おばちゃん。人違いじゃないか?俺にそんな知り合いは……。」
「だってアンタ、青島さんだろう?」
「ああ、うん。そうだけど…。」
「じゃあ間違いないよ!ほら、こっちだよ!お客さん!」
女主人が手招きすると、一人の女が青島の席に近づいてきた。その女には見覚えがあった。
「あ……。あんたは……!」
「お久しぶりです。」
七瀬であった。
青島が謹慎を受ける原因になった女が、今また青島の眼前に来て、笑顔で挨拶をしている。相変わらずの愛くるしい笑顔に、青島は内心パニックになっていた。
(え…?なんで!?なんでいるの?なんでここにいたってわかったの!?なんで!?)
頭に疑問符の絶えない青島をよそに、七瀬はさも当然のように対面に座り、「あ、じゃあカフェオレ一つ」などと注文までしている。
(ど、どうする?話しかけるべきか?“どうしてここがわかった”なんて問いかけるべきか?いや、そんな問いかけに正直に答えるか?ここは普通の会話を…。いやいや、普通の会話ってなんだよ。そもそもどんな会話すりゃいいんだ?女の子に対してどんな会話すりゃ良かったっけ?いやいやでもアイツはホントはバケモノな訳で……。)
「あのう……。」
「はひっ!?」
「おかわり、頼みましょうか?」
「け、結構だ…です。」
最早返事すらままならないほど、青島は緊張していた。
それは相手がバケモノだからではない。女性の姿をしていたからだ。そう、彼は致命的なまでに、女性経験が少なかった。
目の前の七瀬と顔を合わせることもできない。話もどう切り出せばいいかも分からない。考えもまとまらない。なのでさっきから空のコップをすすったり、意味もなく店を見回したりとおかしな挙動をするしかなかった。
「やっぱり……驚かれましたよね?急にやって来て、変に思いましたよね?」
「え…?」
「同僚の方に、あなたが謹慎になった、って聞いて…。それで、あなたが居そうな所を聞いたらここだ、って教えてもらって…。」
「ああ…。」
ひとまず疑問の一つは解決した。なんてことはない。居場所を自分の知り合いに聞いただけのことだったのだ。そうと分かれば、青島もだんだんと落ち着いてきた。
「……こっちこそ、取り乱しちまった。その…すまない。」
「あ、いやいや。そんな。謝ることは…。」
「いや、謝んないといけない。この前、俺はあんたに化け物とか言って銃を向けちまった。ろくに話も聞かずに……。」
「……気にしないで下さい。その通りなんですから……。」
そう言って七瀬は笑ってみせた。でもその笑顔はどこか寂しげで、儚いように青島には見えたのだった。
商店街の隅でひっそりと営むこの喫茶店は、長年地元の人間に愛されてきた。なかでも複数の果物と氷をミキサーにかけたミックスジュースは知る人ぞ知る逸品である。
……そんな事はともかく、今そのミックスジュースを呆けた顔で啜る一人の男がいた。
警察官、青島である。
私服姿でボケ~っと居座る青島に、この店の女主人が話しかける。
「あんちゃん、随分長い事いるけど仕事はどうしたんだい?」
「…今お休みなの。謹慎中。」
「あらまあ、何やらかしたんだい。」
「おばちゃんには関係ないでしょ。」
女主人のお節介な問いに、ややふてくされた風に青島は答えた。
そう、青島は今謹慎処分を受けていた。
というのも、先日警察署に訪れた女性に銃を向けてしまったためだ。青島はその場で取り抑えられ、一カ月の謹慎となってしまった。
(はあ……。何やってんだろ、俺。)
青島は溜息をつきながら、自分の謹慎の原因となった女性の事を思い返していた。
「七瀬」と名乗っていたその女性。
あの日、人探しの為に警察署にやって来て、青島を名指しで呼んできた。 聞けばミリアの事を探しているという。あの化け物に関係しているのは間違いないだろう。協力すれば、きっとチョーさんの仇にたどり着ける…。
だが果たして彼女を信用していいものかどうか?その疑念は拭いきれない。彼女の真意が見えない以上、彼女もまた化け物である可能性だってあるのだ。
(でもなあ……。)
青島はまた一つため息を吐く。
(可愛かったよなあ。あの娘……。)
あの可憐な少女の姿をした七瀬を、青島はまた思い浮かべる。
彼女にまた会いたいような、会いたくないような、そんなモヤモヤした気持ちが、またため息となって吐き出される。そうしてもうグラスは空になったというのに、無意味にストローを啜るのだった。
そんな時だった。
「あんちゃん!お連れさんだよ!」
不意にまた女主人が青島に話しかけてきた。
「…え?連れ?俺に?」
「そうだよ!いやあ、アンタも隅に置けないね。あんなべっぴんさんが来るなんて…。」
「い、いや、ちょっと待てよ、おばちゃん。人違いじゃないか?俺にそんな知り合いは……。」
「だってアンタ、青島さんだろう?」
「ああ、うん。そうだけど…。」
「じゃあ間違いないよ!ほら、こっちだよ!お客さん!」
女主人が手招きすると、一人の女が青島の席に近づいてきた。その女には見覚えがあった。
「あ……。あんたは……!」
「お久しぶりです。」
七瀬であった。
青島が謹慎を受ける原因になった女が、今また青島の眼前に来て、笑顔で挨拶をしている。相変わらずの愛くるしい笑顔に、青島は内心パニックになっていた。
(え…?なんで!?なんでいるの?なんでここにいたってわかったの!?なんで!?)
頭に疑問符の絶えない青島をよそに、七瀬はさも当然のように対面に座り、「あ、じゃあカフェオレ一つ」などと注文までしている。
(ど、どうする?話しかけるべきか?“どうしてここがわかった”なんて問いかけるべきか?いや、そんな問いかけに正直に答えるか?ここは普通の会話を…。いやいや、普通の会話ってなんだよ。そもそもどんな会話すりゃいいんだ?女の子に対してどんな会話すりゃ良かったっけ?いやいやでもアイツはホントはバケモノな訳で……。)
「あのう……。」
「はひっ!?」
「おかわり、頼みましょうか?」
「け、結構だ…です。」
最早返事すらままならないほど、青島は緊張していた。
それは相手がバケモノだからではない。女性の姿をしていたからだ。そう、彼は致命的なまでに、女性経験が少なかった。
目の前の七瀬と顔を合わせることもできない。話もどう切り出せばいいかも分からない。考えもまとまらない。なのでさっきから空のコップをすすったり、意味もなく店を見回したりとおかしな挙動をするしかなかった。
「やっぱり……驚かれましたよね?急にやって来て、変に思いましたよね?」
「え…?」
「同僚の方に、あなたが謹慎になった、って聞いて…。それで、あなたが居そうな所を聞いたらここだ、って教えてもらって…。」
「ああ…。」
ひとまず疑問の一つは解決した。なんてことはない。居場所を自分の知り合いに聞いただけのことだったのだ。そうと分かれば、青島もだんだんと落ち着いてきた。
「……こっちこそ、取り乱しちまった。その…すまない。」
「あ、いやいや。そんな。謝ることは…。」
「いや、謝んないといけない。この前、俺はあんたに化け物とか言って銃を向けちまった。ろくに話も聞かずに……。」
「……気にしないで下さい。その通りなんですから……。」
そう言って七瀬は笑ってみせた。でもその笑顔はどこか寂しげで、儚いように青島には見えたのだった。
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